ボーカルの抜けが悪かったり、オケに負けてしまう時に LANG PEQ-2 を通す
- Heritage Audio のアウトボードにはどんな印象を持っていますか?
最初、マイクプリの HA73 Elite が出た時に借りて試してみたら、基本的には良く出来ているし、サウンドに嫌な印象もなく、価格もリーズナブルだと思いました。電源がスイッチング方式なので、トランス方式にしてくれたらさらに良くなるかもしれないけど、その分、価格は5万円くらい上がってしまいますからね。クオリティを保ちながら、価格をある程度抑えようという意図を感じます。Neve 1073 と同じ音かと言ったらそうではないけど、価格的な部分から言えば良く出来ています。
- 普段は Motorcity Equalizer を愛用しているそうですね。
Motorcity Equalizer も良く出来ていて、EQ臭さがなく、美味しい周波数に調整されています。周波数が固定されているグラフィックEQみたいなんですが、グラフィックEQとは違います。最初の目盛りが1dBで、あとは0.5dB刻み。レベルを目一杯上げても6dBしか上がらないから激しくは効きませんが、繊細な調整ができるからジャズとかに合いますね。各バンドがちゃんとしたコイルを使ったアッテネーター方式でチャンネルが作られているので、価格はそこそこします。他の方が録ってきた音源などで、自分的に気になる場合は、これに通して音色を直すという使い方をよくしています。
- それに対して、新製品の LANG PEQ-2 はどんな効き方をしますか?
LANG PEQ-2 は逆にロック系なんですよ。エグいくらいかかるから、ロック系のボーカルやドラムにいいですね。ボーカルトラックの抜けが悪くオケに負けてしまう時に、LANG PEQ-2 に通し、その後に Altec のコンプレッサーのリイシューを通してから再度オーディオデータ化しています。ロック系だとHF BOOSTの2.5kHzや3.75kHzあたりが結構効くんですよ。そしてHF BOOST BANDWIDTHでシャープ目にしてあげるとボーカルが目一杯出てくる。あとはHF DROOPで3〜5kHzあたりを切ると中域が前に出てきて、LF BOOSTで160Hzを上げて下の鳴りを少し出せばほぼ決まります。あと、この LANG PEQ-2 はLFのブースト/カットの周波数を別々に決められるところがいいです。カット周波数が抜群に使いやすい設定になっていて、すぐに思い通りの音作りができます。ブースト周波数が20Hzの倍音である20/40/80/160Hzと、30Hzの倍音である30/60/120/240Hzという2つの倍音構成になっているところもミソですね。この構成自体、他のEQでは見たことがありません。一番美味しいところに周波数が来ているんです。
- GAINノブを回すと細かいクリック感がありますね。
ビンテージの PEQ-2 にはクリック感がなかったですから、今っぽい仕様ですよね。
- LANG electronics 時代の PEQ-2 も使用したことがあるんですか?
60〜70年代に作られていたようですが、僕が業界に入った時でも、大手のスタジオに置いてあった記憶はありません。初めて対面したのは、二子玉川にある STUDIO SOUND DALI さんがオープンした時でした。真空管式の Pultec PEQ-1 は80年代に使ったことがあったのですが、PEQ-2 は初めて見るEQで、一見 Pultec タイプなのかと思いきや結構違っていました。真空管を使わずトランジスタで出来ているので、結構なソリッドな音色、でも繊細な音作りもできるのです。海外で持て囃されている理由はここにあるんだと気がつきました。
- ボーカル以外のパートにも効果的ですか?
キックやスネアにもいいですね。基本操作として、キックではLF DROOPで200Hzをカットして、LF BOOSTで40Hzあたりをブーストし、HF BOOSTで3.75kHzあたりを上げるとバランスが良くなります。API なら5kHzあたりを上げるところでも、LANG PEQ-2 はQの雰囲気が違うのか、2.5kHzあたりを上げると重心が下がって、いい感じで前に出てきます。スネアではジャズの繊細なブラシとかが、いかにもEQした感じではなく、なんとなく美味しいところが出てくるんです。
- 挙動はビンテージの PEQ-2 とほぼ同様ですか?
かなり近いです。DALI にあるビンテージの PEQ-2 と聴き比べてみたら、Heritage Audio の LANG PEQ-2 の方が新しい分、低域の押し出しがあるように感じましたが、基本的には同じ感じです。目隠しして聴いたら違いがわからないくらい。スイッチング電源ではあるけど、よく研究しながら作られています。
- J-POPではどう活用できますか?
すごく繊細に使うこともできるから、例えば優しいフォークソングのボーカルにもいいと思います。LF BOOSTで240Hzあたりの柔らかい部分を使うといい感じになりそう。柔らかいけど押し出し感が出せます。HF BOOSTで10kHzあたりをちょっと上げて、HF DROOPで上の方を切れば美味しいところが出てくるんじゃないかな。
- 上の方を切るというのは?
倍音の「サーッ」というエアー感が増すと歪みの汚い部分が出てきてしまうので、それを切るんです。上のサラサラした感じは欲しいけど、重心をもっと下げたい時にHF DROOPで切る。例えばピアノでも変にエコーをかけるとボワッとしちゃうけど、上の方を切ると音像の上の方にもやのようなものが出来て、それがエコー感になる。そうするにはEQのカーブがとても大事で、カットするというよりHF DROOPのようなフィルターで抑える方が音楽的にエコーがかかったように聴こえるんです。
他のハードウェアにもプラグインにもない、痒いところに手が届くEQ
- では実際に LANG PEQ-2 の使用例を教えてください。
今回はメタル系のハードな音源に使ってみます。以前、PEQ-2 がどんな場面でよく使われるのかを聞いたら、「ハードロック系です」と即座に返答があったので、今回はそこを重点的に検証してみます。まずはキックです。60Hzをググッと13時あたりまでブーストし、LF DROOPを200Hzにして12時くらいまでカットすると、いい感じのロー感が出ます。LF DROOPを100Hzに変更してみてもいいですね。他社のEQとは感覚がちょっと違います。
- なるほど。高域はどのように処理しますか?
アタックを出すために5kHzをブーストします。HF BOOSTも2種類の倍音構成が用意されていて、2.5/5/10/20kHzと3.75/7.5/15kHz、これによく使われる12kHzを加えた3バンド構成には頭が下がります。HF BOOST BANDWIDTHを10時あたりにセットして、5kHzをブーストしてみます。ちょっとピーキーな感じがあるので、HF BOOST BANDWIDTHを少し9時寄りにすると...いい感じにまとまりました。ただし、ビーターの種類やマイクの位置によってセッティングは変わるので、一概にこれがいいとは言えません。今回は皮に貼りつけるくらいオンマイクでセッティングしましたが、音源によっては3.75kHzをブーストする方がしっくりくる時もあります。まだピーキーなところがあるので、HF DROOPでカットします。HF DROOPも2種類の倍音構成で、2.5/5/10/20kHzと7.5/15kHzになっています。3.75kHzをブーストするなら...5kHzをカットしていくと、いい感じにピークが取れて好みの音色になりました。
- ではスネアはいかがでしょうか?
まずHF BOOSTで5kHzをブーストします。ちょっと腰高になってしまったので、3.75kHzに変更してみると...いい感じになりました。2.5kHzでもいいですね。ここら辺は好みかな。次にLF BOOSTで80Hzを上げると、いい感じで低域が出ます。60Hzでもいいですね。ここも好みかな。120Hzにすると少し腰高になります。そしてLF DROOPで200Hzをカットするとまとまってきます。100Hzでもいいですね。GAINは12~14時あたりでいいところを見つけます。HF BOOSTを5kHzにした場合は、HF DROOPを2.5kHzにして、GAINは11~13時あたりの塩梅のいいところで腰高感を補正します。
- 次にボーカルの処理ですね。
強さを出したいので2.5kHzか3.75kHzをブーストしてみます。今回は曲とボーカルの声質の相性で、2.5kHzの方が好みの音色になりました。LF BOOSTは240Hzを11時あたりまで上げ、LF DROOPを200Hzにして9時あたりでカットします。HF DROOPは使いませんでしたが、ちょっとピーキーになるようであれば5kHzあたりを切ると思います。
- ギターやベースに使うこともありますか?
ギターはHF BOOST BANDWIDTHを9~9時半あたりにセットして、2.5kHzを14時あたりまでブーストし、HF DROOPで5kHzを切って、LF DROOPで200Hzを12時あたりまでカットしてみました。 ベースは最初に200Hzを10時あたりまで切り、次に60Hzをブーストしました。そうするとアタックが足りなくなったので、3.75kHzを8時半〜9時あたりまでブーストしました。HF DROOPは使用しませんでした。
- LANG PEQ-2 はどんな人にオススメですか?
プロデューサーさんやアレンジャーさんがミックスダウンをするケースも増えているので、そういうエンジニアならではの概念を持たずに作業される方々にオススメです。ただ、どういう音像を作りたいかが頭にないと LANG PEQ-2 の良さは出せないかもしれません。料理と一緒で、味を想像しながら触ってほしいですね。ボーカルの音色を決める時は、周りの楽器の中での位置を想像して周波数を探してみるといいですよ。LANG PEQ-2 は他のハードウェアにはない、プラグインにもない、かゆいところに手が届く独特のEQです。このEQでしか出せないこの音が、この値段で買えるのは本当にいい時代になりましたね。
写真:桧川泰治
青野光政(あおの みつまさ)
レコーディングエンジニア。音質の追求と作業環境の向上を求め、イデア・サウンドを設立。今までに井上陽水、嵐、ASPARAGUS といったアーティストの作品をはじめ、ポケットモンスターなどのゲーム作品まで手掛けている。