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LiquidSonics : Cinematic Rooms × illusion ゲーム音楽作曲家の空間演出術

バンダイナムコスタジオのサウンドクリエイターとして、アイドルマスターやエースコンバットなど、ゲーム音楽の作曲を数多く手掛ける北谷光浩氏。近年の作品では LiquidSonics のリバーブ・プラグインを積極的に利用しています。楽曲制作における空間演出のノウハウを聞きました。

部屋鳴りを演出する時に Cinematic Rooms を使うことが多い


- 北谷さんは普段どんなジャンルの音楽を制作しているのですか?

いろんなジャンルの曲を作っていますが、少し前ですと『エースコンバット』というゲームのためにオーケストラ調の曲を書いたり、オーケストラにちょっとロックが混ざるような曲も作っています。ジャズ系も作るのは好きなので求められれば書く機会もありますし、クラブ系の曲をリクエストされる時もあったりとオールジャンル作りますね。生楽器系が自分の強みというか、一番の得意分野だと思います。

- 普段からこのスタジオで制作をしているのですか?

ここではミックスや最終の仕上げをしますが、弊社にはサウンドクリエイターが50人くらいいて、全員がここで作業をすることはできないので、今は基本的に自宅で作業をしています。曲がある程度まとまったらこの部屋に持ってきて、最終チェックをしながら最終ミックスをして完パケするという感じです。ヘッドホンだけだと特に空間系はわからない部分が多いので、大きなスピーカーで再生して奥行き感や低音感などを確認します。リバーブは低音の成分が大事ですから。

バンダイナムコスタジオ
▲バンダイナムコスタジオ

- リバーブは Cinematic Rooms を愛用しているそうですね。

すごく流行っていますよね。うちの会社でも使っている人が多くて、MAやポストオーディオでも使われています。響きがとても綺麗でプリセットが良く出来ているので、プリセットを選んでタイムを変えるくらいで十分使えますし、もちろん細かく音作りをすることもできます。コンボリューション・リバーブだとあまり細かい調整ができないのですが、Cinematic Rooms はコンボリューション・リバーブ並みの音質なのに色々調整できるところがすごい。コンボリューション・リバーブはそもそもパラメーターがそんなに多く用意されていなかったり、IRを利用するので長さが固定なんです。一応レングスなどを調整できますが、伸ばすとちょっと音質が悪くなるというか質感が落ちてしまうことがある。その点 Cinematic Rooms はパラメーターを調整できるし、アルゴリズム特有のデジタル臭さもありません。

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▲Cinematic Rooms

- 自然な残響感に近いのでしょうか?

コンボリューション・リバーブより全然綺麗ですね。どういう仕組みかはわかりませんが、LiquidSonics のリバーブは今までと考え方が全然違うのかもしれません。僕は illusion も使っていて、こちらは Fusion-IR という技術を使っているそうなので、アルゴリズムとIRのいいとこ採りをしている感じなのでしょうか。illusion の方がコントロールできる幅が広い感じがします。

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▲illusion

- Cinematic Rooms と illusion の使い分けは?

僕の場合、1つの素材に対してリバーブを2種類くらい使います。まず部屋鳴りを再現するためのショートリバーブで響きを補強し、テイルの長いロングリバーブで空間を演出します。良い響きが録れている素材ならショートの方はかけないこともありますが、僕がよく使っている物理モデリング系の音源は極端にドライなものもあるので響きを足す前提で使用します。そういう部屋鳴りの演出をする時に Cinematic Rooms を使うことが多いですね。illusion でもそういう使い方はできると思いますが、部屋鳴りを足すには低域の豊さが大事だと思うので、その点で Cinematic Rooms を選んでいます。よく使う「Tight Room」というプリセットはテイルがほとんどなくて、リバーブがかかるというより響きが大きくなるんです。Tight Room はA〜Dの4種類が選べるので、いい感じにハマるものを選んでから長さなどを調整していきます。

- 他に調整するパラメーターは?

距離感をコントロールできる Proximity というパラメーターがあって、Just、Close 1 、Close2、Middium、Far distant が選べます。例えば Just だとほぼピッタリ重なるくらい、Close や Middium にすると距離が離れてちょっと部屋が広くなったような雰囲気になるので、素材や曲のイメージに合わせていい感じのところを探ります。普通のリバーブにはあまり無いパラメーターですよね。実際に距離が変わると反射が遅くなるだけでなくハイが落ちたりするので、Proximity はそのあたりまでシミュレーションしているんじゃないかな。プリディレイよりリアルな距離感を感じます。

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▲距離感をコントロールできるProximity

- リバーブは距離感を作るうえでも使いますよね。

その通りです。バイオリンに比べて金管楽器を奥にするなどオーケストラには基本的な配置があるので、その距離感を意識してスタジオで録音されている場合はいいのですが、そうではない場合もあるじゃないですか。ちょっと狭めのスタジオでセクションごとに録るようなケースもあるので、その前後感を調整するような作業が、もちろん他のリバーブでもできると思うんですが、Cinematic Rooms だと本当にこれひとつで完結します。

LATE REVERB で細かく作り込めるのが illusion の強み


- その次にロングリバーブを足すのですね。

ロングリバーブには illusion を使うことが多いです。こちらも僕はまずプリセットを選ぶのですが、よく使うのはホール系の[LA Concert]や[Reflective Hall]あたりか、ものすごく長いリバーブが欲しい時はたまにチャーチ系も使います。illusion でいいのが、REFLECTIONS(反射) と LATE REVERB(後期残響) という2つの成分をそれぞれコントロールできること。例えば REFLECTIONS の Reflectivity というパラメーターは視認性が良くて、減衰具合を調整するような感じですかね。で、Proximity で距離感を調整するので、反射のピークをどこに持っていくかがわかりやすくて、好みの音に近づけやすいんです。

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▲REFLECTIONSのエディット画面。Reflectivityで減衰具合、Proximityで距離感を調整する

LATE REVERB に関してはスペクトログラムが表示されていて、Low Frequency Decay と High Frequency Decay という2つのパラメーターがあります。例えば低域がちょっといらない時にはカットしたり、逆に高域を落ち着かせて丸みのある低音重視のリバーブにすることもできます。

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▲LATE REVERBに備わっているLow Frequency DecayとHigh Frequency Decay

- イメージ通りの調整がしやすそうですね。

EQで切ることもできますけど、減衰時間や減衰の始まるタイミングを周波数ごとにコントロールできるので、かなり自然な感じにできますね。LATE REVERB で細かく作り込めるのは illusion の強みですね。あとはアルゴリズムが Large Environment と Small Environment から選べるので、空間のイメージが小さい時は、これを切り替えるといい感じになってくれます。アルゴリズムは他にも Classic Plate が4つあって、合計6つあるのでどんな用途にも対応できますね。

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▲Preset SettingsのPhysical Environmet内でLarge EnvironmentとSmall Environmentが選べる

- リバーブを6種類持っているようなものですね。

そう考えるとすごくお買い得ですよね。僕は2018年頃から illusion を使っているんですが、それ以来作った曲の半分以上に illusion を挿しています。見た目がカッコいいと思って買ったのに、音がすごく良くて今や主力になってしまいました。シンセ系のような飛び道具的なリバーブもあったり、ザラっとした質感のデジタルっぽいリバーブもあったりと、本当に何にでも対応できます。コンボリューション・リバーブでこういう思い切ったものはあまりないので、そういう音作りができるところもすごくいいですね。

- 下部に見えるのはイコライザーですか?

5バンドのイコライザーで、マスターとアーリー・リフレクションと LATE REVERB に別々にかけられます。かゆいところに手が届きますよね。安めのリバーブだと微調整がきかないものが多いからEQを足しがちですけど、illusion ならこれ1つで完結できます。悩まなくて済むので作業が早いですね。

無料のアップデートでダイナミクスが追加された


- これだけ高性能だとCPU負荷が気になります。

おそらく重いのだろうと思っていたのですが、使っていて気になったことはないですね。僕がメインで使用している MacBook Pro は Intel Core i9 搭載の2019年モデルで、大抵は Cinematic Rooms を2〜3個と illusion を2個くらい立ち上げますが、重過ぎてプロジェクトが止まってしまったことはあまりないですね。今の時代のCPUからすると激重ではないのかもしれません。もちろんリバーブのせいだけではなく、プロジェクト全体が重くなってしまうことはあるんですが、Efficiency というCPU負荷を減らせる設定を使うことで凌げます。良く出来ていますよね。

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▲設定メニューのEfficiency内でLow CPU Modeを選択可能

- 欠点が何も見当たらないですね。

そうですね。しかも最近のアップデートでダイナミクスが追加されましたよね。まだ実践では使えていませんが、例えばクラブ系だとマスターにコンプをかけてリバーブを持ち上げたりすると思うので、それっぽい音作りができるのかもしれません。生楽器系だとリバーブにコンプを使う機会は少ないと思いますが、シンセチックな楽器やロックっぽいアプローチが入る楽曲なら、リバーブにコンプをかけると迫力が出そうなイメージはあります。こんな大きなアップデートを無料でやるなんて良心的ですよね。

- illusion と Cinematic Rooms 以外に使っているリバーブは?

LiquidSonics ではその2つだけですね。Seventh Heaven も気になっていますけど、この2つで事足りているので満足しています。

【参考記事】LiquidSonics Seventh Heavenユーザーボイス : 山本 匠(Takumi Yamamoto)

- アレンジの時からリバーブをかけているのですか?

そうですね。その方が制作が捗るというのもあるし、特にルーム系のリバーブは楽器の一部というイメージで扱っているので、アレンジに大きく影響するんです。物理モデリング音源はそのまま使うと物足りないからあれもこれもと重ねてしまいがちなので、制作の段階からルーム系のリバーブだけはかけるようにしています。音色選びというか、音作りの一環としてですね。

- エンジニアさんにデータを渡す際は、リバーブも含めて書き出すのですか?

セルフミックスをする場合とエンジニアさんに渡してミックスしてもらう場合があって、エンジニアさんに渡す時は長いリバーブは完全に切ってしまいます。ただ自分の場合、ルーム系のリバーブはかけたまま書き出して渡すことが多いですね。無響室で録ったような響きのない素材だと、部屋鳴りの部分から作り上げていかないといけなくて大変だと思うし、自分はこういう音にしたいというイメージがあっても、エンジニアさんはまた違った考えの可能性もありますから。自分としてはルームリバーブをかけた状態が、スタジオで録ったのと同じ状態だと思っているので、それでエンジニアさんがやりづらくなることはないだろうと考えています。

- ところで、このスタジオはサラウンドミックスにも対応しているのですか?

ドルビーアトモスに対応している部屋もあります。Cinematic Rooms もアトモスに対応していますよね。ゲームの世界ではアトモスはまだまだこれからという感じですが、将来的には取り組んで行くことになると思うので、こんな質のいいプラグインがアトモスにも対応しているというのは、今後のゲーム業界的にもメリットだなと思いますね。

北谷光浩

写真:桧川泰治

北谷光浩(キタダニミツヒロ)

2015年にバンダイナムコスタジオへ入社。
以降、サウンドクリエイターとして楽曲制作を中心に、「エースコンバット7」「アイドルマスターシリーズ」「サマーレッスン」「太鼓の達人」など様々なプロジェクトへ携わる。

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