ビンテージ機材とデジタル機材の違いを理解することで、音楽的表現が豊かになる
今回のセミナーで杉山氏は、「ビンテージ機材とデジタル機材の違いを理解することで、より有意義に機材を活用できるようになる」という点を強調。特にEQ、コンプレッサー、ディレイの3つに焦点を当て、それぞれの音響的な特徴と歴史的背景が解説されました。
ビンテージEQのタイプと、素子による音の違い
EQについては主にパッシブEQとアクティブEQに大別され、それぞれに使用されているパーツが音色にどのような影響を与えているかについて、以下のように解説されました。
パッシブEQ
「パッシブEQは音を変化させる部分に電源を必要とせず、抵抗、コンデンサー、コイルといった受動部品のみで回路が構成されます。特にコンデンサーは音のキャラクターに大きな影響を与え、特定のメーカーのビンテージコンデンサー(Black Cat、Vitamin Q、Bumble Bee など)が高値で取引される理由もそこにあります。これらの部品は許容範囲が広く、個体差によって音が変化することが、現代の精密なデジタル機器とは異なる音楽的なズレを生み出します」

アクティブEQ
「アクティブEQはインダクターをオペアンプなどの電気回路で代替しています。これにより、回路を小型化することができると共に、より正確な周波数補正が可能になりました。またビンテージのアクティブEQは、入出力にトランスを使用していることが多く、これが音のキャラクターに大きな影響を与える要因となっています。特に Neve 1073 などで使用されているトランス(31267、10468)は、音量や入力インピーダンスの変化により音に独特の色付けをします。これが現代のデジタル環境では再現が難しい、ビンテージ機材ならではの音楽的な特徴を生み出しているのです」

ビンテージ・コンプレッサーのタイプと、素子による音の違い
コンプレッサーについて、杉山氏は「パーツごとのボリュームの下げ方にキャラクターがある」と言います。ゲインリダクションのための素子の違いが、アタックやリリースに影響するため、素子自体にキャラクターがあると考えることで、コンプレッサーの違いが理解しやすくなるそうです。Vari-Mu、オプティカル、FET、VCAの4タイプが解説されました。
Vari-Mu(真空管)
「真空管を使用するタイプです。入力レベルに応じて増幅率が変化することでコンプレッションを実現します。その非線形な動作が独特の音楽的なキャラクターを生み出し、特にドラムやボーカルに太さや粘りを与える効果が得られます」

オプティカル
「光学素子を使用して音量を増減するタイプです。入力信号のレベルに応じて光の強さが変わり、それによって抵抗値が変化することでコンプレッションを行います。光の応答速度や残光特性が独特のアタック/リリース特性を生み出し、特にボーカルやベースに自然なコンプレッションをかけたい場合に好まれます。Teletronix の LA-2A や LA-3A などが代表的です」

半導体
「ダイオードを使用して音量を増減するタイプです。高速なレスポンスとクリアなサウンドが得られ、ゲインを下げやすい点が特徴です。Urei 1176 や Neve 2254 などが有名で、アタックが速く、パンチのあるサウンドを得意とします」

VCA
「電圧制御アンプ(Voltage Controlled Amplifier)が使用されており、最もモダンで汎用性が高いのが、このタイプです。ゲインが下げやすく、非常に精密なコントロールが可能で、SSL のバスコンプレッサーなどにも採用されています。最もクリアに、かつ素早くコンプレッションすることができます」

これらの特性の違いを理解することで、目的に応じた適切なコンプレッサーの選択が可能になることが解説されました。実機ならではの微細なニュアンスの違いは、聴き込むことで感じ取れるようになるとのこと。これらの特性は Universal Audio の UAD プラグインでも再現されており、杉山氏いわく「UAD-2 は本当にそれぞれの素子の音がする」とのこと。トランスの音まで忠実に再現されているそうです。
ビンテージディレイの音楽的な作用
ビンテージのデジタルディレイについては、「ビット数の少なさが音に独特の影や奥行きを与えるため、たんに音を繰り返すだけでなく、メインの音を際立たせる効果がある」と杉山氏は解説します。現代のクリアなディレイとは異なる、音楽的な作用を得られることが強調されました。

UAD プラグインによるビンテージ機材の再現
セミナー後半では、UAD プラグインによるビンテージ機材の再現性に焦点が当てられました。杉山氏が携わった楽曲における、UAD プラグインを使用したミックス事例が紹介され、その再現性の高さを解説。杉山氏のマジックチェーン(より良いサウンドを生み出す相乗効果を持った機材の組み合わせ)で使われている主なプラグインを見ていきましょう。
Studer A800(マルチチャンネル・テープレコーダー)
「テープコンプレッションというか、アナログテープに録音した時のまとまりがしっかりと再現されるので、このプラグインは大好きです。バスドラに使うと低音が少し増えたように感じますね。テープ速度は30IPS、テープタイプは456、CALレベルは+3に設定しています。+6にすると少し歪み始めるんですが、このプラグインはそういうところまでよく再現されていますね」

Helios Type 69(プリアンプ/EQ)
「低音域の調整のしやすさや、特定の帯域(1.4kHz前後)をブーストすることで、音に張りが出て、音全体を明るくするキャラクターを持っています。ボーカルでもピアノでもベースでも、とりあえず1.4kHzあたりを上げるだけで大抵のことが解決します」

Little Labs Voice Of God(ベースレゾナンス)
「サブハーモニックを足すプラグインです。ピンポイントで低音をコントロールしたい時や、どうしても足りない重低音をもっと出さなくてはならない場面などで重宝します」

Neve 33609/C(コンプレッサー)
「マスターバスにかけて音をまとめる際に使用します。2dB叩いて、2dB持ち上げると、その元気のあるコンプレッション感が理解できるかなと思います。実機と同じようなアタック感や、特定のセッティングで得られるキャラクターがプラグインでも感じられます。この元気な感じ、キラッとする感じが出るのはリビジョンCまでなんですよ。トランスの質の違いでしょうね。そこまでしっかり再現されています」

Pultec EQP-1A(EQ)
「これはトーンコントロールのつもりで使うのが好きです。特定の周波数帯(例:8kHz)をわずかにブーストするだけで、全体が明るくなり、音楽的に良い効果が得られます。特性上1kHzあたりも軽くブーストされるところも気に入っています。ビンテージEQならではの緩やかなカーブにより、音に自然なまとまりを与えることができます」

Neve 1073(プリアンプ/EQ)
「サウンドをほんのちょっとキラッとさせたい時にこれを使います。ハイを上げるのではなく、芯を出したい時、これで1.6kHzを上げれば全て解決します。1目盛も行かない程度、ほんの少し上げるくらいです」

AMS DMX(デジタルディレイ/ピッチシフター)
「ビットの粗い、古いデジタルディレイの特性が再現され、わずかにモジュレーションを加えることで音に影を落とし、奥深さを表現できます。メインの音を際立たせるための空間系エフェクトとして非常に有効です」

V76(プリアンプ)
「Apollo インターフェイスの Unison でこのプラグインを使用することで、伝説的な V76 マイクプリのサウンドキャラクターを再現し、特にボーカル録音においてその効果を実感できます。今では入手困難で高価になった実機のサウンドが、現代の環境で手軽に利用できるようになったことがとても嬉しいです」

dbx 160(コンプレッサー/リミッター)
「アタック/リリースの設定がオートしかないのに、楽器の存在感を一変させます。特にベースに使うことが多いです」

ミックスの秘訣と心構え
本セミナーでミックスの重要な秘訣として挙げられたのが、聴く耳の重要性です。プラグインや機材の特性を理解し、実際にその違いを聴き分けることが、より良いミックスに繋がると杉山氏は強調します。また、昔のエンジニアたちが試行錯誤する中で培ってきた知識や、機材が持つ特性を理解することで、なぜその機材が特定のサウンドを生み出すのかがわかり、それを現代のツールで再現・応用する力が養われるとのこと。
加えてTipsとして、音量調整の重要性についても言及されました。ボリュームの変化が音の印象に与える影響は大きいため、意図的に調整することで、聴き手に良い音だと感じさせることができるそうです。
UAD プラグインの登場により、高価なビンテージ機材を誰もが手軽に利用できる時代が到来しました。とはいえ、たんに最新の機材を使うだけでなく、ビンテージ機材が持つ音楽的な特性や背景を理解することが、今後の音楽制作において非常に重要であるとして、本セミナーは締めくくられました。

杉山勇司
1964年生まれ、大阪出身。 1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイスオーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、SOFT BALLET、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Raymond Watts、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、Dub Master X、X JAPAN、L'Arc~en~Ciel、44 Magnum、LUNA SEA、Jungle Smile、広瀬香美、Core of Soul、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、dropz、睡蓮、寺島拓篤、花澤香菜、杨坤、张杰、曲世聰、河村隆一など。また、1995年にはLOGIK FREAKS名義で、アルバム『Temptations of Logik Freaks』(ビクター) をリリース。また、書籍「新・レコーディング/ミキシングの全知識」を執筆。