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感覚ピエロ × SOWER : バンドと同期音源を繋げるライブサウンド構築術

ロックバンドの感覚ピエロは、PAチームの SOWER creative crew(以下SOWER)とタッグを組んで、非常に完成度の高いライブサウンドを作り上げています。ボーカル&ギターの横山直弘さんとSOWERの代表を務める内田 猛氏が、リハから本番に至るまでの音作りの秘訣を明かします。

生演奏と同期音源の距離感を近づけるために仕込みをする


- SOWER が感覚ピエロのライブに携わるようになったのは、いつ頃からですか?

横山:6〜7年前に僕らが新宿ロフトのイベントに参加したことがあって、その時にPAを担当してくださったのが SOWER の内田さんでした。当時、僕らはまだ大阪に住んでいて、付きのPAさんとかもいなかったので、それがきっかけで一緒にやることになったんです。

内田:彼らの事務所の社長さんから「良かったら一緒にやりませんか?」とお話をいただいて。僕自身ギターロックが大好きなので、彼らが奏でるギターロックがドストライクだったんですね。ちょうど1stツアーが始まる前だったので、「じゃあ一緒にやろう」となって。それが2014年頃ですね。

- ライブのサウンド面をサポートしているわけですね。

横山:バンドでの関わりと、個人での関わりとがあるんですけど。バンドの場合はライブのPAチームとして搬入からリハ、本番までの流れを担当してもらっています。それと、ライブで使う同期(同期音源)のステムを内田さんにお渡しして、その処理をお願いしたりもします。僕自身はバンドで関わっている時間よりも、それ以外で関わる時間の方が長いような気がします。機材のことも内田さんに色々教わっていますね。

感覚ピエロ横山直弘
横山直弘(感覚ピエロ)

- 同期の音作りも内田さんが手掛けているんですね。ステムの内訳はどうなっているんですか?

横山:曲によりけりですけど、うちらはギターが2人と、ベース、ドラム、ボーカルがいて、コーラスを担当する人がいないので、まずそのコーラスのトラックが必要です。レコーディングでは僕が全部歌っているので、そのトラックをまず用意して。曲によっては鍵盤のトラックだったり、曲間でEDMっぽいセクションを流すために、サンプルのキックやシンセを用意したりもします。

- データを受け取ってから、内田さんはどんな処理をするのですか?

内田:生演奏と同期音源の、距離感を近づけるための音作りをします。ライブ用のラージスピーカーは再生率が高いので、同期音源をそのまま再生するとレンジ感が埋まり過ぎてしまう。それだとバンドの音に馴染まずすごく間が空いてしまうので、あらかじめ同期のサウンドを整理しておくことでフラットに鳴らせるようになります。いかにも同期っぽい感じにならないように、バンドの世界観に近づけてあげたいと考えた時に、自分で扱うことが大事かなと思いました。音の一貫性というか、繋がりを持たせるためにやっています。

SOWER内田氏
エンジニアの内田 猛氏(SOWER)

- バンドサウンドと馴染むように仕込みをするわけですね。

内田:事前にリハーサルがあるので、その時に最終のレベルを決めます。リハでバンドの音作りをして、それから僕が事務所で同期の音作りをして、さらにバンドと同期の音をコラボさせる日を作ってもらう。それを録音して、事務所に戻ってから再度ミックスをして、相性を確認し微調整します。これをせずに、ライブ当日のリハで「コーラスがうるさいな……」などの問題に気づくと、それを解決するために時間を使ってしまうので、アーティストが本番前にやりたいことをやる時間がなくなってしまうんですよ。事前の準備をしておけば、みんながストレスなく同じ方向に向かっていけるなと。

- アーティストとPAチームがそこまでガッツリと組む体制は珍しいですよね。

横山:すごく特殊だと思います。本来、アーティストはPAにはノータッチだし、意外におざなりにしがちだと思うんですよ。でも、そこを密に連携しながらやっていると、イチ言えば100わかってもらえる関係になる。感覚ピエロの音楽を一緒に作るチームという感覚なので、ある意味、感覚ピエロのメンバーですね。アーティストはみんな、この形を採った方がいいと思います。お客さんに「今日すごい良かった!」って言ってもらえると本当に嬉しいし、準備してきて良かったなって思います。次もっと良くするにはどうしたらいいかをPAチームと一緒に考えられるというのは、ちゃんと音楽をやっているなという感じがしますね。

- では、バンドの音作りにはどんな機材を使っているのですか?

内田:コンソールのHA(ヘッドアンプ)は使わずに、ステージ上にマイクプリアンプを持ち込んでレベル調整を完結させています。例えばベースとギターは、Rupert Neve Designs 5211 を使って、事前のリハ時にマイクのゲインを決め、ライブハウスでもアリーナでも常に同じレベルをコンソールで受けることができるようにしています。そういう答えを持っていることが、すごく重要だと思います。

- マイクプリを 5211 にしたのはなぜですか?

内田:僕は Neve 系のマイクプリが好きなので Rupert Neve Designs の 5211 を試してみたら、質感がすごく太かったんです。1073 の音を継承しながらも、レンジがもう少し狭いというか、アナログとデジタルの中間くらいなんですよ。あまりレンジが広いと、リードギターとリズムギターが交差してしまうんですけど、5211 はそれを解消して、リードギター、リズムギター、ベースの位置がパッと決まる。楽器同士が分かれ過ぎず、重なり過ぎず、濁らずにドンと出てくれます。

ステージ上のアウトボード
マイクプリを積んだラックをステージ上に設置。ラックの上にあるのは、ドラムのアキレス健太が操作する同期再生用のMacBook

アナログ感を損なわないインターフェイスはApolloだけ


- 内田さんはどんな環境で仕込みをしているのですか?

内田:事務所のミックスルームには横山が使っているのと同じモニタースピーカーがあって、同じような環境が互いにあるので、ものすごく話が早いですよ。共通意識で作業ができていると思います。オーディオインターフェイスは Universal Audio Apollo 8 です。

横山:僕は普段 Universal Audio Arrow と、もうひとつ別のオーディオインターフェイスを使い分けています。移動が多いので、Thunderbolt 3ケーブル1本で接続できて、バスパワーでUADプラグインを動かせる Arrow はメチャクチャ便利ですよ。AD/DAに関して言えば、Arrow はやはりコンシューマ向けの質感を感じるんですけど、それでもUAD製品に共通する質感は好きですね。同期の再生に Apollo 8 を使っているのも、AD/DAの質感の良さが一番の理由なんです。最近は Apollo x4 の導入も検討していて、なるべく内田さんと一緒の環境にしようと思っているところです。

内田:いろんなインターフェイスを試して検証したんですけど、Apollo の音はすごくいいですね。僕らが好きな音、出したい音というのがあって、そこにベストマッチなAD/DAの質感を持っていると思いました。他のインターフェイスだと音が薄くなってしまうんですよ。音が薄いと、音量を上げなきゃいけなくなるわけですけど、同期の音量を上げるとバンド演奏のレンジ感が減ってしまう。その点、出したい音量、出したい質感で出てくれる Apollo ならば、同期の音とバンドの音がリンクするんです。これだけアナログ感が損なわれないインターフェイスは Apollo だけだと思います。

Universal Audio Apollo 8とRupert Neve Designs 5211
同期再生用のオーディオインターフェイスとして使用するApollo 8(上から2段目)と、マイクプリの5211(3〜4段目)

- だからこそUADプラグインの実力もフルに発揮されるわけですね。

内田:そこは抜群に強いですね。UADプラグインって、アナログ機材のモデリングが多いじゃないですか。でも、もし Apollo がデジタル感が強いオーディオインターフェイスだったら、これほどの人気モデルにはなっていないと思うんです。「デジタル機材なんだけどアナログの音が出る」というところに、すごくこだわっているんじゃないかなと。そこが素晴らしいと思います。

- FOH(※)にも Apollo 8 がセットされていましたね。

内田:そちらは最終ミックスのマスター・バスコンプとして使っています。小さい会場なら Apollo Twin、大きい会場には Apollo 8 を持ち込んで、必ずUADのバスコンプをマスターに挿します。その際、デジタルではなくて、あえてアナログでインサートします。Apollo 8 にはADAT端子、Apollo x16 にはAES/EBU端子があるからデジタルインサートもできますが、AD/DAさせることによって音にアナログ感が出ます。そうすると、音圧を感じる部分や、聴覚や体で感じる部分がすごく発揮されるようになります。

※FOH=ライブ会場の客席側に設置されたミキシングコンソールのこと。フロント・オブ・ハウスの略。

FOH
FOHでミックスを行う内田氏

- マスターに挿しているプラグインは何ですか?

内田:Shadow Hills Mastering Compressor(以下Shadow Hills)と Brainworx bx_digital V3 EQ です。デジタルコンソールの音をそのままスピーカーから出すと、音がキレイ過ぎて散っちゃうというか、身がない感じなんですけど、Shadow Hills はそれを集約させる感じで、すごくパンチが出ます。会場が広くなればなるほどサウンドは広がってしまうので、バスコンプでキュッと締めるのが、自分の音作りのベーシックですね。実機も借りたことがあるんですけど、UADプラグインの再現度は高くてものすごく似ていました。倍音とかの再現度が緻密だなと。

Universal Audio Apollo 8
FOHに設置されていたApollo 8(ラック上段)は、主にマスター・バスコンプとして使用している

- 横山さんもUADプラグインを使っているそうですね。

横山:めちゃめちゃ使っていますよ(笑)。Marshall Plexi Super Lead 1959Neve 1073 Preamp & EQPultec Passive EQ はどれも質感がすごくいいですね。昔レコーディングスタジオで働いていたことがあるんですけど、そこには実機の Neve 1073 や Fairchild 670 がありました。そういった機材をシミュレーションしたプラグインは世の中にたくさんありますけど、UADプラグインはダントツで出来が違いますね。何よりも倍音の出方が実機そのものなんです。例えば Pultec EQP-1A の実機って、周波数を切り替えただけで倍音の質感が変化して、音の位置が変わるんですよ。それと同じような使い方ができるのはUADプラグインしかありません。あと、Fairchild 670 のハイの倍音の上がり方もUADプラグインでしか再現できない。他のプラグインでは替えが効かないんですよ。

- 特にお気に入りのプラグインは?

横山:SSL 4000 G Bus Compressor もよく使いますし、制作で一番助かっているのは Ocean Way Studios ですね。あれはみんな買った方がいいですよ。打ち込みのドラムにも宅録のギターにもいい。EDM全盛の頃は張り付いたドライな音が好まれていましたけど、ロックでは空間で鳴っているような質感がすごく重要で、それは宅録ではなかなか作れないんです。その空間表現を120%サポートしてくれる Ocean Way Studios は、このためだけに UAD-2 を買ってもいいと思うくらい、すごいプラグインだと思います。ドラムのトラックに挿すだけで別物になるからビックリしますよ。「パソコンの中でこんな空間が作れるんだ!」と、開いた口が塞がりません。

バンドに合うプリアンプを選ぶことが重要


- 11月のリキッドルームでのライブは、どんな体制で作業していたのですか?

内田:FOHに僕がいて、ステージ袖のモニターコンソールにメンバーのイヤモニ用のミックスを作るもう1人のエンジニアがいました。実際に鳴っている音をストレートに聴かせてあげることが大事ですね。一番の理想はイヤモニを付けていることを忘れさせてあげること。そうすれば力まずフラットに演奏できるし、外音も良くなります。僕らがステージにプリアンプを持ち込んでいる理由も、ステージの中音と外音のレベルを一緒にしたいからなんですよ。そこでレベルが違うと、整合性が取れないことになる。だったらそれぞれのコンソールが同じ音を受けて、バランスだけをちょっと変えてあげればベストだなと。そのためには、いいプリアンプ、バンドに合うプリアンプを選ぶことが重要なんじゃないかなと思います。

Rupert Neve Designs 5211
ボーカルマイク用のプリアンプも5211を使用。こちらはステージ袖に設置されていた

- ライブレコーディングもしていたようですね。

内田:EQやプラグインのかかっていない素の音を録音し、ギターやドラムがどんな音だったかを後で確認します。最近のライブコンソールはそれ自体がオーディオインターフェイスになっているものが多いので、そういう環境ならほぼ毎回録っていますね。聴き返して感じたことをチームでよく話します。「もうちょっとベースのラインをこうしようか?」とか、「ギターのラインをこうしようか?」、「歪みが多かったね」とか。数日後に冷静にミックスし直してみると、「もうちょっとこうなるといいよな」っていう部分が出てくる。横山もその音源を聴くことがあるので、互いに「もうちょっとこうすれば良かったね」って言い合えるのがいいんです。昔はそういうシステムがなかったから、ツアーを回り切った後に全体を振り返って「次のツアーに活かそう」って話すくらいでしたけど、今は1回のライブでツアーを10本回ったくらいの情報が得られるから、すぐに次のライブをパワーアップさせることができますね。

- 今後はどんな風にパワーアップさせていきたいですか?

横山:やっぱり満足したら終わりだし、もっといい音が絶対にあるはずだと思っています。海外を見ればすごいロックバンドがいっぱいいるし、今ここが頂点じゃないんだと。もっといいものがあるから、そこに行くための段階を今踏んでいるような感覚です。常に終わりなき戦いをしているような感じですね。

- それを追求することができる素晴らしいチームなのですね。

内田:これだけ楽しいことをやれているなら、もっと腹一杯やるべきだし、もっと追求するべきだと思います。それが次の世代のバンドやエンジニアの希望になるんじゃないかな。やり続けること、追求し続けることが一番大事なんだってことを体現していくのが僕らエンジニアの仕事だし、それを具現化してくれるのがアーティストだと思うので、それはやり続けたいなと。本当に終わりなき旅だと思います。

写真:桧川泰治(内田 猛、機材撮影)、ヤマダマサヒロ(横山直弘)

感覚ピエロ

- 操られるな、操れ。-
一見鋭利に尖狂った、ただのロックバンドかと思いきや、 悪ふざけ感満載のダンスナンバーや、ときに人間味臭さなんかを巧みに操り畳み掛けてくる。 掴みやすそうで、掴みどころのない4人組ロックバンドである。
メンバー:横山直弘(vo, g)、秋月琢登(g)、タッキーパイセン(bs)、アキレス健太(ds)

SOWER creative crew

Since 2012
FOH , MONITOR , RECORDING , MIXING ENGINEER
https://www.instagram.com/sower_soundguys

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