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Expressive E Touché : ストリングスをリアルに奏でるMIDIコントローラー(1)

インストゥルメンタル・バンド NABOWA のバイオリニストとして活躍する山本 啓氏は、ストリングスなどの打ち込みを駆使して多様な楽曲を生み出す作・編曲家としての顔も併せ持ちます。山本氏が「バイオリニストのために作られたMIDIコントローラー」と評価するのが、Expressive E の Touché。制作現場でのエピソードを交えながら、その魅力を明かしてくれます(全3回連載)。

第1回 「弓」と「ビブラート」のニュアンスが出せるデバイス


Touché は、平たく言えば新しいMIDIコントローラーだ。独特の触感の板をリアルタイムで動かすことで、あらかじめ設定したMIDI CCを変化させて、従来のMIDIデバイスに無かった表現ができる。なぜバイオリニストである私がこの機材のことを書いているかというと、Touché はバイオリニストのために作られた、初のMIDIコントローラーだと思うからである。

目次


バイオリンの録音は結構めんどくさい

Touché と書いて「トゥシェ」と読む。これを機に覚えてほしい。読み方がわからないと「あのフニフニ動く板の付いたやつ」みたいな呼び方になってしまう。画期的なデバイスとは大体そういうもので、前例が無いが故に名前がわからず検索がかけにくい。私はちょっと前までカッコつけて「トーチェイ」と言っていた。しかもカッコつけて。

さて、コロナの影響もあり、宅録の需要が高まっている中、バイオリニストで自分の音をちゃんと録れる人、バイオリンのトラックを作ることが可能な環境にいる人ってどれくらいいるのだろうか? 私もかなりの数の作品に音を提供してきたが、正直、バイオリンの録音は結構めんどくさい。たとえ、それが「ちゃんと録る」場合じゃなくてもだ。

そもそも、バイオリンの音というのは騒音となり得るくらいに大きい。普通のワンルームでは練習ですら隣人に気を遣ううえ、仮に消音器を付けて練習ができたとしても、レコーディングではそれを外した状態で音を鳴らさなければならず、自分の部屋では夜はまずNGという方が結構多いのではないだろうか。

しかしバイオリンは、マイクのゲインをそこそこ上げないとちゃんと録れない程度には音が小さい。たとえ騒音問題がクリアできても、エアコンを点けたままでは風の音がマイクに乗ってしまうし、雨の日は雨音が乗って無理、家の隣が公園や田んぼだと無理(カエルの声が結構マイクに乗る)、夏は無理(蝉の声がマイクに乗る)、近所に2気筒以下のバイクに乗っている奴がいたら無理(簡易防音室があっても、あっさり抜けてくる)など、とにかく大変である。

私が昔住んでいた部屋では、室内に防音室を設置してその中で録音していたが、夏は内部の温度が40度近くになった。服を着ているとすぐにビショビショになるので、最終的にはパンツ一丁で演奏し、脱水症状が怖いからいつも手元に2リットルのペットボトルを置いていた。そんな状況は楽器にも悪いし、パンツ一丁でバイオリンを真剣に弾く様は滑稽で、完全に変態だ。

じゃあ、スタジオを使って……となるが、タダではない。「ちょっと試しにこの音ちょうだい」と言われた時に、上で述べたようなことが頭を駆け巡って、「ちょっとじゃねえよ」と思ったことがみんな一度はあるはずだ(※今は自分のスタジオがあるのでそんなことは思っていません。関係者各位、誤解無きよう!)。

デモなら、MIDIで打ち込んで「こんな感じです」と送ることもある。しかし、打ち込んだ音を実際に弾いた時、どれくらい変わるのかを想像するのは、プレイヤー以外には難しい。誰のせいでもないけど、本録りの時に「デモと違う」と言われて、プレイの方をMIDI音源に近づけるという謎の苦行を強いられることもしばしば。そういう意味で、「次生まれてくる時は鍵盤奏者に……」と思ったことが何度かあるのは僕だけだろうか?

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写真:山本 啓

バイオリンとギターの違いは、弓、フレット、ビブラートにある

前置きが長くなったが、この Touché。冒頭で「従来のMIDIデバイスに無かった表現ができるというもの」だと説明したが、要するに何ができるのかというと、このデバイスは弓のニュアンスとビブラートのニュアンスが出せる。

"Touchéは、弓のニュアンスとビブラートのニュアンスが出せる"

大事なことだから、短いので2回書いた。どういうことか。バイオリンとギターの決定的な差がどこにあるのかを考えてみてほしい。1つ目が、弓の使用の有無。2つ目に、フレットの有無。そして案外知られてないが、もう1つ。フレットの有無が影響して、ビブラートを上でかけるか(ギター)、下でかけるか(バイオリン)が違う。この3点が大きく違うのではないだろうか(Jonsiやフレットレスギターみたいな例外は省く)。

"弓のニュアンスとビブラートのニュアンスが出せる"と言うことは、MIDIキーボードで音程さえ指定してしまえば、その他のバイオリン特有のニュアンスを Touché で足すことができるということだ。こんな機材が今まであっただろうか。Touché を触っていると、このデバイスの開発にバイオリニストが何らかの形で携わっていたであろうことがよくわかる(違ったらスイマセン)。

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▲バイオリンは指を矢印の方向に動かすことでビブラートをかけるため、実音に対して下の音(♭)との揺れでビブラートに聴こえる(写真:山本 啓)

Touchéが可能にした3つの奏法表現

■奏法1 ビブラートの微妙なニュアンスを変化させながら、弓の圧力による音量の上下をコントロールできる

バイオリンを弾いている時はこのコントロールを自然にやっているが、これをMIDIのエディットで表現するのは本当に難しいし、その難しさをバイオリニスト以外に伝えるのはもっと難しい。めんどくさいから、バイオリンを弾いた方が早いので、先に述べた何かを無理してバイオリンを弾くという状況によく陥っている。

奏法2 もちろんビブラートは下でかかる

これが重要。ギターはフレットがあるので弦を押し上げてビブラートをかけるため、原音に対してビブラートは上(♯寄り)でかけることになるが、バイオリンは基本的に原音に対して下(♭寄り)でかける。なぜなのかは知らないが、昔バイオリンを習っていた先生から、「上でかけるビブラートはとにかくダサいとされている」という説明を受けた。だから、この機能を思いついたのは本当にすごいと思う。

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▲Touchéを押す強さがそのまま弓の圧力コントロールになっていて、音量と共にサウンドも結構リアルに変化する。また、横に揺らすとビブラートになり、実音に対して下でかかる。この2つのコントロールを同時に行える

奏法3 ダウンボウとアップボウの連続する2音が、「押したものが戻る」という1回の動作で出せる

これは弓を「とばす」と言われる技法。弓を軽く下に引いて音を出す時、手首や指や弦にヒットした反動で上がってくる弓を弦に当ててもう1音出すことで、2音を連続して出したり、それを繰り返したりする(文章で書くのがこれほど難しいと思わなかった)。おそらくバイオリニストはこの2音を2回の動作ではなく、ほぼ1回の動作のセットの中でやっている。

この概念はバイオリンを弾く人以外には無いのではないだろうか。これを弓以外で表現するのはものすごく難しく、その難しさをバイオリニスト以外に伝えるのはもっと難しい。Touché にはそれを弓以外で可能にする、画期的な機能が実装されている。

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▲押して離すとバネで戻るので、その動作がアップボウ + ダウンボウの一連の動きになる

誰でもバイオリンのニュアンスを表現できる

バイオリンを弾く人は、鍵盤も多少は弾けることが多い。個人差はあるけど、メロディを右手で弾くくらいはできるはず。少なくとも私はそうで、Touché を操作する時は右手側にMIDIキーボード、左手に Touché というポジションだ。多少の慣れは必要だが、バイオリニストにとって Touché とMIDIキーボードを同時に操作するのは、そんなに難易度の高いものではない。

もちろん自分が実際に弾く生バイオリンとまったく同じ音は出ない。だが、バイオリンのトラックを作るにあたり、Touché とMIDIキーボードで事足りるシーンは結構あると思う。少なくとも、バイオリンをケースから出し、弓を張って肩当てをはめ、マイクを立ててケーブルをつなぎ、隣人に対する罪悪感や暑さと戦うことなくそれができる選択肢があるのは、かなり画期的ではなかろうか。本当に必要な時だけバイオリンを弾いて録音し、浮いた時間を練習に回すための、大きな手助けとなることは間違いない。テクノロジーとはそういうものだと私は思う。

そして、以上の機能があるということは、バイオリニストでなくてもバイオリンのニュアンスを表現できるデバイスだとも言える。バイオリニストとして、この小さなデバイスに期待は膨らむ。(第2回に続く)

写真:桧川泰治

山本 啓(やまもと ひらく)プロフィール

京都を拠点に活動している4人組インストゥルメンタル・バンド NABOWA のバイオリニスト。国内外大型フェスへの出演や、近年は、台湾3都市ツアー、香港ワンマンを行うなどライブアクトとしてアジアでも高い評価を獲得している。2021年6月に2年ぶり7枚目のフルアルバム『Fantasia』をリリースした。

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