Project M:友田ジュン(pf)、カワサキ亮(bs)、米澤美玖(sax)、竹内大貴(ds)
20代のミュージシャンの感覚で60〜80年代の曲をやる
- まずは「Project M」のコンセプトについて教えてください。
Project Mは「Project MASTERPIECES」というのが正式名称なんです。「ジャズのスタンダートではない、有名曲や歴史に残るような曲をジャズで演奏する」というのがコンセプトで、しかもメンバーは若手ミュージシャンだけ。アレンジは僕がやっていますけど、実際は曲のガイドとコードをザックリ作るくらいで、演奏のフィーリングとかは本人達に任せています。今作だと「女々しくて」(ゴールデンボンバー/2009年)はわりと最近の曲で、あとは「接吻」(オリジナル・ラブ/1993年)があったりとやや幅広い年代をカバーしていますが、60〜80年代あたりまでの曲が多いですね。20代の感覚で古めの曲をやるわけです。国内の楽曲を4曲、海外の楽曲を4曲録りました。
- 選曲はどのようにして決めたのですか?
前作を作った時に「あれもやりたいね、これもやりたいね」と、録りたい曲がまだまだたくさんあったんです。宇多田ヒカルさんの「First Love」やカーペンターズ「Close to you」だったり、ライブごとに毎回新しい曲を追加していて。結局、「First Love」は収録しませんでしたけど、「水色の雨」と「スリラー」はすでにライブでもやっていて結構評判いいですよ。
- 制作はどういう流れで進めましたか?
外スタジオで同時録音で録ったのが4曲、うちのスタジオでオーバーダブで録ったのが4曲なのですが、後者はまず僕が打ち込みでオケを作って、サックスを録ってから、ピアノ、ベース、ドラムの順で録っていくという流れでした。
- サックスから録り始めるというのは意外です。
ジャズの場合、ソリストの仕掛けに対してリズム隊が反応するので、リズム隊を先に録ると大人しい演奏になってしまうんですよ。アドリブやインタープレイを大事にするジャンルでは、上ものから録っていく方が色々なアプローチができる。その方がドラマーやベーシストにとっても楽しいみたいです。ポップスだとビートが決まっていますけど、ジャズは暴れまくりますからね。
- パートごとに録る場合でもセッション的なアプローチができるわけですね。
できますね。アレンジの段階で、「このへんで落とそう」とか「このへんで盛り上げよう」というのをザックリと決めておいて。それに合わせて米澤(美玖)がバーッと吹いて、(友田)ジュンくんもそれに合わせて盛り上げるので、そこに(カワサキ)亮くんと(竹内)大貴が追っ付けるというか、下からグッと上げていくような感じです。今回も外のスタジオ(aLIVE RECORDING STUDIO)と自宅スタジオを使ってレコーディングを行いました。
- 2つのスタジオは、どのように使い分けたのですか?
日程的に全曲のデモを作るのが難しかったので、アレンジが難解な曲はザックリとデモを作って、僕の自宅でパートごとに録りました。で、わりと初見で行けそうな曲は、外のスタジオで全員で録りました。基本的には、生で4人でいっせいに録った方がいいんですよ。現場で実際に合わせてみると、「もっとこうした方がいいな」と思う部分が出てくるので、そのへんは現場で直しました。
米澤のキャラクターには sE2200 が合っている
- 録音機材はどんなものを使いましたか?
自宅での録りは、ほとんど sE Electronics のマイクを使いました。サックスは、前作では sE2200 でしたが今回は sE2300 です(共にコンデンサーマイク)。sE2200 はわりとフラットなんだけど、ちょっとドンシャリ気味でキレイに録れるんですよ。どちらかと言うとハイが伸びていて、暖かみには欠けるけど、それはEQで補正できる範囲です。米澤はメタルのマウスピースを使っているので、sE2200 だとそこがいい感じで録れます。生で演奏している音に近い、彼女のサックスの一番おいしいところや艶っぽいところを、ドンピシャで録ることができる。で、ハイをちょっと削って、ミッドをちょい足すと丁度いいかな。サックスの場合、その時々の調子やリードの状態にもよるので常に合うとは限りませんけど、いろんなマイクを試してみた結果、米澤のキャラクターには sE2200 が一番合っていると思いました。で、今回初めて sE2300 を使ってみたら、高域のピークの感じが sE2200 とは少し違いましたね。個体差もあると思いますけど。
- sE2300 に変えたことで補正の仕方も変わりますよね。
4〜5kHzあたりをちょっと突きましたね。sE2200 では、そのへんをカットすることもありましたけど。
- sE2300 以外にもう1本マイクを立てていますね。
これは Royer R-121 というリボンマイクで、アンビエント用です。ちょっと遠めに立てると、ハイが少し落ちてミッドが出るので、その音を sE2300 に足すといい感じになるんです。sE2300 もちょっと離して立てた方が、低域と中域と高域のバランスがいい感じになりますね。サックスはベルだけじゃなくて管体そのものが鳴るので、ちょっと離して全体を狙います。
- 次にピアノに使用したマイクを教えてください。
外のスタジオでは、Neumann U87 と AKG C414 (共にコンデンサーマイク)をそれぞれペアで立てて、ステレオのダブルにしました。前作でも自宅でピアノを録る時は sE2300 と sE Electronics sE8 (コンデンサーマイク)をペアで立てましたし、2種類のマイクでステレオで録って混ぜることは多いですね。
- マイキングのポイントは?
色々ありますけど、グランドピアノの真ん中の弦に近いところで、2本の sE2300 をハの字にして低音弦と高音弦を両方狙います。で、sE8 は弦と反射板の両方の音が入るようなイメージで、ピアノの縁から反射板を狙います。ピアノ全体が鳴る感じが欲しいので、弦にはあまり近づけません。ヤマハのピアノは「コツン」というハンマーの音が強いので、近くで録るとハンマーの音が結構入ってしまうんですよ。ペダルの「ゴンゴン」という音も。それをなるべく柔らかい音で録りたくて、いいポイントを探したら、この場所が一番いいなと。sE8 だけで録る時もそうしていますが、これはピアノの種類にもよると思います。うちのピアノはあまり大きくない C3 なので。
- では、ウッドベースの録り方は?
sE Electronics T2 (コンデンサーマイク)を使いました。これはすごく良くて、暖かめに録れるのでジャズっぽいサウンドに合うんです。小さいアンサンブルとか、ワイドレンジで録りたい時に使います。ギターアンプを録るのにもいいですね。低音がしっかり録れるので、ナイロン弦のギターにもよく使うし、キックにもいい。ハイもミッドもローも録れる、今一番お気に入りのマイクです。マッチドペアが欲しいくらい。そしたらピアノとかも録れますからね。
- マイクの位置はボディの近くですか?
最初はやや遠めに立てていたんですけど、エアー感を減らしたかったので、箱鳴りが録れる範囲で近くしました。共鳴が出るとマズいですけど、T2 はいい感じで録れましたね。ウッドベースの駒を中心に、サウンドホールの表の鳴りを狙いました。同時に Neumann U67(チューブ・コンデンサーマイク)も立てて両方をミックスしています。U67 は暖かい音で、逆に言えばハイがないので、T2 とミックスすると丁度いいんですよ。ちなみに、マイク1本で録る時は、ちょっと離したところからfホールのド真ん中を狙います。
今の機材、今のサウンドで、今の音楽をやりたい
- 続いてドラムのマイキングについて教えてください。
キックには sE Electronics V KICK(ダイナミックマイク)を使いました。これはEQがいらないモダンな音で録れます。「ビチッ」ていうビーターの音がキレイに録れるから、EQで突かなくてもいい。ビンテージのマイクだとその辺が足りなくて、変な共鳴ばかり録れてしまう場合もありますから。今回は Neumann U47(チューブ・コンデンサーマイク)をキックの外、V KICK を中に向けて立てましたが、V KICK 1本で録る時は外側に立てて15cmくらい離します。あまり近づけると風圧を強く受けるし、ビーターの音ばかりが強くなってしまいますから。皮鳴りが欲しいので、ちょっと離してうまく調整してあげれば、EQをしなくてもいい感じになります。
- V KICK には周波数特性を切り替える機能が付いていますよね。
ジャズなので「Classic」にしました。もっとロック寄りの作品だったら「Modern」にしてもいいかもしれません。ジャズの場合、キックを「バン!」と踏み込むわけではなく、フェザータッチというか「ポンポン」と踏むことが多いんですよ。アタックよりも、低域の「ポン」って感じの音が欲しいので、Classicの方が使いやすいんです。EQ処理はハイのアタックを少し削ったくらいだと思います。V KICK と V BEAT(ダイナミックマイク)はすごく便利ですね。
- V BEAT はどこに立てましたか?
スネアとタムに使いました。スネアの上下に1本ずつと、3つのタムの間、あとは2つのフロアタムに1本ずつですね。指向性が鋭いので、被りが少なくてラクなんです。あと、マイクが短いのでセッティングもラクなんですよ。通常のマイクだと、シンバルが低くセットされている場合、マイクが当たってしまう。でも、V BEAT は全長が10cmほどしかないから、ちょっとした隙間があればセッティングできます。サイズ感が抜群に使いやすいですね。自宅で録る時は V CLAMP でタムに直接マウントしています。
- 音質はどうでしたか?
Sennheiser MD421(ダイナミックマイク)よりも明るい、ハイファイな感じです。sE Electronics のマイクは全体的にハイファイですね。言い換えれば録り漏らしがないから、甘くしたければハイを削ればいいし、ローが多ければ削ればいい。ジャズだと柔らかめにしたいのでハイを削るくらい、ポップス系だったらそのまま使えますね。あとはヘッドとの角度とか、シェルからの距離で音を決めれば、あまりEQに頼らなくてもいい感じで録れます。ビンテージマイクも単発で聴くといいんですけど、他のパートと混ぜた時にハイがちょっと足りないことがあるので。
- では、トップのマイクは?
sE8 のペアです。トップというかシンバル用ですね。sE8 もハイファイでモダンなので、シンバルが本当にキレイに録れます。スモールダイアフラムなので、sE2300 なんかと比べるとローは物足りないですけど、シンバルにローは必要ないので。そうは言っても、キックまでちゃんと録れているし、オーバーヘッドだけを聴いても全体のバランスはいいですね。
- 全体的にモダンなサウンドに仕上がりそうですね。
自宅で録る時は、モダンな感じで録った方がミックスしやすいですね。50〜60年代の音を再現したいわけではなく、モダンなジャズをやっているので、なるべく新しいスタイルでやりたいんです。ドラムセットも最近のものだから、わざわざふるめかしくしたいとは思わないし、古っぽくしたいなら Ludwig とかのビンテージのセットを使えばいいわけで。言い方は悪いけど、今さら60年代のジャズジャイアントの音をやろうとするよりも、今の機材、今のサウンドで、今の音楽をやった方がいいと思いますね。「2020年に作る60年代の音」というのも、それはそれで面白いけど、今こうして新しい機材があるわけだから、どんどん使って昔と違う音を作っていく方が面白いじゃないですか。ビンテージを否定しているわけではなく、僕は新しい物が好きなんです。
- 作品との相性も大事ですよね。
米澤の作品はソロも Project M も、わりとハイファイ寄りに作っています。ジャズの暖かい部分はもちろん暖かい感じに録るんですけど、いわゆる普通のジャズアルバムよりちょっとハイファイ寄りにミックスをしているんです。そういう意味でも、sE Electronics のマイクは使いやすいですね。
- ミックスやマスタリングでこだわったポイントを教えてください。
米澤の作品はいつもマスタリングの時に、Universal Audio UAD Neve 1073(マイクプリ/EQプラグイン)でハイを突いて、同じくUADプラグインの Precision Limiter(リミッタープラグイン)でレベルを抑えています。この組み合わせが一番気に入っていますね。ミックスの段階では、各パートのハイをちょっとずつ抑えるんですけど、最終的なマスタリングではハイを少し突く。これを Neve 1073 でやると、おいしい帯域をグッと上げられるので割れにくいんですよ。おそらく7~8kHzあたりだと思うんですけど、ハイシェルビングのポイントがまたいいんですよ。これは手放せないですね。
写真:桧川泰治
Project M『The Masterpieces II』
2020年9月10日発売 ¥3,000
アルバムダイジェストトレイラー
収録楽曲
1.THRILLER (Michael Jacson)
2.接吻 (ORIGINAL LOVE)
3.Overjoyed (Stevie Wonder)
4.みずいろの雨 (八神純子)
5.A SONG FOR YOU (Leon Russell)
6.女々しくて(ゴールデンボンバー)
7.喝采 (ちあきなおみ)
8.ROCK AND ROLL IS DEAD (Lenny Kravitz)