ApolloやLogicなど、同じハードとソフトを使えばリモートでの制作が可能になる
- 90年代からイギリスでクリエイターとして活動し、LA STYLEZ という名義でアーティストとしても活動してきた Hirata さんにとって、Crystal Mint はどのような目的のプロジェクトなのでしょうか?
Hirata:その質問には、自分の過去から説明しなければならないでしょう。自分は若い頃からブラックミュージックが大好きで、20代後半にロンドンに移り住んでから30代半ばまで、主に黒人ボーカルをフィーチャーしたハウスやガレージの作品をリリースしてきました。30代後半になると、DJではなくコンポーザーである自分が、クラブミュージックの世界にいることに限界を感じていたので、レコード会社から新たなアルバム契約のオファーをもらったタイミングで、思い切ってアーティスト名を「LA STYLEZ」に変更して、楽曲制作の幅をネオソウルやR&Bにまで広げてみました。その過程で、ロンドンに住むアメリカ人プロデューサーから Earth Wind & Fire の Maurice White を紹介してもらい、彼をフィーチャリングした楽曲でアルバムに参加してもらえたのですが、そのあたりまでがブラックミュージックへの情熱の頂点だったみたいです。すでにそれまでも、有名なソウルディーヴァ達を自分の楽曲にフィーチャリングしたり、何人かのレジェンドDJに楽曲をリミックスしてもらったことや、UKダンスチャートの上位にも入ったことがあったことなどから、ある程度達成感も感じていたので、LA STYLEZ のアルバムリリース後あたりから急速にブラックミュージックへの関心を失っていきました。
- その後、日本での活動を再開させるわけですね。
Hirata:10数年ぶりに日本に戻ってきて、いくつかの制作にも参加させてもらったのですが、やっぱり違うとなってしまって、音楽自体への情熱を失いかけていた時に知り合ったのが、当時ロシアの医大生だった Julia でした。彼女は僕のSNSにリクエストしてきた、LA STYLEZ の音楽ファンの1人でした。そんなところから交流が始まり、勉強で忙しかった彼女の医大の卒業を待ってから本格的にプロジェクトをスタートさせました。プロジェクトを始めた理由は2つあって、ひとつめはロシアの芸術性です。ご存知の通り、我々にとってのロシアは今も謎の国ですし、恐ろしいイメージも先行していますが、その昔はドイツと並ぶクラシック音楽の大国だったことから、芸術性溢れるクリエイターがいることが想像できました。もうひとつの理由は、自分自身一度もやったことがなかった“グループ”という形態のプロジェクトに興味を持ったからです。Crystal Mint のコンセプトとしては、「ノーザン(北方)スタイルの雰囲気を持つボーカル・ダンスミュージック」を掲げていますが、トレンドばかりに流されず、オリジナルでエクスペリメンタル(実験的)なサウンドを追求していきたいと思っています。
- Julia さんの拠点であるロシアでは、今、どんな音楽が主流なのでしょうか?
Julia:ロシア国内の音楽事情に関して言えば、若者の間ではラップやセクシーな女性グループなどが人気のようです。もちろん最新の欧米音楽を聴く人もたくさんいます。私自身は幼い頃から現在まで、欧米の音楽やソビエト時代の曲を聴いていましたので、正直に言うと、今のロシアのポップミュージック・カルチャーにはあまり詳しくありません(笑)。
- Hirata さんは日本、Julia さんはロシアが拠点ということは、リモートでやりとりしながら楽曲を制作しているのですか?
Julia:初期の頃は Tomoki(Hirata)がロシアまで来て一緒に楽曲制作をしてみたこともありましたが、数年前からファイル共有ソフト(Dropbox)を使ってリモートでやりとりしています。それはお互いが Universal Audio Apollo Twin や Logic Pro X など、同じハードウェアとソフトウェアを使っていることで可能となります。あとの細かいリレーションはSNS上のチャットで行い、共通言語として英語を使用しています。ですので、曲も英語で作詞し、歌っています。
- 楽曲の草案やコンセプトは、どちらから提案するのですか?
Julia:私はアイデアを生み出すプロセスが大好きなんです。 何かが頭に浮かんだら私達はすぐに共有して、良いアイディアが見つかったら、その先はレイヤーケーキを作るように順番に作成していきます。この方法だと、予期しない発見やユニークな解決策が出てくるので、そうやってひとつひとつ解いていきながら曲の輪郭が出来ていくのが楽しいんです。
- なるほど。では、その後の作業は?
Hirata:初期の頃は自分がほぼ完璧に近いデモを作り上げて、その上に、Julia にボーカルを入れてもらっていましたが、それだと過去に自分がやっていたフィーチャリング・ボーカルに楽曲提供するスタイルと変わらないと思って。昨年の「Designer」という楽曲あたりから、Julia に歌とコードを打ち込んだ16〜32小節ぐらいの簡単なデモを送ってもらい、そのデモに自分がアレンジを加え、さらにストラクチャー(構成)を長くして彼女に戻し、再び Julia が歌を加えて自分に戻してくるといったことを繰り返しながら楽曲制作を進めています。その過程で Julia が音を加えたり、自分がプログラミングした音色や打ち込みパターンを少し変えて戻してくることもあります。
- Hirata さんから見て、Julia さんはどんなソングライターですか?
Hirata:今まで欧米を中心に、10カ国以上の国籍のミュージシャンやDJ達とコラボしてきた経験があるのですが、いわゆる旧共産圏であるロシア人と仕事をしたのは Julia が初めてで、眼科医というバックグラウンドを持つ人ももちろん初めてです。そのような理系女子の Julia からは、感情から音楽を作る自分とはちょっと違う感覚を感じることがあります。先ほど彼女も話した通り、複雑な数式を解くような感じで歌や音を入れてくるようなところなどに、その一端を感じます。一方、彼女の子供時代について聞いてみると、長い冬の間、家の中で絵を描いたり、詩を書いたりすることが多かったことや、美しい大自然の中でスキーをするような生活をしていたからなのか、かなりのロマンティストで、寒い国特有の雰囲気とアイディアが Crystal Mint の楽曲に活かされることが多々あります。その上、非常に謙虚でストイックな性格なので、彼女と音楽ができることには本当に感謝しています。余談ですが、Julia は産経新聞社の夕刊フジで「プーチンの国より愛を込めて」という彼女自身のエッセイを週刊連載しています。音楽活動以外の Julia やロシアにも興味がある方は、ネット検索していただければ過去の記事も読めますので、そこでより詳しく彼女のことを理解してもらえるかと思います。
1176の利点はボーカルがクリアで音楽的になること
- 新曲の「The Code」について教えてください。
Julia:「The Code」は、映画『ウェストワールド』や『ブレードランナー2049』のような近未来の雰囲気や、AIに支配されつつある世界からインスパイアされました。モノトーンかつ官能的なボーカルを表現するのは少し難しかったのですが、Tomoki の強烈なグルーヴラインの波とうまくミックスさせることができたので、かなり実験的なハウストラックに仕上がったと感じています。
- サウンド面で新たにチャレンジしたことは?
Hirata:近未来映画に使われるようないくつかのシネマティックサウンドを、ハウストラックに組み合わせてみました。もちろんオートフィルターなど、ダンスミュージックのビルドアップに欠かせないエフェクトも使いましたが、Julia はパッドやリードの音色をベース代わりにしたり、異なる音色のベースグルーヴを一緒に出したりするので、サイドチェインもかなり使いました。自分の世代と違って、Julia のような若いクリエイター達は、音色のカテゴリーなどを無視してサウンドを選ぶことがあるので、いつも面白い発見があります。
- Julia さんのボーカルレコーディングはどこで行いましたか?
Julia:ボーカル録りは Apollo Twin X と UA-610A(Unisonマイクプリ)を使って、ロシア・エカテリンブルクにある私のフラットの部屋で1人で行いました。
- Hirata さんも Apollo や UAD プラグインを使っているんですよね。
Hirata:2005年に当時の UAD サウンドカードを買ったのが最初で、それは LA STYLEZ のアルバムで活躍しました。UAD プラグインの中でも特に EMT 140 と Dreamverb はほぼすべてのボーカル曲に使用したのですが、当時はDSPが足りない時代だったので、リバーブを使うと1曲につき3つか4つぐらいしか UAD プラグインが使えなかった記憶があります。その後、Macをデスクトップからノートに変えたのを機に、他メーカーのオーディオインターフェイスをいくつか使ったのですが、UAD プラグインの良さが忘れがたく、5年前から Apollo Twin MkII を使っています。
- トラックメイクの段階からUADを使用しているのですか?
Hirata:いえ、まずはピュアなサウンドが聴きたいので、トラックの輪郭や音色の設定が完全に決まるまでは、なるべく使わないようにしています。
- UAD の活用例をいくつか教えてください。
Hirata:数年前まで、イギリスやフランスのハウスミュージックDJ達から「自分の曲にキーボードで弾きものを入れてほしい」という依頼がよくありました。聞けば、自分の過去のガレージハウス時代の作品を YouTube などで知って、同じように弾いてほしいということでした。そういった場合、向こう風に言えば「PunchyでPumpingなサウンド」が要求されますので、クラブでかけた時に空気が揺れるような感じがするぐらいまで、コンプレッサーで音圧を上げます。特に、UA 1176 Compressor と Precision Maximizer をキーボードやベースなどのサウンドに重ねて使うと喜ばれました。彼らの曲は、ほとんどボーカルのないアンダーグラウンドのダンストラックなので、ついでに自分がミキシングしてしまうことも多かったのですが、特にEQの処理が難しいボーカル曲のミキシングとマスタリングは、必ずその道のプロに頼みます。ですので、Crystal Mint の楽曲に関しては、長年の盟友 David Brant に聞いてみてください。
- David さんは、いつ頃から Hirata さんの作業に関わっているのですか?
David:私と Tomoki の出会いは90年代後半に遡ります。その頃の私は20歳前後で、南ロンドンにあった Boundary Row Studios でサウンドエンジニアをしていました。そこは6つのスタジオルームと2つのマスタリングルームを持つスタジオの集合体のような建物で、当時のUKのハウス、ガレージ、ドラムンベース、トランス、テクノなどの有名DJやアーティスト達がレコーディングしていた関係から、若くして様々なタイプのダンスミュージックのエンジニアリングに携わる機会に恵まれました。その中の1人が Tomoki で、当時コナミからリリースされたアルバム『Beatmania Tomoki Hirata』の、すべてのトラックのエンジニアとマスタリングも自分が担当しました。並行して、UKのポップやR&Bアーティストのプロデュースとソングライティングもやっていたので、2000年代には MISTEEQ や Nate James などを手掛けて成功を収めることができました。近年はK-POPやJ-POPのソングライティングが多くて、今年は倖田來未さんなどにも共作で楽曲提供しています。
- 「The Code」のミックスやマスタリングは、リモートでやりとりしたそうですね。
Hirata:David も Apollo Twin X や Logic Pro X など、プラグインに互換性のあるシステムを使っています。彼がミックスを終え、WAVとMP3で曲を送ってくるので、まず曲を聴いてから自分の Logic ファイルを開いて確認します。修正してほしい箇所をチャンネル別に書いて David にメールすると、翌日、彼は修正したマスタートラックをバウンスして送り返してきます。そんなやり取りを数日間に分けて数回重ねていくと、満足のいくマスターミックスが完成します。
- 特に欠かせなかった UAD プラグインは?
David:ご存知の通り、ダンスミュージックではローエンドが非常に重要であり、スマートフォンのような小型のデバイスでも確実に聴こえるようにするため、純音の低周波数には少しの飽和と高調波歪みが必要です。そこで Thermionic Culture Vulture が、特にキックとベースの出音を太くダーティーにするための鍵になりました。
- Julia さんのボーカルには、どんな UAD プラグインを使いましたか?
David:Julia のボーカルには、必ず UAD 1176 Compressor を使用します。 1176タイプのコンプレッサーの利点は、ボーカルが非常にクリアで音楽的であるということです。 また、「The Code」では、クラシックでリッチなリバーブサウンドが出せる Lexicon 480L を使用しました。
- では、マスタートラックは?
David:特に好きなのが Shadow Hills Mastering Compressor です。アグレッシブながら、様々なタイプのジャンルに柔軟に対応できると思います。オプティカルとディスクリートが組み合わさったユニークなコンプレッサーですね。
- UAD プラグインをうまく使いこなすコツはありますか?
David:コンプレッサーに関しては、パラレルコンプレッションを行うと、エネルギッシュなサウンドメイクを可能にしてくれます。それと、Unison を利用することで、インプットで様々なトーンカラーのトランスフォーマーが選べるので、遊びながら覚えていくことをオススメします。
- Crystal Mint のような、国境を超えたコラボレーションを成功させるコツは何でしょうか?
Hirata:日本人の価値観だけでモノを言ったりしないこと。ある程度は相手の国の文化や歴史も知っておくこと。それと自分時間で生きている人が多いので、少しぐらい時間を守らないことがあっても急かさない方がいいと思いますし、急かさないほうが最終的に良い作品を仕上げてくれます。自分も長年ロンドンで暮らしていたので、時間的な部分は似てしまいましたけど(笑)。
- 日本のクリエイターが世界に向けて発信していくには、どんなことが必要でしょうか。
Hirata:過去のことは別としても、今はまだ Crystal Mint のプロジェクトも試行錯誤の段階なので、自分がアドバイスするのはおこがましいのですが、もし彼らの国でメインストリームになりたければ、まずは彼らの好きな音を作って、1人でも多くの人に聴いてもらう地道な努力が必要かなと思います。洪水のようにたくさんの曲がリリースされている現在ですが、世界は広いので、あなたの音楽を理解してくれる人は必ずいると思いますのでお互い頑張りましょう。
Crystal Mint
かつてロンドンでガレージ&ハウスやビートマニア楽曲などのコンポーザーとして活躍した Tomoki Hirata が、日本に帰国後の2017年、エカテリンブルク在住のロシア人シンガーソングライター Julia Mint と結成したノーザンスタイル・ダンスミュージック・グループ。結成以降8曲のシングルをリリースし、2021年12月14日に、エレクトロとシネマティックがミクスチャーされた斬新なハウストラック「The Code」が発売された。
YouTube: https://www.youtube.com/channel/UC0sottqOcvDqpYRr5AX9PqQ
Website: https://crystalmint.info/?lang=ja
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