減衰時間やリバーブの質感をチャンネルごとに設定できる
Dolby Atmos のミックスをやり始めて、ステレオと考え方が違う点のひとつに“リバーブ成分の飛ばし方”があると感じています。ステレオは平面的にしか音や残響成分を配置できませんが、Dolby Atmos だと好きな空間に配置することができます。そしてそのリバーブの聴かせ方が、曲の印象を大きく決定付ける要素になります。
そこで筆者が一番最初に手が伸びるリバーブが Cinematic Rooms Professional です。Cinematic Rooms Professional の音質はひと言で言うと”美しい”です。さらに艶があり、これでもかというほどのリアルさも持ち合わせています。部屋鳴りや、ホールの響き、距離感の演出などは特に得意だと感じますし、アコースティック系の生楽器にはファーストチョイスで挿しています。
前述したように Cinematic Rooms Professional はサラウンドに対応しており、7.1.2まで対応しています。
筆者はアコースティック系の生楽器に多用しており、例えば7.1.2Bedにまとめたドラムのトラックにセンドします。基本的にはAUXを立ち上げてセンドで利用するのですが、トラックに直接インサートしてDry / Wet MixのノブでWet量を調整する使い方でも、もちろん問題ないと思います。
大規模なホールやアリーナで演奏したような質感を求めるのであれば、ホール系のプリセットから好みの質感のものをチョイスしてセンド量を調整(直接インサートの場合はWet量の調整)するだけで、音像の大きな、あたかもそのような場所で演奏しているかのような美しい響きが加味されたドラムサウンドが出来上がります。その他にも、部屋鳴りを重視したルーム系のプリセットなどもふんだんに盛り込まれています。
Cinematic Rooms のプリセットは本当に優秀で、ルームシミュレーションまで含めると300種類以上内蔵されており、好みのプリセットを読み込むだけで曲にハマることも少なくありません。ですが、さらにここから調整で追い込んでいく必要はあるかと思います。筆者が必ず使うのが、画面右上の「LiquidSonics」というブランドロゴの右隣にある、風車のようなアイコンをクリックすると出てくるチャンネル設定です。
これはチャンネルごとにリバーブの調整が可能で、フロントLR、リアLR、センター、サイドLR、エレベーションのパラメーターを個々で細かく設定できるようになっています。
例えばセンターにはリバーブを返したくないけど、フロントLRやサイドLRには深めなリバーブを飛ばしたいとか、エレベーションにだけディレイやフィルターをかけてみたいとか、フロントのリバーブタイムよりもリアやサイドのリバーブタイムを長めに設定して、フロントから各方向へ動いていくようなリバーブを作ることも可能です。
もちろん「音を動かす」という点については、Dolby Atmos Music Panner や他社のパンナー系プラグインでも代用できると思いますが、減衰時間やリバーブの質感を各チャンネルで設定できるという点で、チャンネル設定は Dolby Atmos をミックスする際に重宝する機能だと思います。
Proximity / SizeとReverb Timeの相関関係が空間の響きを彩る上で重要
次に画面左側のREFLECTIONセクションでProximityとSizeを調整します。Proximityのノブを回すと、パラメーターが[Adjacent/Close/Medium/Far/Distant]と変わり、反響の距離感を調整できます。SizeではREFLECTIONが反響する空間の大きさを調整することができ、Small、Largeのパラメーターからサイズ感を決めていきます。
この2つのパラメーターと画面中央のReverb Timeノブとの相関関係が、Dolby Atmos の空間の響きを彩るうえで重要だと思います。近くて小さい響きや、遠くて大きい響きなど、様々なリバーブの距離感やサイズを作ることが、空間音響デザインの「響き」を演出し、楽曲やパートの印象を決定付ける要素になると筆者は考えています。
さらにCHAERACTERセクションのPatternで、リバーブが反射するタイミングを[Natural/Uniform/Nonlin U/Dissipate/Gather/Cluster1/Cluster2]からチョイスし、Diffusionで拡散具合、Widthで広さを決めていきます。ステレオミックスより Dolby Atmos の方が音の配置の自由度が圧倒的に高いので、想像している以上に広めにした方が心地良く感じることが多いです。もちろんソースにもよりますし、Dolby Atmos は半球体のど真ん中にいる感覚なので、広げ過ぎたり拡散し過ぎたら崩壊してしまうこともあるので注意が必要です。
次いでEQセクションですが、LOW、LOW SHELF、MID BAND、HIGH SHELF、HIGHの5バンドとなっています。Dolby Atmos ミックスをするようになって、このEQセクションをさらに多用するようになりました。
例えば、一番最初に説明したチャンネル設定を使ってドラムにリバーブをかける場合、エレベーションに送るリバーブの低域は不要なことが非常に多いので、ローカットで低域成分をバッサリとカットします。逆にハイを煽って煌びやかさを演出したり、センターに配置したキックにリバーブの余韻を足したいが、ビーターのアタック成分にはあまりかけたくないという場合は高域をカットしたりします。このEQセクションは効きが非常に良く、またスムーズに効くので、リバーブの音質をデザインするのに重宝すると思います。
また、Cinematic Rooms はダイナミクスセクションも設けられています。左側はDuckerやコンプレッサーのセクション、右側はゲートのセクションとなっており、なんというか、本当に至れり尽せりの仕様です。
Reflectionにコンプレッサーをかけたり、単純にInputに対してコンプレッサーをかけるなど、6パターンのダイナミクス調整に加え、右側のゲートセクションは非常に面白く、強制的にゲートをかけてプツッと音を切ってしまうようなセッティングも可能です。この辺りは飛び道具的な効果になるので、随時使うようなセクションではありませんが、リバーブがブツ切れになったような音を左右に飛ばしたり、リバーブの切れ際で上から下、前から後ろへと瞬間移動させてみたりと、ステレオでは想像もできないようなことが Dolby Atmos では演出できるので、そういった意味では、このセクションの面白い使い方を発見できるかもしれません。
画面右側のSHAPEセクションは、リバーブの残響が始まる時間を調整できる[Pre-delay]、空間の大きさを決める[Bloom]、うねり具合を調整する[Undulation]、深さを調整する[Depth]があります。さらにECHOセクションがあり、一般的なディレイとして使えます。
X-FEEDセクションは Dolby Atmos ミックスでは面白い使い方ができそうです。X-FEEDのDelayTimeを長くすると、送られるタイミングをずらすことができるので、チャンネル設定でリアだけ遅らせるような使い方ができると思います(詳細に追いこめていないので、挑戦してみたいと思います)。
駆け足な説明になってしまいましたが、元々のリバーブとしての音質が素晴らしいことに加え、非常に多機能なリバーブプラグインだということがおわかりいただけかと思います(説明できていない機能がまだあります)。最初はその多機能さゆえに取っ付きにくい印象があるかもしれませんが、プリセットが非常に優秀なので、まずは色々なプリセットをインポートしてみてください。そしてサラウンド対応ということで、Dolby Atmos ミックスをするにあたって、このプラグインで作れないリバーブを探す方が難しいほどだと思います。是非一度、この高音質かつ多機能なリバーブプラグインを試してみてください。
文:西本直樹(Studio BE WEST)
西本直樹
岡山県内にレコーディングスタジオ BEWEST を2店舗構えるオーナー兼レコーディングエンジニア。ジャパレゲの第一人者 J-REXXX や、紅桜との伝説のユニットTHEタイマンチーズの作品を手掛け、その他毎年数多くのインディーズアーティストの作品を世に送り続けている。また2023年7月から Dolby Atmos 作品を中心にリリースするインディーズレーベルを設立。地方から Dolby Atmos 作品を世に送り出す活動を精力的に行っている。
https://www.bewest.net/