A-Type のデコードを外すと極端にハイ上がりの音が作れる
- Goh さんがエンジニアの仕事を始めた頃(1979年)、Dolby A-Type はすでに多くのスタジオで使われていたのでしょうか?
使われていましたね。アナログテープに録音する時はどうしてもヒスが多くて、特に静かな音楽では目立つので、それを抑えるためのノイズリダクション・システムとして A-Type を使う必要がありました。80年代以降は 3M のデジタル・テープレコーダーや、大きなレベルが入れられる高性能なテープが出てきたのでヒスはほとんど目立たなくなり、それと共にノイズリダクションとしては使われなくなりましたが。
- ノイズリダクション以外の用途でも A-Type が使われていたそうですね。
そのように使われるようになったのは80年代からです。本来の使い方は、テープに録音する時にハイをすごく持ち上げて、ヒスも何もかも持ち上げてテープに録音し、それを戻す時にデコードして全部下げることでヒスを無くしていたんですが、あえてデコードを外すことで極端にハイ上がりの音を作るんです。間違った使い方なんですけどね(笑)。

- その手法はどんな場面で使われていたのですか?
ストリングスなどの再生時に使う人が多かったです。A-Type には1chのモノラルタイプと24chのマルチがあって、マルチの場合は再生時に全チャンネルをデコードモードにするのですが、ストリングスのようなハイが上がるパートだけ、わざとデコードを外すんですよ。そうすると、そこだけコンプレッサーがかかった極端なハイ上がりの再生音になって、倍音がものすごく強調されるんです。倍音自体は出力が弱いものですが、A-Type がうまく引っかかると、かなり持ち上がるんです。
- どういう仕組みなんですか?
EQと違って、ダイナミックレンジによって効き方が変わるんです。例えばEQで9kHzを上げたら、音量が小さくても大きくても同じようにブーストされるじゃないですか。A-Type はレベルがスレッショルド以上になるとハイが大きくならず、ゼロに戻るんです。テープのヒスを抑えるためにそう設計されていたのですが、それがエフェクターとして応用されたというわけです。
- ダイナミックEQとして使われていたんですね。
そうなんです。この話をPAの人達にしたら「ライブで使いたい」と言っていました。ライブ音源はダイナミックレンジがすごく大きいですからね。

ストリングス、ボーカル、スネアなどのレトロな音作りに重宝する
- 持ち上がる周波数は決まっているのですか?
80Hz、80Hz〜3kHz、3kHz、9kHzの4バンドが持ち上がります。ただ4バンドがすべて同時に効くと、かなり強烈なんですよ。あまりにシャーシャーいうので、ジョン・レノンの要望でヒット・ファクトリーのメンテナンス・エンジニアが、個別にオン/オフできるように改造したそうです。ちなみに、その改造を手がけた人物については諸説あって、レコード・プラントの人が改造したという話もあります。
- どんなジャンルの音楽によく使われるんですか?
ほとんど何にでも使えますよ。注意しなくてはいけないのは、どのパートも同じ周波数で引っかかるからピークが集まってしまうこと。使いどころに気をつけないと、何でもエキサイティングな音になってしまいます。5、6年前までは、倍音の周波数を歪ませてハイを引き伸ばすエキサイターというプラグインが注目されていましたが、今は A-Type のようなダイナミックEQの考え方が流行りかもしれません。音楽の作り方が随分変わってきて、昔っぽい、レトロっぽい音にしたいという人が増えてきたので、スネアを70年代っぽい音にしたいとか、そういう時に A-Type はすごく重宝します。ドライだけど存在感のある音になるんです。いわゆる倍音があるものに関してはほとんど使えますよ。

- ドラムだとスネアによく使われるんですか?
スネアが一番わかりやすいですね。EQをかけなくてもいいくらい。あと、一番よく使うのはボーカルですね。効きがものすごくよくわかります。ただ、効かせたくないところまで効いてしまうこともあって、子音が目立つと本末転倒だから、その周波数は調整するようにした方がいいですね。でもストリングスみたいな高い音の倍音はそのまま引き出せるから、JUJU さんのアルバムでも使ったんですよ。バイオリンに弱音器を取り付けて、そのデッドな音を大人数で演奏したトラックなんですが、ものすごく静かなシンセサイザーのパッドみたいな音なので、A-Type で持ち上げると綺麗に広がるんです。それとアコースティックギター、特にエレアコに使うととても綺麗ですよ。エレアコって全体の鳴りをマイクで拾うわけではなく、特定の箇所をピックアップで拾うじゃないですか。そういう音にかけると綺麗になります。
- 繊細な音を活かすのにも向いているんですね。
「何か足りないけど、それが何かわからない…」という時に使うと、答えにつながることがあります。馴染まない音があるなと思ったら、とりあえず A-Type を挿してみると、いい感じに浮き立ちます。浮き立ち過ぎることもあるけど、何が足りなかったのかをつかむヒントにはなります。手嶌 葵さんのライブ盤をミックスした時に使ってみたら、彼女の倍音を多く含んだ声にはぴったりでした。あまり太い声の人には合わないかもしれませんが、色々試してみるといいですよ。

UAD の A-Type はハードウェアっぽい太さ、トランスっぽさがある
- その A-Type が UAD プラグインとしてリリースされました。
使ってみましたが印象はいいですね。A-Type のモデリングはいくつかのプラグインメーカーから出ていますが、UAD の A-Type は実機の使い方を知らなくてもいいかもしれない。違う解釈で使ってみてもいいと思います。サウンドの質感的には、他社のものよりもハードウェアっぽい太さが感じられます。トランスっぽさがありますね。
- エンコードやデコードも含め、5つのモードがスイッチで切り替えられるようになっています。
デフォルトでオンになっている EXCITE(赤いスイッチ)が元々のエンコードにあたるもので、これが一番いいですね。一番実機に近い。AIR(青いスイッチ)は上の2バンドだけをオンにしたものですが、いらないところまで出てきてしまうこともあるので、使う時に少し調整が必要かもしれません。CRUSH(黄色いスイッチ)は EXCITE の現代風というか、1176 の全押しに少し近い感じがします。実機のデコードにあたる EXPAND(緑のスイッチ)はちょっと用途がないんですが、それこそテープのアーカイブをデジタル化する時に使うくらいでしょうか。

- 使い方のポイントは?
まずはデフォルトの設定でかけてみるといいと思います。この時、レベルをあまり大きく入れないようにすること。ソースのレベルが高いと扱いづらくなるので、トランジェントを潰さないようにするレベルマネージメントが大切です。大きなレベルのエレメントに A-Type のようなダイナミックEQを使うと、とんでもないことになってしまいます。ゲインリダクション・メーターに太い赤線が記されているじゃないですか? その範囲内で振れるようにレベルを調整するといいですよ。レベルが大き過ぎるようなら HR(ヘッドルーム)を下げる。そうすると A-Type の良さが出てくると思います。
- 音作りのキモはレベル設定なんですね。
ダイナミックEQなので、どこまで効かせるか、どこまで圧縮するかが大事だと思います。だから HR でレベルを調整して、 AMOUNT(スレッショルド+オートゲイン)を上げていく。そういう使い方がいいんじゃないでしょうか。MIX で調整することもできるけど、元のレベルが大きいと全部にかかってしまうから芯が出てこない。例えばアコースティックギターにかけた時に、低音弦まで全部コンプで叩かれてしまう。だからなるべく HR を下げておいて、AMOUNT の幅で効きを調整した方がいいんじゃないかな。ただ減衰音まで持ち上がると、全然違う音になってしまうので要注意です。あとはパイロット的に自分でプリセットを作るといいと思います。デフォルトで自分の基準レベルに合うようにしておくと、「何か足りないな」と思ってパッと挿した時に、すぐに足りなかった周波数がわかるんじゃないかな。

モディフィケーションの自由度の高さがすごい
- 下部のエリアでは他にも細かいモディフィケーションができるようになっています。
そこが、よりクリエイティブなツールだと感じます。コンプレッサーのコントロールもできるし、ステレオリンクもできて、サイドチェインも調整できる。A-Type の実機はモディフィケーションがあったからこそ、使う人が出てきたんですよ。UAD 版はモディフィケーションの自由度の高さがすごいです。ただ、ここでクロスオーバーをイジろうとするよりも、HR の調整の方が大事です。実機の一番いい周波数である、9kHzと3kHzはそのままにして調整していくのがいいんじゃないでしょうか。基本は AMOUNT とMIX のバランスで音を作るということですから。もっと低域が欲しい時などに、バンドごとにゲインを上げられるのは、サウンドシェイピング的な使い方もできて便利ですね。
- リリースやニーはどんな時に調整したらいいですか?
ドラムなどアタックのあるパートにかける時には大事です。A-Type は調整さえすれば何にでも使えるオールマイティなものなんですよ。要は周波数が9kHzと3kHzに設定されていることがポイントなんです。この周波数は音楽の一番肝になるところだから、そういう意味でもパイロット的に何か足りない時に挿すんです。そうすると少しだけ持ち上がってくるので、それだけで十分なこともある。特定の音をもう少し聴かせたいけど、ミックスが埋まってきて、やりようがないという時にこれを使うといいかもしれません。
- Goh さんがオーダーした青いカートリッジのようなモディフィケーションも、UAD の A-Type でできるわけですね。
そういうことです。実機のカートリッジを僕らみたいにマニアックに作る人とかそんなにいないですけど(笑)。AMOUNT を決められることが大事なんですよ。
- クリエイティブなツールとして、他にはどんな活用法が考えられますか?
こういう音の作り方ができるなら、ベースに使ってみてもいいかもしれません。通常はベースには絶対使わないんですけど。あと大抵はアコースティックな楽器に使われるんだけど、シンセに使ってみてもいいかもしれません。

■Goh 氏が作成した以下のパート別プリセットがダウンロードできます
- 男性ボーカル
- 女性ボーカル
- エレクトリックピアノ
- ストリングス
- アコースティックギター
- ドラム(スネア)
- ドラム(アンビエンス)
- ドラム(オーバーヘッド
Goh Hotoda
1960年生まれ。東京都出身。アメリカシカゴでキャリアをスタートし、1987にニューヨークに移り1990年マドンナの『VOGUE』のエンジニアリングを務め、今ではポピュラーとなったハウス・ミュージックの基盤を作った。 その後ジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、坂本龍一、宇多田ヒカルなどの一流アーティストの作品を手がけ、トータル6000万枚以上の作品を世に送り出す。2度のグラミー賞受賞作品など世界的にも高い評価を受けている。仕事を通じ10年来の付き合いのあった『REBECCA』のNOKKOと2001年に結婚。現在はDolby Atomos 対応のミックスとハイレベルなマスタリングスタジオを可能とした3世代目となるstudio GO and NOKKOを所有。