武満さんの音程感を立体的に伝えるにはサウンドに凝り過ぎない方がいい
- まず、お二人が Acoustic Ladyland としての活動を始めた経緯から教えてください。
石塚:富川さんとは Twitter で知り合って、音楽をやっているもの同士なので興味があって会話をしたりしていたんですね。ある時、私のライブに富川さんが来てくださって、私も富川さんのライブに行ったりと、お顔を合わせてのお付き合いが始まって。富川さんが私の歌を聴いて「声が面白い」と言ってくれて、「何か一緒にやりませんか」と声をかけてくださったのが結成のきっかけですね。2015年から活動し始めて、もう5年になります。
富川:面白いというか、倍音が独特で、ギターっぽいなと思ったんですよ。石塚さんのライブを観た時、一緒に歌っていたもう1人の方もすごくキレイな声でしたけど、ピュアな感じでキーボードっぽかったんです。石塚さんの声は倍音の入り方が、いい意味でノイズっぽいというのかな。1つの声なんだけど、違う音が聴こえてくるところがギターっぽかったんです。なので、ギターと一緒にやったら面白いんじゃないかなと。
石塚:私自身、そういう自分の声の特徴に気づいていたので、周波数帯域がぶつかって相殺してしまうような感じがして、ギターの方と一緒にやることには苦手意識があったんです。実際、鍵盤奏者の方と共演することが多かったので、ギターとのデュオには不安を感じつつも、「やってみたいな」という気持ちもありました。しかも富川さんはクラシックギターの方なので、そういうジャンルに知り合いもいなければ、日頃やっているポピュラーのミュージシャンとどう違うのかもわからない。だけど、ちょっと面白そうだなと思って始めました。
- 実際に相殺されてしまうことはなかったですか?
富川:僕はギターの二重奏みたいなものだと思ったんです。昔のイギリスとかのトラディショナル系ロックバンド、例えば Pentangle とか、ギターが生々しいのに歌と合うんですよ。あれは、歌とギターの倍音を両者とも活かしているから成立するんです。ですけど、ギターの弾き語りや、ギターと歌のデュオをやっている人達は、ある意味で鍵盤楽器のような音作りをしていることが多い。僕はそうはしたくなかったんです。
石塚:ギターと歌のデュオでよく演奏されている曲をやる時も、ポピュラーのミュージシャンとは全然違うアプローチをしていますね。富川さんは想定外のアレンジで、想定外の音を出すので、「よく歌えるね」って言われます(笑)。ですけど、そういう方が私もやりがいを感じるタイプなので、そこは合っていたのかな。
- ニューアルバムも倍音成分まで堪能できる見事な仕上がりですが、本作の制作に至った経緯は?
富川:大泉学園にある In "F" というジャズのライブハウスに、僕がソロで出演していて、そこのオーナーさんから「武満 徹さんの縛りでなんかやってくれ」って言われたんですね。ジャズのハコなんですけどオーナーさんはいろんな音楽が好きで、特に武満さんがメチャクチャ好きらしくて。ただ、武満さんのギターの作品だけをやるのはちょっと重かったので、歌ものも4〜5曲入れてやることにしました。年4回ライブをやれば、1年で武満さんの歌もの21曲が全部できるだろうと。
石塚:ギターと歌だけで武満作品をやるというのは珍しかったみたいですね。なので、そのライブの後に、全曲をいっぺんにやるライブを思いついて、コンプリートライブをやらせていただきました。そういった経緯もあって、春に緊急事態宣言が発令された際、神楽坂のホールからミュージシャン救済企画として「ホールが空いているから、ここでレコーディングをする方いないですか?」という提案があって。「これはいいかもしれない」と思ってアルバム制作が実現したという感じです。
- そのホールレコーディングでは、どんなサウンドを目指しましたか?
富川:武満さんの歌ものって、武満さんが本気で書いた現代音楽とは違いますよね。ポップソングを書きたいということで、例えば映画の挿入歌だったり、小室 等さんが歌うために書いた曲とか、そういうパターンが結構多い。でも、普通のポップスを書く作曲家の方とは、ちょっと違うメロディセンスがあるんですよ。楽譜を見てみると、あまり使われない音程感があって、今までいろんな歌を歌ってきた石塚さんが「歌いにくい……」ってずっと言っているんですよ(笑)。その音程感を立体的に伝えるためには、実はあまりサウンドに凝らない方がいいんです。ギターをすごくシンプルなアレンジにすれば、メロディの旋律がわかりやすいと思ったんです。しかも、1人の人間が歌うことによって、1曲1曲の個性や武満さんのクセとかが見えてくるから、それが面白いかなと。
- レコーディングの期間はどれくらいですか?
石塚:2日間でした。私は歌なのでコンディションをかなり調整しないといけないし、ギターももちろん大変ですけど、「1日に10曲も録ったことはないぞ……」と思って。しかも一発録りなので、お互いにミスできない。不安もあったんですけど、これもなかなか経験できない貴重な機会なので頑張ってやろうと。やっぱりそこのホールの響きが好きなので、その響きの中で作る音を残してみたいっていうのもありましたね。
-スタジオで歌う時とは勝手が違いますよね。
石塚:全然違います。やっている作業は一緒ですけど、コロナ禍なのでソーシャルディスタンスも取らなくてはならないから、ホール内で対角線上に離れて、アイコンタクトもできないくらい距離を取りました。
富川:僕は舞台側、石塚さんは客席のかなり奥の方に行って、余裕で10mは離れていましたね。目の動きは少し見えるんですけど、細かいアイコンタクトは無理でした。
- かなりイレギュラーな形だったのですね。
富川:本当は音決めに3〜4時間かけられたら、よりブラッシュアップできたと思うんですけど、それができなかったわりには、落ち着いた感じの音で録れたかなと思います。僕も石塚さんもそれなりの経験を積んでいるから、この辺の音で決まったらいいかなっていう目安はあって。いい意味でフラットに録れたんじゃないかな。
3本のギターでナイロンの色合いを変えている
- レコーディングに使用したマイクを教えてください。
石塚:ボーカルは Manley Laboratories Reference Cardioid と sE Electronics RNT を曲によって使い分けました。私の声との相性で言えば圧倒的に Reference Cardioid が合っていて、暖かくてちょっとふくよかな感じで録れます。私の声質も中低音が膨らむ感じなので、より豊潤というか、ふくよかな感じにしてくれるんです。RNT はもっとキラキラしたハデな感じに録れる印象だったので、「この曲はキラキラさせたい」、「これはナチュラルに録りたい」といった方向性や曲調に合わせて選びました。
- 曲によってローボイスからハイトーンまでを使い分けていますよね。
石塚:私の使える音域をフルで使ったと思います。例えばハイトーンで歌う時、RNT を使えばキラキラした派手な感じになるんですけど、あえて柔らかくしたい曲では Reference Cardioid を使ったり。中低音のメロディを歌う時、言葉の輪郭をクッキリさせてポップな感じに聴かせたい場合は RNT を使うといった感じですね。曲によって声のトーンを結構変えているので、それをそのまま拾いたい曲は Reference Carioid を使いましたね。
- なるほど。具体的には、どの曲でどちらのマイクを使用したのですか?
石塚:可愛らしい曲調の「恋のかくれんぼ」は、音域が極端に高くも低くもないけど、柔らかい感じにしたかったので Reference Cardioid。「○と△の歌」は後半でかなりのハイトーンが出てくるんですけど、もともと映画の中で子供が歌っていた曲という成り立ちなので、ナチュラルに聴かせたくて、これも Reference Cardioidにしました。メッセージが重ための「三月のうた」は、音域的にも低めなのですが、言葉をちゃんと伝えたかったので、RNT を使って言葉の粒立ちを出すようにしました。
- では、ギターのレコーディング方法は?
富川:楽器を3種類使いました。普段から使っている Arcangel Fernandez がメインで、他に Camps と、Landscape SE-01N にナイロン弦を貼ったものを使いました。Arcangel Fernandez は生粋のスパニッシュなので、中高域がカラン、低音はドシンと鳴る感じです。Camps はいい意味でジャズギターのフルアコっぽい、箱なりの感じが出るんです。フルアコの箱鳴り感ってちょっと切ないんですよね。「めぐり逢い」と「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」、「小さな空」で使いました。「小さな空」は普段、Arcangel Fernandez で弾いているんですけど、Campsでやったらトツトツとした感じが出て、いい意味で「みんなが思うガットギターの音ってこっちなんだろうな」と思います。
- SE-01N はどの曲で使いましたか?
富川:ちょっと変わった曲に使ってみようと思って、「見えないこども」、「恋のかくれんぼ」、「死んだ男の残したものは」で使いました。「見えないこども」は不気味な歌詞というか、生と死の狭間にいるような感じなので、あまり現実味を出したくなかったんです。「恋のかくれんぼ」はいい意味で童謡っぽいというか、ファンタジーな曲なので、これも SE-01N で。「死んだ男の残したものは」は昔からある反戦歌という感じなので、ギターでかき鳴らすといかにもフォークソングっぽくなってしまう。なので、それを避けるために SE-01N を使いました。SE-01N で弾いた曲の次に普通のクラシックギターの曲がくると、ちょっと耳が戻るんですよ。逆に SE-01N の曲になると「えっ!」ていう感じになると思うので、そういうカンフル剤として丁度いいのかなと。色合いを変えるということですね。並べて聴いた時に、ところどころに色の違うナイロンの音が入っていると、ちょっと面白いのかなと思いました。
- 使用したギターアンプは?
富川:UDO Roesner Amp Da Capo 75 を使いました。これは、いいアンプでしたね。普段、僕は AER のアンプを使っているんですけど、それよりも音に深みがあります。SE-01N は低音がすごく持続するギターだから、低音を弾きながらアルペジオやメロディを乗せたりするのにバランスがいい。分離がすごくいいんです。我々クラシックギタリストは、メロディをどれくらいの音量で弾くか、内声や伴奏をどれくらいの音量で弾くか、低音をどれくらいの音量で弾くかをバランスを取りながらやっているので、この SE-01N はそれがちゃんとできて、さらに Da Capo 75 でキレイに鳴らすと、すごく弾きやすい。各声部で思った通りの音量が取れて、すごく良いアンプだなと。欲しいなと(笑)。
- Arcangel Fernandez と Camps に使用したマイクは?
富川:sE Electronics T2 がメインで、アンビ用に sE Electronics sE8 Pair を立てました。マイクプリは Rupert Neve Designs Shelford Channel ですね。クラシックギターは爪を当てる楽器なので、その生音を録るのって実はすごく難しいんです。ヘタすると、マイクを立てるのに丸1日かけることもある。ただ、あまり凝り過ぎるとその後のレコーディングが難航してしまうので、ボディ周辺を大きく狙うような感じでマイクを立てればいいのかなと。T2 はフラットで素直に録れるマイクで、爪が弦に当たる音とか、サスティン、低音のバランス、ドスが効いた低音、ちょっと広がりのある高音の感じとかを、広く録れる感じがしました。クラシックギターってどうしてもコモりがちなんですけど、T2 はシャープさが録れるので、それがうまくいったかなと思います。そこからさらに僕らしいギターの音とか、僕が持っているギターの音を付け加えていくにはもう2〜3工程必要なんですけど、マイクをT2に決めてそこで作っていくというのは、すごくイメージが作りやすかったです。限られた時間の中では、いい仕事ができたかなと思います。
歌とギターとそれぞれの倍音が、バランス良くハマる状態を狙った
- ミックスでエンジニアさんにリクエストしたことは?
富川:ミックスも立ち会って、半日くらいかけてやりました。仮ミックスの段階では、歌が前にいてギターが脇にいたので、それを両方均等にしてもらって。あまり均等にし過ぎるとお互いの倍音が干渉するから、どう混ぜていくかがポイントでした。帯域を分けてしまうと、よくあるポップスのミックスになってしまって、歌とギターがバラバラになっちゃうんですよ。ステレオで聴いた時に、両方がミックスされて、もうひとつの音が聴こえてくるような定位のポイントがあって。それを僕は感覚としてわかるので、「もうちょっとギターを大きくしてくれ」とか、「ギターのリバーブをもう少し強く出してくれ」とか言いつつ、うまくミックスしていったという感じですね。
- お二人の音以外に、聴こえてくる音というのがあるんですね。
富川:いいミックスって実はそうなんじゃないかと思うんですよ。逆に、すごくバランスのいいミックスでも、いいステレオやモニタースピーカーで聴いた時にバラバラに聴こえるものもあります。できれば、歌とギターがうまくミックスされて、ひとつの空気が出来上がるといいなと思っているんですよ。歌の音色とギターの音色、そしてそれぞれの持っている倍音が、バランス良く後ろにピタッとハマった状態を、狙えたら面白いんじゃないかなと。
- なるほど。その他に本作の聴きどころを教えてください。
石塚:武満さんの歌ものを21曲全部収録した作品は、世の中に他にもあるんですけど、歌とギターだけでコンプリートしているアルバムはほとんどないと思うので、注目してもらえたらなと。それと、もともとこのユニットでは、「歌とギターだけでどこまで世界を広げられるか」を目指しているんです。どこまでやれるかに挑戦しているので、ミニマムからマキシマムまで、我々がやってきたことの1つの集大成として聴いていただけたらと思います。
- ところで石塚さんは最近、INTER BEE の収録にも参加されたそうですね。
石塚:はい。今年の Inter BEE はオンラインでの開催なのですが、19日の Inter BEE Experience で、3人のオペレーターさんが同じバンドの同じ曲をサウンドメイクして、その作業を最初から最後まで見せるというパートがあるんです。そこでボーカルを担当しました。それと20日の立体音響やバイノーラル録音のコーナーでも、ボーカルをやらせていただきました。リハーサルの時に、普段使っている sE Electronics V7(ダイナミックマイク)を持って行ったら、現場の方が気に入ってくれて「全部 V7 で行きましょう」と言ってくださったんです。使い慣れているマイクなので、ありがたく使わせていただきました。
- どちらも面白そうな試みですね。
石塚:すごく面白かったです。メンバーが4人いるんですけど、それぞれが iPad を操作してイヤモニの定位を自由に変えられるんですよ。ドラムならシンバルとかの位置まで自由に変えられるし、ボーカルも立ち位置関係なく定位が決められて、すごく面白かったです。
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写真:桧川泰治