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Expressive E : プロデューサー灰野一平を虜にした新世代シンセ Osmose

ソニーミュージックのA&Rとして数々の楽曲制作に携わる音楽プロデューサーの灰野一平氏は、自身のプライベートスタジオで Expressive E のシンセサイザー Osmose を発売当初から愛用しています。灰野氏が惹かれた Osmose の魅力についてお話を聞きました。

鍵盤楽器は発音してからのコントロールが難しい。Osmose はそれを実現した

- このプライベートスタジオは使い始めてから長いのですか?

ここに引っ越してきた12〜13年ほど前からです。元々はほぼ数年放置されていた廃墟で、幽霊でも出そうな感じの建物だったんですが、その分とても安く手に入りました。すごく寒くて、住むにはまったく向いてない物件ですが、作りはいいので絶対買おうと思って。アコースティックエンジニアリングさんに入ってもらって、この部屋をスタジオとして使い始めました。

- ここでは普段どんな作業をしていますか?

自分が担当するアーティストの歌を外のスタジオで録って、ここで編集するというのが仕事では一番多いですね。あとは予算を使い切ってしまったプロジェクトの歌録りや、実験的なことをやる時に、外のスタジオを使うとコストがかかってしまうので、そういう時にアーティストにここに来てもらうこともあります。

- 灰野さんのお仕事は、いわゆる音楽プロデュースにあたるのでしょうか?

レコード会社の制作、いわゆるA&Rと呼ばれる職種だと思います。A&Rはアーティスト&レパートリーの略で、どういうアーティストにどういう曲を歌ってもらうのがいいかを決める役回りですが、僕はどちらかというと制作寄りで、スタジオ作業の現場監督みたいなこともやるし、歌をディレクションしたりもします。他にもアーティストの宣伝プランを考えたり、SNSをどう使うかなど、プロモーションを含めたプランニングと実務を行う究極の雑用みたいな感じで何でもやりますが、そこまで万能ではないので、アーティストの性質に応じてチームで役割分担しながら動くこともあるし、個人で動くこともあります。

プライベートスタジオ
▲半地下にある灰野氏のプライベートスタジオ。鍵盤楽器、ギター、ベース、ドラム、トランペットなど様々な楽器が揃う

- シンセが多数ありますね。Osmose にはいつ頃から注目していたんですか?

日本で発売される前からSNSでプロモーションされているのをよく見かけて、面白そうだなと思っていたんです。鍵盤を横に揺らしたり、押し込んだりして音を変化させることができるということで、似たコンセプトの ROLI Seaboard も面白かったですが演奏が難しくて...。時々フェスとかで海外のキーボーディストが上手に使っていますけど、日本ではうまく使えている人をまず見かけない。でも面白いから、こういう鍵盤系の新世代楽器は一応試すようにしているんです。Osmose は発売前に試奏できる機会があったので、試してみたら本当に弾き心地が素晴らしい。鍵盤をかなり弾ける方が作らないと、この発想にならないんじゃないかな。鍵盤楽器って音量はペダルで操作できますけど、発音してから音をコントロールするのが難しい楽器だから、その立ち入れなかった表現を Osmose は実現していてすごいなと。音源も今っぽくていいじゃないですか。ビンテージを目指すようなシンセとはちょっと違う発想で、どちらかと言えばソフトシンセに近い音色と、斬新な操作性を持つ、今まで全くなかった理想的な形だと思います。

- そのようなシンセはやはり珍しいですか?

ヤマハの昔の楽器によくありましたね。確かアナログ時代のエレクトーンに、鍵盤を揺らしたら音が揺れる楽器とか、ブレスコントローラーとかもありましたけど、そういったものは現れては消えていきましたね。Osmose はポリフォニックでそれぞれのピッチが変わるから、同じように弾いても毎回ちょっとずつ感じが違う。そういう揺れみたいなものがなんかいいんですよね。Seaboard でも同じようなことができましたが、一般的な鍵盤楽器とは弾き方がかなり違うので習得が大変で。Osmose は鍵盤楽器として弾けるのが気持ちいいんです。両手で弾く時に低音だけをクレッシェンドできたり、低音だけを揺らしたりできるのがすごいと思います。期待以上でしたね。

Osmose
▲Expressive E Osmose

Osmose で弾くとシンプルなフレーズでも単調に聴こえない


- Osmose を弾き込んでいくうちに気づいたことは?

オーソドックスなフルートの音色とかが結構いいですね。本物の音とはちょっと違うけど、本物並みに表現力があって、使い方に幅がある。リードをユニゾンで重ねるにしても、Osmose で弾くと様になるというか、シンプルなフレーズが単調に聴こえないんですよ。奥深く聴こえるので、アレンジの仕方も変わってくるんじゃないかな。

- 鍵盤のタッチはいかがですか?

鍵盤を押していくと、1回止まるところがあって、そこからバネがかかって押し込めるじゃないですか? これがすごくいいんですよ。普通の鍵盤はただ止まるけど、Osmose の鍵盤はクッションがあって反発するトランポリンみたいな感じなんです。その押し戻される力のおかげで、音のキレや長さに違うニュアンスが出せる。鍵盤のタッチだけを取ってみても、やはりかなり弾ける方が作らないと、ここに至らないんじゃないかと思いましたね。

- 指先のジェスチャーで様々なニュアンスを付けられるのが特徴です。

鍵盤を左右に動かして、ピッチベンド的に半音の上下移動をコントロールできるのがいいですよね。この動きはよく使います。あと鍵盤を押し込むことで、例えばフルートの音に息遣いのようなニュアンスを足すことができたり。メロトロン的な伴奏を弾くにしても、鍵盤を軽くタップすることでリズミックな音色を聴かせることができる。こういったことがオートメーションを書くことなく Osmose を弾くだけでできるから、アレンジがシンプルな方向に行くと思いますね。今はボカロ系の優秀な若いクリエイターが、音をどんどん積んでいくようなアレンジにまた行きつつありますが、シンプルな方向に行くには Osmose を使うのもありだと思います。

- 他に気に入っている音色は?

ベースも面白いですね。シンセベースでピッチベンドを使う奏法は、昔、泣きながら練習しましたけど(笑)、Osmose ならベンドを使わずに鍵盤の操作だけでできてしまう。ウッドベースの音も、鍵盤を揺らすことで本物っぽい表現ができる。今はサンプリングシンセが主流になって、音色は本物っぽくなりましたが、それでも本物を超えられない状況が続いている。Osmose も決して本物の音ではないけど、本物を超えるくらい表現力があるんじゃないかと。単純にウォーキングのベースラインを弾くだけじゃなく、ウッドベースらしいビブラートを加えたりできるのがいいですね。

- 1音1音の表現力がすごくあるんですね。

ブラスも、普通のシンセならリズミカルなコード弾きでホーンセクションぽく聴かせることが多いと思うけど、Osmose ならシンプルに白玉コードを弾いて、少しずつクレッシェンドさせてもいい。パッドとエレピを重ねたような音をクレッシェンドさせると、ベーシックな演奏も際立ちます。歌とエレピで始まるイントロとか、これだけで成立してしまう。トップノートはあまり動かさずに、低音だけにアフタータッチをかけられるのもいいですね。

- 鍵盤をタップしてパーカッシブに弾けるのも面白いですね。

ストリングスやパッドをピアノにレイヤーして、ボリュームを調整しながら弾くような奏法は多くのキーボーディストがやっていますが、それとは違うパーカッシブな演奏とクレッシェンドな演奏をミックスさせるようなことができるから、シンプルなコード進行を弾いてもきっと楽しいと思います。今まで聴いたことのない表現で「間が持つ」ので、みんなもっと使えばいいのに(笑)。

灰野一平氏

- エフェクトのエディットなどの操作性はいかがですか?

いわゆる国産系のシンセとは扱い方が違うけど、そんなにややこしいことはありません。時々、用語が特殊ですけどね(笑)。リバーブの抜け方が今っぽい感じがします。多分リバーブとかのタッチが新しいから、今っぽく聴こえる部分もあるんでしょうね。

- Osmose と相性が良さそうな音楽ジャンルは?

Osmose の音はパッと聴き少しトリッキーな印象を受けるかもしれませんが、トラックへのなじみは意外といいから、どのジャンルでも使える気がします。エレクトリック系の音楽だけでなく、アコースティックなものやオールドスタイルのアレンジにもなじむし、逆に今っぽさを足すことができる。バックグラウンド的な活躍もできるし、リードが欲しい時には、何かの代替というよりは、ちょっと違ったニュアンスの表現力があるリード的な演奏ができます。

- J-POPにおいて、Osmose の音はどう活用できそうですか?

多分J-POPって今一番独自の進化を遂げた音楽だから、バンドもあるし、ボカロ系のネットミュージックもあったりして、すごく幅広いじゃないですか。なので音色的な幅も広いんですが、いわゆるオールインワン・シンセだと、トラディショナルな音やアナログシンセなどのシミュレーションは進化していても、音色的にはそれほど新しいものがない感じがします。その点 Osmose ならソフトシンセで出せるような音もカバーできます。

- 既存のハードシンセとソフトシンセの中間のような音を得意とするわけですね。

それを手で弾けるところがいいと思います。

Touche
▲灰野氏は同じく Expressive E の Touché SE(写真左下)も所有しており、バイオリン音源に使うことが多いという。「板を押したり叩くようなニュアンスは Osmose でも表現できないし、単音の表現力なら Touché の方があるかも。特に弦楽器はクラシック奏者になった気分で演奏できます。本物の楽器を操るほど難しくなく、表現の幅を得られる感じがします」(灰野)

写真:桧川泰治

灰野一平

ソニーミュージック・プロデューサー。今まで、椎名純平・中島美嘉・RYTHEM・RSP・遊助・久保田利伸・Little Glee Monster・Jewel(J☆Dee‘Z)・欅坂46・土屋太鳳・森七菜・フィロソフィーのダンス・生田絵梨花など、本格派歌手から国民的アイドルグループまで、さまざまなアーティストのレコーディング・ボーカルディレクションを行ってきたヒットプロデューサー。

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