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Manley Reference Cardioid : クリエイター集団が選んだ真空管マイク

メジャー作品に携わる敏腕エンジニアを多数擁するクリエイターチーム、SIGN SOUND。同社が2020年に新設したスタジオでは、コンデンサーマイクの Manley Reference Cardioid を新たに導入。採用に至った経緯をエンジニアの小岩孝志氏、近藤圭司氏、相澤光紀氏に聞きました。

Reference Cardioid は現代の音楽の立ち上がりの速さにマッチする


- この新しいスタジオはいつ頃にオープンしたのですか?

近藤:スタジオ自体は去年の春くらいに完成したんですけど、コロナが直撃して、なかなか営業ができず…。ボチボチ様子を見ながらスタートして、今は通常営業をしています。元々、SIGN SOUND の本社スタジオにはミックスルームが2部屋あるんですけど、ブースがないんですよ。だから録りも少しできたらいいなっていうのと、所属エンジニアが増えて2部屋じゃ足りなくなってきたというのもあって、もう1部屋作ることになりました。ここはブースがあるので、ボーカルとかギターとか上モノの楽器を録ったり、ミックスをしたり、サラウンドにも対応しているので、サラウンドミックスができたりしますね。

▲2020年に新しく開設したSIGN SOUNDのStudio C。左奥に見えるのがボーカルブース

- そのブース用に、新しいマイクの導入を考えたわけですね。それまでは、どんなマイクが揃っていたんですか?

近藤:Neumann U67、U87 とか、Brauner Phanthera、Soundelux E47、U195、私が個人で所有している Toneflake T47 といった、わりとエンジニアに馴染みのあるマイクを使用していたんですけど、しっかりしたマイクが新たに1本欲しいと思って。新しいマイクにチャレンジしたいというのと、個性的なものが欲しいというところで候補に挙がったのが Manley だったんです。外部のエンジニアさんがきた時にも、選択肢になるようなものを選びたいと考えていました。

- ビンテージマイクが豊富に揃っている中、新しいマイクに求めたものとは?

小岩:簡単に言えば、キャラの立ったマイクを使ってみたいというのがありました。僕はそれが一番ですね。

相澤:モダンなサウンドにしたい時、新しいマイクがあるといいんじゃないかと思いましたね。

近藤:このスタジオのコンセプト的にボーカルダビングがメインになるので、そのための選択肢を増やしたかったんです。

▲左から相澤光紀氏、小岩孝志氏、近藤圭司氏

- なるほど。それで Reference Cardioid が候補に挙がったわけですね。

相澤:ビクタースタジオにあったので僕は数回使ったことがあって、他のマイクとは印象が違って、いいなと。あと、アーティストが個人所有しているマイクというイメージがあって、それこそ今っぽいアーティストが使っているという印象もありました。

- Reference シリーズの中で Cardioid を選んだ理由は?

相澤:最初、見た目では Reference Gold が良さそうに思っていたんですけど、両方使ってみたら Reference Cardioid の方が好みで。Reference Gold もいい音なんですけど、見た目の金色のようなギラッとした感じの音を期待していたのに、意外と Reference Cardioid の方がギラッと感じられました。

小岩:僕は U87 と並べて Reference Cardioid で声を録ってみたら、サウンドチェックの時点では「キャラが立ち過ぎかな?」と思ったんですね。いい意味でザラつきも録れるんですけど、「ちょっとオケに馴染まないかも...」と。だけど、後々ミックスしてみたら、ブラッシュアップされたオケに対してはすごく馴染みが良くて、使ってみて良かったなと思いましたね。最終的な扱いやすさは、すごく良かったです。

近藤:私は以前、雑誌の企画でマイクのレビューをさせてもらった時に、この価格帯のマイクをたくさん試聴させてもらったんですよ。その中ではズバ抜けてこの Reference Cardioid が好きで。その時、個人で買おうかなと思ったくらい良かったんです。で、ずっと「欲しいな...欲しいな...」と思っていた時に、スタジオでマイクを購入しようという話になったので、じゃあ Reference Cardioid を借りてみようと。Reference Gold も気になっていたので試聴したんですけど、メチャクチャいい音だし、リアルで音像もデカくて“ザ・高級マイク”って感じなんですけど、我々が依頼をよく受ける歌ものポップスとかでは Reference Cardioid の方が馴染みが良くて。壮大なバラードとかだったら Reference Gold の方が良さそうですけど、現代の音楽の立ち上がりの速さというか、トランジェントの速さ、反応速度には Reference Cardioid の方がマッチするような印象でした。そこがすごく大きいですね。

▲近藤圭司。これまでに林原めぐみや宮野真守、銀杏BOYZなど、J-POP、バンド、アイドル、声優などに留まらず、岡部啓一、神前暁、林ゆうき、藤田淳平、橘麻美など劇伴のシンフォニックなオーケストラサウンドまで様々なジャンルの作品を手掛けている

相澤:Reference Gold はわりと U67 の印象に近いというか、高域がもうちょっと伸びるのかと思ったら意外とフラットな感じで、綺麗な音をしていたんです。下も Reference Cardioid よりふくよかな感じだったので、見た目のわりにフラットというか優しめな音に感じました。すごく張り付く音かと想像していたら結構ナチュラルなので、今回の「キャラの立ったマイクが欲しい」という目的には合わなかっただけですね。そういうコンセプトでなければ、Reference Gold は何にでも使えそうなので、選ばれるマイクだと思います。非常にいいマイクだなという印象でした。指向性も変えられますし。

近藤:相澤は U67 の印象に近いと言っていましたけど、音像の大きさみたいなところで言うと、個人的なイメージでは Reference Cardioid が U67 で、Reference Gold が Neumann U47 みたいな感じなんですよ。どちらも好きですけど、U47 はキング・オブ・マイクって言われるくらいすごくいいマイクなのに、意外と出番がない。というのも、表現力が豊かでマイクコントロールが上手な方なら、その良さを余すことなく録ってくれるんですけど、あまりレコーディングに慣れていない方だと、マイクの性能にパフォーマンスが追いつかないのでチョイスしづらいんですよ。そういう意味では、Reference Cardioid は歌をまとめてくれて、うまく聴こえさせてくれる。それって他の機材にも言えることなんですけど、めちゃくちゃ高級な、いい音の機材って意外と使いづらいんですよね。

相澤:オケがすごい薄い曲だったら、Reference Gold の方が合いそうですよね。

近藤:そうなんですよ。ピアノとボーカルだけとかなら、ハイスペックな機材を揃えて録りたいと思ったりするんですけど、シンセがたくさん入っているようなオケの中だと、逆に埋もれてしまったりするので。

低域のふくよかさと高域のスピード感があるから、ボーカルが歌いやすい


- Reference Cardioid はボーカル以外の用途ではどうなんでしょうか?

近藤:私は声でしかチェックしていないですけど、相澤くんは結構楽器を録っていたよね。

相澤:そうですね。アコギとかチェロで試した時は、特に印象が良かったです。オケの中でちゃんと抜けてくる感じがあって、特にチェロに使うと、ロー感も高域のヌケ感も拾えますね。アコギもそうで、上のチャリっとした感じが拾えます。

近藤:まとまりがいいよね。チェロって低域が膨らみ過ぎる時があるんだよね。

相澤:Reference Cardioid はギュッと収まって、わりと大きな音量でHAに入ってくるので、そこでグッと凝縮される感じというか。このマイクはゲインが大きいんですよ。だから、歌を録る時はパッドを入れているんです。

近藤:マイク自体の出力が、他のマイクに比べて大きいのかもしれない。

相澤:それが逆にエモーショナルに聴こえるというか、ロック系の曲だと、軽いサチュレーション感になってカッコ良くなるんです。

近藤:受けるマイクプリ側の設定がいつもと同じ数値でも、マイク側の出力が大きいので、HAの方に負荷がかかるんですよ。入力が大きく入るので、飽和された感じが少し付加されて、その感じがまたいい。HAがギリギリで稼働している感じというか、ガッツのある感じになります。

相澤:個性的な、ガッツのある感じというか。

近藤:かといって個性的過ぎない。極端に特徴的なマイクって使いづらいんですよ。でも、Reference Cardioid は基本ドッシリしていて、リアルな音像を捉えてくれるし、その上でまとまりもあって、他のマイクにはない個性がある。Manley の製品って、HAとかも含めて、肌触りというか質感に一貫したカラーがある気がするんです。僕が機材を選ぶ時は、パッと聴いた時の質感みたいなものに、自分の中ではこだわりがあって。過去にHAとかDIとかで Manley の音を聴いてきましたけど、マイクにも共通するカラーみたいなものを感じるんです。Stereo Variable Mu Limiter Compressor とかもそうですね。

相澤:そうですね。チューブを使っているんだけど、ちゃんとハイファイという。

近藤:コンプとかHAとかDIも、通しただけで Manley カラーが得られる感じがすごくいいですよね。本当に嫌味がないというか、ちょっとモダンでカッコいい。

小岩:僕はまだ歌しか録っていないですけど、後々のEQ処理とかをあまりしなくて済むようなイメージがありましたね。EQしなくても音が立ってくれる。嫌味のない立ち方で、2人が言っているように、それが Manley の特徴なのかな。上品さもありつつ、グーッと前にきてくれます。

▲小岩孝志。これまでに梶浦由記や水樹奈々、ClariS、LiSA、Aimer、劇場版「SAO プログレッシブ」・「Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-」、ゲーム「スーパーマリオオデッセイ」・「Disney Twisted Wonderland」など、アーティストものから映画・TV劇伴・ゲーム音楽など幅広い作品を手掛けている

- それは周波数特性によるものなのでしょうか?

小岩:全体的な色付けというか、味付けなのかな。Manley 独特の。

近藤:ちゃんと高域も伸びているよね。定番マイクの中には高域のクセが強いモデルもあって、それが人気の理由だったりもするんでしょうけど...。アーティストさんが自分に合うマイクを探すんだったら、そういうマイクがマッチすることもあると思うんですけど、我々はどんなアーティストさんがくるかもわからない。そんな中で、クセの強いマイクで録られた音にミックスの時に高域を持ち上げるようなEQをすると、そこがヘンに出てきちゃうんですね。Reference Cardioid の場合はそういう嫌味がないというか、そんなにEQしなくても、気持ち良く抜けてくれるんです。

- 後からの調整もしやすいのでしょうね。

近藤:そうですね。EQしてもナチュラルに聴こえます。

相澤:完成形に近い状態で録れますね。

▲相澤光紀。これまでに関わったアーティストは、澤野弘之、林ゆうき、横山克、大間々昂、やまだ豊、KOHTA YAMAMOTO、広川恵一、西木康智、西川貴教、Survive Said The Prophetなど、劇伴音楽からバンドサウンド・ゲーム音楽まで多岐に渡った作品を手掛けている

- 導入後、実際に使用する機会は多いですか?

近藤:みんな積極的に使っていると思いますけど、数本のマイクをテストした時でも、わりと勝率は高いですね。男性シンガーと女性シンガーのどちらもいけます。特徴的なマイクだと、女性の声に合っていても、男性に試すと力強さが感じられなかったり、逆に男性のパンチのある声にマッチしても、女性の繊細な表現力にうまくハマらない時があるんですけど、Reference Cardioid はどちらもうまくハマる感じがしています。

- ボーカリストからのリアクションはいかがですか?

小岩:皆さん、歌いやすいって言いますね。やっぱり自分のヘッドホンに返ってくる声の質感が、小さい声で歌っても埋もれないから歌いやすいんじゃないかな。

近藤:ふくよか過ぎると意外と歌いづらいというか、ボーカリストって、頭の中で近く返ってきてほしい人が多いと思うんですね。モニターが柔らか過ぎると歌いづらいって言う人が多いから、Reference Cardioid はしっかりと高域が出ている分、歌いやすいと思うんです。あと逆にハイ上がりというか、硬いマイクだと音程が取りづらいという人が結構いるんですよ。声のロー感が聴こえないと音程が取りづらいので。そういう意味では Reference Cardioid は低域のふくよかさもありつつ、高域のスピード感もあるので、ボーカリストはきっと歌いやすいと思いますよ。あと、高域は出ていても、子音とかブレスみたいなものがうまく拾えないマイクもあるんですけど、Reference Cardioid はすごくバランスがいいです。定番マイクでもそこが苦手なモデルって意外とあるんですよ。

- 今後はどのように Reference Cardioid を活用したいですか?

小岩:まだ楽器には使っていないので、やっぱり弦楽器に使ってみたいというのはあります。バイオリンソロとかを録ってみたいし、それこそ複数本あれば、ストリングスセクションにバーッと立ててみたらどんな感じになるのか気になりますね。

近藤:ピアノとか、いいんじゃない?

小岩:ピアノにはすごく良さそうですね、やってみたい。ドラムのオーバーヘッドにもどうかな?

相澤:シンバルに良さそうですよね。丁度良く、いい感じにサチュレーションがかかって、ドライブ感が出そうですね。

写真:桧川泰治

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