第3回:Tonalic で選んだ演奏を、自分の楽曲として仕上げる
第1回では Tonalic のコンセプトと、その背景にあるテクノロジーについて、第2回では Explore / Search / Patterns を使って「探す→選ぶ→曲に落とし込む」までの流れを紹介しました。第3回となる今回は、その先──選んだ演奏をどう自分の楽曲として仕上げていくか、というところまで踏み込みます。Tonalic Studio の Refine Page を使ったノート単位での調整や、Cubase 15 との ARA 連携、さらに実際の制作現場でどう使っているのか。前回、サーチの解説に特に時間を割いた理由も、この記事でお分かりいただけると思います。第1回はこちら / 第2回はこちら
演奏を生かしたまま自分にフィットさせるための機能、Refine Page
Tonalic では、まず Explore Page からミュージシャンや楽器を選び、Search Page で演奏を探します。気に入ったフレーズ/パターンが見つかったら、楽曲のキーやコードを指定し、そのコード進行に合わせて演奏を組み立てていきます。その後、Patterns Page で演奏バリエーションを選び、楽曲の流れに合わせて配置していく。ここまでが前回紹介した工程です。
ただ、実際の制作では「この演奏とても良いけど、あと少しだけノート単位で詰めたい」という場面が必ず出てきます。そこで使うのが、Tonalic Studio に用意されている Refine Page。今回はギターのアルペジオを例に、実際に使ってみましょう。
Tonalic の Patterns Page でフレーズを選択し、右下の Refine Page ボタンを押すと、ピアノロールのような画面が現れます。ここでは4つの編集モードが用意されています。

Voice Leading:コード進行、音のつながりを整える
Voice Leading では、コード単位でボイシングを変えながら、前後の音のつながりを調整できます。1箇所を変更すると、他のコードがより最適な音に変更されることもあります。不自然なコード進行や音飛びを防いで、自然な遷移を再構築してくれるのです。ここではノート単位ではなく、全体の流れを変更していく感じです。前後のつながりを調整するだけではなく、1つのフレーズから複数のバリエーションを作ることもできます。
今回のアルペジオでは、各音がコードチェンジに対してどのような配置になるのかを調整しました。

Pitch:ピッチ調整とフレーズのアレンジ
Pitch では、選択したノートのピッチを半音単位、さらに cent 単位で細かく調整が可能です。このフレーズは D-A-Bm-G というコード進行で演奏しています。後半2小節でフレーズが大きく変わるので、ルート音はベースに任せて、アルペジオはあえて全体を


Amplitude:音量とダイナミクスのコントロール
Amplitude では、ノートごとの音量を調整できます。特に生の演奏はたった1音の音量を変えるだけでも表情ががらりと変わります。筆者は、Melodyne のポリフォニックモードでアコギのアルペジオなどを読み込み、EQ でローカットする代わりに、低音弦のノートだけボリュームを下げるという手法をよく使いますが、Tonalic でも同じようなことが可能です。単純なローカットとは全く違った効果が得られます。また、フレーズのトップノートを前半2小節ではミュートし、後半から鳴らすといった演奏のバリエーションを作ることもできます。ノートのミュートはかなり効果的なテクニックなので、ぜひ色々な場面で試してみてください。

Timing:発音位置の調整は、ニュアンスを壊さない程度に留める
Timing 機能では、ノートの発音位置を前後に動かしてタイミングを調整できます。ただ、この機能に関しては、筆者はかなり慎重に触っています。Tonalic の演奏には、演奏しているミュージシャン本人のタイム感やノリがかなり強く残っているため、ほんの少し発音位置を動かしただけでも演奏の印象が露骨に変わってしまいます。むしろ元の演奏が持っていた “間” や前ノリ/後ノリといったグルーヴ感を壊してしまうこともある。そのため筆者の場合は、明らかに気になる箇所を少し整える程度に留めています。もし演奏全体のノリが合わない時は、サーチで別の演奏を探すことが多いです。
こういった部分は、Tonalic が MIDI ではなく “他人の演奏” を扱っていることを強く実感する部分ですね。Refine Page は見た目こそ MIDI のピアノロールに近いのですが、1音1音を自由に組み替えるための画面ではなく、元の演奏を残しながら必要な部分だけを詰めていく場所。アーティストの演奏のニュアンスを生かしたまま細部へ介入していく感覚は、どこか Melodyne にも通じるものがありますね。

Cubase 15 との強力な ARA 連携
Cubase 15(バージョン15.0.30以降)では Tonalic との ARA 連携がより強力になりました。プラグインとして起動するのではなく、Cubase の一部としてTonalic を扱うことが可能です。Cubase の画面右には Tonalic のタブが追加されており、ここからログインすると Explore Page が表示されます。

Cubase 上でのフレーズの探し方は、プラグインとして使用する場合とまったく同じ。求める演奏が見つかったら、その Tonalic を Cubase のプロジェクト・ウィンドウへドラッグ&ドロップします。すると新規トラックが自動的に作成され、Tonalic が起動。同時にプロジェクト・ウィンドウ上には Tonalic のイベントが作成されます。このイベントは MIDI イベントでも Audio イベントでもないため波形などは表示されません。Tonalic の演奏情報が記録されている「箱」だと思ってください。

この時点では Tonalic の編集画面は表示されませんが、作成されたイベントをダブルクリックすると、そのフレーズの Patterns Page が開きます。ARA 連携時は、Tonalic 側でコード入力するのではなく、演奏はすべて Cubase のコードトラックに従います。キー設定も Cubase 側で指定したキーが Tonalic に反映されます。

ARA 連携時の大きなメリットの1つが、Refine Page 内で再生ラインを直接動かせること。プラグインとして使用している場合、再生位置の移動は Cubase 側で行う必要がありますが、ARA では Refine Page 上で再生ラインを任意の位置へ移動できます。さらに空白部分をダブルクリックすれば、その位置から再生されます。こういった操作感は ARA 起動時の Melodyne とかなり近いですね。ノートを編集しながら、同じ画面内で再生位置の移動から確認まで完結するので、作業効率はかなり上がります。
ここで、ARA 連携時に筆者が実際に活用している使い方のコツも紹介しておきます。 Cubase 上のイベントには「Electric Guitar 3840 Main 1」のように Tonalic 側の名称が表示されますが、この時点では名前を変更することができません。同じトラック内に複数のパターンや、Refine Page で編集したバリエーションを並べていくと判別しづらくなるので、筆者はイベントを色分けして管理しています。これだけでも視覚的にかなり分かりやすくなります。

また、Patterns Page で別のパターンを試したい時は、既存イベントの上にそのままドラッグ&ドロップすることが可能です。元のイベントを消す必要はなく、以前のパターンも重なった状態で残っています。イベント下部中央の矢印をクリックすると、重なっているパターンを一覧表示して切り替えることができるので、感覚としてはテイクトラックのように複数の候補を比較しながら使うことができます。

コード追従の使いこなしとアレンジの工夫
ARA 連携に限らず、Tonalic を通常のプラグインとして複数起動した場合も、基本的にはそれぞれが設定されたコード進行に追従します。現状、特定のTonalic だけコード追従を OFF にしたり、別のコード進行を個別に指定する設定はありません。
ここで少し注意したいのは、すべての楽器をコード進行に律儀に追従させれば、必ずしも音楽的になるとは限らないということです。異なるミュージシャン同士の演奏を掛け合わせても、ギターもベースもコードチェンジのたびに一斉に動けば、かえって無機的でシーケンサー的な印象が強くなることがあります。
そのような時は、先ほどのアルペジオのように Refine Page の Pitch でノートを調整したり、ARA で追従させたくないパートだけ Tonalic をプラグインとして起動し、個別にコードを設定する対処法があります。また、同じフレーズをコードに関係なく繰り返したい場合は、必要な部分だけオーディオに書き出してループさせるのも1つの手法です。Cubase での ARA 連携では、特定の Tonalic イベントを選択して別トラックに一発でレンダリングすることができます。
「演奏を作る」から「楽曲をプロデュースする」へ

実際の制作では、Tonalic と、既存のバーチャル音源やループ素材をかなり使い分けています。Tonalic はゼロから任意のフレーズを組み立てるためのツールではありません。フレーズの指定がある場合や、頭の中に明確な旋律があってそのまま形にしたい場合は、音源や素材を使用します。一方で、すでに他の音源や素材だけで作ったトラックへ Tonalic の演奏を加えると、自分では思いつかなかったアプローチが入って、一気にアレンジが面白くなることも。筆者は、例えば4つ打ちのダンストラックに Tonalic のパーカッションをアンビエンス的に薄く重ねて、有機的なグルーヴを足す、といった使い方もしています。ドラムの場合、フィルインについては他のドラム音源やサンプルを組み合わせることも多いです。Tonalic だけで完結させるのではなく、必要なところは別の素材に置き換える。その組み合わせが自分のアレンジの個性になります。
Tonalic を実際の制作現場で使用していると、演奏をゼロから組み立てる時間よりも、「どの演奏を選び、どう曲の中で機能させるか」を考える時間が増えていることを実感します。Tonalic は時短ツールではないのです(笑)。ただし、従来では自分でフレーズを考えて打ち込み、ベロシティやタイミングを調整しながら演奏そのものを作っていた作業が、Tonalic では最初から実在するミュージシャンの演奏をスタート地点にできる。これはかなりの利点です。デモの段階から人間のニュアンスを持った演奏を、実際のアレンジの中で試せるというのは、仕上がりにも大きく影響します。だから、制作の重心が「演奏を作る」ことから「演奏を選び、アレンジの中で生かす」というプロデューサーのような立場に変わる。第2回でサーチを細かく紹介した理由はここにあります。
ミュージシャンの生演奏に、自分の意図が乗る
3回にわたって紹介してきた Celemony 社の Tonalic ソフトウェア。筆者が Tonalic を使って制作した曲が TV やラジオ、YouTube から流れてきた際、自身では演奏していないパートでも、自分の意図がしっかり入った演奏として聴こえます。どこか自分で演奏した時に近い熱量すら感じる。これは Tonalic を使っていて、とても面白いところです。
今でも筆者は Tonalic のベータテスターとして、ドイツの Celemony 社とやり取りをしながら最新のベータ版を試しています。製品版では新機能が追加されていたり、ベータ版で気になっていた部分も随時改善されてきています。今後はミュージシャンも増えていく予定です。この3回の連載が、皆さんの音楽制作に何か少しでもヒントになれば幸いです。
阿瀬さとし
作曲家/ギタリスト/マニピュレーター/ミキシング・エンジニア。2006年、アコトロニカ・ユニットCojok(コジョ)を結成。2010年、レコードプロデューサー佐久間正英が代表を務めたサーキュラートーン・レコーズよりデビュー。その後、音響ハウスで開催されたサウンド&レコーディング・マガジン企画「Premium Studio Live Cojok+徳澤青弦カルテット with 屋敷豪太、根岸孝旨、権藤知彦」に出演。エンジニア・飯尾芳史氏によるリアルタイム・ミックスでライブを公開収録し、その模様は『QUANT』としてOTOTOYより配信リリースされた。そこから頭角を現し、数多くのCM曲や劇伴などの作編曲およびギター演奏を手がける。2020年はポカリスエットCM「ポカリNEO合唱 ドキュメンタリー完全版」篇、毎日新聞社テレビCM「事実へまっすぐ」篇(東京2020オリンピックオフィシャルパートナー)の音楽を担当。2023年3月には初著書『GarageBandで遊ぼう!~iPhone/iPad無料アプリで音楽する』をリットーミュージックより出版。2026年9月オンエアの明星チャルメラ TV-CM「60周年さすらい篇」ではギター、アレンジ、ドラム・プログラミングを担当。
(プロフィール photo by moo)
