日本では珍しい「作曲家がいるPA会社」を確立した
- かつては Cubase のインストラクターとしても活躍されていた青木さんが、ライブの現場に携わるようになった経緯を教えてください。
僕は10代の頃から作曲の仕事を目指しつつ、アーティスト的な志もあって、バンドで楽器を弾いたりもしていたんです。90年代の後半にTKブームがきて、DJ的な要素やトランスが流行り始めたので、打ち込みメインの楽曲制作をしつつ、20歳を過ぎた頃にはクラブに出入りして自分の曲をかけたりもしていました。その頃、ヤマハのインストラクターも並行して行っておりました。元々、Cubase でトラックメイキングをしていたので、2006年にヤマハが Steinberg を買収したのをきっかけに Cubase のインストラクターとなり、全国でのセミナーや雑誌の取材、新バージョンのプレゼンなども担当しました。30代に差し掛かる頃には作家としての依頼も増え始めてきて、スタジオレコーディングが減少しつつあるタイミングだったので、低予算で自宅で作れるクリエイターが求められていたんです。であれば、きちんとした機材を買って、自宅で歌録りもして、パッケージもして納品できるようなスタイルを作ろうと思ったんです。
- ライブに関わるようになった転機はいつ頃ですか?
2012年頃でした。今後おそらくCDは売れないだろうと思い、目に見える収益を考えて、絶対的にデジタルに置き換えられないのが何かと考えた時に、興行ではないかと。そう考えて自分がプロデュース/楽曲提供したアーティストの、ライブをサポートする立場に入ってみたんです。少しずつですが、音へのこだわりが評価されてお仕事をいただくようになりました。ですが、いくら自宅やスタジオで音作りにこだわっても、最終的にライブで音を握るのはPAなんです。自信を持ってEQをかましたボーカルも、PAの腕ひとつで全く違うものになってしまうことがある。それで、なるべく自分の音作りやこだわりの意図を組んでくれるPAさんと仕事がしたいと思うようになり、仕事を通じて相性の良かった方に「一緒にやりませんか?」とオーダーを出すようになりました。それならいっそ1つの会社としてやれば話も早いし、クオリティも高みを目指せるだろうということで、日本では珍しい「作曲家がいるPA会社」を2018年に確立しました。はや7年やらせていただいています。
- 現在のメンバーとは、どのように知り合ったのですか?
一緒に仕事をさせていただいた時に、僕が Rupert Neve Designs のアウトボードを駆使していたら「すごくコーラスの伸びがいいよね!」とか、ドラムミックスやバスでよく使っていたら「すごく厚があって生々しくていいよね」と、こちらが言わなくても音をわかってくれる方がいたんです。そういう方に一緒にやらないかと声をかけました。近年は我々の活動を記事にしていただく機会もあり、そういったところから、我々の音に対するこだわりをわかってくれる方が入ってきてくれる状況にあります。
- 現在は何名くらいのチームですか?
契約スタッフも含め、14人ですね。作曲やアレンジをするクリエイターが数名とマニピュレーターがいます。あとは作曲とマニピュレートを両方できる者や、キーボードプレイヤー、アーティスト、レコーディングエンジニアも所属していて、その他の9、10名ほどがPAエンジニアです。先日、弊社に所属するキーボーディストがマジカルミライ 2025大阪公演に出演して、マニピュレートを私が担当し、音響は弊社のPAチームがカバーして、配信・パッケージ用の収録も弊社のレコーディングエンジニアが担当しました。幕張公演ではオペレートもうちのエンジニアが担当し、オープニングなどの楽曲も全部作らせていただいたんです。作曲からパッケージまで、1つのコンテンツを1社でカバーできたのは嬉しかったですね。

現代の音に対して、Neve の要素がハマることに感動した
- この青木さんのスタジオでは、主にライブの仕込みをしているのですか?
そうですね。大きく分けて、右側がSEやBGMかを作るための制作環境で、左側はライブステージのマニピュレート用です。この2つはネットワークで繋がっていて、すぐにファイルを行き来できます。預かるマルチデータの中には古いものもあったりするので、ここでミキシングをし直すこともあります。EDMなどのデジタルを中心とした楽曲であれば昨今のプラグインでフォローできますが、バンドサウンドの場合はここらのアナログ機材がかなり重宝します。
- Rupert Neve Designs の製品を使うようになったきっかけは?
一番最初に手に入れたのは Portico II Channel(チャンネルストリップ)でした。尊敬しているエンジニアさんが Neve 1073 を高く評価していて、僕も20代の頃から「1073 を通るべきだ」とよく言われていたのですが、高価格ゆえになかなか手が出せなかったんです。そんな折、Steinberg から Rupert Neve Designs のプラグインが登場したので、Rupert Neve 氏の歴史を調べていったところ、レコーディングの世界はほとんど Neve 氏が作ってきたようなものだと気づいたんです。ただ、1073 のレプリカを試した時に、音はいいけど現代の音にちょっとハマらなかったんですよ。音質やEQのカーブも確かにキレイだけど、音圧のある現代の音の中に入ると少し抜けが悪い。そう思った時に、近しいアイテムできちんとしたものが Portico II Channel だったんです。これがものすごくハマりました。現代の音に対して、Neve の要素がこんなにハマるのかというくらいきちんとした音が出て、すごく感動を得た記憶があります。

- チャンネルストリップが最初だったんですね。
当時、マイクにこだわっていろんなものを試していたんですが、マイクって環境依存がすごくあるんですよ。きちんとした防音ブースの中でこそ性能が発揮できるんですが、居住空間で録る方が増えてきているので、高級なマイクを買っても使いこなせる環境が作れない。であれば、その先の機材にお金を使った方がいいんじゃないかと。マイクより Portico II Channel のようなスタジオ向けの良質なチャンネルストリップを手に入れた方がいい、というのが答えですね。現代の音に対する考え方と、Neve らしさを当てはめたサウンド作りがされているところに、すごく信頼感が湧きました。
- 現代の音というのは?
現代の音ってステレオの領域をフルで使っていて、シンセサイザーとかはEQで低域を削らないとミックスできないぐらい音圧が出るものがほとんどです。そうすると、声質を細くしないとどうしても歌が抜けてこないんですが、Portico II Channel は温かさを保ったまま前に出せる。もちろん録り音の状態にも左右されると思うんですけど、誰が使ってもちゃんとした音になってくれるのが、Rupert Neve Designs の強みですね。今はどちらかというと、歌い手さんとかが自宅で録ったデータをもらってミックスする時に、一度通しています。
- 特に使用頻度の高い機種は?
ミックスで絶対に使っているのは MBC : Master Bus Converter(デュアルパスA/Dコンバーター&リミッター)です。こういうアイテムが Rupert Neve Designs から出てくるとは思っていませんでした。最終段のリミッターやコンプは非常に重要ですが、プラグインだとどうしてもリミッターがデジタル的な解釈で処理される印象があったので、そこはアナログらしさを求めたくて。ただ、アナログらしさのあるリミッターって意外とないんですよ。昔ならアナログテープを1回通せばアナログのリミッターがかかりましたけど、そうすると音圧がなくなったりする。MBC には SILK が付いているので、全体的に倍音が少し足りない時は RED を使ったり、静かめな曲で豊かさが足りない時は BLUE を足してみる。最終段でもう少し何か欲しい時に SILK で色付けできつつ、きちんとリミッターもかかるというのは唯一無二じゃないかと。

- どんな楽曲でも必ず通すんですか?
はい、間違いなく。あとは Portico II Master Buss Processor(以下 MBP=マスタリング・コンプレッサー / リミッター / ステレオ・フィールド・エディター)の稼働率が非常に高いです。ただし、きちんとミックスされた音を突っ込まないと処理がうまくいかないので、時間をかけてミックスができない時は逆効果になってしまうこともあります。予算のあるプロジェクトに関しては時間を十分にいただけるので、そういう時は必ず MBP を通します。基本的にはマスタートラックにインサートして、リダクションさせることで MBP の良さが出るんですね。普通リダクションをし過ぎるとコンプ感が強くなるんですけど、MBP はかなりリダクションさせても本来の音質が失われない。ただ、DAWで処理されたデータは音がすごく大きいので、そのまま MBP に入れると変なリダクションがかかってしまうから、ゲイントリムでレベルを抑えつつ、スレッショルドを調節して4〜6dBくらいリダクションします。あとは、ワイド感を調整できる SFE(ステレオ・フィールド・エディター)でステレオ感を広げることで、最終的に豊かな音を作る。これもプラグインでは絶対にできないサウンドが出てきますね。

- MBT : Master Bus Transformer もありますね。
これは最近導入した製品ですが、わりと生楽器系のバスマスターにインサートして、シンセサイザーなどとの混ぜ具合を調整したりします。EQやコンプに加えて SUPER SILK という、RED と BLUE のどちらも使える必殺技があるんです。生で録られたものと、シンセサイザーがバキバキ鳴っているサウンドを混ぜる時、僕はアナログものをまとめて、シンセサイザーをまとめ、歌ものをまとめるという、三包装みたいな形でミックスをしていくんですね。で、全体で鳴らした時に、混ざりが悪かったり、もうちょっと生で録音したものをどうにかしたい時に、MBT のツマミを少しいじると調整ができる。MBP はミックスをある程度きちんとしておかないと意図しない方向に進んでしまいますが、MBT はそれがほとんどないので、MBP の代役で使うことも多々ありますね。すごく重宝しています。非常に使い勝手がいいので、ミックスを勉強中の作家さんにもオススメです。わかりやすいし、言い方は悪いけど、雑に突っ込んでもすごく良い音になってくれます。
- 500シリーズも色々お持ちですね。
535(ダイオード・ブリッジ・コンプレッサー)にはギターを通すことが多くて、最初は2台で処理していましたが、ギターソロなども一緒にミックスしたくなったので4台に買い増しました。このコンプのかかり具合が他では出ない、いいサウンドだと思います。551(インダクターEQ)は歌ものに使うことが多いですね。542 は最近導入したテープエミュレーターです。レトロなサウンドをモチーフとしたアーティストを担当しているのですが、音の扱いが難しいんですね。デジタルで作られていながらもオールディなサウンドで、もう少し倍音がないと今のスピーカーや会場に合わないので、どう処理しようか悩んだ挙句、542 を試したらいい感じで、ライブの現場でも導入しようという流れになっています。もしかしたらあと8台ぐらい必要になるかもしれないけど、次のツアーでGOサインが出たら、R10(500シリーズ用電源ラック)を1台購入して、542 を8台入れて、全てのチャンネルに通した方がいいんじゃないかな。

- プラグインでどうにかするより、アナログをかます方が欲しい音色に辿り着けますか?
曲によって違うんですよ。ドラムやベースのニュアンスは、プラグインを通すことで似たようなサウンドになるかもしれないけど、アナログ機材ってそれを通すことによって、ある程度同じようなキャラクターに統一される。そういった要素があるので、アナログを通したものとそうでないものでは、明らかにまとまり方が違うと思います。一時期は500シリーズが流行って、今またプラグインが中心になってきていると思いますが、毎年目まぐるしくいろんなものが変わって、最近だとAIが導入されてきている。そんな中、Rupert Neve Designs の製品を最初に買ったのは15年ほど前でしたが、それが現役で今も使えるのはアナログの良さだと思うし、こういう機材には古さがないですよね。若い時に買って資産として持っておくとすごくいいと思います。プラグインなんて、自分のライセンスがどこにあるのかわからなくなるぐらい、管理がずさんになったりするので。
Rupert Neve Designs を使えば間違いない。どう使うかがスタートライン
- ここで使っているのと同じモデルを、ライブでも使用しているんですか?
そうですね。MBP と MBT は僕が入る現場では必ず通してもらいます。MBT はスタッフが欲しいサウンドと僕が求めているサウンドにマッチすると思ったので、発売と同時に入手して、すぐにアリーナ公演で使って大好評でした。そのサウンドを聴いた時に「これは正解だ」と確信しました。今はPA業界もプラグインに頼りがちですが、理想を言えば僕は 500 シリーズを40スロットくらいのラックに収めて全部インサートしてほしいんです。けど、そういうわけにもいかないので、せめて最後のマスターで、このスタジオで得た感動をライブステージにも伝えたい。スタジオワークで求めていることが、これがあることでライブでも実現できる。世界の Neve って、誰しもが聴いたことのある、誰しもが認めた音を作ってきたブランドなので、Rupert Neve Designs のものを使えばまず間違いはないんです。その上でどう使うかが我々のスタートラインなので、マイナスになることはまずない。アナログの音楽が普及していた時代の音を知っているブランドが少なくなる中、Neve 氏のブレインを引き継いでいるチームが作っていると思うので、今後の製品にも期待を寄せたいです。
- それを現場で使いながら試行錯誤していくわけですね。
最初はお互いに会話をしながら、音作りの仕方を試行錯誤していましたけど、今はフォーマットが出来上がってきているので、僕がどういう音を作ってくるかはチームに理解されているし、今はどうすればもっと理想に近づけるかに取り組んでいるところですね。ただ、あくまでも自分が作った曲ではなくて預かっている作品なので、良い音にするというよりは、作家さんが伝えたいサウンドに忠実に、ライブ用に作り上げていくことが大事です。中には古い曲とか、特にボカロ系だと15年前の曲も出てきますけど、それをプラグインで派手にしてしまうと作家の意図とは外れてしまうので、できる限り元のままにして、当時できなかったこと、例えばM/Sを少し触って広がりをつけたり、そういったところで SILK がすごく重宝します。
- アナログ機材ならではの処理が重要になるんですね。
そうですね。アナログ機材って、通すだけだと何が変わったのかわからないこともあると思うんですけど、でも何かが変わっているんですよ。Rupert Neve Designs はそれを丁度いい塩梅でミックスできるから、我々が扱うコンテンツとすごくマッチしていると思います。

写真:桧川泰治
