球体に包まれて音を聴いているような感覚。美しくて震えた
- 西本さんは何がきっかけで Dolby Atmos に興味を持ったのですか?
エンジニアの古賀(健一)さんが空間音響の第一人者で Dolby Atmos をやられていたので以前から気になっていたんですが、高嶺の花のように感じて腰が上がらなかったんです。スピーカーはもちろん、インターフェイスやスタンドなど、すべて揃えていくとものすごく高額になってしまう。「やってみたいけど、どうしよう...」って感じだったんです。そんな時、古賀さんに再会する機会があって、「Dolby Atmos をやってみたいです」とお伝えして、根掘り葉掘り教えていただいてたら、ものすごくやりたくなってしまって。その時に古賀さんが、iLoud MTM Immersive Bundle 11 を勧めてくれて、セッティングも全面的に協力してくれました。
- Dolby Atmos のどんなところに魅力を感じましたか?
AirPods Pro や AirPods Max で聴くだけでも空間オーディオはとても美しくて、ステレオでは再現できない音像があるということはずっとわかっていました。そこにだんだん惹かれていったというか、自分でもそういう音源を作ってみたいと思うようになったタイミングでした。
- いつ頃に導入したのですか?
今年の4月中頃に iLoud MTM Immersive Bundle 11 を購入して、ざっくり置いて聴いてみたら、その時点ですごかったんですが、ちゃんとセッティングをしたのは5月のGW明けでした。予想以上にサウンドのクオリティがすごくて、Dolby Atmos 対応作品を再生してみたら、球体に包まれて音を聴いているような感覚がありました。四方から解き放たれた音に包み込まれて、この世に自分と音だけが存在しているような錯覚に陥るほど美しくて本当に震えました。

- ミキシングも試しましたか?
ステレオのセッションから Pro Tools の Dolby Atmos のプリセットで組んで、色々触って勉強しているところですがとても面白いです。面白いながらもわからないことが多く、オブジェクトをどうすればいいか、ベッドに送るトラックに最適なものは何かなど、勉強しなくてはならないことがたくさんあります。球体に包み込まれるようなミックスを作るにはどう音を配置したらいいかとか、「実センターをうまく使うには?」といったようなことは日々勉強して経験を積んでいきたいところです。
- iLoud MTM の音はいかがですか?
以前サブモニターとして iLoud MTM のステレオペアを持っていたので、音のイメージは頭の中にあったのですが、Atmos で組んだ時にどうなるかはまったく想像できなくて、想像以上でビックリしました。

- ステレオで使っていた時の印象は?
イマーシブでもそうですが、同軸スピーカーのような鳴り方というか、音が直線的に飛んでくるようなイメージがあります。ミキシングではADSRをしっかり聴き取れることが僕の中では重要ですが、iLoud MTM はトランジェント成分やディケイがしっかりと聴き取りやすくて、エンベロープのデザインがしやすいので、メインのスピーカーでミックスした後にチェック用として使っていました。
- そのトランジェント特性は、Dolby Atmos でも活きていますか?
すごく活きています。「サイズは小さいのに、こんなにパワーがあるのか」と思いましたし、音が直線的に飛んでくるイメージはステレオの時と変わりません。その分スイートスポットは狭いですが、そこに自分が収まった時に、四方から飛んでくる色々な音の確認がしやすくて、音が飽和せず、鮮明に、クリアに、タイトに聴こえるという感じですね。クッキリとした音像です。
小さなスピーカーから、こんなにパワフルな音が出ることにみんな驚く
- スピーカーの配置はどういう流れで決めていきましたか?
一番距離が取れないところを最初に決めました。Studio BEWEST はサイドの距離(サラウンドLとサラウンドRの間)が一番短くて、1.45mくらいしか取れないんです。そこを基準にセンタースピーカーを同距離に配置してから、その他のスピーカーも配置を決めていきました。
- 設置に使用したスタンドは?
すべてマイクスタンドです。K&M の普通のマイクスタンドで、ハイトだけ TRIAD-ORBIT を使いました。高さや安定感の点で TRIAD-ORBIT にして良かったです。先日 IK から iLoud MTM のマウンティング・ブラケットが発売されたので、今度はそれを使って天井に付けたいと思っています。

- 内蔵の自動音場補正システム(ARC)は使用しましたか?
使いました。さらに DADMAN のEQで補正するパターンと、ARC を使わずに DADMAN だけで補正したパターンを比較しましたが、圧倒的に前者が良かったです。音の飛び方や、基本的な周波数帯域のフラット感が違いました。部屋に若干の定在波があるから、ローがディップしているところもあって、それは DADMAN で補正するんですが、ARC を使う方が中高域が鮮明に見える感じがあります。基本的に Dolby Atmos を組む際は、よほど整った環境でなければDSP補正をした方がいいと思います。
- ARC を使う方がトランジェントもよりクッキリ聴こえますか?
まさしくそうです。フロントから出てくる音は目立って聴こえるものですが、サイドやハイトもフロントに負けないくらい音が飛んできてほしい時、iLoud MTM はメーターが振れる通りに音が飛んできてくれるからすごくいい。ARC を入れた方がその性能を強く感じました。
- なるほど。そのようにして7.1.4chのモニターシステムが完成したのですね。
今は7.1.4chで組んでいます。ただ先日、Dolby Atmos の勉強のために東京のスタジオを訪問した際、立ち寄った宮地楽器さんで iLoud Precision MTM を試聴したら、速攻でL/C/Rを iLoud Precision MTM に変えたくなってしまいました。iLoud MTM よりもローとローミッドの密度感が増した感じで、すぐにでも変えたいと思うくらい良かったですね。今はステレオミキシングを別のスピーカーでやっていますが、フロント3本を iLoud Precision MTM にすればそれを利用したステレオの作業も今のスピーカーと併用してできそうです。

- iLoud Precision の他のモデルは試聴しましたか?
iLoud Precision 5 も聴きましたが、iLoud Precision MTM は圧倒的でした。群を抜いていますね。だからこの先も IK の Dolby Atmos システムでやりたいと思っています。Genelec の同軸スピーカーも素晴らしいですが、ルームチューニングやセッティングを緻密にすることで IK のシステムも遜色ないところまで行けると思うし、コストパフォーマンスがすごくいい。何分の1かわからないけど、ものすごく低予算で導入できます。
- より多くの人が Dolby Atmos に挑戦できるようになるわけですね。
西日本で Dolby Atmos のシステムを組んでいるレコーディングスタジオは、うちと、あと鹿児島に1軒あるようですが、もっといろんなところで聴けるように普及させたいと思っています。まだメジャーアーティストの特権とか高嶺の花のような印象がありますが、僕らはインディーズのアーティストを中心に携わっているから、彼らにも気軽に Dolby Atmos を聴いてもらって、作品もリリースできるような状況を地方から作っていきたい。IK のシステムは小規模なレコーディングスタジオでも導入しやすい価格帯なので、いろんなスタジオのオーナーさんにぜひ Studio BEWEST の見学に来ていただいて、実際に聴いていただきたいなと思っています。8畳くらいの狭いコントロールルームですが、地方のレコーディングスタジオには同じくらいの規模が多いと思うので参考になると思います。西日本から Dolby Atmos を広めていきたいと思う中で、この iLoud MTM Immersive Bundle 11 はオススメしたいです。音を聴いたら、みんな驚くと思います。
- エンジニアだけでなく、コンポーザーの方々にも参考になりそうですね。
先日、地元のヒップホップ/レゲエ系レーベルのプロデューサーさんが聴きに来られて、「この環境でアーティストに音源を作ってあげたい」と言っていました。こんなに小さいスピーカーからこんなにパワフルな音が出ることに、みんなビックリします。見た目とのギャップがすごくあるんです。僕も最初聴いた時にそう思いましたけど、みんな同じように言いますね。
- 今後 Studio BEWEST は Dolby Atmos の作品作りに力を入れていくのでしょうか?
基本はレコーディングスタジオなので、きっちりレコーディングをしてステレオの仕事もしつつ、Dolby Atmos を知らないアーティストにも浸透させて、リリースまでこぎつけてあげたいですね。それが今の自分の仕事というか使命と思っています。どんどん広めていければいいですね。東京はいろんなスタジオが Dolby Atmos をやり始めて、地方よりは進んでいると感じますが、海外はもっと進んでいると思います。だからこそ地方からの底上げが必要で、地方から普及していけば、もちろん都内にも波及していくだろうし、いい循環が生まれると思います。そういうパワーを地方から送っていきたいと思っています。
写真提供:Studio BEWEST
西本直樹

岡山県内にレコーディングスタジオ BEWEST を2店舗構えるオーナー兼レコーディングエンジニア。ジャパレゲの第一人者 J-REXXX や、紅桜との伝説のユニットTHEタイマンチーズの作品を手掛け、その他毎年数多くのインディーズアーティストの作品を世に送り続けている。また2023年7月から Dolby Atmos 作品を中心にリリースするインディーズレーベルを設立。地方から Dolby Atmos 作品を世に送り出す活動を精力的に行っている。