アナログの機材には大抵は必ずイボがある
杉山:2ミックスまで仕上げれば終わりだった時代は、その作業さえ終われば最悪、使用した機材が壊れてしまっても良かったんです。だけど、いまは2ミックスを完成させた後に「アトモスミックスを作ろう!」ってなることもある。だからこそプラグインやDAWの重要性が再認識されているし、UAD プラグインもビンテージ機材の音をいつでも再生できるアーカイブとして、ものすごく大事な役割を果たしてくれている。なんならそれぐらいの責任感を持って、UA が UAD プラグインを開発してくれているんじゃないかと思っています。
ICHi:リミックスやリマスターの仕事って多いですからね。そんな時に UAD プラグインには主要なビンテージ機材が揃っているから、エンジニア達が作り直す時にすごく助かっているみたいですね。制作された当時のアナログのトラックシートをコピーして、大体同じ設定にすれば再現できますから。
杉山:それで悪い音になった時は、悪い音のままリリースしてほしい(笑)。
ICHi:弱さも全部ね。指に出来るイボのことを英語で「warts」って言うんですが、アナログの機材には大抵は必ずイボがあるんですよ。UA はそのイボを全部残したままお客様に渡したいんです。
杉山:多くのメーカーはそれを外しちゃうんですよね。これ以上レベルを上げたらノイズがすごく増えてしまう...っていうところまで再現してくれる方がいい。いまはフィードバックし過ぎたら機材が壊れるという理由で、フィードバックしきらないように作られている製品もあるし、ソフトシンセもレゾナンスで発振しないシンセばかりになっているけど、発振してくれないと目的の音にならないこともあるんです。
ICHi:UA が Galaxy Tape Echo を開発した時は結構ショッキングだったんですよ、発振した音を初めて聴いた時に、「おお...この音はデジタルでは聴いたことがない!」って。

杉山:そういう動作を止めてしまうメーカーが多い中、UA は止めていないところがすごい。
ICHi:Moog Multimode Filter もそうですね。
杉山:Logic Pro なんて、マスターでメーターがどれだけ真っ赤になろうが歪まないようになっていますからね。だから、すごく大きなレベルでデータが送られてくるけど、結局コンプレッションがかかっているんですよ。そう思うと、ソフトウェア側に便利な助けがあり過ぎるのかもしれない。
ICHi:プロの現場にはそういうセーフティーはいらないですね。ビギナーにはあってもいいと思うけど、プロ向けに作られているものにはセーフティーは欲しくない。

開発者の意図した音で使うにはゲイン・ステージングが重要
ICHi:面白いのは、ビンテージ機材の開発者達はローノイズなものを作ろうとしていたのに、それでも音にイボが出来てしまった。だけど、それが音楽にマッチして、雰囲気に合うモデルがどんどん有名になり、エンジニアからエンジニアへと人づてに伝わっていって名機がどんどん生まれたんです。だけどビンテージ機材を開発者が意図した通りの音で使うには、適正なレベル、つまりゲイン・ステージングが重要なんです。そしてアナログ・モデリング・プラグインを使う場合も、そこがかなり重要になります。ゲイン・ステージングをきちんとしないと、すべてのアナログビンテージ機材はディストーションになってしまいます。
杉山:昨年、日本音楽スタジオ協会から、DAWの基準レベル(0VU)を「−16dBFS」から「−18dBFS」に改定しようというお達しが出たんです。そうすると最大入出力(0dBFS)が+20dBmから+22dBmになりますから、大き過ぎるんですよ。なんなら−14dBFSにしなくてはいけないけど、そうすると録音する時に赤が点きやすくなってしまう。それでは使いにくいのでこれまでは−16dBFSでしたが、−18dBFSになったらアナログハードウェアはより歪んでしまうし、より使いにくくなって次第に使われなくなってしまう。基準レベルはそれでもいいけど、ビンテージ機材や UAD プラグインを使う時にはレベルをさらに下げて、チャンネルにインサートするならクリップのレベル自体も変える必要があります。そういうことを意識して使っていくと、機材のマジックを感じられると思います。
ICHi:アナログハードウェアを使う人達は当然それに気が付かないと仕事ができないけど、デジタルの中でもそれを考えないとダメだということですね。昔から「メーターのオレンジが点くぐらいまでゲインを上げて録音しなさい」と言われていたじゃないですか? 数値じゃなくてカラーで見て決めるくらい。それだとレベルが高過ぎるということですよね。特にモデリング系のプラグインに関しては。

杉山:歴史的に言うと Sony PCM-3324 は最初、音が悪いとされていて、それはレベルを抑えたから量子化の問題で確かに音が悪かったんです。その後 PCM-3348 になって少し良くなったけど、同様の問題があるので、なるべく大きな音で録音するように言われていた。そう教えられていたし、僕もそう録音していましたけど、今はコンバーターの性能も上がったので問題にならなくなった。だから録音レベルを下げても大丈夫なんだけど、そこはなかなか伝わらなくて、いまもかなり大きいんです。あとはDAWで見た時に、波形が小さいと見づらいからという理由もあります。波形を見て録音状態を判断するようになっていますから。
ICHi:波形ではなく、メーターを見た方がいいですよね。
杉山:アナログハードウェアさえ使わなければ関係ないことですが、UAD プラグインを使うのはアナログハードウェアを使っているのと一緒ですから。基準レベルのことを理解しておけば、アナログハードウェアを使っていた人達だけが享受していたマジックを誰でも体験できるようになります。全部が UAD プラグインで解決するとは言わないけど、かなりのことは解決できます。

UAD プラグインはキャラクターマシンの集まり
ICHi:UAD プラグインにはあまりツール系のコレクションがなくて、どちらかといえばキャラクターマシンなんです。40年に渡る音楽的なカラーを足してくれる化粧みたいな、そういったマシンの集まり。だからカラーを作る時には UAD プラグインは本当に面白いと思う。エディットツールに関しては、いろんなメーカーから本当に面白いモダンなものがいっぱい出てきていますよね。
杉山:そういったツールは確かにデジタルだからこそできるもので、僕も使っているし、正しく進化していると思うけど、カラーに関してはいつまでたってもアナログハードウェアに頼らなくてはいけなかった。UAD プラグインのおかげで、やっとDAW上でカラーが付けれるようになったんです。
ICHi:UA はそういったユーザーからのリクエストを重視しているんです。エンジニア達が「これが絶対に必要なんだ」と言うものを優先して、初期の UA は、アナログエンジニアが デジタルに移行するための橋みたいになろうとしたんですよ。アナログエンジニア達はビンテージ機材がないと仕事ができないから、彼らが UAD プラグインの最初のお客様でした。
杉山:そういった流れを見過ごしたままだと、UAD プラグインの進化を理解できないように思います。
ICHi:UA はそういう昔からのエンジニア達と一緒にアナログの世界から来たんです。トップクラスのエンジニアと話すと、考え方がシンプルなのがわかります。大元の出音が一番大事で、そこから近い順に大事なんだと。早い段階でいい機材を使えば音作りが早いし、エディットも少なく済む。そしてミキシングがしやすくなる。そうやって、できるだけミュージカルフローを止めないことを、UA は大事にしています。
杉山:UAD プラグインは往年のあの音を再現できるものだと言われるけど、決して昔の話ではなく、今の音を作るためのものでもあるので、今の音を理解することと何ら変わらないと思います。それがわかると UAD の価値がもっと理解されるのではないかと。プロを目指す若手のクリエイターは、いま流行っている曲を真似しようとするかもしれないけど、それって実は80’sや90’sの曲を元にしたものかもしれませんよね。そういうところにも注目してみてほしいです。60’sまでは戻らなくていいと思いますが、80’sや90’sあたりのことを考えると、UAD のビンテージプラグインがどれくらい重要なシリーズなのかがわかると思います。
ICHi:時代というか、そのフィーリングですよね。例えば 610 プリアンプはトランジェントがちょっと消えるのでアタック感がなくなるけど、Neve 1073 は逆にちょっとツッコミ気味になったり、API Preamp はパンチが出たりする。だから、ちょっとうるさいなと思ったら 610 をかけたりする。そういったシンプルな考え方が、機材のキャラクターさえわかればできるんです。
杉山:UAD を使うと、それが贅沢な形で再現できます。スタジオに1〜2台しかなかった機材が7〜8台も並べられて、UAD-2 を増設すれば、さらに増やすこともできる。僕は UAD-2 Satellite を4台も買ってしまいました。

ギタリストはレベルの扱い方をわかっている
杉山:良質なプラグイン同士が重なるとどうなるのかもまた大事です。僕が好きな海外のエンジニアが、それを「マジックチェーン(Magic Chain)」と呼んでいるんですよ。例えば Pultec EQP-1A と LA-2 を繋ぐのがマジックチェーンだと。それにはものすごく納得できました。UAD プラグインで試してみたら、やはりマジックチェーンであることが実感できたので、そういうこともどんどん試してみてほしい。そして例えば、そのマジックチェーンにもうひとつ何かを足して3つのプラグインで自分のマジックチェーンを作ってみる。そうすると、今まで7つも8つもプラグインを挿していたのが、その3つだけで済んでしまうことがあると思います。
ICHi:デモ版を使えば大体の性能はチェックできますから、その時に、どうやってプラグインをチェックするかが重要だと思います。レベルを全開にしたら音がどう変わるかとか、そういうチェックの仕方をビギナーは知らないかもしれない。プリセットをチェックするのもいいけど、そこから実際にノブを回すことで自分の音が作れるようになります。これはどんなプラグインを扱う時にも役立つことです。
杉山:コンプレッサーやEQにプリセットがあること自体が変ですよね? でもプリセットがないと困るというのもわかります。
ICHi:そうですね、レベル次第ですから。レベルさえちゃんとしている状態でプリセットを使えば、それだけでも良くなると思う。細かく設定しなくてもいいけど、自分がよく使うサウンドマシンだけでも細かくエディットできるようになったらいいと思う。
杉山:それが「マジックチェーン」だと思います。レベルってそういうことなんだと。
ICHi:ギタリストはよくわかっていると思います。彼らはサウンドをまずクランチにして、ギター本体のレベルを絞っておき、当てたい時に上げたりする。それと同じように、ビンテージのコンプやプリアンプは、レベルをプッシュすることで演奏にパワーを与えてくれるんです。倍音が出るラインを把握しておいて、必要な時だけそこを越えるようにするわけです。
杉山:そういった考え方は UA に入社してから教育を受けるんでしょうか。それとも、そういう考えを持った人が UA に集まるのでしょうか。UA の皆さんがそのような考え方を共有していることがとても素晴らしいと思います。
機器を使う上での制限を「クリエイティブ・リミテーション」として活用する
ICHi:SOLO/610 にはゲインとレベルのツマミがあるじゃないですか? だからゲインを上げてレベルを下げれば歪むんですよ。この発想をギタリストはみんなわかっています。そしてクリーンであることが重要です。アナログハードウェアのことを全く知らない人が、オレンジが点くくらいのレベルでプラグインをかけたら絶対にいいことはありません。本当にクリーンに録音して、必要な時だけレベルを上げるようにします。これと同じように、シンガーもチューブマイクやチューブプリアンプを使う時は、必要な時に声のレベルを上げて歪ませることがあります。マイクやプリアンプの力を借りて、特定の言葉だけをちょっと歪ませる感じです。ギターアンプも元々はクリーンを目指して作られたものだけど歪んでしまった。だけどそれをミュージシャンが利用して、新しい音を作ってくれたんですよね。ミュージシャンとマシンが一体になってサチュレーションやハーモ二クスが発生すると、新しいものができるんですよ。今はラッパーやヒップホッパーがリアルタイムで Auto-Tune をかけるじゃないですか? そして歌い方で面白い変化を起こしている。あれがプログラミングにはできない雰囲気を生み出すんですよ。そういう音を当てるための壁があるといいんですよね。大きなレベルをぶつけると壁が変化して、音を抑えてくれたり、広げてくれたりする。

杉山:制約があることで生まれるものってありますよね。ギターでも「7弦じゃなくて6弦を使ったからこのフレーズが生まれたんだな」って思う時がある。
ICHi:クリエイティブ・リミテーションという感じですね。
杉山:UA はギター用のエフェクターも作っていますよね。
ICHi:UAD の思想はまさにその UAFX につながっています。基本的に同じマシンなので、クリーンサウンドを基本に作っています。オーディオクオリティや周波数特性などは一番良い状態で作られているけど、あるオペレーティングレベルを超えると変なことが起きて、イボが出てくるんです。記憶に残るサウンドはみんなそうじゃないですか? 発振している音や、歪んでいる音、スピード感が上がったり下がったりする音、そういったものはどれもノンリニアなんです。インプットレベルやパフォーマンスに影響されるんですよ。そこがアナログの良さで、UA がデジタル化する時には、できるだけイボを全部残すようにしているから、うまいことオペレーティングレベルで利用できれば元のハードウェアのように動作するし、名機の素晴らしいカラーやキャラクターを気軽に使えます。

写真:桧川泰治
イベント情報
杉山勇司氏による、ビンテージ機材とUADプラグインのセミナーが6/20(金)と6/27(金)の2週にわたり、大阪と東京のロックオンカンパニーにて開催されます。次世代に向け、UAD によってもたらされる名機の重要性とタイムレスな魅力について語ります。詳しくは下記バナーよりご確認ください。

杉山勇司
1964年生まれ、大阪出身。 1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイスオーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、SOFT BALLET、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Raymond Watts、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、Dub Master X、X JAPAN、L'Arc~en~Ciel、44 Magnum、LUNA SEA、Jungle Smile、広瀬香美、Core of Soul、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、dropz、睡蓮、寺島拓篤、花澤香菜、杨坤、张杰、曲世聰、河村隆一など。また、1995年にはLOGIK FREAKS名義で、アルバム『Temptations of Logik Freaks』(ビクター) をリリース。
また、書籍「新・レコーディング/ミキシングの全知識」を執筆。