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マイクプリモジュールの73JR II、3バンドEQモジュールの73EQ JR
高級機種同様のCarnhill製トランスを、インプットとアウトプットに採用した500シリーズ
Heritage Audio の 73JR II(マイクプリモジュール)と 73EQ JR(ライン入力モジュール /3バンドEQ)は、伝説的なマイクプリ/EQの Neve 1073 を強く意識して作られた製品です。1073 と言えば、ビンテージ機材の中でもミュージシャンやエンジニアに最も愛されているマイクプリ/EQのひとつ。入出力にトランスを搭載し、クラスA動作による太くヌケのあるサウンドで、世界中のミュージシャンを虜にしました。
73JR II と 73EQ JR は共にビンテージ Neve に似たシャーシ形状ですが、API の提唱するVPRアライアンス(API 500モジュール)に対応しており、各社から販売されているVPRアライアンスのシャーシにマウントすることで使用できます。多彩な機材をコンパクトに組み合わせてマウントできるのがVPRアライアンスの魅力です。そこに、かつて無いほど強力かつ魅力的な選択肢が加わったと言える製品が、この73JR II と73EQ JRです。
“JR”(ジュニア)という、ともすれば簡素化されたような印象を日本では与えかねない名称が付けられていますが、これはジョークと捉えるのが正解です。 73JR II と 73EQ JR はなんと、高級機種同様の Carnhill 製トランスをインプットとアウトプットに採用し、さらには脱着可能なアンプカードを用いてディスクリートで組み上げられています。
しかも、トランジスタ、スチロールコンデンサ、タンタルコンデンサなども、各社の最高級機種でしか使用されていなかったようなパーツを採用しており、あたかも60〜70年代あたりに生産された、修理して長く使える機材と同様の作りになっています。非常に小さなシャーシの中に、パーツがぎっしりと詰まっている光景は圧巻です。
オリジナルのNeve 1073同様の回路のため、24Vで動作
このように 73JR II と 73EQ JR は、「伝統的なパーツを使い、伝統的な組み上げ方を行うことが、ビンテージ機材に求められるサウンドの再現に欠かせない」ということを強く理解したうえで、妥協なく設計されているのがよくわかります。スチロールコンデンサには Heritage Audio のロゴも入っており、気合の入り方が伝わります。
気になる駆動電圧ですが、オリジナルの 1073 同様の回路のため、24Vで動いています。どうやってVPRの16Vを24Vにするかが大きな課題ですが、そこも恐ろしくコンパクトなDC-DCコンバーターをモジュール内部に配置して解決しています。最新技術と伝統的な回路が、こんなに狭いモジュール内に混在していることに驚きます。
73JR IIのコントロールとサウンドキャラクター
ローカットは20Hz~220Hzの連続可変式で、幅広い対応が可能
73JR II はステップ式の入力トリム、インピーダンスセレクト、PAD、DI入力、フェイズスイッチ、ローカット、ファンタム(+48v)、出力トリム(OUTPUT)を備えています。入力トリムは HA73EQ Elite と同じ仕様で、基本的に5dBステップですが、中点を持つ独自の構造になっています。
インピーダンスセレクトは、[300Ω]と[1.2kΩ]を切り替えるLOZスイッチを使います。通常は[1.2kΩ]でクリーンかつオールマイティな収録を行いますが、もう少しわかりやすく力強いサウンドが必要な時などに[300Ω]を使います。ローカットは20Hz~220Hzの連続可変式になっており、幅広い対応が可能です。近年、重要視される低域の処理において、大変扱いやすい仕様になっています。
1073 はすでに研究しつくされた伝説的プリアンプであり、極めてクラシカルで真っ当な設計がなされた機材だけあって、もはや、ここで使い方を語るのも野暮なくらいですが、操作方法は 73JR II も同様です。普通にゲインを上げてキャラクターを決定し、必要に応じて出力トリムを絞れば良い音で録れます。その上で、必要に応じてローカットを使えば、床の振動などの不要な低域ノイズを素早くカットできます。
メンテナンスやパーツの交換をしながら長く使える点も、ビンテージNeve同様の設計
同社の HA73 Elite は現代的な表面実装パーツを用いたスマートなデザインで、それに裏打ちされるようにビンテージ Neve よりもモダンなサウンドアプローチが可能で、メンテナンスフリーな設計です。それに対し 73JR II は、大型ディスクリートパーツを使用し、よりビンテージ Neve に忠実なサウンドアプローチが可能です。それでいて、必要に応じてメンテナンスやパーツの交換をしながら長く使える点も、ビンテージ Neve 同様の設計と言えます。
同じ定数の部品であっても、そのコンポーネント自体のマテリアルや外皮、実装方法により機材のサウンドは大きく変わります。小型化された表面実装パーツや、ICが採用されがちなVPRシリーズの機材ラインナップにおいて、73JR II は異質な設計となっています。
電気回路に詳しくない方向けに例えると、ギターアンプで言えば、73JR II はハンドワイヤードや空中配線のような立ち位置の内部回路になっています。表面実装バーツは故障に強い反面、修理が困難ですが、 73JR II のような大型の実装パーツを用いた製品は、発熱や実装スペースの問題を持つものの、修理が容易です。もちろん実装パーツの質量や材質、発熱はサウンドに直接影響を与えますので、サウンドキャラクターも異なってきます。ですから、何よりマイクプリに 73JR II を選ぶということ自体が、サウンドの使い分けであり、使い方そのものと言っていいと思います。
【参考動画】NEVE1073 スタイルのマイクプリアンプ Heritage Audio 73JR II レビュー!更にVintech Audio、BAE、AMS NEVE、さらにUAD1073との比較音源あり!
73EQ JRのコントロールとサウンドキャラクター
ラインゲインを持ち、高級パーツを使用し、メンテナンスも視野に入れたデザイン
73EQ JR はラインゲインを持つ3バンドEQです。見ての通り、Neve 1073 を意識した周波数となっていますが、HIバンドには10kHz、16kHz、20kHzが追加されています。
73EQ JR は入出力にトランスを持ち、通すだけでも独特の粘りのあるサウンドを与えてくれます。その上でインダクター式のEQによる、太く自然なサウンドメイクを可能にしています。このあたりは、この機種に興味を持った方であれば、Universal Audio UAD プラグインの Neve 1073 などですでにご存知だと思います。
その上で 73EQ JR の特徴はと言うと、ラインゲインを持っていることと、高級機種でしか採用されていなかったような高級パーツを使用していること、メンテナンスも視野に入れたクラシカルなデザインになっていることが挙げられます。
基本的な用途としては、1073 タイプのEQ同様、220Hzや110Hzでソースのボディ部分をブーストして音像を大きくしたり、1.6kHzを音の中心と捉えて、芯の部分を強調してサウンドを立たせたり、3.2kHzでスネアなどの音抜けを強調します。そうした使い方を軸に、HIバンドではエア感を狙って12kHzのシェルビングEQができるのはもちろん、Neve 1066 でも採用された10kHzが選べる点も非常に使いやすいです。
基本的にはブースト方向でのイコライジングを行うのが、このタイプのEQの主な使い方になります。原音よりもリッチで聴き覚えのある、非常に耳触りの良いサウンドを容易に得ることができます。「積極的なサウンドメイクができるEQの代表格」と言っていい回路を忠実に再現しています。
73JR Ⅱと73EQ JRを直列につないでレコーディングに使う
73EQ JR はライン入力モジュールであるため、DAWから再生した音に対してEQ処理をし、DAWに録音し直す「リトラッキング」でも使えます。その際、DAWから入力した信号のレベルを調整できるのが、ラインゲインがあるメリットです。
もちろんレコーディングにおいても、マイクプリの後段につなぐ場合にレベル調整ができます。つまり、73JR Ⅱ と 73EQ JR を直列につないでレコーディングに使うことも、この2機種のメインの使い方になります。
ビンテージの 1073 は非常に高価ですし、同等回路の AMS NEVE 1073 classic も高価かつラックが必要になります。1073 SPX などは実装パーツが異なります。ビンテージ準拠であり、互換の実装パーツを持つのが 73JR II と 73EQ JR の特徴なので、ぜひセットでの購入をオススメしたいところです。
文:門垣良則
写真:桧川泰治
門垣良則 プロフィール
奈良出身。サウンドエンジニアであり広義、狭義ともにプロデューサー。師匠である森本(饗場)公三に出会いエンジニアという職業を知る。師事した後、独学及び仲間との切磋琢磨により技術を磨きMORGを結成。当時の仲間の殆どが現在音楽業界の一線にいるという関西では特異なシーンに身を置いていた。大阪のインディーズシーンを支えるHOOK UP RECORDSの立ち上げ、運営に関わる。大手出身ではないが機材話で盛り上がり、先輩格の著名エンジニアとの交流は多い。自身の運営するMORGのスタジオを持ち、日本有数の名機群を保有する。中でもビンテージNEVEやマイクのストック量は他の追随を一切許さない。しっかりとメンテナンスされた高級スタジオ数件分の機材を保有している。インディーズレーベルに叩き上げられた独自の製作スタイルを持ち、二現場体制での対応スタイルはじめマスタリングアウトボードを通しながらのミックススタイルをいち早く採用している。また、その際のアウトボードの量と質も他の追随を一切許さない。関西圏での音楽製作レベルの底上げ、、、もとい一気に都内一線クオリティーを持ち込むべく岡村弦、岩谷啓士郎に呼びかけWAVE RIDER(命名:gendam)を設立。WAVERIDERのネットワークにより、都内一線とリアルタイムに情報を共有することを可能にしている。エンジニアのみならず機材メンテナンス及び改良と検証、経営、教育など複合的な観点から音楽と向き合っている。2021年にWAVE RIDERを退社し、合同会社GRAND ORDERにて精力的に活動。新たに機材ブランドMORG Special Equipmentを設立した。