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iCON Pro Audio 32Ci : 名機コンソールの血を引くオーディオインターフェイス

iCON Pro Audio 32Ci は、32C コンソールで知られるコンソールメーカー Harrison Audio とのコラボレーションから生まれたハイブリッドなオーディオインターフェイスです。エンジニアの福田 聡氏が Harrison コンソールの歴史を紐解きながら、32Ci の実力をチェックします。

伝説的な Harrison 32C コンソールのエッセンスを凝縮


Harrison 32 シリーズコンソールと言えば、「人類史上最も売れたアルバム」であるマイケル・ジャクソン『Thriller』(1982年12月1日発売)の録音とミックスで使用された卓、というストーリーが有名かと思います。マイケル当人だけでなく、大プロデューサーのクインシー・ジョーンズと伝説的エンジニア、ブルース・スウェディンの手腕にもよると思いますが、今聴いてみても十分に聴き応えのある唯一無二なサウンド、質感はそれだけが要因だったのではないと思われます。

1970年代、80年代の当時の作品には、今聴くと音がスカスカ過ぎたりとサウンド的に惜しいものもありますが、Harrison 32C コンソールでミックスされた『Thriller』や『BAD』は(時代的なものが多少あるにせよ)今聴いても心地よく感じられる稀有な作品と言えるでしょう。

今回レビューする iCON 32Ci は、Harrison とのコラボレーションにより、その伝説的な Harrison 32C コンソールのエッセンスを凝縮した12イン/12アウトのUSBインターフェイスになります。木目調のサイドパネルと黒のフロントパネルがいい具合にリアル卓感を醸し出しています。

サイドパネル

世界初32バスのインライン・コンソールを開発した Harrison


実際に音を聴いてみる前に、Harrison コンソールについてもう少し詳しく掘り下げてみようと思います。

時は1970年代、SSL 4000 卓などラージフォーマット・コンソールが一世を風靡する前の、コンソール群雄割拠の時代に遡ります。API、QUAD EIGHT、MCI、Auditronics、Harrison などのアメリカンコンソールや、Neve、Helios、Trident などのブリティッシュコンソール各社などがお互いに影響し合って、個性豊かな音を出していた時代です。

Harrison 社の創業者デイヴ・ハリソンは、米オハイオ州シンシナティでサックス奏者兼レコーディングエンジニアとしてキャリア初期の活動をスタート。ファンクの帝王ジェームス・ブラウンなど一流のエンターテイナーが所属していたキングレコードのスタジオでメンテナンス・エンジニアを担当した後、マネージャーまで上り詰めました。その後デイブは異動でナッシュビルのスタジオに移った後、スタジオ機材の販売やスタジオ建設を手掛ける The Studio Supply Company という会社を設立します。同社は当時マルチトラック・テープレコーダーのトップメーカーだった MCI 製品のディーラーでもありました。そして、この MCI が世に出すコンソールが Harrison コンソール誕生のきっかけとなっていきます。

フロリダ州マイアミ拠点の MCI 社は、機材のメンテナンスや販売を手掛けていたジープ・ハーネッドによって設立され、MCI コンソールを導入した同マイアミのクライテリア・スタジオと共に1970年代に隆盛を極めていきます。スタジオはジープによって作られた特注の MCI コンソールのおかげもあり、神エンジニアのトム・ダウドによるエリック・クラプトン作品や、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』、ビージーズ『サタデー・ナイト・フィーバー』OSTなどなどで、メガヒットを生み出して行きます。

そんな MCI 製品のディーラーだったデイヴ・ハリソンは1972年、MCI 社のCEOジープ・ハーネッドに録音とミックスをひとつのチャンネルストリップにまとめることができる、インライン・コンソールという新しいコンソールの設計を提案します。それまでは、スプリット式と言われる、録音モジュールとミックス(今で言うとDAWの再生)モジュールが別々になっている方式でした。2つを1つにまとめるこのインライン・コンソール構想は、システムの簡略化、省スペース、コスト削減なども手伝い、来るべく多チャンネル化に備えた画期的な発想でした。

デイヴ・ハリソンも開発に加わり、同1972年に MCI JH-400 が登場します。これは世界最初の市販インライン・コンソールとなり、合計200台売れた人気コンソールとなります。しかしデイヴは JH-400 をより機能的にするアイディアを温めており、それをジープ・ハーネッドに提案するのですが、興味を示されませんでした。このため、デイヴ・ハリソンは自分のそのアイディアを市場に出すために会社を立ち上げます。そして1975年、Harrison 3232 コンソールが発売されました。世界初32バスのインライン・コンソールでした。

32Cコンソールと32Ci
▲Harrison 32C コンソールと、そのプリアンプ/フィルター特性を受け継いだ iCON 32Ci

タイトだが欠如していない低域と、輪郭がしっかりしているけど少しスモーキーな中高域が 32C コンソールの特性


Harrison 32 シリーズコンソールの大成功により、他のメーカーも追従。インライン・デザインがマルチトラック・レコーディングのスタンダードになっていきます。これが後発の SSL コンソールの使いやすさに大きな影響を与えたのは想像に難くありません。

また、長年機材ディーラーを続けてきたデイヴ・ハリソンはスタジオオーナーやエンジニアとの付き合いも多く、それがセールスのみならず、品質向上の助けにもなりました。ブルース・スウェディンと Harrison コンソールの出会いもサウンドチェックがきっかけだったようです。

その後『Thriller』をひとつのピークとしながらも、非常に多くの名作に Harrison 3232 / 4032 コンソールが使われていきます。アメリカ本国だけでなく、ドイツやイギリス、スウェーデン(ABBA のポーラースタジオ)などのヨーロッパにも広まっていきます。調べたところ、日本にも導入されていたようです。

Harrison コンソールを使って録音、ミックスされた曲のプレイリストがメーカーサイトに上がっています。

ここには、マイケル・ジャクソンを筆頭に、ジャネット・ジャクソン、ABBA、SADE、QUEEN、スティーリー・ダン、ドナルド・フェイゲン、レッド・ツェッペリンなどの有名曲が多数選定されています。ただ、中には録音で使われた程度の曲もあるので、やはりミックスまで使われたのが間違いない『Thriller』『BAD』あたりが Harrison コンソールサウンドの特徴をよく表している好例なのかと思われます。ブルース・スウェディンのインタビューにあるように、ワイドなステレオ感、豊かなトランジェント、奥行き感に重きを置く氏のサウンドイメージを体現しやすいツールが Harrison コンソールだったのではないかと思われます。『Thriller』で感じられる、タイトだが欠如していない低域、輪郭がしっかりしているけど少しスモーキーな中高域は独創的で、これは Harrison 32C コンソールの特性でもあると言えそうです。

32Ci はまさに『Thriller』で聴けるサウンド感。その秘密は Bump にあり


今回の iCON 32Ci のサウンドをチェックしてみると、まさに『Thriller』で聴けるようなサウンド感をしていたのに驚きました。やはりコンソールの影響は強かったのだと。低域がタイトだけど、なぜかしっかり出ている感じは、32Ci の Bump ボタンを使って謎が解けました。

Bump はハイパスフィルター(25Hz〜3.15kHz)In時にだけ作用。OFFだとなだらかな普通のフィルターですが、Inにするとフィルターカーブにレゾナンスが加わり、フィルターが掛かっているけど不思議と低域がカットされていない感じになります。むしろ、カットしているのにLow感が増しているような感覚です。ここが、ブルース・スウェディンが 32C コンソールのフィルターを「ダイナマイト級だぜ!」と言って気に入っていた部分なのかもしれません。氏のミックスのキックの出方には 32Ci の Bump 機能と同じようなプッシュ感が感じられます。

このフィルターと Bump 機能はキックやベースの処理にとても重宝するはずです。私もミックスで毎度使ってみたいくらいです。

ローパスフィルター(160Hz〜20kHz)には Bump は効きませんが、高域をカットしてもミッドが痛くならず、心地よい籠り方をするので、これもシンセやドラムの音作りに重宝しそうです。

オリジナルコンソールとは違い、32Ci のマイクアンプにはジェンセンのトランスは使われていませんが、クリアでクセのない大きな音像で録れるので、その分フィルターや後のミックスでいじりやすい音をしています。昨今の制作スタイルには合っていますね。位相反転、48Vファンタム電源、Pad(-20dB)ボタンも搭載。必要最小限でちょうどいいです。

リズムものやシンセなどで、引き締まりながらも量感ある低域や、パンチのある中低域〜低域が欲しい時にはフィルター+BUMP 機能を使えば、一歩進んだサウンドメイクができそうです。ちなみにフロント面ノブは全て連続可変式で細かい調整も可能です。

余談ですが、1970年代の主要アメリカンコンソールには、Harrison コンソールと同じようにジェンセンのトランスが使われていたという共通点があります。API のタイトなLowと明るいMid、MCI のタイトなLowとスモーキーな中高域、Auditronics のタイトなLowと柔らかい中域、キャラはそれぞれですが全体にカラッとした「いわゆるアメリカン」なサウンドイメージはジェンセントランスによるところも大きいと思います。

Bump
▲Bump ボタンとハイパス/ローパスフィルターは、インプットの MIc / Line 1と2それぞれに搭載されている

疲れずに不思議と心地よく聴ける絶妙な耳触りは Harrison マジック?


さて、次にUSB3端子でPCと繋いだ 32Ci を単純なモニターコントローラーとして、最近の楽曲をリスニングしてみました。いやはや、思った以上に良くて正直参りました。デジリンク接続にグレードアップした 32Ci も出してほしいくらいです。金額的なところによる(多少の)音の軽さはどうしてもあるのですが、それを差し引いても良いサウンドです。中域、高域に明瞭感があり立体的、トランジェントも品よく確かなので非常に聴きやすいです。素直でスッと音が入ってくるような感覚です。個人的に特に気にする解像度、奥行き感も斜め上の出来。リバーブの切れ際やディレイの数もしっかりと分かります。ヘッドホンでないと聴こえづらいところも思ったより聴こえています。低域は重くないけどちゃんといる感じ。ドロドロしていないので分かりやすい印象です。20Hz近辺のサブベースもきちんと再生していますが、重くないので小さい部屋でも音を大きく出しやすそうです。あと、ずっと聴いていて思ったのですが、歯切れの良い音をしているのに全然疲れなく、不思議と心地よく聴けていることに気づきました。絶妙な耳触りは、Harrison マジックかもしれません。

ものすごくざっくり言うと Harrison は、ヴィンテージ Neve と API の中間くらいのサウンド感で、 SSL よりはカラーがある。SSL でも 4000G シリーズよりは 4000E シリーズ寄り(4000E コンソールはジェンセンのトランスを使っていた)。と分類できそうです。

スピーカーへのモニター出力は2系統、MAIN L/Rは+4dBUラインレベル、プロ用スピーカーにそのまま繋げられます。ALTERNATE L/Rはもう1対のモニターに接続可(-10dBUの民生機レベル)。スピーカーがメインしか使っていない時、Alternateボタンは実質ミュートボタンとして使えるのも素敵です。

右下にある2つのヘッドホン端子は、それぞれで音量調整可能。音質も心地よいです。左側でDAWの1-2アウト(メイン出力)が聴け、右側で3-4アウトが聴けます。録音時、録る人が通常バランスで聴き、演者はクリック入りか何かの楽器を上げた2Mixを聴きながらの作業が可能になります。判断と演奏の質が上がるので、これがあるとないとでは、仕上がりに差が出そうです。

12イン、12アウトとあるように、背面にはオプティカル端子が搭載されています。OTG(ON THE GO)端子でスマホやタブレットと接続すれば、32Ci のオーディオ機能をライブストリーミングなどソーシャルメディアで活用できます。最新のニーズに合った仕様なのはありがたいところです。

ブルース・スウェディンがインタビューで語っていた、理想のサウンド感や『Thriller』の音質特性が、iCON 32Ci の性質と合致する部分が多々あって、Harrison 32C コンソールへのアプローチがしっかり成されていると感じました。

耳への入りが良いけどシャカシャカはしていない中高域。あり過ぎず分かりやすい低域。シルクや薄手のベロアのような高級感のある肌触り。現在のサウンド感にもマッチした音を出しています。フィルターだけでなく、モニター用でも活躍してくれそうです。

蘇った Harrison サウンド、機会あれば音を聴いてもらいたいところです。

リアパネル
▲ヘッドホン端子以外の入出力が備わるリアパネル

福田 聡

1996年に埼玉大学教養学部入学後、ジェームス・ブラウンに傾倒し、ブラックミュージックを深く掘り下げ、卒業論文でP-Funkを論じる。2000年、ビーイングにエンジニアとして入社し、B'z など多くの大物アーティストや新人バンドを手掛ける。2013年に独立し「福田録音」を設立。ファンク、R&B、ヒップホップを主軸に、バンドの一発録りも得意とする。レコーディングからミックスまで、Pro Toolsとアウトボードによるハイブリッドシステムを駆使している。

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