岸田教団&明星ロケッツの制作はどのように行っていますか?
岸田教団&明星ロケッツは、デビューして6年。バンド結成から数えたら10年です。生き残ってしまいましたね(笑)。最初の5年くらいはバンド録音も福岡のレコーディングスタジオで録っていて、作曲、ダビング、ミックスができる自分のスタジオもここに構えて制作を行っていました。おかげさまで近頃は、予算があるので東京に行って録ることが多いですね。広くて機材が良いスタジオは、お金を出しても九州では得られない。本格的に良いスタジオとなると東京に行かざるを得ないし、トップレベルのエンジニアというのは本当にシャレにならないくらいヤバイですからね。メジャーシングルの曲は、エンジニアの渡辺敏広さんにミックスして貰っていて、それ以外の曲はここのスタジオに持って返ってきて僕がミックスしています。
レコーディング機材に造詣が深いですね、どんなキッカケでしたか?
バンドのCDを作り初めた頃、どこでも売っているようなミキサーを使って録音していました。それで録ったものをどんなに工夫しても、ガビガビした音のCDにしかならなかった。どうやら世の中には、プロ用のレコーディング機材というものがあるらしいと知って、渋谷の楽器屋に行ってそこにあったAPI 312を試したら確かにサウンドがプロっぽい。すぐそれを買って返ってきた。それで結構音が変わりましたね。その次に、ボーカルレコーディング用にUREI 1176を買って、Brent Averill 1272やUniversal Audio LA 610 MKIIのマイクプリ、Manley EQP1Aと買い足していきましたね。必要なものを買っているだけなので、ここのスタジオには言うほど機材はない・・・、けど、1272は手放しますね。今だと古い。同じNeve系マイクプリでも、シェルフォード5052の方が圧倒的に良いんですよ。
シェルフォード5052は、どんな印象でしたか?
シェルフォードのサウンドを聴いても全然クラスAサウンドじゃない。ルパート・ニーヴさんは、最初の1073がクラスAなだけでクラスA系のサウンドに拘りがないですよね。普段、僕がレコーディングで使っているのは、クラスABの1081。一番最初のレコーディングの時に初めて1073をベースとか使った時も、よかったは良かったけど、何か違うなという感じでした。嫌いじゃないけどその隣あった1081の方が全然良かった。1073は、いつも隣にあるけどレコーディングには全然使わないんですよね。1081のサウンドというのは、すこしアタックが滲む。1073とはトランジェントが全然違う。1073はもっとバリっとしていて歌にはよいと思いますけど、楽器を録音している分にはクラスABのパワープッシュプルの方が音がパワフルで、ミッドを押してくれる感じがある。EQのポイントも絶妙で使いやすい。
シェルフォードには、1073、1081両方の良さを感じますね。そこにAMEKっぽいツルっとした感じとか、RNDの感じもある。いままでのNeveを引っくるめた感じで、EQはこのあたりの感じ、ここはいままでのRNDのまま、ここは1073、1081をイメージしているな、とかわかります。あとカスタムトランスの存在は大きいですね。見てみたんですけど何か様子がオカシイ・・・、仲間の回路マニア達がざわっとなりまして(笑)。何を思ってこの巻き方なんだろう?ニーヴおじいちゃんに聞くしかないという、他に絶対にないトランスが使われているというところも魅力です(笑)。
以前からのPorticoシリーズも、僕の中で決して評価が低かった訳じゃないんだけど、買うか?と聞かれたら買わなかった。汎用的な使い方には良いサウンドというのは分かるんですけど、サウンドメイキングとなるとどこか次点となる印象でした。シェルフォード5052が出て試した時にやっと、キタ、やりやがったあ!となりましたね(笑)。シェルフォード5052は、完全にリード、センターボーカル用です。ギタリストのはやぴ~さんがリードギターのニュアンス出方がこれすごく良い、すごく好き!となって遂に導入してしまいました。 使い道が明確なサウンドになったことが良かった。方向性があった方が使いやすい。
こちらでのレコーディングではどんな機材を使っていますか?
ここのスタジオにはヴィンテージNeumann U67を持っていて、普段はそれを使ってレコーディングしています。ヴィンテージには個体差があるので、何本も用意して貰って一番良いと思ったもの選びました。マイクプリからUniversal Audio LA 610 Mk-II にラインで通して、U67に少しだけハイが欲しいなという時には、Manley EQP1Aを入れた後、UREI 1176を通して録音します。Manley EQP1Aでは、10K、8Kを突いて、4Kを少しカット。ハイミッドはあまりいらないのでバンドを広め軽くいれておくと少しだけあたりが柔らかくなる。この辺りの設定やアウトボードのチェーンは曲によりけりですけど、ここぞという時にはインダクタEQ以外はありえない。シェルフォード5052もインダクタEQじゃなければ買わなかった。SSLとかのEQとは用途が違うんですよ。歌を録音する時には、A/Dにする前にPultec系のEQを必ずひとつは入れておきたい。しかしヴィンテージPultec EQも欲しいですけど、修理代を知るとなかなかここへの導入は難しい(笑)。
バンドレコーディングではどのような機材使っていますか?
アナログのアウトボードをたくさん使ってレコーディングします。オリジナルのTeletronix LA-2A、UREI 1176 Rev.F、EARのマイクプリとコンプ・・・、Studerのアナログマルチテープレコーダーも使います。そしてNeveは、31105も1066も1073も絶対使わない。1081を大量に使う(笑)。腕の良いエンジニアで音の決め打ちをしない人はいないですね。結果を先送りしない。ラージモニターの前に座って、今ここでドラムの音を決めるという。この音が最後まで行くのでA/Dする前にやっておかなければ行けない処理がある、RECで半分を決めておかないとMIXでも半分までしか行けないといいますね。
岸田教団&明星ロケッツは、サウンド面での評価も高いですが、特に意識していることはありますか?
音質の良し悪しの議論というのがありますが、僕はそれ自体を少し疑問視しています。評価をいただくのは有り難いですけど、僕は、自分の音楽を最高のサウンド、最高のハイファイサウンドで聴かせたい訳じゃない。表現として音質のコントロールをしたいというところが大きい。”オレらはロックバンドだぜ、ワイルドな曲作ってめっちゃ速くガチャーと弾くぜ!!”としているのに、スラーっとしたハイファイなサウンドになってしまった時、それって音楽のTPO(Time, Place, Opportunity)としてどうですか?おかしくないですか?となる。フツウに制作をやっていたらそうなってしまうことがある。もっとハードでアグレッシブなサウンドにしたかったのになんでこんなキレイでハイファイになってしまったのか?自分の意図しない方向に行ってしまうことがあるんですよ。今は、キレイに作ることの方が簡単だったりする。
全ては、音楽のTPOとストーリーで、”オレはこの曲をこういうつもり、こういう気持ちで書いた”、というところがありきで、そこに持って行く為の作業がレコーディングでありエンジニアリングなんです。だから目標は、自らが思う楽曲のTPOに対して完璧なサウンドに寄り添うこと。ここはローファイが良いけど、ここはハイファイの方がいい、テープのヒスは良いけど、ここのデジタルのノイズは全然いらないねとか、かなり細かくイメージがあります。自分が思ったよりハイファイになってしまったり、ローファイになってしまうこともある。録る時のちょっとした取捨選択の判断ミスでこの曲はもっとこうしたかった、となることもありますよ。そこは今でも大変だし、日々戦いです。
サウンドプロデュースに哲学はありますか?
エンジニアリングが上手くできたか、上手くできなかったかというところは、実はみんなの評価ではない。みんなが良いと言ってくれたとしても、それが自分がやりたいと思っているものと違う場合、エンジニアリングは失敗している。では、やりたいことが上手くいった時に受け入れられなく、自分が失敗したときに受け入れられることが起きた場合にはどうするのかという問題が出てきますよね。”みんながオレに求めているものはこっちだけど、オレがやりたいものとは違うんだ、どうしよう?”と。人間人生そう言うこともたくさんあります(笑)。10年やっているので、当然そう言うことの選択は何度もありました。結論から言うと、それはお客さんの言ってることを聞いていた方が正しい。”やりたいこと”というのは、大抵、自分が憧れているもので、実際は、自分に向いていないものである傾向がある。お客さんは素直な目線で見ているので、自分に向いているものは自然に見えている。だから、自分が思っているものは、皆が見えているものとは違うんだと思うようにしています。
今、岸田教団&明星ロケッツは、サウンドの変革期にあります。ギターのサウンドもキレイな音のものだけだったら飽きてしまうので、エフェクタを使って変な音にしたり、歪ませたりしますよね。一通りハイファイな感じに飽きたので、これからは、よりアグレッシブな感じになって行くと思います。僕は、電気回路でも、オーバードライブでもスタンダードでセンスがよいものが好きなので、今後の作品も楽しみにしていただきたいですね。