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Universal Audio : UADプラグインが引き継ぐビンテージ機材の真価【前編】

数々のビンテージ機材をDAW上で忠実に再現する Universal Audio UAD プラグイン。その真の価値に近年気づいたというエンジニアの杉山勇司氏が、UA でアジア担当セールスマネージャーを務める永井 ICHi 雄一郎氏と対談。UAD プラグインが次世代にもたらすビンテージ機材の重要性を語ります。

ビンテージ機材を扱うには色々な実験をする時間が必要


杉山:僕は35年ほど前にエンジニアの仕事を始めたのですが、その時は、今ほどビンテージ機材の重要性を感じていませんでした。スタジオに行けば置いてありましたから、触って実験する時間もあったし、スタジオによっては Fairchild や Teletronix LA-2 にも触ることができたので、今ほどのありがたみもなく。

ICHi:ただの、その時代の機材だったんですよね。

杉山:そうなんです。ただの古い機材。その素晴らしさを最初から身に染みて感じていたわけではありませんでした。だけど触っていくうちに、だんだん「あの曲の音はどうやって出していたんだろう?」という疑問が湧いてきて、「どうやら Neve 1073 プリアンプが使われていたらしい」という話を耳にしたので、実際にその音を想像しながら触ってみたら本当にその音になったんです。1073 を通しただけで、「あのブリティッシュロックの音にはこれが使われていたんだな」と実感できたんですね。リバーブも同じで、AMS RMX16 や Lexicon 480L に触っていくと「これを使ったからあの音になったのか」と気づいて、だんだんビンテージ機材に興味を持ち始めました。当時は個人で機材を持つことが今ほど一般的ではなかったのですが、スタジオに行けば使うことができました。

ICHi:まだアナログテープで録っていた頃の話ですよね?

杉山:はい。だんだんとデジタルに移行していましたが、当時はデジタル機材がすごく高価で、アメリカでは日本ほど普及してはいませんでした。イギリスでも Sony PCM-3348(※1988年に発売されたデジタル48chレコーダー)があまりなくて借りられないと聞いたことがあって、それくらいデジタルは日本での流行りだったんです。使用料は高額でしたが、その便利さに負けて、アナログテープはだんだん使われなくなっていきました。先輩達は「なんでデジタルはこんなに音が悪いんだ?」と言っていたし、僕が大好きなSSLのコンソールも音が悪いと言われていましたが、コンピュータでミックスできるという便利さがあったので、結局は利便性がすべてに勝りました。

ICHi:そうなんですよね。

杉山:なぜ利便性を重視したかと言うと、一番の理由は、音楽を作る時間をアーティストに持ってほしかったからです。もっといい音にしたいし、もっと望んだ音に近づけたい。だけどスタジオを使える時間は限られていたので、その中で、より良い音や頭に描いている音を追求するための時間を捻出しなければいけませんでした。ただ、深夜の作業は次第に制限されるようになり、スタジオで機材の実験や勉強をする時間もなくなっていきました。イチから生み出せるものは限られているので、色々な実験をする時間は必要なんです。例えば「Neve 1073 はとてもいい機材だ」ということは常識になっていますが、どう良いのか、どの部分が良いのかが飛ばされているし、飛ばさざるを得なくなっている。今は 1073 と 1084 の音の違いを聴き比べる時間もないんですよ。

UAD プラグインを理解すれば、ビンテージ機材に触ったのと一緒だと言える


ICHi:アメリカは事情が少し違うかもしれません。アメリカの音楽を作る文化は昔からプロジェクトスタジオで、デジタルに移行したのは、ちょうど Universal Audio(以下 UA)が生まれ変わるくらいの時期でした。みんながデジタルに走り過ぎてしまって、音を聴くと「ちょっとおかしい…」「何かが足りない…」となっていたんです。録れる音はすごく綺麗で、ノイズはないけど、フレーバーもない。だから多くのエンジニアがまずはフロントエンド(※レコーディングの最初の工程)で何とかしようとして、その結果、中古のビンテージ機材がすごく高くなってしまった。すでに古い機材は売ってしまっていたから、また買い戻して、録る時に少しウォームな音にしていた。それが1999年に UA がアナログハードウェアを作り直すきっかけになったんです。エンジニア達の多くが 1176LN や LA-2A、610 プリアンプを必要としていたけど、中古もないし、状態の悪いものばかりだったから、新しく作ってほしいとリクエストを受けて、それで作り直すことになったんですよ。

1176LN
▲Universal Audio 1176LN
LA-2A
▲Teletronix LA-2A

杉山:僕も LA-2 の復刻版を買いました。日本でも多くのエンジニアがビンテージ機材を売ってしまって、その重要性に気づくまでにタイムラグがありました。そのうち、「どうやらあれが良かったらしい」という話になって。LA-2 が復刻されたのと同時期に、1073 も AMS Neve から復刻されたんですよ。その時にビンテージの 1073 と聴き比べたことがあって、「確かにビンテージの方が低音が出ている気がするけど、ほとんど一緒だよな…」と悩んだことがありました。

ICHi:絶対に違うはずですよ。製造されてからの経過している時間が違いますから。

杉山:そうなんです。このビンテージ機材が新品の時にはこういう音だったのかと考えたら、機材の中身を勉強しようと思うようになりました。知人にやり方を教えてもらい、できることから始めてみると、これが結構面白くて。例えば「1円で売られている抵抗と250円の抵抗では音が違うらしい」と言うので、試しに250円のものに交換してみたら、確かに音が違う。プラシーボ効果もあると思いますが、たったそれだけで音が変わるので、次にケーブルも変えてみたりして。そんなことをしているうちに、いろんな機材の中身に興味を持つようになって、ビンテージ機材が復刻した時に高価になる理由も理解できるようになりました。

ICHi:作るためのパーツが手に入らないんですよね。

杉山:パーツを入れ替えるだけで、ギターを取り替えたくらいに音が変わるんだと、1つ1つのパーツの重要性を実感するようになりました。マニアの人達が、Neve はどのトランスを使っているとか、いつの時代のパーツだとか、そういうリストをウェブにアップしてくれていたので、それをチェックして。そういったことを知る前と後では、機材に対する向き合い方が変わったと実感しました。だけど、そういうことを実験する時間がない人達はどうしたらいいのかと考えた時、UAD プラグインだったら、パーツの段階から吟味されて、それによる音の変化も理解してモデリングされているように感じたので、これはビンテージ機材とイコールだと思っていいと判断しました。それくらい同じ変化をしてくれます。前後の機材を入れ替えた時の感じとか、レベルに追従する感じや、それに応じて音が変わっていく感じが、ビンテージ機材に触った時と全く同じと言ってもいいくらいの感触があります。UAD プラグインをちゃんと理解すれば、ビンテージ機材を触ったのと一緒だと言えるくらいです。

ICHi:UAD プラグインに触ってみるだけでもいいですよね。本当にじっくり試すことができるし、本物のアナログ機材でもできないことができるので。

UAD プラグイン
▲数々のビンテージ機材を再現した UAD プラグインは、長年 Apollo(オーディオインターフェイス)や UAD-2 Satellite(UAD アクセラレーター)のDSPで動作するプラグインだったが、現在はネイティブプラグインとしても利用できるようになった

アナログハードウェアを復刻したことが UAD プラグインのフィロソフィになった


杉山:もちろんデジタルにもいいところはあって、それは「音が変わらない」という点ですね。アナログテープは音が良いけど、何回も再生していると音が変わっていってしまうのはどうしても許せない。だから、アナログハードウェアさえ通せばいいという風潮があるけど、そんなにいいところばかりではない。久しぶりにアナログテープで録ってみたら、「こんなにノイズあったっけ?」 って思いましたよ(笑)。すごく大きな音で録ればノイズは気になりませんが、テープ自体のノイズが出ているから、基本的にはサーッて鳴っています。みんな、このヒスノイズの音が許せないからデジタルに行ったんですよ。さすがに UAD プラグインはそのヒスノイズまでは再現していませんけど。

ICHi:実はノイズも入っているんですが、消せるようにしています。

杉山:そういったことを踏まえて UAD プラグインに触れば、僕が初めてビンテージ機材を試した時の、「ああ、これを使ったんだ」と思った感触を多くの人が実感できると思います。それに、UA がプラグイン化したモデルのチョイスもニクいんですよ。いま僕が一番よく使っている V76 プリアンプなんかも、ちゃんと本物の TELEFUNKEN V76 の音がします。Apollo の Unison を使えば、同じような感触を誰でも得られます。Apollo を買って良かったと思いました。それに翌日も同じ音で立ち上げられるのが嬉しいですよね。ビンテージ機材には調子が悪い日が必ずあるし、30年前はそこまで不具合が多くなかったけど、今となってはかなりある。真空管などの手に入りにくくなっているパーツが使われていたり、トランスもヘタれたりしてダメになってしまう確率がかなり高い。総量が決まっているパーツを世界中が奪い合っていますから。

V76プリアンプ
▲V76 Preamplifier

ICHi:だから UA がアナログハードウェアを作り直す時も、パーツを揃えるだけでも大変だったんですよ。元の設計図はすべて手元にあったけど、ちゃんと再現するには何年もかかりました。

杉山:メーカーは修理対応や再現性も求められますからね。だから UA がプラグインでビンテージ機材を再現する方向に舵を切ったのは納得できます。

ICHi:UA では復刻したアナログハードウェアのことを「最初のプラグイン」と呼んでいるんですよ。オリジナルとはプロセスが微妙に違うし、全く同じことはできないから、すべての回路を作り直して、部品のインタラクションも作り直されました。何が音に影響しているかを勉強して、それが UAD プラグインを開発するためのフィロソフィになったんです。アナログハードウェアを作ってからプラグインの開発が始まったので、すごく良いスタートが切れたと思います。

杉山:だから UA はハードウェアならではの動作条件の違いとか、その辺のことを開発過程で理解していけたんですね。そういうプロセスって他のプラグインメーカーではほぼないですよね? ある瞬間の音をキャプチャしたようなプラグインが多いんですよ。一瞬そっくりに聴こえるけど、レベルが低い時には感触が違ったりすることがある。UA は元のハードウェアやパーツを吟味した経験から、その感触を UAD プラグインの中に入れたのかなと。今までのプラグインとは全然違うものだと思います。

杉山勇司
▲杉山勇司氏(左)

音量差によって出口の音が変わるのは楽器と一緒


杉山:UAD プラグインがビンテージ機材をインサートした感触に近いと思えるのはなぜだろう、と考えた時、たぶん人間の耳って思った以上にすごく細かいことを時間の流れと共に認識していて、このレベルの信号がこういう流れで来たらこういう動作をするというのを、思った以上にみんな聴いているのではないかと。だからみんなアナログテープが好きだし、ビンテージコンプが好きなのかな。おそらく機材を設計した人達は、意図した通りに完璧に動作させようとしただろうけど、実際はレシオやスレッショルドがあやふやにかかってしまい...結果的にそれがキャラクターを生んでいる。でも、たぶん設計者はそれを許せないんじゃないかな。

ICHi:完璧な動作を求めて作ろうとしたけど、 作れないんですよね。

杉山:それがデジタルだと実現できるじゃないですか。望んだ通りのカーブでかかってくれる。なのに「あれ…? なんか違う。レベルは下がるけど面白くない。思った音にならない」となってしまった。結局、目指した音がデジタルの計算だけでは作れなかったから、今ではいろんなメーカーがいろんなキャラクターを付加するようになったわけです。

ICHi:だからこそ1つのマシンだけでは全部はできないんですよ。設計者達はそういうマシンを作りたかったけど結局は無理だった。マシンは生き物だから、やっぱりそのマシンにできるだけのことをやらせる。そして、信号とかレベルによって完璧には動作しないところの音が実はかなり魅力で。そういったところが面白いですよね。

杉山:パーツの中でもトランスってたぶん、結構レベルによって音色が変わってしまう部分だと思います。特に周波数特性に最も大きく影響するパーツだと思うんですが、音量差で出口の音が変わるということをよくよく考えると、楽器って全部そうですよね。強く弾いたら強い音になるし、弱く弾いたら弱くなる。だからトランスで周波数特性が変わるのって、それと一緒だと思います。

ICHi:トランジェントも変わりますよね。

杉山:それもピックを使うか、指を使うかっていうのと何ら変わらない。すごく音楽的なパーツだなと思います。

ICHi:そういう変化がなかったら、たぶんすごく不思議な音になりますよね。

杉山:デジタルの音はそうなっていたんです。だけど「そうだ…サイン波では音楽はできないんだ」みたいなことかもしれない。

ICHi:音楽はサイエンスじゃなくてアートですからね。

杉山:そのことに気づいていた人はたくさんいたと思うけど、なかなかみんな言葉にしてこなかった。「じゃあどうすればいいの?」って言われたら、以前は「ビンテージ機材を買え」としか言えなかったけど、いまは UAD プラグインを使えばいいんです。

永井 ICHi 雄一郎氏(Universal Audio)
▲Universal Audio の永井 ICHi 雄一郎氏(右)

後編に続く(2025年6月6日 公開予定)

写真:桧川泰治

イベント情報


杉山勇司氏による、ビンテージ機材とUADプラグインのセミナーが6/20(金)と6/27(金)の2週にわたり、大阪と東京のロックオンカンパニーにて開催されます。次世代に向け、UAD によってもたらされる名機の重要性とタイムレスな魅力について語ります。詳しくは下記バナーよりご確認ください。

セミナー

杉山勇司

1964年生まれ、大阪出身。 1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイスオーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、SOFT BALLET、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Raymond Watts、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、Dub Master X、X JAPAN、L'Arc~en~Ciel、44 Magnum、LUNA SEA、Jungle Smile、広瀬香美、Core of Soul、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、dropz、睡蓮、寺島拓篤、花澤香菜、杨坤、张杰、曲世聰、河村隆一など。また、1995年にはLOGIK FREAKS名義で、アルバム『Temptations of Logik Freaks』(ビクター) をリリース。

また、書籍「新・レコーディング/ミキシングの全知識」を執筆。

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