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Expressive E : Osmose - UI に振り切った未来形シンセ - Yaffle's view

藤井 風、iri、SIRUP らの楽曲制作に携わる音楽プロデューサーの Yaffle 氏は、Expressive E のシンセサイザー Osmose をスタジオ作業/ステージの両方で活用しているクリエイターの1人。鍵盤を揺らす、押し込むなど多彩な表現を持つ Osmose について、その独特の立ち位置を分析してくれました。

Osmose はモダンなオケに溶け込みつつ、人間が弾く意味を感じさせてくれる

- Yaffle さんはプロデューサーとして活躍されていますが、楽曲制作において、自ら楽器を演奏する機会も多くあるのですか?

ドラフトを書く時に鍵盤系は基本自分で弾きますし、あとで差し替えることを前提に、自分でギターを弾くこともあります。ギタートラックを打ち込みで作る作業は、ダルさが半端ないので(笑)。頑張ってそれっぽく弾くようにしているので、同世代の他のプロデューサー達よりもトラッドなタイプなんだろうなと思います。

- どおりでこのプライベートスタジオには楽器がたくさんあるわけですね。

ここはもともとジャムセッションのための部屋だったんです。大学生の時にここでジャズサークルやジャズクラブの人達とセッションをやっていて、ピアノとすごく安いドラムセット、小さいベースアンプを買ってきて、録音もできるジャム部屋にしようとしていたら、だんだんレコーディング系の機材が増えていったんですよ。最初はレコーディングをするために Logic Express でDAWを学び始めて、見よう見まねでマルチ録音を始めて、よくわからないままコンプレッサーで潰したり、シンセをちょっと足したりしていました。その頃の名残で今もここにはピアノが置かれていますが、自分の趣味はだんだんエレクトロな方向に変化していったんですよ。

- それは何がきっかけだったんですか?

当時はトランスっぽいEDMブームが落ち着いた頃で、Moombahton や Skrillex が流行り始めていたんですが、ああいうバキバキのザ・EDMに興味を持って、そこからエレクトロな方向に行きました。

- 現在は多彩なアレンジを手掛ける一方、ステージでキーボードを弾くこともありますよね?

僕はキーボーディストとして活動しているわけではないので、基本的に自分が楽曲制作に携わったアーティストのライブにしか呼ばれることはありません。だからキーボーディストとしてのステージ用の機材パッケージを持っているわけでもなく、楽曲制作に使った機材をかついでリハに行きます。Roland JUNO-106 や MOOG Subsequent、SEQUENTIAL Prophet-5、Prophet-6 などのアナログシンセを持っていますが、最近は Apple MainStage(ソフトシンセ)で組んでしまうことが多いですね。特に藤井 風くんのライブは基準ピッチがA=432Hzなので、アナログシンセでやろうとすると面倒くさいんですよ。でも最近購入した Expressive E の Osmose はそこの設定ができるのが良かったです。最初に基準ピッチから触る人は珍しいと思いますけど(笑)。

Osmose
▲Expressive E Osmose

- Osmose の導入を決めたポイントは?

僕は音が良いか悪いかの論争は好きじゃないし、アナログサウンドのこともよくわからないけど、ハードシンセを導入することでインターフェイスが大きく変わりますよね? そうすると、ひらめきというか、発想が変わるような感じがするんです。楽器の進化というのはUXやUIにしかないと思うので、そういう意味で Osmose は完全にUIに振り切ったシンセだと思います。ひとつの進化形であり未来形ですよね。僕が普段から考えていることにピタッと合いました。それと、まだあまり多くの人に触られていないシンセだから、僕が耕してみたかったというのもあります。

- 実際に Osmose の鍵盤を弾いた時の印象はいかがでした?

質感が良かったです。それも含めてUIの選択だと思うんですよ。ハンマーの戻りのスピードとかも含めて、シンセデザイナーの考えがあるのだろうと。演奏する様子はティザー動画とかで見ていたので、どんなことができるかは予習していましたが、全体として高級感があって作りがしっかりしています。楽器とMIDIコントローラーの境目にあるような印象もありましたが、高級感もあるし、従来のハンマー構造に近づけようとしている感じがするので、ピアノを触っていた人間としてはわかりやすいですね。鍵盤奏者のプレイアビリティを拡張してくれるような感じがあるので、鍵盤楽器に触ったことがない人のための設計ではないように思います。

- ライブではどんな使い方をしていますか?

ライブ現場だとドローン系やアトモスフィアな感じの音を出したい時によく使います。そもそものジレンマとして、鍵盤奏者がライブでシンセ音色を生で弾くことに何の意味があるのか、って思いませんか? 例えば70年代フュージョンのようなリードを弾くならまだしも、コードバッキングを生で再現するのと同期を出すのに何の違いがあるのだろうと。ギタリストがファンクカッティングやロックっぽいリフを弾くことで、その生っぽさが音源に面白さを与えられると仮定するならば、鍵盤奏者の場合は最も正確で正解なのが同期だから、いかにそこに近づけられるかになるじゃないですか? それならまだピアノやローズ、オルガンなどのトラッドな楽器の方が、オブリやリックっぽいフレーズを少し混ぜ込むことでアレンジっぽさが出せるから、人間が弾く意味が多少なりともあると思うけど、リードやパッドのような有機的なシンセサイザーは同期で流した方がクオリティが高くなると思う。それに対しての答えとして、Osmose はいいなと思ったんですよ。

- 人間ならではの生っぽさが出せると?

Osmose は鍵盤を弾いた時にピッチの揺れが起きるから、人間としての揺らぎが出やすいじゃないですか。揺れ方が異なる余地がいっぱいあるわけです。そういう有機的な意味ですごくいいなと。アナログシンセをモジュレーションやフィルターで揺らすと、急にフュージョンぽいノリが出てしまうけど、Osmose はそういう古臭くないモジュレーション感がいっぱい出せるし、アトモスフィックな音が多いから、曲間を繋ぐようなところで弾いても古臭くならない。モダンなオケに溶け込みつつ、人間がやっている意味を感じさせてくれるところが大きいですね。

Osmose

ストラクチャー的というよりテクスチャー的な楽器


- モダンなオケとの混ざりも良さそうですね。

オケを邪魔しないプリセットが多いのかな。Super Saw のような感じというよりは、全体的にアタックが遅めの音が多い印象ですね。その方が人間が弾くにはいいんじゃないかな。アタックが強いシンセサイザーのリフや、ギターを模したような音色を手で弾いても、本当にかっこいいのかな?って思うんですよ。Avichii 「Wake Me Up!」のリフを手で弾いて盛り上がるのかって言われたら、盛り上がらないと思います。モダンなオケって、キーボーディストは何をしたらいいかが本当は多分わからないと思うんですよ(笑)。

- 鍵盤を左右に揺らすことによるピッチ操作はコントロールしやすいですか?

単音リードを震わせる程度なら従来のピッチベンドでも可能ですが、UIが違うとやっぱり音も違ってきます。ピッチベンドだと、くどく聴こえてしまうんですよ。逆に Osmose の鍵盤でそのくどいノリを出すのは難しいけど、もう少しジェントルな揺れ方になるというか、少し自然な感じになるんですね。あとピッチベンドだとスムーズな波形を描きにくくて、拳が効いた感じになりやすいけど、Osmose の場合は手首の回転の筋肉を使うので、揺れ方がサイン波っぽくなります。ピッチベンドは矩形波っぽいんですよ。だから演歌とかのビブラートのノリになりやすいのかなと思います。

ピッチベンド
▲Osmose にはピッチベンドも搭載されており、鍵盤のジェスチャーと両方でピッチをコントロールできる

- Osmose をすでに活用したプロジェクトはありますか?

導入してすぐに藤井くんの日産スタジアムのライブで使いました。あとは劇伴で使いましたね。最近のモダンなスコアを30秒で作ってほしいと言われたら、Osmose を使うのが最適解だと思います。それに、打ち込みだったら何トラックか必要なはずの音源が、Osmose なら1トラックだけで出来てしまうのもすごく便利。Osmose はストラクチャー的なメロディのようなものが浮かぶ楽器というよりは、テクスチャー的なものが出てくる楽器だと思うので、そういうところもやっぱりモダンなんですよ。映像を出しながら、それに合わせて音を動的に変化させることができるのがすごく良かったですね。

- 音色のエディットはどのようにしていますか?

いいプリセットを見つけたら、気になるところを深く潜ってイジったり、エフェクトやベンド幅がトゥーマッチだと思ったら和らげたり。ベンド幅を1/4にしたりと、すごく細かく設定できるのがいいですね。ただ、Osmose のエディターは操作がちょっと難しかったので、音色を深くエディットしたい時はDAWのプラグインエフェクトをかけた方が良さそうです。

- Osmose のサウンドエンジンやエディターは、HAKEN AUDIO というメーカーが作っています。

Expressive E がUIを作って、HAKEN AUDIO が音源を作っているんですね。でも、モジュール全体の意思のような、一貫したポリシーは感じますね。アトモスフィア感がありつつ、風景を感じさせるような、わりと丸みがあるサウンドが多い印象です。

- Osmose は MPE に対応していますが、これを利用して外部音源を鳴らすこともありますか?

はい、Kilohearts Phase Plant や XferRecords Serum とかに使っています。自分でパッチを作ったり、コンプレッサーの幅を鍵盤にアサインして、普段は打ち込みでやってしまうところをリアルタイムで動的にコントロールして、変なエラーみたいなものが出るのを楽しみます。それがアイデアのとっかかりになるような可能性を感じます。動的なものと静的なものをうまく管理するのが、今っぽいと思うんですよ。60年代の音楽を動的なものとすると、その後に出てきたシーケンシャルなリズムは静的なもので、そのモダンさが多分テクノブームでウケたんだと思います。それに対して今の音楽は混沌としているというか、UIがわかりやすくなり過ぎて、パソコンというすごく静的なインターフェイスを使って、動的な曲を作る人が多くなっている。意味がある動的ならいいけど、モダンさという意味においては、僕は静的な建築物みたいな構造が音楽には必要だと思います。Osmose は鍵盤楽器なのに、動的なUIによって動的な演奏に誘導されている感じがある。だからライブにも持っていこうと思ったんですよ。プレイアビリティと表現と、現代音楽が求めている本当の音楽性みたいなものが交差する場所が、Osmose なんじゃないかな。まったく別軸から、突飛ではない回答を出してきた感じがしました。Osmose はどの現場に持ち込んでもそんなに浮かないし、こういう方向の味は欲しいんですよね。

Yaffle

写真:桧川泰治

Yaffle(ヤッフル)

TOKA のプロデューサーとして、藤井 風や iri、SIRUP、小袋成彬、Salyu、eill、adieu などの楽曲をプロデュース。2020年9月、欧州各地のアーティスト計8名をゲストに迎えた1stアルバム『Lost, Never Gone』をリリース。国内外で高い注目を集める。2021年10月に発売されたポケモン25周年を記念したコンピレーション・ アルバムには唯一の日本人アーティストとして参加。映画音楽の制作も担当しており、『ナラタージュ』(17)、『響-HIBIKI-』(18)、『キャラクター』(21)などの作品のほか、サウンドトラックを手がけた『映画えんとつ町のプペル』(20)ではアニメーション界のアカデミー賞と呼ばれる第49回アニー賞で最優秀音楽賞にノミネート。

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