プレイヤーの行動に対して曲が発生するのが劇伴との大きな違い
- コンポーザーの皆さんは主にBGMの作曲を担当しているのですか?
佐藤(奈央):はい、カプコンのサウンドクリエイティブ室にはサウンドデザイナーとコンポーザーがおり、サウンドデザイナーが効果音、我々コンポーザーが楽曲を作っています。基本的にはサウンドデザイナーが楽曲以外の音を担い、楽曲はコンポーザーが担います。具体的には、楽曲制作、演出の考案、収録、ゲームへの実装、プロモーション対応などのすべてを含めた楽曲のプロデュースをする仕事ですね。
- 曲を作るだけでなく、ゲームに落とし込むところまで行うんですね。そうした作業を分担するのですか?
大木(優拓):いえ、どのコンポーザーも作業内容はおおむね共通しています。役割の違いと言えるのはリードコンポーザーかサブコンポーザーかの役割責任の違いくらいです。実装が多いタイトルもあれば、曲作りが多いタイトルもあるし、収録前のプロモーション対応が発生しやすいかなど、タイトルごとに違いはあると思いますが、重きを置く部分が違うだけで、担当する作業や割り振りは同じですね。
佐藤:例えば楽曲全体の方向性を決める、といったことは主にリードコンポーザーの役割です。一番重要なゲーム全体の方向性を前提として、まずサウンドディレクターが音全体のコンセプトを決めて、それに応じてコンポーザーが楽曲の方向性を決めていくというイメージです。方向性の決め方はタイトルによって様々だと思います。
北川(保昌):ディレクターから直接指示を受けることもありますが、それはタイトルの規模やディレクターの意向によりますね。コンポーザーと直接やり取りしたいディレクターもいるし、完全にコンポーザーに任せるタイプのディレクターもいます。
- 直近ではどんなタイトルに携わりましたか?
佐藤:直近...と言っても3年ほど前ですが、『バイオハザード ヴィレッジ』にサブコンポーザーとして関わりました。
大木:最近だと『ドラゴンズドグマ 2』です。それ以前だと『モンスターハンターストーリーズ2』というRPG系のタイトルでリードコンポーザーを担当しました。『TEPPEN』というスマホ向けタイトルでも何曲か担当しました。
北川:最近発売されたタイトルだと、『逆転検事1&2 御剣セレクション』です。アレンジやギター演奏を担当しました。
亀田(滋之):僕は最近で言えば『MARVEL vs. CAPCOM Fighting Collection: Arcade Classics』や『ストリートファイター6』を担当しました。
- 一度に複数のタイトルを掛け持つことも?
亀田:スポット案件など、プロジェクトによっては、短期間で数多くの楽曲を用意する場合がありますので、複数人がその時のみ集結して作ったりなど、臨機応変に対応してますね。
- 映画やドラマなどの劇伴と大きく違う部分は?
佐藤:劇伴は映像そのものに対して楽曲を制作しますが、ゲームは「プレイヤーの行動」といったゲーム上の出来事に対して楽曲を制作する、というのが大きな違いですね。「プレイヤーがこれをしたら楽曲が鳴る」みたいな制御を、ミドルウェアというツールで実装します。映像と違い、ゲームの場合は楽曲がループする場合があるので、それを踏まえた制作をすることが結構あります。
- 曲の尺は決まっているのですか?
佐藤:ものによりますが、ゲームの中でどれくらい聴かれるかによっても変わると思います。例えば戦闘曲を作る場合、ザコ敵は頻繁に出てきて楽曲も何度も聴かれるので、ちょっと長めに作って聴き飽きないようにしたり、常に頭出しで再生されるのではなく、毎回違うところから再生されるようにしたりしますね。
亀田:プレイヤーの行動によって何かが変化するというインタラクティブな状況に、音楽をどう合わせるかを考えて、演出に合うBGMを置いたり、逆にあえてBGMを置かないというパターンもあったりと、その状況に一番フィットする長さを探りながら決めていっています。
佐藤:亀田さんや北川さんが担当されているような格ゲー(対戦型格闘ゲーム)の場合は、どうやってワンループの尺を決めていますか?
北川:格ゲーはラウンドごとに曲が変わったりするので、ラウンド尺(どれくらいの長さ戦うか)に合わせて決めていきます。例えば「このボスバトルはどれくらいの長さ戦うのか?」を想定して逆算することはよくありますね。それプラス、インタラクティブな展開に合わせて尺も考えます。
- インタラクティブな音楽を作れるのはゲームならではですね。
北川:展開に合わせてアレンジ的な変化もさせるし、ステムの抜き差しもします。演出やディレクターの意向も関係しますが、いずれにしてもユーザーに寄り添うことを常に忘れず制作しています。
ゲーム音楽は空間作りが重要。分離感が他の音楽とは違う
- 曲作りの段階で、映像は出来ているのですか?
北川:曲作りのタイミングでは、映像はまだ出来ていないケースが多いかもしれません。絵コンテみたいなものがあればラッキーですが、ない場合もあります。企画資料とコンセプトアートはあるけど、キャラクターの設定資料はなかったりとタイトルによって様々です。例えば「このモンスターはこういう特性があって、こういう動きをする」といったバックグラウンドを書いてくれる場合もあれば、そういった資料が何もなくて意図を汲み取らないといけない場合もある。そうやって五感をフルに使う仕事な気がしますね。
- 場面だけでなく、モンスターに合わせて作る曲もあるんですね。
北川:そうです。シチュエーションに応じて視点が変わりますね。モンスターサイドから見た曲もあれば、場面を表わす曲もあるし、事態を表す曲の場合もある。あるいはプレイヤーの気持ちを表す曲かもしれません。そこはゲームのストーリーのどの段階なのかを考えて決めていきます。例えばゲームの序盤からいきなりブレイブリー(勇敢)な視点になるのは何か違うじゃないですか。序盤なのか、最後のラスボスなのかなど、ゲームのテンション感を考えて曲を作っていきます。
- 制作環境について教えてください。社内にスタジオがあるのでしょうか?
大木:自席に各自の制作環境があって、大きな音で確認したい時は個人で借りられる社内のスタジオを使ったり、より大規模な環境で確認したい時はゲームオーディオミキサーといった専門のスタッフがいる大きめのスタジオで聴いたりもします。スタジオ数は限られているので、何曲か書いてからまとめて確認することが僕の場合は多いかなと思います。
佐藤:5.1chのサラウンド環境も自席にあるので、日常的な確認はそこで行います。
- 制作ツールは主にDTMだと思いますが、楽器を使うケースもありますか?
佐藤:それぞれ自分の得意な楽器を収録することはよくあります。サウンドメンバーだけで社内に130人ぐらいいるので、ピアノを弾ける人もいれば、サックスやフルートが得意な人もいる。様々なスキルを持ったメンバーがいるので、収録の時に手伝ってもらうこともあります。新しい機材も常に取り入れていて、最近だとモジュラーシンセを使っています。
- コンポーザーによって得意なジャンルは様々ですよね?
北川:カプコンの作風として、オーケストラが得意な面々は揃っていますね。『モンスターハンター』などはオケ調なので。
岡田(信弥):この業界に長くいる人ほど、いろんなジャンルに関わっているので、8bitに始まり、EDMやオケまで幅広く作れるコンポーザーが結構いますね。総じてみんな耳がいいですね。多くの制作や収録に関わることで音楽的、音響的なエッセンスを端的に理解できるようになり、いろんなジャンルに柔軟に対応できるのかもしれません。
- ミキシングもコンポーザーの仕事ですか?
岡田:基本的にそうですね。タイトルや楽曲によっては外部のエンジニアにご協力いただくケースもありますが、自分でやることが多いです。
- 映像を確認しながらミキシングするには、ハイスペックなPCが必要ですよね。
岡田:PCはコンポーザー1人1人に合わせて使いやすいように、OM FACTORY さんにカスタマイズしてもらっています。メモリよりもストレージを優先したいコンポーザーもいれば、大容量音源を使いたいコンポーザーもいるので、必要とするストレージは人によってかなり違います。ただCPUはその時々に選択できる最高のものにしています。
- ソフト音源も最新のものを追加していますか?
大木:どんどん入れていますね。毎年、数TB増えています(笑)。
北川:プラグインエフェクトも使いますね。音作りに積極的に使う場合があります。
- Universal Audio の UAD プラグインを使うコンポーザーさんが多いと聞きました。
佐藤:特にシンセサイザーの音作りで、Moog Multimode Filter のようなサウンドデザイン系のプラグインを使うことは多いです。1176 などのスタンダードなプラグインも使いつつ、空間系や歪み系、フィルターとかを足していくような感じですね。最近の映画音楽でも、シンセサイザーを使ったシネマティックな楽曲ではそういうプラグインが音作りによく使われていますが、クオリティの高いプラグインを使えば音色を暖かくも太くもできるので、すごく重宝します。シンセサイザーには Galaxy Tape Echo も相性がいいですね。特にフィードバックが良くて、長めにかけても濁らず厚みが出る。Verve Analog Machines も厚みを出すのに使いますね。プリセットの音がすごくいいので助かっています。
大木:僕も Moog Multimode Filter やクリエイティブ系のプラグインをよく使いますし、特にポップス系の曲を作る際は、1176 や Fairchild も使います。Fairchild は個人的にお気に入りで、ベースに使うと輪郭の出方とかにすごくリッチさが出るんですよね。あと Pultec EQ もよく使いますね。自然にかかりつつ、ガッツリかけても嫌らしくならない。ゲームミュージックはステムで実装することも多いので、楽曲単体での完成度だけではなく、ステムごとに鳴らしても成立するような作り方が大事かなと。
北川:Pultec EQ は僕もよく使います。Shadow Hills Mastering Compressor や VOG も好きですね。VOG は低音レゾナンス系プラグインで、低音を豊かにする効果が得られるんです。同様に Pultec EQ も低音をガッツリ出せるし、ぬくもりが出るんですよ。シンセの無機的な音をどうやって有機的にするかにこだわっているので、実機の美味しい部分が抽出された Pultec EQ はすごく効果的です。マスターにかけたりしますね。Ocean Way Studios も替えが利かないので、空間作りにすごく使えます。あんなことができるプラグインってあまりないと思うんですよ。
- 『モンスターハンター』シリーズのように、音響が特徴のタイトルでは空間表現が特に重要ですよね。
北川:ゲーム音楽において空間作りは重要だと思います。音色を裸で流してしまうと、SEやボイスなどとバッティングすることもあるから、ミックスする時もそこは空けておいた方がトータルとして聴きやすい。そういう分離感は普通の音楽とは違うかもしれません。なので空間作りができるプラグインがあるとすごく助かります。シンセもそのまま出すとモノラルソースだったりするので、空間を作りたい時は Ocean Way Studios や LiquidSonics Cinematic Rooms を使って馴染ませていくというか、ゲームの世界に溶け込ませていく。そういうプラグインがたくさんあると嬉しいですね。
亀田:僕は Fairchild と API 560 をよく使います。560は細かいことはできませんが、より音楽的なデザインができるので、そういうアプローチをしたい時に使います。Fairchild はマスターバスに挿しておいて、それありきで音を仕上げることが多いですね。
大木:Fairchild はいいですよね。実機は気軽に手が出せないので(笑)。
北川:実機系の UAD プラグインは音が破綻しにくくて使いやすいですね。DAW標準の豪快なプラグインも好きですが、大胆な設定にしても破綻しない UAD プラグインは安心感があります。
オーケストラ音源のボリュームフェーダーの操作で P1-Nano を重宝する
- 音声収録には真空管マイクを使っているそうですね。
北川:素材録りやピアノの録音などで Manley Reference Cardioid を使っています。
佐藤:仮歌なども Reference Cardioidで録ることがよくあります。あとは特殊な弾き方で楽器を鳴らしたり、楽器ではないもので音を鳴らしたりして奇妙な音を収録することもあります。
岡田:ラージダイアフラムのマイクを何本か借りて聴き比べた時に、Reference Cardioid の音は圧倒的に他のマイクでは出ない帯域まで録れていて、張りがあるし、みずみずしかったです。EQもコンプもかけていないのに、仕上がった音が最初から出てくるのがすごく音楽的なので、導入を決定しました。真空管マイクだから取り扱いには気を遣いますが、これでしか録れない音があるのであえて選びました。
- ギターを録ることはありますか?
亀田:自席でギターを録る時は、プラグインやハードウェアのアンプシミュレーターを使っています。中でも Universal Audio UAFX Dream はサウンドが透き通った感じがするので、クリーンな音作りをする時に最初に試すことが多いです。Dream から出た音を Universal Audio LA-610 MkII(マイク・プリアンプ)に通して録音することが結構ありますね。ギターに限らずベースもそうだし、ソフト音源も LA-610 を通して録音することが結構あります。モノラル仕様なので用途はそう多くないですが、生音やアナログシンセの音を通して音作りしたりと幅広く使っています。
- ハードウェアも活用しているのですね。
亀田:同じく UAFX の Lion も借りたものを実際の制作で使いました。僕は IK Multimedia TONEX を起動させた時に最初に出てくる Marshall JCM 800 のプリセットが大好きなんですが、Lion はそれとはまた違う、音像が前にくる感じがいいんです。Lion はどのプリセットもオケとの馴染みがいいし、歪みも使えるし、ギターのボリュームをちょっと絞ってクランチにしたりもできます。あとアコギの収録では Universal Audio Sphere DLX(マイク・モデリング・システム)を使いました。録音後にマイクの種類を選べるのがすごく便利です。音は少し硬めでアタックの強い感じがしたので、そういう質感で録りたい時に重宝します。
大木:TONEX は僕も使っています。AmpliTube を使いたくて購入した Total Studio MAX にバンドルされていたんですが、いろんな音色を落とせるのが意外といいですね。今はまだ自宅で使っているだけですが、今後は会社でも導入してみたいです。
- 自宅にも制作環境があるんですね。
大木:会社では Universal Audio UAD-2 Satellite、自宅では同じく UAD-2 Satellite とオーディオインターフェイスとして Apollo 8 を使っています。Apollo 8 は Unison がすごく良くて使い続けています。
- コントローラーはどんなものを使っていますか?
亀田:僕が使っている iCON P1-Nano はDAWを3つ登録できるんです。Logic と Pro Tools に加えてMIDI CCも登録できるので、フェーダーをCC11にアサインしてよく使っています。オーケストラ系の音源はモジュレーションを使うことが多いですが、シンセのモジュレーションホイールだと少し物足りないし、ストロークが短いフェーダーだと細かい操作ができないですが、P1-Nano はフェーダーのストロークが長いので重宝します。マウスでボリュームフェーダーを上げ下げするより楽だし、たくさんあるボタンに好きなショートカットをアサインできるのですごく便利です。
- コンポーザーの皆さんにとってゲーム音楽制作の面白さとは?
大木:コンポーザーがこれだけたくさん集まる職場で作業できると、知見が増えるというのももちろんありますし、同じ趣味の人達がたくさんいて幸せな環境だと思います。
亀田:他のコンポーザーが作っているデモを聴かせてもらって影響し合えるというか、遠くの席から聴こえてくる音に刺激を受けて、自分も頑張ろうと思えますし、わからないことや意見など気軽に聞けるので、とても過ごしやすい環境です。
北川:環境以外に職業の魅力で言うと、やはり普通の音楽制作とは違って、総合芸術の一部であるということじゃないでしょうか。ゲーム制作にはいろんなセクションのスタッフが関わっていますが、みんなすごい実力者なんですよ。ゲームデザイナーや絵描きの人など、一流の人達と仕事ができて、そこに音楽を乗せてユーザーに喜んでもらえる。そういう仕事ってなかなかないと思うんです。これだけ多くの人が携わる作品に関わることができて、何万人、何百万人という人にプレイしてもらえて、作った音楽を何百回と聴いてもらえるって特殊なことだなと思います。作業は地味ですが、夢のある仕事です。
- プレイヤーがゲームの音楽に触れている時間って本当に長いですよね。
北川:だからこそ耳に残ると同時に、音楽を聴くだけでそのシーンが浮かぶんですよね。ユーザーの方とお話しした時に、「あの曲を聴くとあのシーンを思い出してすごく楽しくなる」と言ってくださって、それがすごく嬉しかったです。やりがいのある仕事だなと感じています。
佐藤:ゲーム業界に入る前は映画やCMなどの仕事をしていたので感じるのですが、映像は時間軸がひとつで、起きていることがすべて映像の中に収まっているんです。完成されたひとつの世界を楽しむことができるのが映像の良さだと思うのですが、それに対してゲームは「プレイヤー」という別の時間軸が入ってくる。例えば「ゾンビにやられた」という出来事はゲーム内だけでなくプレイヤー自身にも起きていることだから、その瞬間にプレイヤーがどう感じるかを意識して制作します。その唯一無二の瞬間を音楽でサポートできるのがゲームの醍醐味だと思います。
北川:何百人ものスタッフが試行錯誤して作った作品に、我々が最終的に色付けできるんです。場違いな音楽を入れた瞬間台無しになるので責任感はありますけど、面白みもあります。ゲームの世界を包み込むものを作れるのはゲームコンポーザーの魅力のひとつです。