レコーディングスタジオのスピリッツを持ち運ぶ2chインターフェイス
Heritage Audio i73 PRO 2 は、伝説的な Neve 1073 の回路を再現したクラスA 73スタイルプリアンプを2基搭載する、USB-Cオーディオインターフェイスです。
上面パネルの左上に見えるトランスフォーマーの塗装は後期の Marinair のカラーになっていて、Heritage Audio はこういった部分にもこだわっており、見た目からテンションが上がりました。筆者は四半世紀にわたってビンテージ Neve を収集・使用してきましたが、まさにその「音楽的な太いサウンド」が、ついにデスクトップ型のオーディオインターフェイスに持ち込まれたと感じました。

トランスフォーマーというアナログ部品の存在意義。トランスフォーマーがもたらす音楽的な変化
トランスフォーマーとは、基本的には鉄芯(コア)に2つのコイルを巻きつけた電気部品なのですが、これを搭載することで当たり前に重量は重たくなります。近年トランスフォーマーが音に与える音楽的なプラス要素が重要視されるようになり、沢山のアウトボードがトランス方式を採用している状況です。どのメーカーのどんなトランスが使われているかで購入を決めるユーザーも少なくないほど、トランスフォーマーはユーザーにとっても重要な要素となっています。
i73 PRO 2 には、このトランスフォーマーがなんと2基搭載されています。当たり前にズッシリきますが、バランスよくパーツを配置しているのか、そこまでトランス側に重さが偏っておらず、持ち上げた時にバランスが悪くないのに驚きました。この段階で、この機材は相当に考えて作られているんだなと確信できる気配を感じました。

トランスによる音質強化
トランスフォーマーによって倍音が付加されるため、音の密度が上がり、存在感が増すというのが一般的な印象だと思います。しかし本機はインプットトランスのみを搭載しているので、クリアなサウンドと芯のある"太さ"を、非常にバランスよく兼ね備えたサウンドになっています。
よく音が"太い"とか"芯がある"という表現が用いられますが、それは何も周波数だけの話ではなく、トランスや電気回路での増幅段階の動的なエネルギーの変化が深く関わっていることが、近年あきらかになってきています。ギターやベースのアンプにおいても、音の"太さ"とアンプの重量との関係性については長らく語られてきましたが、重量のある真空管ギターアンプやベースアンプは、巨大なトランスと超高電圧回路という"太さ"を形成する要素の塊となっています。
ちなみに Neve 系で用いられる24Vという電圧も、ビンテージの中では比較的強い電圧の回路に分類されます。
主要スペックは以下の通りで、非常にシンプルながら必要な機能が全て詰まっています。個人的にはMIDI入出力があるのが便利だと思いました。近年はハードウェアのシンセサイザーを使って録音、制作することも少なくないのでパッとMIDIが繋げるのは非常に助かります。
主要スペック
- 入出力構成:2入力4出力
- プリアンプ:クラスA トランスカップルド 73スタイルプリアンプ×2基
- 最大ゲイン:70dB
- サンプリングレート:最大32bit/192kHz対応
- 接続方式:USB-C
- MIDI:Mini-DIN端子によるMIDI IN/OUT搭載
- ファンタム電源:+48V供給可能
- 位相反転:各チャンネルに搭載
- PAD:入力減衰機能搭載
- 入力オプション:マイク入力、ライン入力、JFET DI入力(ギター/ベース用)
- 出力:ステレオモニター出力×1、ヘッドホン出力×1

創作意欲をそそる確かな存在感
2chオーディオインターフェイスとしては比較的大きなサイズになる本機ですが、ビンテージコンソールを意識した、奥側に高さを持つ傾斜のある筐体とサイドパネルのデザインにより、シルエット全体がミニコンソールのようになっています。
もちろんノブは伝統的なマルーンレッドのノブに加えて、右側には大型のノブが配置されています。内周のグレーの部分がメインモニター、外周のシルバーの部分がヘッドフォンの音量調整を担っており、電子制御なので確実なリコールが可能です。付属する i73 Mixer ソフトウェアのUIとも連動しますので、どちらからでも操作できます。

この外周側のシルバーのノブはビンテージ Neve 1073 や 1066 の周波数セレクトで使われるような構造で、筆者は普段から触るものの、一般的にはなかなか触れないノブのひとつになります。筆者ですら操作する際にテンションが上がります。

充実のプラグインバンドル10種類
i73 PRO 2 には10種類ものプラグインが付属しています。正直なところインターフェイスに付いてくるようなプラグインを使うことは今まで無かったのですが、プラグインのクオリティに驚くことになりました。
たまたま筆者もプラグインを開発しており、多少なりとも知識があるのですが、プラグインはC++という古くからある言語で構成されています。それゆえに制限もあるのですが、この付属プラグインはしっかりとコンセプトを持った実用的なサウンドを意識して作られていることがよくわかりました。
当たり障りのないものではなく、どのプラグインも気にいるか気に入らないか、シーンに応じて使うか使わないかを瞬時に判断できるほど、しっかりとキャラクターがあります。またDSPに対応しているプラグインも、後発の強みでなんの違和感もなくハイクオリティです。
正直な話、プラグイン単体でも売れるクオリティのものが付いてくる、まさに現代の製品販売の革命が始まったとすら思いました。少なくともオマケで付いてくるプラグインのようなイメージとは全く異なるクオリティです。Heritage Audio のこういった動き方には強いシンパシーを感じます。

DSP / Native両対応プラグイン(6種)
- BritStrip - 拡張73スタイルEQと SUCCESSOR のダイオードブリッジ・コンプレッサーを統合。1073 系のサウンドメイクに適している印象。
- SUCCESSOR - ダイオードブリッジ式コンプレッサー。パンチのあるドラムに良さそう。
- LANG PEQ-2 - 1960年代の名機の復刻。これは興味深い。
- HA 1200 TapeSat - テープサチュレーション。デジタルの冷たさを緩和してくれる。
- Small Recording Amp - 1957年製ギターアンプ。ヴィンテージの歪みが得られる。
- HA15Pro - AMPEG B-15N ベースアンプをモデリング(i73 PRO ユーザー限定)。
Native版のみのプラグイン(4種)
- SYMPH EQ - わずかな調整でミックスバスやマスターバスに“深み”と“明瞭さ”をもたらし、現代的なトラックにふさわしい立体感と楽しさを与える19インチラックEQ。
- 73 JR - 73スタイルのプリアンプ/DI。
- HA 240 Gold Foil Verb - 幻のゴールドフォイル・リバーブを再現した唯一無二のプラグイン。
- Heritage TAPEoPLEX - 伝説的なテープエコー機のサウンドを完全再現。
ずらっと並べましたが、本当に個別で買いたくなるようなプラグインが揃っています。どのプラグインも非常に実用的なサウンドで、現代的かつ現場のニーズに応えています。特に単体販売もされている HA 1200 TapeSat は非常に気に入りました。Small Recosding Amp や HA15Pro も実際にビンテージの54年製 Fender Deluxe や、60〜70年代のリイシューの AMPEG B-15N を所有している筆者がにやけるほど良かったです。自社製品だけではなく、プライベートコレクションもプラグイン化したくなる気持ちは筆者も非常にわかります。










サウンドインプレッション=軽くならない声の存在感
まずは声でチェックしました。マイクは Rode NT2 と Manley GOLD で異なる特性での使用感をチェック。プリアンプのゲインを上げていっても痛くならず、細くならないことを確認しました。これはトランス回路の恩恵が大きいです。
普通にスタジオ環境の音で録れていることを確認してから、LANG PEQ-2 でEQし、TUBESESSOR に繋ぐというゴールデンチェーンを構築。非常に快適に思い通りの音で録音することができました。
また非常に重要なポイントとして、なんと本機はDAWのインプット側からDRY / WETを選択できるという素晴らしい機能を持っています。確実なモニターとエフェクト精度の高さから、エフェクトはかけ録りで基本的には問題ないのですが、セーフティとしてDRYも押さえておきたい時や、ギター/ベースのエディットポイントの確認やリアンプ用に、回線を押さえておくうえで非常に便利です。Loopbackも選択できます。

ギター/ベースのDI録音
フロントのインプットはJFET DI回路なのか、ギターやベースのダイレクト録音でも高速でダイナミックな反応が得られるように感じました。一般的なオーディオインターフェイス付属のDIとは異なる質感があり、アンプシミュレーターに通す前の段階で最適化されているような印象です。付属のアンプシミュレーターをサッとかけられるのもとても良いです。

強力なヘッドホンアンプ
例のシルバーのボリュームノブを回していくと、ボリュームがグングン上がります。ちょっとびっくりするくらいのパワーがあり、インピーダンスの高いヘッドホンでも余裕で駆動できると思います。電子制御ボリュームの効果も相まって、どんな音量で聴いてもクリアで良いバランスが保たれます。モニター環境にシビアで、長年廃番商品の Grace Design m904 を使い続けている筆者も納得の電子制御です。

「持ち運ぶスタジオスペース」と呼べるオーディオインターフェイス
Heritage Audio i73 PRO 2 は、ビンテージ機材のみならず、レコーディングスタジオの魂を持ち運べるくらいコンパクトにまとめた、単なるオーディオインターフェイスを超えた製品だと感じました。
いわゆるプロがちょっと遠征先のホテルで作業をするとか、ミュージシャンがツアー中にクリエイティブな作業をする際に、見た目の面からもサウンドの面からも確実にテンションが上がります。これは非常に大切なことで、この機能帯のオーディオインターフェイスで、これほどミュージシャンのテンションを高めるデザイン性と機能を兼ね備えた機材は他にないと思います。
もちろん質実剛健な老舗インターフェイスも競合相手になりますが、デザインのコンセプトとして本機は根本的にベクトルが違います。まさにミュージシャンによるミュージシャンのための機材です。何度見ても飽きないオーディオインターフェイスなど初めてです。

見た目にも創作意欲を掻き立ててくれて、安定したサウンドを確実に素早くキャプチャーできて、再生環境としても確実な再現性を持つという、まさにプロが求める要素を全て満たしている製品と言えます。筆者も個人的にモバイル用に欲しいと思うくらい気に入ってしまいました。
i73 PRO のラインナップは、ニーズに合わせて3モデル(PRO ONE、PRO 2、PRO EDGE)から選べますが、PRO 2 のバランスの良さは特筆すべきものがあります。2chオーディオインターフェイスとして考えた時に、もしかしたら高価に感じるかもしれませんが、円安で感覚がおかしくなっているだけで、実際には2倍近い価格でも納得できるような非常に贅沢な小型高性能ポータブル・ミキシングデスクと言っていい製品です。
プロフェッショナルなエンジニア、プロデューサー、ミュージシャンのモバイル環境としても、ミニマムなスタジオの中核を成す機材としても、いま現在市場にあるすべての製品と比較しても最適な選択となる製品です。

文:門垣良則
門垣良則
奈良出身。サウンドエンジニアであり広義、狭義ともにプロデューサー。師匠である森本(饗場)公三に出会いエンジニアという職業を知る。師事した後、独学及び仲間との切磋琢磨により技術を磨きMORGを結成。当時の仲間の殆どが現在音楽業界の一線にいるという関西では特異なシーンに身を置いていた。大阪のインディーズシーンを支えるHOOK UP RECORDSの立ち上げ、運営に関わる。大手出身ではないが機材話で盛り上がり、先輩格の著名エンジニアとの交流は多い。自身の運営するMORGのスタジオを持ち、日本有数の名機群を保有する。中でもビンテージNEVEやマイクのストック量は他の追随を一切許さない。しっかりとメンテナンスされた高級スタジオ数件分の機材を保有している。インディーズレーベルに叩き上げられた独自の製作スタイルを持ち、二現場体制での対応スタイルはじめマスタリングアウトボードを通しながらのミックススタイルをいち早く採用している。近年はEVERTONE PROJECTを立ち上げてEVERTONE PICKUPやEVERTONE GUITARを開発している。
