MKII になってバランス感とトランジェントの見え方が改善された
- ドルビーアトモス用のスタジオ改修に合わせて、スピーカー一式を刷新したそうですね。
元々は9畳ぐらいのコントロールルームと、8畳ぐらいのブースだった2部屋を、間仕切りを取り壊して1つの部屋にしようとしていたんです。そのタイミングで iLoud Precision MKII(以下 Precision MKII)がリリースされたので、それなら全部最新の MKII で揃えてしまおうと。サイドやリアは元々 iLoud MTM で組んでいましたが、若干エネルギーの弱さみたいなものを感じていたので、そのことを古賀(健一)さんなど数名のエンジニアさんに相談したら「Precision に変えたらどうか」という話になって。思い切って耳の高さの9ch(LCR、ワイド、サイド、リア)を Precision MKII シリーズ、ハイトの6chを iLoud MTM MKII で統一することに決めました。
- Precision MKII は初代 Precision と比較してどうですか?
全く別物ですね。初代はサウンドの重心がやや低めで、良くも悪くもちょっとジャジャ馬な感じがあったんですが、MKII になってバランス感が良くなったのと、トランジェントの見え方が改善されて、仮想同軸の良さがさらに洗練されました。元々ステレオミックスの作業では他社のスピーカーがメインだったので、Precision はサブ的な使い方でしたが、iLoud Precision MTM MKII の音をエンジニア仲間に聴いてもらったら「すごくいいね」「こっちだけでも十分にステレオミックスできるんじゃないの?」と言われるほどで。筐体は初代とほぼ同じで、音質のベクトルも同じなのに、サウンドがさらに洗練されていることに驚きました。
- Precision MKII は 5 / 6 / MTM の3モデルがありますが、その違いをどう評価していますか?
6 と MTM を並べて聴いてみたら、正直どちらでもいいくらい素晴らしかったんです。MTM が圧倒するということもなく、好みで選ぶレベルの微差だと思いました。僕は MTM の仮想同軸による直線的な音の飛び方や、位相特性の良さに魅力を感じていますが、6 もとても素性がいいスピーカーです。例えば部屋が6畳や5畳など狭めで、MTM だとオーバースペックになりそうな時は 6 でも全然良いと思います。MTM の場合、直線的に耳に入ってくる情報量の多さはすごいですが、スイートスポットは若干狭めです。頭の位置が少しズレると音像感がズレて、ピッタリはまった時は音がストレートに飛んできます。一方、6 はもう少しワイドに、リスニング位置に余裕を持たせてくれる感じです。
- 同じく刷新された ARC X(付属のキャリブレーションシステム)は使いましたか?
今回は使わなかったんですよ。全部 Room Acoustics と DADman の SPQ を使って、古賀さんはじめ、福山Cableの出原さん、長谷川(巧)さん達のチームによって手動で補正をしていただきました。ただ ARC X を使っているエンジニアさんもたくさんいて、特に長谷川(巧)さんは ARC X 推しでした。今回は「Room Acoustics と手動の補正 EQ でどこまで詰められるかやってみよう」という挑戦が始まって、すごく良い結果に繋がったのはスピーカーの素性が良いからだと思います。手動の調整だけでかなりいいところまで行けたので、今回はそこで落ち着きましたが、いつか ARC X も使ってみたいです。
ハイトを iLoud MTM MKII に変えたら、音が降り注ぐ感が半端ない
- 実際に9.1.6chでスピーカーを組んでみて、どんな違いを感じましたか?
以前とは本当に別物です。すごく良くなりました。同心円内のドルビーアトモスで組んでいるスタジオの中では、国内でもかなりのレベルにいるかもしれません。
- 同心円内というと、すべてのスピーカーをリスニングポイントから同じ距離に設置しているということですね。
そうです。映画音楽のミックスだと、映画館を想定して長方形に組まれるケースもありますが、うちは音楽作品のためのアトモス環境なので、同心円で組みました。ハイトスピーカーを初代 iLoud MTM から iLoud MTM MKII に変えたことで、驚くほど出音が改善されて、エンジニアの皆さんも「何このハイトからの音!?」と驚いていました。長谷川さんも「こんなに違うなら絶対 MKII に買い替える」と言うぐらい音が降り注ぐ感が半端なくて、仮想同軸の洗練された感じが、いい方向に作用したのではないかと想像できます。
- アトモスミックスの際、ハイトにはどんなサウンドを割り当てることが多いですか?
楽曲によって違いますが、ハイトには包み込まれるように聴かせたいストリングスや、雨の音・鳥の鳴き声など FX 系の音を飛ばすことが多いです。それが本当に天から降り注ぐように、直線的に届くイメージです。

- ではサイドやリアは?
ロック系ならギターやコーラスのダブル、コーラスのリバーブ成分などをサイドやリアに振ることが多いです。コーラスやハモリが入ってきた時に声に包まれるようなイメージですね。ハイハットやシンバルをサイドやリアから飛ばすこともあるし、Lw、Rw辺りにハットやライドを置くことで飛び方が立体的に聴こえる場合があります。この辺りはステレオミックスには無い概念で、ステレオミックスのパンニングも以前とは考え方が変わってくるのが面白いところです。今回、サイドとリアを iLoud Precision 6 MKII にしたので、情報量が今までとは大きく変わり、ようやくサウンドに球体の感じが出るようになりました。今まではサイドやリアの音が弱めに感じられて若干違和感がありましたが、そこが劇的に改善されたので、脳内で補正をしなくて済むようになりました。今まで聴いてきたアトモス作品を聴き返してみると「こんな音がサイドで鳴っていたんだ!」という発見もありました。解像度も全然違うし、これが iLoud で組む完成形だなと。来る方、聴く方みんなが「こんなの聴いたことない」と驚いてくれます。
- 情報量が変わるというのは、音の密度が変わるようなイメージでしょうか?
そうですね。それに加えて、部屋が広くなったので円の半径を1.5mから1.6mに10cm広げたんです。空間が広くなっても、スピーカーの素性の良さのおかげで音像が濁らず、直線的に飛んできます。パワーや位相特性がイマイチなスピーカーだと音が散ってしまう可能性がありますが、MKII の性能を信じて広げたらさらに良くなりました。
- 1.6mというのは理想的な広さなんですか?
円の広さを考えるには、天井の高さが大事になってきます。耳の高さから天井までの距離が稼げないと円を広くできないからです。うちのスタジオは天井高が約2.7mあるので、1.6mの円が組めました。一般住宅の2.4mの天井高だと1.6mはおそらく組めないので、幸い2.7mあったからこその見事なハマり具合でした。

ステレオとアトモスのイメージの互換性が良くなった
- セッティングのコツは?
セッティング自体は測定と測量に依存するので技術的な部分が絡みますが、強いて言えば耳の高さの9ch分は「音響軸」をしっかり揃えることは大事なんじゃないかと思います。iLoud Precision MTM MKII は真ん中にあるツイーターが音響軸ですが、iLoud Precision 6 MKII はツイーターとウーファーの間なのかツイーターのど真ん中なのかがわからないので、そこがマニュアルや公のサイトなどでわかればいいなと思いました。あとは、ハイトスピーカーに関しては別売の専用ブラケットが便利で、天井に穴を開けられる環境なら手軽に付けられます。あと、付属のインシュレーターがとても良いです。最初は「安っぽいゴムみたいだな」と思いましたが(笑)、いろんなインシュレーターを試した結果、結局あれが一番いいとなりました。専用設計だけあってオススメです。
- サブウーファーとの繋がりはいかがですか?
調整班の方々がしっかり調整してくださって、ものすごく良い繋がりができました。2日半ぐらいかけて設営・調整してくれました。
- 新しい環境になって、制作フローへの影響は?
すでにこの環境でアトモスミックスを始めていますが、作業が劇的にしやすくなりました。ステレオミックスの段階から iLoud Precision MTM MKII を併用することで、ステレオとアトモスのイメージの互換性もすごく良くなりましたね。制作スピードも速くなりました。
- 最後に、アトモス環境への拡張を考えている方に向けて、iLoud シリーズの推しポイントをお願いします。
Precision MKII の位相の良さ、帯域バランスの良さ、仮想同軸の洗練された感じは、7.1.4chで組む場合でも圧倒的に良いパフォーマンスを発揮してくれます。そして iLoud MTM MKII によるハイトスピーカーは、今まで自分のスタジオで組んできた5つのアトモス環境の中でも、ダントツに良くてビックリするくらい違います。サイドとリアを iLoud MTM MKII にするか Precision MKII にするかは、部屋に広さによって分かれると思いますが、どのシリーズを選んでも間違いありません。iLoud シリーズでのドルビーアトモス・システムは本当にオススメします。

西本直樹
岡山県内と兵庫県姫路市にレコーディングスタジオ BEWEST を3店舗構えるオーナー兼レコーディングエンジニア。3店舗全て Dolby Atmos 対応スタジオとなっている。ジャパレゲの第一人者 J-REXXX や、紅桜との伝説のユニットTHEタイマンチーズの作品を手掛け、その他毎年数多くのインディーズアーティストの作品を世に送り続けている。また2023年7月から Dolby Atmos 作品を中心にリリースするインディーズレーベルを設立。地方から Dolby Atmos 作品を世に送り出す活動を精力的に行っている。
