ポップスではなるべく同じタッチで弾くようにしている
- このアルバムには、聖子さん往年の名曲と新曲が収録されているそうですが、小川さんはどの曲に参加したのですか?
僕が参加したのは「セイシェルの夕陽〜40th Anniversary〜」と、新曲の「風に向かう一輪の花」です。昨年の暮れに、アレンジャーの野崎洋一さんとお仕事をする機会があって、その縁で、僕がプロデュースしている米澤美玖のライブで野崎さんにキーボードを弾いてもらったんです。その時に「今度レコーディングをお願いできませんか?」というお話をいただいて、フタを開けたら、それが松田聖子さんのアルバムだったというわけです。ただ、スケジュールや諸々の都合もあり、結局リモートレコーディングという形になりました。ミュージシャンとしては、レコーディング現場に行って弾く方が楽しいですけど、サウンド的な部分を考えると、私にとっては自分のスタジオで録る方がいいんですよ。自分が普段使っている、アンプやギターやマイクをそのまま使えるじゃないですか。これを外のスタジオまで全部持っていくのは結構大変ですから。
- リモートレコーディングでは、どんなやり取りをしましたか?
野崎さんから楽曲データが送られてきて、それに合わせてギターを録音しました。演奏内容については指示書がありましたね。リフは全部譜面に起こされていましたけど、バッキングは基本的にお任せで、「こんな感じ」という仮のギターが入っていました。それを聴きながら、僕の方でフレーズを少しずつ変えて録りました。
- ギターの音色について、野崎さんから何かリクエストはありましたか?
「風に向かう一輪の花」では、12弦ギターのパートだけ指定がありました。この曲はアコギのバッキングとリード、12弦のアコギのリフがあるんです。Bメロで出てくる合いの手が12弦のアコギで、Epiphone DR-212 を弾いています。イントロで弾いているのは普通の6弦のアコギで、YAMAHA FG-280(グリーンラベル)を使っています。これは40年くらい前のもので、知り合いのテックに改造してもらいました。ドレッドノートなので低音がたくさん出るし、弦も太めのものを張っています。バッキングのアコギは Taylar 712 で、これはボディが小ぶりで低音が締まっているからEQがしやすいんですよ。アコギはこの3本を使いました。
- アコギを録るのに使ったマイクは?
マイクはすべて sE Electronics sE2300(コンデンサーマイク)です。最初は sE Electronics の他のマイクを立ててみたんですけど、明るさが物足りなかったので sE2300 にしました。この曲はオケが華やかだし、ハープも入っているから、柔らかい音よりはハイファイな方向が良いかなと思い、ハイがちょっと多めに録れる sE2300 を選びました。12フレットあたりの前方30cmくらい離れたところから、サウンドホールを斜めに狙う感じです。大抵はローカットを入れますけど、Tayler 712 だけは入れなかったです。ほとんどEQもせず、コンプもリミッターも入れずに録りました。ただ、ポップスの場合はダイナミクスが暴れないように、なるべく同じタッチで弾くように気をつけています。「風に向かう一輪の花」でも、アコギはあくまでも背景ですから、単体で聴くと若干無機質に思えるくらい、同じタッチで弾いた方が良い出来になります。ピックの選定にも結構こだわっていて、6種類くらい試しました。一番よく使うのはべっ甲製のものですが、リードを弾く時は、ポリカーボネートという特殊な素材を用いた 64Picks のピックを使いました。本当に音が変わるので、ピックは色々用意しています。
- 録音後の処理は何かしましたか?
Pro Tools 上でハイを少し上げて、1kHzより下をなだらかに削りました。この状態でデータを送って、あとはエンジニアさんの判断でEQをしてもらいます。ちなみに、僕の方ではコンプはかけていません。アタック感が変わっちゃうのが嫌なんですよ。あえてそういう音が欲しい時、例えばカントリーっぽい曲ならパツンっていうコンプ感がないと雰囲気が出ませんし、ロックなら音圧も欲しいので、そういう時は CARL MARTIN COMPRESSOR LIMITER を使っています。今回もエレキギターには使いました。
80年代のニュアンスを残しつつも古い感じにしない方向で録った
- では、そのエレキギターで参加した「セイシェルの夕陽〜40th Anniversary〜」ですが、この曲はどんなリクエストがありましたか?
「オリジナルの雰囲気で」と言われましたね。最初は「エレキでコードバッキングとリフをお願いします」くらいの指示でしたが、その後にやり取りをして、松原(正樹)さんが原曲で弾いていたような80年代っぽい感じにするか、今っぽい感じにするかを相談しました。結果、80年代のニュアンスは残しつつも、あまり古い感じにはしない方向で録りましたが、出来上がった音源を聴かせてもらったら、思ったよりも古い感じに振っていましたね。ちなみに、この曲はいろんなギターパートを録ったんですよ。最初に送ったテイクでは、Aメロでアームを使って、松原さんというよりも鳥山(雄司)さんぽいアプローチをしたり(笑)。結局Aメロに関してはアームを使わないことになって、パッドに馴染ませてジャラーンと鳴らすような感じにしました。
- サビのカッティングも印象的ですね。
指定があったのはコードカッティング1本だけでしたが、原曲では単音のバッキングが入っていたので、僕の判断で足してみました。イントロにも空間系の遊びなんかを入れてみましたが、こっちは結局使われませんでした。いずれにしても、こういう感じで色々なパターンを録っておいて、使えそうなところを拾ってもらうようにしたんです。
- イントロのリフは、原曲を踏襲しつつも鳴らしている音が違いますね。
あの音程に関しては野崎さんからの指示なんです。だから、サウンドも松原さんとは少し変えた方がいいかなと思って、今回は Landscape SA-101 のフロントPUを使いました。SA-101 はちょっとソウルっぽくて、サウンドが軽やかで、わりとコンテンポラリーな音なんです。アンプは Fender Hot Rod Deluxe で、低音を少し弱めに調整したと思います。
- ではBメロのアルペジオは?
あれはフジゲンのギターです。サビのカッティングも同じで、アンプは VOX AC30 を使いました。シングルとハムの切り替えができるので、今回はシングルにして。マイクはすべて sE Electronics T2(コンデンサーマイク)で、センターキャップとエッジの真ん中あたりを狙いました。Hot Rod Deluxe はオンマイク、AC30 は5cmくらい離しました。AC30 はドンシャリなので、マイクがあまり近いと低音が結構入っちゃうんですよ。
- T2 はどんな音質で録れるんですか?
中低域が気持ちいいんですよ。そもそもギターアンプはいわばウーファーしかないようなものですから、5kHzから上がほとんど出ていない。だから、あまりハイファイなマイクじゃない方が合うんですよ。例えば sE2300 とかで録ると音が軽くなって、歪ませた時とかに腰がなくなってしまうんです。なので、よく使うのは T2 と、Shure SM57、Sennheiser MD421 あたりですね。エレキギターの場合、基本的にはダイナミックマイクで録る方が好きなんですけど、T2 に関してはバランスがすごくいいのと、SM57 に比べて中低域が気持ちいいんです。それに T2 は、アンプの前で弾きながら聴いている時の音に近い感じで録れるんです。SM57 や MD421 は、中域には強いんですがアンプの前で聴いているのとは少し違う音になりますよね? でも T2 はそのままなので使いやすいですね。
- ギターのケーブルは何を使いましたか?
Vital Audio CAVA III です。これはすごくハイファイですよ。良し悪しはありますけど、僕の耳がこれに慣れちゃっているのが一番大きいですね。AC30 でこのケーブルを使うとメチャクチャ明るくなるので、もう少しハイが落ちてもいいかなと思う時もありますけど、ケーブルの違いは弾き方の違いほど大差がないので、むしろピックや弦のチョイスの方が影響は大きいと思います。
- 先ほど話に出た CARL MARTIN のコンプは、どのパートで使いましたか?
全パートで使いました。ジャズを弾く時はコンプを一切使いませんが、さっき言ったように、歌ものの時は平坦な方がいいので。
- DAW上で何かエフェクトをかけたりはしたのでしょうか?
Bomp Factory BF76 をかけて、モジュレーションディレイをかけたくらいですね。ショートディレイに24msくらいのモジュレーションをかけて被らせると、80年代風のギターサウンドになりますよ。
小川悦司
現在の活動のメインは米澤美玖グループだが、レコーディングでは松田聖子、五十嵐はるみ、中西圭三、竹本孝之、牧野由依、今井優子、楠田亜衣奈などの作品に参加。また森口博子、麻美ゆま、岡本舞子、三好鉄生、中川ひろたか、nem、劇団四季、真岡ミュージカル「けやきの夢」など、ロックからジャズ、ミュージカル、子供向けの音楽まで、非常に多種多様なアーティストのサポートに参加している。
TV関連では「ポケットモンスター・ベストウィッシュ」「グラゼニ」「ビーダマン爆外伝のオープニングテーマ曲、「にほんごであそぼ」「オハスタ」「ハイパーヨーヨー」「生き物地球紀行」「うちたタマ!?」などのレコーディングに参加。「ウィザードリィ外伝」などをはじめとしたゲーム音楽のレコーディングセッションにも数多く参加している。そのほか楽器フェアや東京ビッグサイトや幕張メッセ等で行われる各種催事では長年にわたってYAMAHA、(株)インターネット、(株)Hookupなど国内外のメーカー、ベンダーのステージデモを担当、Carl MartinやMorley、MorlyUniversal Audioなど海外製品のデモンストレーション・ムービーでもギター演奏を披露している。プロデューサーを務める米澤美玖グループや自らのプロジェクトでは、青柳誠、安部潤、納浩一、岡田治郎、波多江鍵、平山惠勇、川口千里など、日本のトップミュージシャンとの共演も多い。
デビュー40 周年記念アルバム
『SEIKO MATSUDA 2020』
発売日:2020年9月30日(水)
【収録曲】
01.瑠璃色の地球 2020
02.セイシェルの夕陽〜40th Anniversary〜
03. 赤いスイートピー English Version
04. SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜
05.いちご畑で FUN×4
06.風に向かう一輪の花
07.La La!! 明日に向かって
08.40th Party
09.そよ風吹いたら〜I can hear the sound of the waves〜
10.赤いバラ手に抱え
11.瑠璃色の地球 2020 Piano Version(Bonus Track、初回限定盤/UM STORE 盤のみ収録)
初回限定盤 DVD(計約27分)
「SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜」Music Video 「瑠璃色の地球 2020」Music Video
「SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜」Music Video Making 40th Anniversary Special Interview
写真:桧川泰治