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バスコンプ Successor の機能と特徴
バスコンプの名機 Neve 2254 を意識したトランスを持つ回路設計
Successor はステレオ・バスコンプとして設計された製品です。バスコンプとは、マスターの2ミックスやドラムバスなど、複数のトラックをまとめたステレオチャンネル(バス)に使うコンプのこと。複数のトラックをうまく馴染ませるのに効果的な機能や、特性を持ったコンプとも言えます。
Successor はビンテージコンプの Neve 2254 を意識して作られています。Neve のコンプと言えば 33609 があまりにも有名で、90年代のヒット曲で多用され、日本の代理店がオーダーした限定仕様も存在するほど、日本のスタジオや放送局に導入されました。それに対し 2254 は 33609 より前の設計であり、機能面においてはやや使いにくい部分が目立ちます。ですが2000年代中頃以降、ギターなどの楽器類と共にレコーディング機材においてもビンテージ品に注目が集まり、2254 も再評価された機種のひとつでした。
2254 のアンプカードには Neve 1073 に採用された「BA283」が使用され、トランスも 1073 と同様でした。よって 2254 も Successor も、大まかなサウンドの質感は 1073 や Heritage Audio HA73EQ Elite に準じた、オープンかつ音楽的に心地良い倍音を含んだものと思って間違いありません。
〈参考〉Heritage Audio : マイクプリアンプ & EQの必要性と使い方
1Uサイズでステレオチャンネルに対応
価格が非常に良心的なのでモノラル仕様かと勘違いしがちですが、Successor はなんとステレオ仕様です! 同価格帯で1chの製品も存在しますし、私も最初に写真で見た時は1chかと勘違いしましたが、間違いなくステレオで使えます。ただし、2つのチャンネルを独立した設定で使うことはできませんのでご注意ください。
すべてのノブがステップ式
Successor は現代の制作スタイルに欠かせない「リコール」(以前の設定を復旧させること)についても考えられています。レシオ、アタック、リリース、サイドチェイン・フィルター、ゲインメイクアップは固定抵抗のステップ式、スレッショルドとブレンドはセミステップ・ポットになっており、リコールが容易に行えます。レコーディングやとりわけミックスにアナログハードウェアを導入する際、リコールがしやすいというのはとても便利です。特に Successor はアグレッシブなコンプ処理を行うことも少なくないので、このステップ式コントロールは非常に有効でしょう。
ドライ/ウェットのミックスバランスが調整できる
Successor の肝と言っても差し支えないほど素晴らしいのが、ドライとウェットのブレンド機能です。簡単に言えばパラレル処理により、原音にコンプの音をブレンドしていく機能です。プラグインでは見かけることの多い機能ですが、ハードウェアではマスターに使用されるようなハイエンド機器にしか搭載されていません。
コントロール部の基本操作
一般的にはスレッショルドを「0dB」あたりにして、レシオを「1.5:1〜3:1」あたり、アタックを「20ms」、リリースを「25ms」からスタートすれば、原音に対して最も自然なアプローチでサウンドメイクを始めることができます。スレッショルドでコンプのかかり方を調整し、必要に応じてゲインメイクアップを上げます。いたって普通の使い方ですが、入出力トランスとクラスAアンプ回路によって十分魅力的なサウンドを獲得できます。
Successorを使ったステレオバスの音作り
トランスを通ることでピークがまとまりキャラクターが付く
さて、実際に Successor でどんなサウンドが作れるのかを、回路の特徴などと紐付けて説明したいと思います。Successor に入力された信号は入力トランスに入り、コンプレッサー回路を経由してアンプ回路を経て、出力トランスを通って出力されます。つまり、マイクプリと同様、入力と出力の両方でトランスを経由し、これによりピークが抑えられ、同時にサウンドキャラクターが付与されます。また、クラスA回路のプリアンプ部は力強くて明るくクリアなサウンドを持っているため、入出力トランスと組み合わさることで多彩なサウンドを生み出すことができます。
まずはウェット100%で使ってみる
前述のように、まずはスレッショルドを「0dB」あたり、レシオを「1.5:1〜3:1」あたり、アタックを「20ms」、リリースを「25ms」からスタートします。ドラムやマスターのバスに使用する場合、この設定が一般的だと思われます。1~2dBほどリダクションして、2dBほどゲインメイクアップを上げます。このような通常の使い方でも比較的わかりやすくミッドが押し出され、Successor の基本設計の完成度の高さを感じることができます。
アグレッシブなサウンドを作ってから、ドライ音を混ぜていく
Successor でハードなコンプをかけると、ほとんどアタックしか残らないようなアグレッシブなサウンドを作ることもできます。例えば、ドラムバスやマスターバスにインサートして、レシオを「4:1」、アタックを「5ms」、リリースを「25ms」に設定し、スレッショルドを思いっきり下げます。思い切って振り切りの「−20」から調整しても構いません。ひとまずアタックがパツンと残り、ポンピングが起きて音が小さくなり、とんでもないサウンドになります。ここでゲインメイクアップを「6dB」あたりまで上げると、原音からかけ離れた強烈なサウンドになります。もちろん、このサウンドもカッコイイのですが、使用できるジャンルは限られます。
そこで登場するのがブレンド機能で、Successor で作ったサウンドと原音のブレンドを行います。これが Successor の素晴らしさを決定付けています。まずブレンドノブを左に振り切って「DRY100%」にしたうえで、BLEND ONスイッチを入れると信号がドライになります。アグレッシブなサウンドが落ち着いて、冷静になるひと時です。そこからブレンドノブを右方向(WET)に回していくとアグレッシブなコンプサウンドが足されていき、どんどんいい感じになっていきます。普段なかなか使わない、パツパツしたアタックのみが目立つサウンドも、ドライ信号に足していくことで大いに活用できるというわけです。
私はライブ配信で、いわゆるライブ感を違和感なく出したい場面でこの手法を使いました。デジタル的な2ミックスを Successor に通すことでピークが自然に抑えられ、ブレンド機能を使うことでドライ信号のダイナミクスを損ねることなく、ドラムのアタックやキックのリリースといった、生ライブに求められるサウンドの要素を満たしていくことができます。
また、ブレンドはワンノブでのオペレーションなので楽曲ごとに微調整がしやすく、やり過ぎなどの事故が起きにくいのもライブ配信に適しています。プラグインでは比較的ポピュラーなブレンド機能ですが、ハードウェアのコンプに搭載することで新しいサウンドメイクを体現しています。
Successor はたんに名機の模倣を目指した機材ではなく、その名の通り「後継するもの」としての機能を発展させた素晴らしい機材です。
文:門垣良則(WAVERIDER)
写真:桧川泰治
門垣良則 プロフィール
奈良出身。サウンドエンジニアであり広義、狭義ともにプロデューサー。師匠である森本(饗場)公三に出会いエンジニアという職業を知る。師事した後、独学及び仲間との切磋琢磨により技術を磨きMORGを結成。当時の仲間の殆どが現在音楽業界の一線にいるという関西では特異なシーンに身を置いていた。大阪のインディーズシーンを支えるHOOK UP RECORDSの立ち上げ、運営に関わる。大手出身ではないが機材話で盛り上がり、先輩格の著名エンジニアとの交流は多い。自身の運営するMORGのスタジオを持ち、日本有数の名機群を保有する。中でもビンテージNEVEやマイクのストック量は他の追随を一切許さない。しっかりとメンテナンスされた高級スタジオ数件分の機材を保有している。インディーズレーベルに叩き上げられた独自の製作スタイルを持ち、二現場体制での対応スタイルはじめマスタリングアウトボードを通しながらのミックススタイルをいち早く採用している。また、その際のアウトボードの量と質も他の追随を一切許さない。関西圏での音楽製作レベルの底上げ、、、もとい一気に都内一線クオリティーを持ち込むべく岡村弦、岩谷啓士郎に呼びかけWAVE RIDER(命名:gendam)を設立。WAVERIDERのネットワークにより、都内一線とリアルタイムに情報を共有することを可能にしている。エンジニアのみならず機材メンテナンス及び改良と検証、経営、教育など複合的な観点から音楽と向き合っている。