第1回:Tonalic のコンセプトとテクノロジーの背景
僕は Tonalic の開発段階から、ベータテスターとして携わっています。もともとは Melodyne のベータテスターをやっていたのですが、その流れで本製品のテスターのお誘いをいただいたのがきっかけです。テスターとして正式に契約のもと参加させていただいた経緯もあり、開発初期からリリースに至るまで継続的に触れてきました。ベータテストではバグ報告はもちろん、実際の使用感に関するフィードバック、そしてデモ曲の制作を通して実践での使用法を提案するなど、クリエイターの側面から携わらせてもらってます。
本稿(第1回)では、その立場から Tonalic のコンセプトとテクノロジーの背景について、自分なりの視点で解説していきます。
「なぜ Celemony が?」から始まった違和感
Celemony の新製品と聞いて、まず思い浮かんだのは Melodyne をさらに進化させたようなプラグインでした。ところが Tonalic は、ギター、ベース、ドラムといった楽器を楽曲内で演奏できるというソフトウェアだったのです。
こうしたソフト自体は今時決して珍しいものではないし、だからこそ正直なところ「なぜ Celemony が?」と少し意外に感じました。これまでオーディオを解析し編集する技術で知られてきたメーカーが、演奏そのものを担う音源を出すというのは、方向性としても想像していなかったからです。ですが実際に触れてみると、その違和感がひっくり返る瞬間がありました。
UIはMIDI的、しかし鳴ってくるのは“演奏”
実際に Tonalic を起動すると、まず Explore Page が現れます(画面1)。そこには沢山のミュージシャンや楽器の写真パネルがずらり並んでいます。初期ベータ版ではここまで大勢のミュージシャンはいなくて寂しかったです。ですがアップデートに伴い、だんだん増えていくのは楽しかったです(笑)

好みのパネルをクリックすると Search Page へ切り替わり、検索可能な Tonalic アイコンが縦に並びます(画面2)。ここではギタリスト Uwe Bossert を選んでみました。それぞれのアイコンには演奏パターンが表示されていて、アルペジオ、コードストローク、ソロなどが視覚的にも判別可能。この時点では、よくある「MIDIデータで音源を演奏させるタイプなのかな?」と思いました。

ところが実際にプレビューで音を出してみると、MIDIとは思えない、なんとも生々しい演奏が聴こえてきたのです。さらに試しに画面下の Chord Ruler へコードを入力し、そこに Tonalic アイコンをドラッグ&ドロップして再生してみると、これが想像以上でした(画面3)。サウンドの生々しさはそのままに、入力したコードへ違和感なく反応し、まるで隣で演奏しているかのように流暢にフレーズを紡いでいったのです。

それは単にMIDIデータで音源を鳴らしたようなサウンドではなく、実際に人が演奏しているニュアンスがしっかりと感じられるものでした。また、単にオーディオをタイムストレッチしたようなピッチのよれもありません。この時点で他のツールとは別の手触りを感じました。
DNA(Direct Note Access):単音から和音へ
ベータテストを進める中で、「これはどんなフォーマット/アルゴリズムで処理されているんだろう?」と確認してみたところ、当然MIDIではなく、実際にミュージシャンが演奏したデータとのことでした。そしてその演奏データが、Melodyne の DNA(Direct Note Access)テクノロジーによって個々の音符(ノート)として扱える状態に分解され、楽曲で使用するコード、リズム、テンポに合わせてくれているというわけです。
Melodyne で有名な DNA は、ざっくり言うと「和音を含むオーディオから、音を“1音ずつ”見つけて触れるようにする」技術です。同時に鳴っている音を解析して、和音の中の1音だけを動かす...みたいなことを可能にしました。ピッチ、タイミング、デュレーション(音価)にアクセスできる対象が、「単音」から「和音」へ広がったのです。
Tonalic の面白さは“貼り付け”ではなく“再構築”
ベータテストで実際に使い込んでみての Tonalic の面白さは、演奏パターンを選んで鳴らすというより、録音された“人の演奏”がコードに合わせて、破綻なく再構築されているところ。だから、ピッキングの粒立ちや弦の鳴り方、フレーズの“間”みたいなものが残るのです。
「上手に打ち込まれたMIDI」や「サンプルの貼り合わせ」とは、音の表現が全く別次元。もちろん中身はソフトウェアなんですが、鳴ってくる音の奥に人の気配を感じることができます。音色がリアル、という話ではなく、ミュージシャンの演奏をそのまま自分の楽曲に導入できる。この差は制作の現場では相当大きいですね。
そしてここが Celemony らしいところでもあって、背景にあるのはおそらく「オーディオを解析して、音楽として扱える形にする」あの思想なんですね。Melodyne で培われた技術が、別の方向へ伸びてきた感じ。冒頭で僕が「なぜ Celemony が?」と感じた理由が、ここでかなり腑に落ちました。
「生成」ではなく「演奏の運用」
Tonalic は、いわゆる生成AIで音楽を作るタイプのツールではありません。Tonalic がやっているのは“生成”ではなく、実在するミュージシャンの演奏を、制作の中で「使える形」に持ち込むことです。30名を超える世界トップクラスのスタジオミュージシャンが参加していて、それぞれの個性や演奏アプローチが、録音された演奏として収録されている。それらを手軽に鳴らせる部分はあるんだけど、Tonalic の狙いは「簡単に作れる」ことよりも、“使える演奏”を曲の中で成立させることにあります。
プロの制作現場で言うと、Tonalic はプロダクションの中で“音として責任が取れる”ことを前提にしています。上位エディションの Tonalic Studio にはノート単位の編集まで踏み込める Refine Page(画面4)が用意されていて、本物の演奏の自然さを失わずに、細部を詰めていけます。任せっぱなしではなく、最終的にこちらが決められるように設計されているんですね。

次回予告
次回以降は、ワークフローの詳細や Tonalic を「実際にどう使うか」の話に移ります。Search Page での探索の気持ちよさや、オーディオでもMIDIでもない“第3のデータ形式”としての扱いやすさ。DAWとのARA統合でコードトラックに追従させた時の挙動、そして Tonalic Studio の Refine Page でノート単位まで詰めていける感覚も、もっと具体的に触れたいと思っています。
僕の制作(特にCM案件)だと、デモ段階でのスピードも大事ですが、最終的に「このまま使える」ところまで持っていけるかがもっと大事で。例えば「ちょっとファンキーなベースに変えてみよう」を数秒で試せるのは、単に時短というより判断の速度が変わります。ベータテストで見えた“現場の使いどころ”を紹介します。
Tonalic 販売サイト(beatcloud)
阿瀬さとし
作曲家/ギタリスト/マニピュレーター/ミキシング・エンジニア。2006年、アコトロニカ・ユニットCojok(コジョ)を結成し、マニピュレーター&ギターを担当。アコースティックとエレクトロニカを融合した「アコトロニカ」という独自の音楽性と完成度の高いサウンドにより、2010年、レコードプロデューサー佐久間正英が代表を務めたサーキュラートーン・レコーズよりデビュー。その後、音響ハウスで開催されたサウンド&レコーディング・マガジン企画「Premium Studio Live Cojok+徳澤青弦カルテット with 屋敷豪太、根岸孝旨、権藤知彦」に出演。エンジニア・飯尾芳史氏によるリアルタイム・ミックスでライブを公開収録し、その模様は『QUANT』としてOTOTOYより配信リリースされた。そこから頭角を現し、数多くのCM曲や劇伴などの作編曲およびギター演奏を手がける。2020年はポカリスエットCM「ポカリNEO合唱 ドキュメンタリー完全版」篇、毎日新聞社テレビCM『事実へまっすぐ』篇(東京2020オリンピックオフィシャルパートナー)の音楽を担当。2023年3月には初著書『GarageBandで遊ぼう!~iPhone/iPad無料アプリで音楽する』をリットーミュージックより出版。2025年11月は高崎市で開催されたBOØWYフェス「拝啓ボウイ様」にて、じぐろ京介 with SPECIAL MEMBERSとしてマニピュレーターで参加。氷室京介のバンドでサポートを務めていた香川誠、西山史晃、友森昭一、田中一光らと共演。
