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Heritage Audio HA-609A : ステレオコンプレッサーの使い方

Heritage Audio 製のアウトボードを使ってレコーディング&ミックスのクオリティを向上させる、Tips記事の第4弾。今回はデュアルモノ/ステレオコンプレッサーの HA-609A を取り上げます。

目次

  1. Neve 33609を意識しつつオリジナリティを持ったデザイン
    1. ステレオコンプ33609のリビジョンの変遷
    2. 初期の33609に基づくHA-609Aの回路構成
  2. HA-609Aでのサウンドメイク
    1. 湿度を感じる粘りのあるサウンド
    2. ピークをまとめるような用途に有効
    3. まとめ

Neve 33609を意識しつつオリジナリティを持ったステレオコンプ


HA-609A は、名機 Neve 33609 を意識したデュアルモノ/ステレオコンプレッサーです。33609 はビンテージモデルが非常に高額で取引されている機材のひとつで、HA-609A に興味を持った方であれば、33609 がステレオコンプ/リミッターであることはおそらくご存知と思います。また、33609 は Universal Audio UAD-2 などでプラグイン化もされており、スタンダードな使用感を持つ機材と言えます。

HA-609A はこの 33609 を意識しつつ、Heritage Audio が自ら説明しているように、後発の機材ならではのオリジナリティを持った唯一のデザインになっています。筆者はスタジオでこの HA-609A のテストを夢中になって行いました。細かい説明の前に、「この製品は非常に素晴らしい」と断言しておきます。そのうえで、まずは予備知識として 33609 について説明してから、HA-609A の魅力に迫りたいと思います。

ステレオコンプの名機 33609 のリビジョンの変遷

33609 は Neve が1970年代に発売したコンプ/リミッターです。特徴としてはクラスAB回路を持ち、入出力にトランスを使用し、非常に魅力的な音色を持っていることが挙げられます。33609A、B、C、J、JD、Nと多くのリビジョンがあり、現在も AMS Neve 社が継続して生産しています。

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▲筆者が所有する33609。上からリビジョンJ、C、A(写真:門垣良則)

ハンドメイド製品であるため一概には言えませんが、リビジョンABあたりまでは Neve 1073 と同じ型番の入力トランスが使われていました。リビジョンCあたりから別の型番に変わり、それも明るいキャラクターを持っていますが以前の感じとは違います。

出力アンプにもいくつかのリビジョンがあります。最初はディスクリートの「BA440」に類するアンプが使用されていましたが、リビジョンBあたりから熱対策などの理由で、ICオペアンプを使用した「BA640」が採用されます。

リビジョンCが日本に普及したのはちょうどバブル期の頃で、サウンドに厳しい日本人が特別仕様でオーダーしたのがリビジョンJでした。リビジョンCのトグルスイッチを照光式スイッチに変更することで、放送局などにおけるスイッチの視認性を高めたのです。

リビジョンJDは、リビジョンAで使われた BA440 に類するアンプを、出力部に採用したモデルです。出力アンプがソケット式になっているので、比較的容易に換装ができます。さらにリビジョンJとJDには、出力トランスが Carnhill 製のものもあれば、リビジョンCそのままのものがあったりと様々な個体が存在しています。これには「トランスで音が変わる」ということが、今ほど一般に認識されていなかったという背景があると思います。

リビジョンNは近年発売された機種で、Slow Attackの追加と共に、入出力部が新たに「MARINAIR」という商標を取得したトランスに変更されています。また、出力アンプがソケット式ではなくなりました。

初期の33609に基づくHA-609Aの回路構成

ここまでで 33609 には様々なリビジョンが存在し、同じリビジョンでもパーツ構成が一定ではないことがわかってもらえたと思います。さて、ここで HA-609A の回路構成を見てみましょう。

HA-609A は入力トランスに 33609A と同等(すなわち1073と同等)の品番を採用しています。一方、出力アンプや出力トランスは、Neve 2254 と同等(すなわち1073と同等)の回路になっています。つまり、33609 を意識しながらも、出力段を「クラスA回路」にしているわけです。この出力回路は、Heritage Audio がすでに HA73 Elite で開発済みのものですから、その設計が流用可能なのです。

〈参考〉Heritage Audio : マイクプリアンプ & EQの必要性と使い方

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▲すでにHA73 Eliteで成功を収めているクラスA出力回路を搭載。クセのない、非常にスムースでリッチなアナログサウンドで、出力トランスをドライブできる

さて、ここで 33609 の変遷を再確認すると、かなり初期のモデルを除けば、どのリビジョンも入力トランスは基本的にリビジョンCを意識したものになっています。つまり、初期 33609 の設計に基づいたトランスを採用した回路構成というのは、オリジナルの発売から半世紀ほどが経過した今になって初めて、HA-609A でようやく登場したということになります。

というのも、この入力トランスの原価は出力トランスの2倍ほどするので、メーカー側からするとかなり頭を抱える部分だからです。HA-609A はこれらのトランスを惜しげもなく使っていて、しかもこの設計ですから、いい音がしないわけがない素晴らしい製品なのです。

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▲非常に高価な入力トランスが惜しげもなく使われている。表面実装のタンタルコンデンサも十分な質量を持った良質なパーツが使われており、サウンドに対しての明確な設計思想が感じられる
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▲出力トランスももちろんCarnhill製。このモデルは筆者の調べた限り、旧来のモデルよりも中低域のサウンドがいい意味でドッシリしていると感じる

僕は 33609 のリビジョンAとC(※)、そしてJ(※)をディスクリートにした、かなりこだわった3台のマニアックな個体を持っています。それらと比較して HA-609A のキャラクターは、しいて言えば、最初期の 33609 に求めるオーガニックなサウンドと押し出し感を持ちながら、表面実装パーツによるタイトさを併せ持った理想的なサウンドと言えます。

※リビジョンC/J共に1989年開発の基盤で、MARINAIR 製トランスのもの。

HA-609Aでのサウンドメイク


湿度を感じる粘りのあるサウンド

HA-609A は、スレッショルド/レシオ/リリース/ゲインメークアップという、オーソドックスなコントロールを持っています。マスターやドラムバスに使う場合、基本的にはレシオを[1.5:1]〜[3:1]、リリースを[100ms]あたりにしたうえで、音量が大きなパートでゲインリダクション・メーターの針が少し振れるくらいにスレッショルドを設定し、ゲインメークアップを上げるという手順になります。

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▲コンプ部のシンプルなコントロール。レシオは1.5:1/2:1/3:1/4:1/6:1、リリースは100/400/800/1500ms/AUTO1/AUTO2、スレッショルドは±20dB、ゲインメークアップは最大20dBとなっている

HA-609A に求める効果は、いわゆる「クラシカルなブリティシュ・コンプサウンド」として多くの人々に認知されているものです。UKロックをはじめ、多くのヒット曲で聴いたことのある、湿度を感じるような粘りのあるサウンドが得られます。端的にいうと、頑張って設定を追い込まなくても、ごく普通の設定で通した段階で、およそ納得のいくサウンドになるのが特徴です。

また、ドラムを深くコンプレッションすることで独特のグルーヴが生まれ、アグレッシブなロックサウンドを生み出すことができます。これは一部のエンジニア界隈では「ボッカンコンプ」という表現で親しまれています。この、ちょっとハードコンプなようで、ロックドラムに対しては一般的とも言える設定は、レシオを[4:1]、リリースを[400ms]に設定し、スレッショルドを下げてリダクションをさせていくと簡単に作ることができます。このように、カッコいいサウンドがいとも手軽に得られることが、33609 タイプが人気を博した理由だと思います。

ピークをまとめるような用途に有効

HA-609A はクラシカルな回路を再現しているためリミッターも備えています。これは、さらに極端なリミッティングが必要な場合に使うもので、クリップの回避などセーフティーのために使うものではありません。僕はレコーディングでは主にドラムのオーバートップに 33609 を使い、トランスを通すことでシンバルのピークを抑えます。HA-609A は入力トランスが 33609A にとてもよく似た印象で、ピークが取れて心地良い倍音が付与されるため、まさに自分の求めるサウンドを得ることができました。

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▲HA-609Aのリミッター部

ミックスにおいては、ピアノをブライトにしながらアタックを強調したり、ボンゴやコンガなどの皮ものにインサートして少しコンプを当てるとアタック感と粘りが加わり、心地良いグルーヴを生み出すことができます。33609 の初期型は、弦ものであればガットギターやアコギにもとても好印象です。これは初期型の入力トランスが強い影響を与えているためで、HA-609A はこういったピークをまとめるような用途にとても有効です。

また、トランスを通すタイプのアウトボードは、ミックス時のリトラッキングやマスターへのインサートなどにも有効です。Pro Tools に搭載されているハードウェアインサートとコミット機能を使うと、プラグインではなかなか作れないようなサウンドを作ることができます。

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まとめ

以上、HA-609A の活用法について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか? 33609 は僕も本当に好きな機材ですし、初期ロットを作っていた頃の工場跡地である、イギリスのメルボルンまで聖地巡礼に行ったくらい Neve が大好きです。最寄駅のメルドレスから続く田舎道を歩いた日本人は、そうはいないでしょう(笑)。

しかし、Heritage Audio HA-609A はそんな僕も唸るほどの愛情と敬意を持ってデザインされた機材だと感じました。新しいパーツや技術を使っても肝心のサウンドや使い勝手には妥協せず、しかしコストは抑えるということを、オリジナル 33609 の設計者にもユーザーにも敬意を払いながら作られたことが伝わってきました。

文:門垣良則
写真:桧川泰治


門垣良則 プロフィール

奈良出身。サウンドエンジニアであり広義、狭義ともにプロデューサー。師匠である森本(饗場)公三に出会いエンジニアという職業を知る。師事した後、独学及び仲間との切磋琢磨により技術を磨きMORGを結成。当時の仲間の殆どが現在音楽業界の一線にいるという関西では特異なシーンに身を置いていた。大阪のインディーズシーンを支えるHOOK UP RECORDSの立ち上げ、運営に関わる。大手出身ではないが機材話で盛り上がり、先輩格の著名エンジニアとの交流は多い。自身の運営するMORGのスタジオを持ち、日本有数の名機群を保有する。中でもビンテージNEVEやマイクのストック量は他の追随を一切許さない。しっかりとメンテナンスされた高級スタジオ数件分の機材を保有している。インディーズレーベルに叩き上げられた独自の製作スタイルを持ち、二現場体制での対応スタイルはじめマスタリングアウトボードを通しながらのミックススタイルをいち早く採用している。また、その際のアウトボードの量と質も他の追随を一切許さない。関西圏での音楽製作レベルの底上げ、、、もとい一気に都内一線クオリティーを持ち込むべく岡村弦、岩谷啓士郎に呼びかけWAVE RIDER(命名:gendam)を設立。WAVERIDERのネットワークにより、都内一線とリアルタイムに情報を共有することを可能にしている。エンジニアのみならず機材メンテナンス及び改良と検証、経営、教育など複合的な観点から音楽と向き合っている。

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