若手を中心に、ちょっと変わった組み合わせで、ピアノだけでも3人起用した
- まずは『The Room』のコンセプトについて教えてください。
今作は極力、村越のオリジナルをたくさん入れようということで、ギリギリまで粘って6曲入れました。メンバーに関しては、彼女は海外でいろんな人と共演していたので、このアルバムでは日本に帰国している4ヶ月の間で、日本の旬なミュージシャンたちとやっていこうかなと。なので今回は若手を中心に、ちょっと変わった組み合わせで、ピアノだけでも3人起用しました。
- 起用するピアニストによって、曲ごとに色合いを変えるということですか?
そうですね。友田ジュンくんは僕がプロデュースした Project M というプロジェクトの、『THE MASTERPIECES』シリーズで3枚のアルバムを一緒に作った、最も信頼しているピアニストの一人です。今回はアルバムの半分の4曲をジュンくんにお願いしました。古里 愛ちゃん(Ai Furusato)は、村越と同じバークリーに在籍する3年生のピアニストです。2人はよく一緒に演奏していますし仲がいいので、本人のリクエストで連絡を取りました。
残りの3曲は竹田麻里絵です。彼女は THE JAZZ AVENGERS のメンバーとしても有名ですが、LE GRAND RETOUR というユニットではコンテンポラリーなアプローチも魅力的で、何をやらせてもすごくセンスがいいんですよ。3人ともタッチが全然違いました。同じグランドピアノでこんなに音が違うんだっていうぐらい違いました。
- リズム隊もフレッシュな面々で揃えたのですか?
ベースの古木(佳佑)くんは、前作でも候補に挙がっていたのですが、スケジュールの都合でマッチせず、今回はタイミングがうまくあったので参加してもらいました。ドラムはいま旬の若手、中村海斗。彼は自分名義でもコットンクラブに出演するようなアーティストです。まだ20代中盤ですが、海外でも日本でも注目されています。すごくフレッシュでいいドラマーだなと思っていたのですが、やっぱり素晴らしかったです。
- 今回はレコーディングからディストリビューションまで、小川さんが全体的にプロデュースを担当されていますね。
そうですね。ギリギリまで曲がどうなるかわからなかったというのもあり、外部に持っていくのはややリスキーでもありました。スケジュール的に、うち(トライロジック・プロダクション)だとレコーディングが終わってから大体1ヶ月以内にはリリースできるのですが、一般的なレーベルだと短くても3ヶ月、普通なら半年かかります。村越の場合、5月にアルバムを出すとなると、前の年からセッティングしなくてはならないのですが、それがちょっと難しかったんです。どうしても今年のツアーに間に合わせたかったので、それもあって、うちでやった方が小回りが利くと考えました。
- 実際のレコーディング期間は?
リズムセクション録りで2日間と、あとは村越が気になったテイクをちょっと差し替えたり、ボーカル録りも合わせると合計で4日間でした。
サックスには温かみが残る T2 や チューブマイクの Z5600a II が向いている

- レコーディングの際は、まず出音を確認してから使用するマイクを検討していくのですか?
そうですね。出音を確認しつつ。といっても、村越も吹いている途中で演奏の仕方を変えたりしますから、ある程度当たりをつけて、この辺かな?という所を狙います。最初、sE Electronics Z5600a II と、それ以外にも NEUMANN U87Ai などいろいろなコンデンサーマイクを試したんですけど、結局 Z5600a II が一番いいかなと感じて。同じく sE Electronics T2 もうちのスタジオで動画収録用に使ってみましたが、これも良かったですね。
- T2 と Z5600a II は音の方向性がかなり違いますか?
T2 は割と温かみがありますね。最近のマイクの多くはオンマイクに最適化されている感じがするんですよ。バランスが良くて、音源に近いと低音がすごくよく録れるんですが、距離を離していくと低音がゴソッと減ってしまいます。ですがサックスを録るときは管全体を録りたいので、マイクと楽器の距離をある程度離したいんです。ましてや村越が演奏するのはアルトサックスですし、楽器的にやや上の帯域が強く出るので、低音をきちんと録れないマイクだと音が軽くなってしまう。そういうときは中低域があって、温かみが残る T2 や チューブマイクの Z5600a II が向いています。ただ今回のムービーを見てもらうとわかるんですが、T2 と Z5600a II は確かに音が全然違うんですよ。
- その違いはどのように認識していますか?
重心が違いますね。Z5600a II はレンジが広くて音が温かく、中域のピークがやや上の方にある感じがします。T2 はピークがちょっと下という感じでしょうか。T2 は中低域~中域が強く、Z5600a II は上から下までレンジが広いという感じです。今回のアルバムではそのレンジ感を重視して Z5600a II にしました。
- 色々試した結果、Z5600a II を選んだと。
Z5600a II はすごいチューブマイクですね。歌でも試したかったです。聞いた感じで、ボーカルに絶対いいなと思いました。スタジオに持っていって録ってみたら、エンジニアがびっくりしていました。彼らは仕事柄、普段から色々なビンテージマイクを使っていますが、かなりの高評価でした。マイクの価格帯としてはかなり手頃な方ですし、ピアノのステレオ録音でも試してみたいですね。

- サックスにはもう1本、 Royer Labs のリボンマイク R-122 を立てていますね?
少し離れた位置にサブでリボンマイクを立てて、メインマイクの音に2〜3割ぐらい足しました。ベルの真正面にメインのマイクがあるので、位置的にはその右下からアンビエントのような感じで録っています。スタジオ内で反響している音も少し入っているのが良い感じですね。
- ルーム感みたいなものを少し足すイメージですか?
ほんの少しですね。ルーム感が欲しいというよりも、中域付近に温かい質感を足したいという意図です。あとから EQ でもある程度調整できると思いますが、その場でマイクを足す方が早いですし、サウンドが自然ですからね。
T2 は万能。ウッドベースだけでなくキックやアコギにも使える
- ウッドベースのマイクは上と下に2本立っていますね。
そうです。T2 をサウンドホールの正面の少し上の方、リボンマイクの sE Electronics VR1 を駒より下に立てました。
- 高域と低域で分けているんですか?
高域、低域というよりも、録っている楽器の真正面から出ている音と、ボディの下の方から鳴る音、という違いです。ウッドベースは楽器自体がかなり大きく、音も1箇所から出ているわけじゃなくて全体が鳴っていますよね。なので、駒の下側からも録っておこうかなと。
ただ難しいのは、下側から録る音は音量がちょっと小さいので、隣のブースで叩いているドラムの音が入ってきてしまうんです。なのであまり音量を上げると、いらないアンビエント感が出てきてしまいます。
- 被りを完璧に抑えたいんですね?
完璧にセパレートできなくても自然な感じに混じっている分には良いのですが、今回は割とドライにしたかったというのもあったので。ドラムの方はシンバルとオーバーヘッドのマイキングで全体的な雰囲気ができていたのに、ベースやピアノのマイクにドラムの音が乗っていると、ミックスが崩れてしまうのであまり音量が上げられないんです。
- 上のマイクを T2 にした決め手は?
ちょうどいいんですよ、万能です。ウッドベースだけでなく、僕はドラムを録るときにもキックに T2 を使いますし、アコギでもナイロン弦を録るときは T2 を使います。ピアノには今回 AKG C414B-ULS を2本使いましたが、本当はこれも T2 を2本で録りたかったです。
- C414B-ULS との違いは?
T2 の方が温かいイメージがありますね。C414 系は細かいモデルによって結構音が違いますが、僕は T2 をずっと使っているというのもあって、本当に重宝しています。コスパ的にもとてもいいので、1人1台持っておいたら便利だと思います。

V KICK にサブマイクの SD-5 を足すと温かみが増える
- キックに立てた sE Electronics V KICK と Universal Audio(以下 UA)SD-5 の組み合わせはいかがでしたか?
マイク自体の組み合わせについては検証していないのですが、メインで立てた V KICK の録り音に、サブマイクの SD-5 をミックスしていったらいい感じになったので、そのまま GO サインが出ました。SD-5 もいい感じでしたが、V KICK の方が輪郭が出ていましたね。
- V KICK はセパレーションがよくて、輪郭が出やすいイメージがありますね。
そうなんです。ジャズでのドラムの演奏は、いわゆるポップスとかロックと違ってキックを強く踏まないですし、すごくレンジが広いので、実際どうだろうなという懸念もあったのですが、全然問題なかったです。音量が小さいところもちゃんと拾ってくれて、いい感じに録れていました。
- ニュアンスもちゃんと録れたということですか?
ニュアンスという部分では、V KICK だけよりもサブマイクの SD-5 を足した方が温かみは増えますね。サブの役割は輪郭を補強するというよりも、中低域など他の帯域が欲しいときのサポートなので。ただ、マイクを2本使うときは上手くやらないとフェイズがかかってしまうことがあって、なかなか難しいですね。なので今回は2本をほぼ同じ位置に、横並びで立てました。

- ドラムには他に sE Electronics V BEAT が使われていますね。
タム系には最近ずっと V BEAT を使っています。設置には専用の V CLAMP ではなく、マイクスタンドを使用しました。V CLAMP を使うか使わないかで響きが違う感じがしますね。V CLAMP に取り付けると打面への距離が近くて、リムの振動がマイクに伝わってしまうので、皮の鳴りとか、全体の音を録りたいとなるとスタンドに立てた方がいいのかなと。スタンドで距離をとった分、近接効果が減るのでどうしても低音は少なくなりますが。
面白かったのは、海斗くんのフロアタムとスネアが動物の皮なんですよ。普通のヘッドではなくて、太鼓の皮みたいな感じです。質感が独特でした。

- トップマイクには sE Electronics sE2300 が使われていますね。
シンバルのフロントに sE2300 を使いました。ジャズは普通のロックとかポップスと違って、四六時中シンバルが鳴っていますからこれは大事でした。sE2300 はレンジも広いですし、ラージダイヤフラムなので、これでシンバルを録るとどんな質感になるのかなと思っていましたが、すごくよく録れました。
ただ低音がやや入りすぎるので下はカットして、リミッターを軽くかけて、上はほぼそのままです。ダイナミクス系のエフェクトはほぼ使っていなくて、割とナチュラルな感じです。

- ピアノには C414B-ULS と UA Bock 187 がそれぞれステレオで立っていますが、狙っている場所が違うのでしょうか?
そうですね。C414B-ULS はピアニストから見て手前のハンマーの近く、Bock 187 の奧の弦を狙っています。ピアノを録るときはいつも、C414B-ULS と NEUMANN の U87、U67 などを使って録っているんですが、今回は NEUMANN を UA に変えてみました。弾き手が違いますし、比べたわけではないのですが、結果は良かったのですごく満足です。サウンドに温かみがありました。
現場は時間の制約があるので、成立すればどんどん採用します。エンジニアの倉本さんは今回のレコーディング場所である aLIVE RECORDING STUDIO を熟知しているので、いい音をすぐ出してくれました。前もってマイクのリストをお渡しして、適材適所でうまくやってくださいとお願いしたらこうなりました。

Neve 的な色付けが欲しい時は UAD Neve 1073 を入れて上を上げる
- 今回のアルバムではミックスとマスタリングも小川さんが担当されていますね。
はい。IK Multimedia Lurssen Mastering Console(以下 Lurssen)がとても便利でした。プッシュはあまりせず、微調整ですね。全体的に波形がささくれている箇所をグッと潰すくらいの感じです。でも音量は随分上がっていて、4dB ぐらい稼いでいます。
基本INPUT DRIVE を上げるのみですね。PUSH を上げると EQ が動いてしまうので、PUSH は必要に応じてちょっとだけ持ち上げるようなイメージです。基本的には[Jazz]というプリセットを選んで、低音だけを少し控えめにしています。CD らしいミックスが欲しいときは、その前段階で UAD プラグインの Neve 1073 Legacy(以下 73)で、1、2目盛くらいハイブーストしています。
- 2段階で稼いでいるんですね。
最初のミックスの段階で Lurssen である程度揃えたあとに、 メインミックスの段階で 73 と UAD の Precision Limiter で整えます。耳で聞いて、「これちょっと低音多かったな」とか、「もうちょっと音圧欲しいな」という微調整をしています。音圧だけ欲しい時は Precision Limiter のインプットを上げるだけで OK。ちょっと Neve 的な色付けが欲しい時は 73 を入れて上を上げるか、下を少しだけカットします。あと、UAD の Ocean Way も使いました。曲によってサックスにちょっとかけています。録り音が少しドライすぎたけどリバーブ感を加えるのは避けたいときに、Ocean Way Studio Studio をかけるといい感じに影が付く印象になります。UAD はとても重宝していますね。最近手がけたジャズ作品に関しては、ほぼこういう感じのアプローチです。

村越 葵『The Room』

2026年6月29日発売 ¥3,300
アルバムティザームービー
メンバー
村越葵 (A.Sax)
友田ジュン (Piano)
竹田麻里絵 (Piano)
Ai Furusato (Piano)
古木佳祐 (A.Bass)
中村海斗 (Drums)
岩野未侑 (Vocal)
収録楽曲
1. Midnidht Girl’s Talk (Aoi Murakoshi)
2. 雨の気配 -Petrichor-(Aoi Murakoshi)
3. FeB8Th (Aoi Murakoshi)
4. Welcome (John Coltrane)
5. karakuri (Aoi Murakoshi)
6. jaywalk (Aoi Murakoshi)
7. Windows (Chick Corea)
8. 5am Boston (Aoi Murakoshi)
