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サミングミキサーとは?
サミングミキサーとは、アナログの電気信号で音声信号をミックスすることを目的としたミキサーのことで、一般的なアナログミキサーから、内蔵のマイクプリアンプやイコライザーなどを省いた機材になります。
デジタル機材でのミックスが増えた90年代後半から2010年くらいまで、DAW内のデジタルミックスではサウンドの違和感や飽和感が感じられました。そのため当時は、DAW内の音をわざわざ大型コンソールに立ち上げてミックスしたり、アナログテープに一度録音してからDAWに戻すなど、多くのエンジニアが様々な手法でアナログのフィーリングを得る方法を模索していました。
2010年に Avid から Pro Tools HDX が発売され、それまでの Pro Tools システムでは「DAW内でのミックスがディザーの影響を多分に受けていた」ということが公表されたのですが、そういったサウンドへの影響をエンジニア達は聴き逃していなかったのです。
2000年代半ばには、それまで大掛かりなシステム投資が必要であったレコーディングも、デジタル機材の進歩により身近になりました。この頃には小規模スタジオやプライベートスタジオがたくさん作られ、現代のようなホームスタジオを持つミュージシャンの制作スタイルの基盤が確立されました。
そういった背景で作られたスタジオでは、大型コンソールを置くスペースを設けたり維持管理することは難しいのですが、「DAW内でのミックスではなく、アナログ信号を扱ってミックスしたい」というニーズはあり、それに応えて登場したのがサミングミキサーです。「サミング」とは、“複数の入力をまとめること”を意味します。私も2007年頃に SSL から発売されたラック・モジュールタイプのサミングミキサーを購入し、現在も使用しています。
サミングミキサーは16chもあれば十分
DAWが普及した現代では、多くのアナログモデリング・プラグインが発売されています。そのサウンドやGUIは相当にリアルなものになってきていますが、実はそれらのサウンドは演算によってもたらされているものであり、電気信号が変化しているわけではありません。この僅かな違いが、日頃からアナログ機材に頻繁に触れるエンジニアには違和感となります。
つまり、アナログ信号であれば、電気信号の量や、回路への負荷などの要素が、微量ながらもサウンドに影響します。それに対してDAWでの内部ミックスは、プラグインでそういったアナログの挙動を演算によりシミュレートしていますが、信号のサミング自体はDAWの設計に依存する部分が大きいのが現状です。
そこで、サミングミキサーが登場します。サミングミキサーは基本的には16chもあれば十分です。
例えば、ch 1-2にドラムバス、3にベース、4にボーカル、5-6にギターバス、7-8にアコースティック楽器、9-10にパーカッション、11-12に鍵盤もの、13-14にストリングスや同期もの、15-16にリバーブなどのセンドエフェクトというように分けて、バスに送ります(ch3とch4はモノラルを想定しています)。
注意すべき点は、出力レベルを適正に保つことです。某有名エンジニアがミキサーに音声を立ち上げる際、全チャンネルにリミッターを挿して、デジタルクリップを回避しながら出力の量を決めているという話は比較的有名です。適正なレベルでサミングミキサーに送れば、ステレオにサミングされた信号がステレオアウトから出力されます。それを再びDAW内のオーディオトラックに戻し、それをモニターしながらミックスを行うというのが大まかな流れです。
近年はDAWやパソコンの性能が上がったため、サミングミキサーはあまり必要ないという意見もありますが、少なくとも1つの手法として非常に有効であると同時に、「アナログ信号としての挙動を感じながら信号処理を行う」という意味では非常に有意義です。通常、我々はDAコンバーター経由で、モニタースピーカーかヘッドホンで音を認識しながら作業を行いますが、サウンドに直接影響するシグナルパス上で、電気信号に変換された音を常に感じながらプラグインを操作すると、音の感じ方やプラグインの効き方に対する認識も変わってくるわけです。
サミングミキサー 5057 Orbit の使い方
Rupert Neve Designs のサミングミキサー 5057 Orbit は、16のインプットと1dBステップのアウトプットアッテネーターを持っており、ch1~8は、フロントのスイッチを使用してモノラルに定位させることができます。
また、フルビットの出力をサミングした際にレベルが大きくなってしまうことが多々あるため、後段の機材や再度ADする際のレベルオーバーを避ける目的で、出力を小さくするためのアウトプット・アッテネーター(TRIM)が付いています。加えてアウトプットは、通常のステレオアウトプット以外に-6dBアウトプットを装備しています。-6dBアウトから出力し、後段でアウトボードなどを使用することで、よりトランスの音色を際立たせることができます。
これだけだと、こだわりのプロ用のちょっと地味な機材といったイメージを持たれるかもしれませんが、そのイメージを破壊するほど圧倒的な魅力を持つ機能が「SILK」スイッチです。SILKは原音に倍音を付加する機能で、その量はTEXTUREノブで調整が可能。回路はSILK(青色)とSILK+(赤色)の2種類を切り替えることができます。青色にすると高域に煌びやかさが足され、非常に耳なじみのいいポップな明るいトーンを得ることができます。赤色にすると中域から低域が分厚くなり、ロックな作品やバンドサウンドに、心地いい安定感とドライブ感を与えてくれます。
これらの効果は他のアウトボードでは得難いもので、私はこの機能目当てで、同社の Portico II Master Buss Processor を持っています。さらに言えば、このSILKの効果だけはプラグインでの再現が難しいため、私は Portico II Master Buss Processor を2台持つことになりました。そんなSILK愛好家の私ですが、5057 Orbit のSILKがまさに Portico II Master Buss Processor と同じ質感であったことに驚きました。
正直なところ 5057 Orbit は、サミングミキサーとしての魅力もさることながら、SILKが付いていることで、他社のサミングミキサーとは圧倒的に異なるアドバンテージを得ています。それほどにSILK機能は強力であり、SILK未体験の方であればスイッチを押し、赤いLEDが目に入った途端にこの機材の購入を決めるか、その上で Portico II Master Buss Processor に興味を抱くでしょう。
このSILK機能と出力トリムだけでも、もちろん十分に有効に使用できます。「オーディオインターフェイスのマルチアウトが16chも空いていない」という方であっても、ステレオなり、4chなりの少ないチャンネル数でも十分効果を発揮すると、自信を持ってオススメできます。
それほどに、アナログ回路に求める魅力を簡単に体現できる機能と、クラシカルなサミング機能を持つ 5057 Orbit は、アナログサウンドに興味を持ったデジタルネイティブな世代にも、アナログを再び取り入れたいプロフェッショナルにも、魅力的かつ即戦力となる製品と言えます。
文:門垣良則
写真:桧川泰治
門垣良則 プロフィール
奈良出身。サウンドエンジニアであり広義、狭義ともにプロデューサー。師匠である森本(饗場)公三に出会いエンジニアという職業を知る。師事した後、独学及び仲間との切磋琢磨により技術を磨きMORGを結成。当時の仲間の殆どが現在音楽業界の一線にいるという関西では特異なシーンに身を置いていた。大阪のインディーズシーンを支えるHOOK UP RECORDSの立ち上げ、運営に関わる。大手出身ではないが機材話で盛り上がり、先輩格の著名エンジニアとの交流は多い。自身の運営するMORGのスタジオを持ち、日本有数の名機群を保有する。中でもビンテージNEVEやマイクのストック量は他の追随を一切許さない。しっかりとメンテナンスされた高級スタジオ数件分の機材を保有している。インディーズレーベルに叩き上げられた独自の製作スタイルを持ち、二現場体制での対応スタイルはじめマスタリングアウトボードを通しながらのミックススタイルをいち早く採用している。また、その際のアウトボードの量と質も他の追随を一切許さない。関西圏での音楽製作レベルの底上げ、、、もとい一気に都内一線クオリティーを持ち込むべく岡村弦、岩谷啓士郎に呼びかけWAVE RIDER(命名:gendam)を設立。WAVERIDERのネットワークにより、都内一線とリアルタイムに情報を共有することを可能にしている。エンジニアのみならず機材メンテナンス及び改良と検証、経営、教育など複合的な観点から音楽と向き合っている。2021年にWAVE RIDERを退社し、合同会社GRAND ORDERにて精力的に活動。新たに機材ブランドMORG Special Equipmentを設立した。