バンドの音量を下げるためギターアンプやベースアンプを使わないことにした
- 益田さんは本作の音楽監督として、作曲から演奏までを担当されたのですか?
益田:ボーカル曲(ビートたけし作曲の「浅草キッド」を除く)と劇伴音楽の作曲の他、バンドマスターとしてバンドアンサンブルを調整したり、機材の選定や手配までも行いました。そして、同期データなどの作成もマニピュレーターチームと共有しながらやりました。他にも主演の林 遣都くんがミュージカル初挑戦だったこともあり、歌唱指導の先生と共に2年前からレッスンも一緒にやっていました。
- 音楽の方向性について、脚本・演出の福原充則さんから何か指示がありましたか?
益田:福原くんとは好きな音楽がかなりシンクロしていて、お互いに阿吽の呼吸でわかり合えるところがあるので、作品における楽曲の意味を教えてもらいつつも、基本的には任せてもらいました。舞台の劇中歌は詞先で作られることがほとんどですが、一方通行で進めるのではなく、お互いに何度もフィードバックしながら、僕はメロディ、福原くんは歌詞の部分まで何度も戻りながら楽曲の精度を高めていきました。
- バンドアンサンブルで苦労したことは?
益田:福原作品は歌ものの曲中でもセリフが入る場面が多く、それらが複雑に絡み合うのが特徴です。これが録音済みの音源を再生するなら、音響さんが細かくフェーダー操作をすれば、歌やセリフとオケの音量バランスを比較的楽に取れるのですが、生バンドでやろうとすると難易度がかなり上がります。普通に演奏しただけでかなりの音量が出るので、セリフ部分が聞き取りにくくなりがちです。ですので今回はステージ上のバンドの音量を極力下げることにトライしました。バンドメンバーのモニターにインイヤーシステムを採用し、それだけでなく、ギターアンプやベースアンプの類を使わないことにしました。多分、業界ではあまり例がないと思うのですが、今回は音響さんが卓側で生バンドをフェードアウトできるようにするのが目標でした。
- 中音を抑えるというわけですね。
益田:それを実現するために何のアンプシステムを使おうかと思ったのですが、以前、舞台作品で UAD プラグインでギターシステムを構築したことがあり、その時はステージ上に Universal Audio Apollo(オーディオインターフェイス)を置いて Console アプリに UAD プラグインを立ち上げて音作りをしました。それが良かったので今回も採用を考えたのですが、ギター用に別途コンピュータを用意するとシステムが肥大してしまう...。そこで、Universal Audio UAFX の存在を思い出し、まずは試してみようと思いました。
- UAFX のアンプペダルを試したわけですね。その成果はいかがでしたか?
益田:僕は普段から UAD プラグインや Apollo がないと仕事ができないぐらい UA 製品を愛している人間ですので(笑)、UAFX もサウンドに関しては試す前から絶対にOKだと思っていました。UAD プラグインのような音が出てくれればそれで満足だったのですが、試したところ、予想以上のクオリティで驚きました。内部のサウンドはもちろんのこと、さすがオーディオインターフェイスを手掛ける Universal Audio だけあってAD/DAもかなり良いと思います。と同時に楽器用に作り込まれた音色になっていて、適度に荒々しさもあり、ギターのサウンドがちゃんと前に出てきます。プラグインとはまた違った音が出てきたことに感心しました。
- どの機種を採用したのですか?
益田:僕が Woodrow、バンドメンバーの青柳拓次くん(g)が Dream という組み合わせです。今回の音楽性では、僕のギターパートは Link Wray のようなアグレッシブなサウンドが欲しかったので Woodrow がピッタリでした。青柳くんは普段のアンプが Fender 系ということで、Dream で間違いないはずと思い紹介しました。
- 使用したギターは?
益田:UAFX を接続したエレキギターに関しては、僕が Fender USA Standard Stratocaster、青柳くんが80年代の Gibson SG でした。それ以外に僕も青柳くんもアコギを使い、青柳くんはエレガットやギターバンジョーなども使用しました。
UAFX のROOMツマミは最高。アンビ込みのロックサウンドが一瞬で出る
- Woodrow での音作りはいかがでした?
益田:サウンド自体はもちろんのこと、スピーカーサウンドと共にROOMツマミが最高なんです。今まで UAD のアンププラグインと Ocean Way Studios プラグインなどを使って時間をかけて作っていた、アンビエンス込みのロックサウンドが一瞬にして出ます(笑)。スピーカーシミュレーションも非常に良く出来ているところに、さらにマイクサウンドを足せることで、いわゆる「ビッグ」な音になります。
- 作品との親和性はいかがでしたか?
益田:時代感も含め、かなり合っていたと思います。そしてステージ上でギターアンプを鳴らさないことで、バンド全体で繊細な表現ができました。今思えば自分のアコースティックギターのサウンドも UAFX で統一したかったなと悔やまれます(笑)。
- Dream のサウンドはいかがでしたか?
青柳:僕は普段のライブやレコーディングでは Fender の Twin Reverb や Deluxe Reverb を使うことが多いのですが、今回、舞台上のイヤーモニターや客席用スピーカーから出てきた Dream の音が、Fender 系のアンプを実際に鳴らしているかのようで、終始気分良く(笑)演奏ができました。特にクリーントーンのセッティングで強く弾いた時の、軽いクランチする感じと、コクのあるギラっとしたリバーブが味わい深かったです。
- 他に組み合わせたエフェクターは?
益田:青柳くんは Pro Co RAT2(ディストーション)と BOSS TR-2(トレモロ)を Dream に組み合わせて使っていました。僕は Woodrow からのステレオアウトのみで十分だったので、ボリュームペダルをプラスしただけです。あとはアコギのディレイとして UAFX Galaxy を使用しました。ショートディレイとして使ったのと、シーン中にハッキリとディレイを聴かせたい劇伴曲があったので、そこでは長めのディレイタイムで演奏しました。テープディレイの実機を使っていた時期もあったので、挙動は理解していましたが、Galaxy はサウンドのリアル感はもちろんのこと、操作性もよく考えられていて素晴らしいと感じました。テープディレイ系のサウンドって太過ぎる感じに聴こえる時もあるのですが、Galaxy はディレイ音のサウンド感を細かく調整できるのが素晴らしい。ツマミを動かす時にダブ的サウンドが飛び出すのも特徴的で、今度はツマミをリアルタイムに動かす用途で使いたいです。
- Apollo も舞台上に持ち込んでいたようですね。
益田:Apollo x6 をメインの同期サウンド再生用、Apollo 8 ブラックパネルをバックアップシステムで使用しました。その他 Apollo Twin X はインイヤー・モニターシステム(AVIOM)からのアウトプットとエアーマイクの回線を作り、本番の振り返り用の録音メモで使いました。フィリップ・ウーさん(kb)のキーボードシステムも Apollo で本番を録音していました。演劇の現場では曲のスタートのタイミングが非常にシビアなので、同期曲でも各要素を個別に録音しておかないと、後で振り返る時に改善点がわかりにくいのです。また現場によっては録音システムを常にスタンバイすることで、必要な素材をその場で録音して同期データに入れ込むこともあり、そういった用途でも Apollo シリーズは最高です。何しろ1台でマイクもインストもラインも何でも録音できますし、ダイナミクスのかけ録りもできて重宝します。僕は実機でも Universal Audio 1176 スタイルのコンプに慣れ親しんでいて、自分が教えている昭和音楽大学でも Apollo Solo を導入しているので、プラグインでのコンプレッションの説明では必ず 1176 で教えています。リダクションの効果が非常にわかりやすいからです。ちなみに今回の現場では、チームでのマニピデータの仕込みやエディットに加え、自分は稽古場のみならず自宅スタジオでも作業をしていたので、常に合計8台の Apollo シリーズのいずれかが稼働していました。同じ環境をすぐに構築できるのが Apollo の大きなアドバンテージですね。
- UAD プラグインを使う場面もありましたか?
益田:使いました。今回の作品は地方公演含めて3つの劇場で合計27公演あったので、重要なトラックは空間系をかけずに準備しておいて、現場で全体のバランスを見て、素材によっては現場で Capitol Chambers や Hitsville Reverb Chambers などの UAD プラグインを使いました。UAD プラグインを使用することで複数のシステムでも同じように対応できますし、またこの用途では、様々な理由でネイティブ・プラグインよりも信頼性が高いと感じました。今回の『音楽劇 浅草キッド』はすべての面において、Universalo Audio の製品なくしては成立しなかったと思います。本当にありがとうございました!
益田トッシュ
アレンジャーとしてこれまでに、CHEMISTRY、郷ひろみ、荻野目洋子、中山美穂など数々の作品に携わるとともに、宮藤官九郎監督の映画『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』の挿入歌の作編曲や、犬童一心監督の映画『猫は抱くもの』ではエンディングソングなどを作編曲・プロデュース。近年舞台作品への参加も多く、『藪原検校』(杉原邦生演出)、『結―MUSUBI―』(石田明作・演出)、『VAMP SHOW』(河原雅彦演出)、『明治座創業150周年記念前月祭 大逆転!大江戸桜誉賑』(細川徹作・演出)では音楽を担当し、今回の林遣都主演の『音楽劇 浅草キッド』(ビートたけし原作 福原充則脚本・演出)では音楽・音楽監督を務めた。昭和音楽大学非常勤講師。