Universal Audio の歴史を体現する、アナログ感にこだわった機材を使用
メイン講師にエンジニアの岩崎光希さん、ゲストにドラマーの丸藤洋資さんと Universal Audio の永井 ICHI 雄一郎さんを迎えた対談形式の本セミナー。まず、Universal Audio(以下 UA)の ICHI さんから、本セミナーで使用する機材の紹介と、UA の製品開発の背景が語られました。1958 年に創設された UA は、それまで大手レコード会社のみがスタジオを有していた環境から一転、インディペンデントスタジオが普及していく中で、個人向けに機材を売り出してきました。その歴史から、UA は現在も人、すなわちミュージシャンやエンジニアを開発の中心に据え、昔からの技術や手法を現代のデジタル環境に生かす機材を世に生み出し続けています。

ミュージシャンのためのオーディオインターフェイス、Volt 876
この日使用するオーディオインターフェイスは、8チャンネル仕様の Volt 876 です。それぞれのチャンネルにビンテージな質感を付加するプリアンプと、1176 スタイルのコンプレッサーを搭載。アナログ回路による温かく心地よいサウンドを特徴としています。
ICHI「Volt 876 は、ミュージシャンが使っていて楽しくなるよう、気持ちよく録れることを目指して作られたインターフェイスです。搭載されているビンテージプリアンプや 76 コンプレッサーはまさにそのための機能ですね」

8本の Standard マイクと Hemisphere マイクモデリング・プラグイン
Standard マイクは、様々なマイクのモデリング機能を搭載した、UA のユニークなマイクシリーズです。レコーディング時やレコーディング後に、ソースマイクのサウンドを別のモデルのものに自在に変えることができます。
ICHI「モデリングにおいては、マイクの形が重要。形が定番モデルに近いものほど再現力が優秀です。Standard マイクシリーズには、ダイナミックマイクやコンデンサーマイクなどのよく使われる形のソースマイクがあり、それぞれに対応する様々なマイクモデルが用意されています。モデリングを使用しないそのままの音でも十分に高品質で、とてもコストパフォーマンスが高いです」

より音楽的なデジタルレコーディングを叶えるフリーの DAW ソフト、LUNA
ICHI「今回使用する DAW ソフトの LUNA は、"プリアンプを通してプロセッサーで音を整えて録音する" という、アナログレコーディングの流れを再現したソフトです。非常にハイファイでありながら、テープシミュレーション機能を持ち、デジタル特有のカリカリとした質感を音楽的でまろやかな音にしてくれます」
岩崎「最近は使いやすい無料の DAW の選択肢が少なくなっているので、皆さんにはぜひ LUNA を試していただきたいですね」

ドラムマイキングの解説:「狙う位置」と「位相のコントロール」が肝
セルフレコーディングでの8本のマイクの割り振り
まずは8チャンネルのオーディオインターフェイス Volt 876 に、8本の Standard マイクをアサインします。マイクはキック用の SD-5 が1本、スネアの表裏とタム用に SD-3 が3本、フロアタム用の SD-7 が1本、ハイハットにラージダイアフラム・コンデンサーマイクの SC-1 が1本、そしてペンシル型の SP-1 が2本の計8本。基本的には各楽器に適したマイクがセレクトされました。

丸藤「プロ用のレコーディングスタジオと比べて、通常のリハスタでは部屋の響きをコントロールしにくいことが多いため、セルフレコーディングの場合は、あらかじめドラムの音作りをある程度してから録った方が良いです。ミュートやチューニングをしっかりして、音をデッドにしておいた方が後々扱いやすいですね」
デットな音で録っておけば、Standard マイクを使って後からマイクモデルを変更したり、ミックスの段階でプラグインを使ってルーム感を付け加えるなど、サウンドを好きなように調整できると言います。
実際にセミナーで使用したハイハットやタムには、テープなどでミュートが施されていました。

ドラム全体のバランスを握る、オーバーヘッドのマイキング
続いて、マイキングの解説。まずオーバーヘッドにフォーカスして、3種類のマイキング方式が紹介されました。
オーバーヘッドには、ペンシル型のマイク SP-1 が2つ使用されています。
オーバーヘッド① XY 方式
左右のマイクのダイアフラムを同じ位置に重ねるように配置する方式で、ステレオバーを使用して設置します。マイク同士の距離が近く、ステレオの広がり感はやや狭い印象になりますが、位相のずれが最小限になるセッティングです。XY 方式のコツは、2本のマイクの合わさる角度を90度にして、ダイアフラムの位置をきっちり重ねること。設置する場所は音を聴きながら調整していきます。録り音を聞いてみると、ドラム全体の音がしっかりと捉えられ、トップマイクだけでもサウンドがある程度成立していました。

オーバーヘッド② ORTF 方式
XY 方式よりステレオ感を広げつつ、マイクを完全に離すAB 方式(後述)よりも位相がずれにくいのが、この ORTF 方式です。こちらもステレオバーを使用しています。

オーバーヘッド③ AB 方式
マイクスタンドを2本使い、左右に離して立てる、最も一般的な方式です。
左右の位相のずれや音量差が出てしまうのを防ぐため、しっかりと距離を測ることが重要です。セミナーではスタジオのマイクケーブルを使い、スネアの打面からの距離が均等になっていることを確認しました。

岩崎「これが一番クリアで現代的なサウンドがしますね。センターの定位を確認しながら2本立てた上で、他のオンマイクをセッティングしていくとバランスがとりやすいと思います」
聴きやすい音源にするためには、キックとスネアがセンターに据えられていることが重要。キックとスネアを結ぶ直線上にセンターがくるように2本のマイクを配置し、一度セッティングして録音してみて、ステレオ空間の中でキックとスネアが左右いずれかに偏っていないかを確認すると失敗しづらくなるそうです。
キックは SD-5 が1本あれば、アタック音も低域もきれいに捉える
楽器ごとに個別に立てるオンマイクは、楽器が鳴っている中心の部分を的確に狙います。マイクと楽器の距離は、セルフレコーディングであれば比較的近い位置に設置するのがおすすめ。距離を離してしまうと、他の楽器の音のかぶりが増える上、音が遠くなってしまうと岩崎さんは語ります。

岩崎「今回キックに立てた SD-5 は、私が普段から非常に気に入って使っているもので、アタック音も低域もこれ1本できれいに捉えることができます。アタックと低域の両方をバランスよく狙いたいため、シェルの中へ深く突っ込むのではなく、少しオフ(離した位置)に設置しています。アタックを強調したい場合は中に突っ込み、空気感を足したい場合はもう少し離すなど、実験しながらベストな場所を探るのが良いと思います」

スネアは上下で狙う角度を合わせる
スネアはトップ(表側)とボトム(裏側)に SD-3 を立てています。トップマイクについては打面の中央を狙います。なるべく打面に近い位置に立てることで、かぶりが少なくクリアな音を取ることができます。ボトムのマイクは、トップマイクが狙っている位置に対して、下側からもできるだけ同じ角度で狙うように設置するのが理想的です。

ハイハットのかぶり対策は角度を工夫して
ハイハットは、今回のセミナーではラージダイアフラムのコンデンサーマイクを使用していました。ハイハットの音は非常に大きいため、マイクを近づけすぎず、かつ少し外側に向けることで、スネアなどのかぶりを少なくすることができます。
岩崎「ハイハットとスネアの相互のかぶりはレコーディングで一番悩みやすいポイントですので、マイクの角度を工夫しましょう」

タム類を太く芯のある音で捉えるコツは、真ん中を狙うこと
岩崎「スネアと同じで、鳴っている中心を捉えます。特にフロアタムのヘッドの端側は高い周波数の倍音が出やすいため、端を狙うと芯のない薄っぺらい音になってしまいます。ドラマーが演奏しづらくない範囲で、しっかりとヘッドのセンターを狙ってセッティングすることが、太く芯のある音を捉えるために非常に重要です」
また、フロアタムのアタック音が出ないという参加者の悩みに対しては、「ミュートをしっかり施すことで、音が引き締まり、他の楽器への共振・かぶりを防ぐことができる」というアドバイスがされました。



レコーディング前の音作り:Volt 876 のアナログ回路を用いて、サウンドを強化する
マイキングの実演が終わると、いよいよ Volt 876 を使ったレコーディングが始まります。Volt 876 に搭載されている、ビンテージ・プリアンプ(以下ビンテージモード)と76コンプレッサーによるサウンド強化を実践するため、2パターンのレコーディングを行い、クリーンサウンドと聴き比べていきます。
セルフレコーディングに最適な Volt 876 のオートゲイン機能
Volt 876 のオートゲイン機能について、丸藤さんは「セルフレコーディングするドラマーにとって救世主となる、本当に嬉しい機能」と語ります。
このオートゲイン機能は、録音レベルを自動的に最適化してくれるというもの。単に入力レベルの最大値を測るだけでなく、すべてのチャンネルの入力を同時に監視し、他のマイクからのかぶりによる影響も計算に入れた上で、最適なゲインを自動で割り出すという非常にスマートな設計になっています。以下の動画はオートゲイン設定の様子です。
ICHI「自動設定された後からでも、もちろん手動で微調整が可能です。まずは演奏の音量が一番大きい部分をマイクに入力して学習させてあげるのがコツです」
手動で調整する際も、LUNA の画面上から Volt 876 のゲインを直接コントロールできるため、本体のツマミに手を伸ばしたり、専用のコントロールソフトを立ち上げる必要がありません。
ICHI「LUNA はコンソール機能が DAW 自体のシステムに完全に統合されており、インターフェイスと DAW の枠組みを意識することなく、1つの画面でシームレスに操作が完結します」
また、「ゲインの入力レベルはどれくらいに設定すれば良いか」という質問に対しては、録音レベルとゲイン・ステージングの重要性に触れます。
ICHI「ピークがつかない、やや小さめのレベルで録りましょう。アナログ機材は 0VU を超えても音が破綻せず、むしろ心地よいサチュレーションが加わりますが、デジタル環境では 0dBFS を超えると即座にデジタルクリップを引き起こしてしまいます。デジタル環境での適切なレベルはアナログの 0VU に相当する -18dBFS 程度。ミックスを始める前に DAW 側のトリムを使って、一度全体のレベルを下げてからプラグインに入力する ”ゲイン・ステージング” が非常に重要です」
ビンテージ・プリアンプで、まとまりがよく温かいサウンドを作る
Volt 876 のビンテージモードは、クラシックなフレーバーをサウンドに加えるというもの。これを活用し、実際にビンテージモードを有効にして録音してみます。LUNA の画面上、またはインターフェイス本体の VINTAGE ボタンを押すだけで簡単にオン/オフが可能です。今回はすべてのチャンネルにビンテージモードを適用しました。

ICHI「昔のレコーディングスタジオには必ず大型のミキシングコンソール(Neve や SSL、API など)が存在し、それが各スタジオの独自のサウンドキャラクターを形成していました。しかし、現代のデジタルレコーディング環境で、オーディオインターフェイスに直接楽器を接続するようになると、そうしたコンソールのキャラクターが介在しなくなりました。結果として、非常にクリアでハイスペックではあるものの、どこか冷たく "音楽的な温かみ" に欠ける音に悩む方が増えています。
Volt 876 のビンテージモードは、アナログ回路によって UA の名機チューブ・プリアンプ UA 610 の挙動が忠実に再現されています。入力レベルが低いときはとてもクリーンでリニアに動作しますが、インプットのレベルを上げていくほど、アナログ特有の心地よい歪みと温かみが増していく特性を持っています」

録音終了後、ビンテージモードを適用したサウンドを再生し、参加者とともに確認。オケと合わせた全体像で聴くと、よりその馴染みの良さがより顕著でした。
ICHI「クリーンな状態のサウンドはクリアでファストな質感がありますが、ビンテージモードを通したサウンドはサチュレーションが心地よく加わり、温かみのある質感になります。ミックスに綺麗に馴染んでくれる使いやすい音に仕上がっていますね」
岩崎「クリーンとビンテージを切り替えて聴いてみると、低域の押し出し感がぐっと増したように感じられます」
以下の動画はクリーンの動画です。
以下の動画がビンテージモードを通したトラックです。
76 コンプレッサーはモードで狙いを変える
次は 76 コンプレッサーを試します。
ICHI「これは、UA の伝説的なコンプレッサー 1176 のサウンドを再現した機能です。1176 は非常に歴史のあるテクノロジーで、元々はレベリング・アンプリファイアーと呼ばれていました。大きな音を抑えて小さな音を持ち上げる、現代で言うコンプレッサーの先駆けです。
1960年代から現代に至るまでの膨大な数のレコーディングにおいてこの 1176 のサウンドが使われ続けているのは、操作がシンプルであり、音に独特のパンチ、力強いパワーを加えてくれるからです。『通すだけで音が元気になる』と評される名機ですね」

Volt 876 には 1176 のエッセンスを凝縮したアナログ回路が組み込まれており、VOCAL、GUITAR、FAST の3つのプリセットから選んで、チャンネルごとに適用することができます。ビンテージモードと同様「かけ録り」仕様であり、プロのエンジニアが現場で行うような、控えめで絶妙なコントロールが施されるようチューニングされています。音を過剰に潰すのではなく、扱いやすくするための設計です。
岩崎「ただし、この機能は信号が強いほどコンプレッションが深くかかり、全体の入力レベルが少し上がることがありますね。このコンプレッサーを使う場合は、設定後に改めてオートゲインを実行すると確実です」

アタック感を際立たせたいキックとタムには GUITAR を適用し、スネアにはアタックの速い FAST を、トップマイクには VOCAL を設定します。レベルがクリップしないよう再度オートゲインを実行して調整し、録音が開始されました。
岩崎「コンプレッサーを使わずに録った時とは全く異なるサウンドですね。1176 特有の圧倒的なパンチ感、アグレッシブさが加わっています。オートゲインと 76 コンプレッサーの組み合わせで、完成度の高い音が手に入ります。微調整は必要ですが、非常に強力な機能です」
8チャンネル全てに、2種類のプリアンプキャラクター(クリーン/ビンテージ)と、独立したコンプレッサーが備わっているという Volt 876 の非常に充実したシステムを、登壇者、参加者ともに実感できました。
最後に、3パターンのレコーディングのどれが好みかを参加者にアンケートしてみたところ、最も人気があったのはビンテージモードのみのパターンでした。
ミックスをもっと豊かにする、Standard マイクの モデリング機能
ドラムレコーディングの可能性を広げる豊富なマイクモデル
トラックが揃ったところで、Standard マイクシリーズの核心であるモデリング機能を実践。まずはキックのクリーンサウンドにインサートしていくつかのマイクモデルを聴き比べてみます。付属の Hemisphere プラグインを立ち上げると、実在する名機マイクのグラフィックが画面に表示されます。

ICHI「キックのローエンドを豊かに捉えるためのサブキックなど、様々なマイクモデルが用意されています。サブキックというのは、スピーカーの構造を逆転させて、超低域のみを効果的に捉えることができる特殊なマイクです」
岩崎「マイクのモデルを変えるだけで、音のキャラクターが全く変わりますね。EQ で無理に帯域を持ち上げるよりも、マイクそのものを交換したかのような、自然な空気感と質感の変化が得られます。例えば、1本しか録っていないキックのトラックを複製し、Hemisphere でマイクモデルを変えることで、アタック用のマイクと低音用のサブキックの2本で録っているかのような効果を得るという手法もあります。EQ で追い込むよりも幅が広がりますね」
「ドラマーにとって、セルフレコーディング時は演奏に集中しなければならず、音を細かく確認して追い込むのは時間的にも精神的にも厳しい」と丸藤さんは言います。まずは Volt 876 の機能を使って素の音を録音しておき、後からミックスで Hemisphere を使って理想のマイクサウンドに変更できるというのは、ワークフローとして画期的です。

ミックスはレベル調整に注意
最後に、ドラムの全パートをミックスし、オケと合わせていきます。ここではレベルが最も大事です。岩崎さんおすすめの VU メーターのプラグインを使って、キックのレベルだけで -7 〜 -5 dB 前後に調整します。そこを基準として、スネアやシンバルなど他のパートを加えていきます。最後に他のオケを追加して、ミックスは完了。参加者の質疑応答も非常に盛んな、内容の濃いセミナーとなりました。

【当日のプロジェクトデータ】
セミナー当日に、LUNAで録音されたプロジェクトデータはこちらからダウンロードできます。
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岩崎光希
専門学校卒業後、2021年サウンドアーツ入社。入社後アシスタント業務で経験を重ねながら、プロアマ、ジャンル問わず様々なレコーディングに携わっている。Youtube番組「atagi×ゆゆうたのおとなりラジオ」では番組やライブでの配信ミックスを担当。
丸藤洋資
各所にてドラム演奏のライブ・レコーディング問わずサポート活動。Circle Sounds Labo名義では、作編曲からレコーディング及び、ミックスマスタリングを行う。ex.NECROMALINE
