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Universal Audio : エンジニアが明かす UAD プラグインチェーン① yasu2000

複数のプラグインを鎖のように繋ぐことで理想的な効果を得る、プラグインチェーン。UAD プラグインを愛用するエンジニアに、どんなプラグインチェーンを組んでいるかを聞いてみました。big turtle STUDIOS の yasu2000 さんはボーカルトラックに UAD プラグインを多用するそうです。

プラグインチェーンが挿さったバスに全てのボーカルトラックを突っ込む


- yasu さんがボーカルトラックによく使う UAD プラグインについて、使用順に教えてください。

ボーカルはダイナミクスの幅がかなりあるパートですから、例えば低いトーンで優しく歌う箇所もあれば、張り上げるように歌うところまであります。そうすると、張って歌うところはどうしても声が細くなってしまうので、僕はささやき声と、張って歌う声、その中間など、2〜3トラックに分けて処理しています。ささやき声はローを少し落ち着かせつつ、張った声はローを上げるなど、個々のEQ処理ができるからです。そして、それらのボーカルトラックをボーカル用のバスに送り、ボーカル用のプラグインチェーンをかけます。プロジェクトを開いたら、まずは他のプロジェクトからプラグインチェーンが挿さった状態のボーカルバスをインポートして、そこにリードボーカルトラックを全て送ります。パンが左右に振られたボーカルトラックでも反映できるように、ステレオのAUXトラックにしておきます。

プラグインチェーン
▲ボーカル用のバスはvo 1とvo 2のAUXトラックが2つ用意されており、最初に紹介するプラグインチェーンは主にvo 1に挿さっている

- ボーカルバスに送ることで、同じプラグインチェーンがかかるわけですね。

はい。リードボーカル用とコーラス用のボーカルチェーンがあるので、今回はリードの方を紹介します。まずはバスに送る前に、各ボーカルトラックに UAD 1176LN Rev E(コンプレッサー/リミッター)とEQを挿して馴染ませます。録音時のコンプのかかり具合にもよりますが、振れた時の最小が−3dBくらい、最大で−7dBくらいリダクションします。ずっと声を張り続けるようなトラックなら振れた時の最小が−1〜−2dB、最大で−7〜−10dBくらい。この時、なぜ Rev E を使うかというと、他のシリーズより低ノイズでどっしりとしていて、レシオの具合がパンチがあってしっくりくるからです。アタックはセンターかちょっと遅いくらい、リリースは早めにし、インプットとアウトプットを調整して先ほどのリダクション量に揃えます。MIXノブは全部の調整が終わってから最後に徐々に緩めていきますが、まずは最大にした状態でバスに送ります。

1176
▲UAD 1176LN Rev E。インプットとアウトプットのノブの間に、原音の混ぜ具合を調整するミックスがある

- ではボーカルバスのプラグインチェーンについて、1つずつ教えてください。

バスの1段目は UAD SSL 4000 E Channel Strip(チャンネルストリップ)です。これのマイクノブを操作すると声の質感が結構変わるので、質感を安定させるために使います。あとダイナミクスのレシオが無段階なので、比率が滑らかに変えられて、微妙な調整ができるんですよ。先ほどの 1176 はコンプの中でもアタックが最も速いので素早く声を潰せる一方、SSL のコンプはレシオを微妙に調整できるという利点がある。レシオのスムーズさを利用して、1176 でパツっとさせたボーカルトラックを徐々に緩めていくようなイメージで使います。

SSL
▲UAD SSL 4000 E Channel Strip。左上の赤いノブがマイク

- ボーカルのスムーズさを SSL で調整するんですね。

そうです。これが 1176 のレシオだと、4の次が8なのでガッツリ変わってしまうんですが、SSL はわずかなレシオの違いを滑らかに変えていけます。そして、ディエッサーを通してから UAD Pultec-Pro Legacy(EQ)に行きます。自然に太いままハイが上げられるパッシブEQならではの特性を持つので、ボーカルに最も必要な5kHzあたりを微妙に上げて、中低域をちょっと下げ、300Hzのふくよかな部分を2くらい上げる。これはボーカルのボディの部分ですね。他のEQで上げるよりも、Pultec で300Hzを上げるほうが暖かみや厚みがあるんですよ。

Pultec
UAD Pultec-Pro Legacy

- EQカーブの特性が肝なんですね。

そうですね。高域も12kHzあたりを4くらい上げますが、それも痛くならず、温かみがある感じで高域が柔らかく上がります。子音が目立つ10kHzや、ハイハットとぶつかる部分は少し下げます。ボーカルの支えになる周波数帯を上げることもありますが、低域はあまり使いません。中低域と高域をよく調整しますね。足りない部分は Pultec をもうひとつ立ち上げて調整します。ボーカルバスは500Hzが詰まりがちなので、そこを自然に下げたりします。

1176 で潰した状態から、微妙なリダクションで形を少しずつ変えていく


- ここからさらにコンプレッサーをかけるんですね。

はい、ボーカルには Fairchild 670 が欠かせません。これを通さないと、どうしても好きな声質にならないんですよ。質感を得る役割が大きいです。インプットゲインを上げていくと、ボリュームが大きくなるだけではなくボーカルの面積がどんどん大きくなって、細いボーカルでも太く、大きく、存在感が増していく。素材にもよりますが、真空管コンプを通して録られたような面積の大きいボーカルならインプットゲインを下げ目にするし、デジタルだけで録られたようなボーカルなら、ふくよかにするためにインプットゲインを上げ目にします。そして、インプットゲインを上げた分、スレッショルドを下げます。

- インプットゲイン以外に操作する箇所は?

右上の TIME CONSTANT スイッチは、ボーカルのシェイプを変えるプリセットのようなもので、切り替えるとアタックとリリースのバランスが少しずつ変わるので、1から4までを曲調に応じて切り替えます。声の形って、アタックとリリースによって変わるじゃないですか。それをカチカチカチと変えながら、この曲は何番にしようかなと考えるわけです。これが肝ですね。そしてニーを調整します。声が硬い場合は右側に回して滑らかにし、もっとエッジが欲しい時は左に回します。その際にリリースも変化するので、つどスレッショルドを調整して、リダクションが薄くなるように設定します。

fairchild
▲UAD Fairchild 670。右下のDCスレッショルド・トリムでニーの幅をコントロールできる

- 1176 でのコンプレッションとはかなり違いますね。

1176 をかけないとボーカルが一向に前に出てこないので、まずは 1176 が必要なんです。で、その後にかける遅めのコンプで滑らかに緩くしていく。それがボーカルチェーンによるコンプレッションなんです。

- 以上でボーカルチェーンは完了ですか?

ここからはボーカルに歪みが必要な曲調に使ったりするのですが、vo 1と同じインプットバスとして、vo 2のAUXトラックがあって、そこにも各ボーカルトラックが送られ、微細な味付けをしたりします。このバスはvo 1に比べレベルを−15〜−25dBほど下げてあり、UAD V76 Preamp(プリアンプ)が挿さっています。これにより、vo 1で加工したボーカルトラックとビンテージで温かみのある歪みのボーカルトラックを2枚重ねにしたような感じになるんですね。V76 の質感が後ろにいるようなイメージです。スピーカーで聴くとわかりにくいですが、声が少し立体的になるんですよ。イヤホンで聴くと、ボーカルの奥に懐かしさのような、レトロさのような何かがいるのが露骨にわかります。ここまで調整してから、最初にかけた 1176 のミックスをだんだん緩めていくんです。そうすると自然な音が足されていくので、もうひとつのバスに挿したコンプがさらに活きてくるわけです。

V76 preamp
▲UAD V76 Preamp

- V76 の設定のポイントは?

主にゲイン調整ですね。エッジを立たせて少し歪ませたい場合は、ゲインを上げます。インプットメーターが赤に振れるくらいまで持っていくこともありますし、歪みが気になる場合はそこまで行かないようにします。

- これらの UAD プラグインによって、ボーカルの質感や形が作られていくのですね。

そうですね。このプラグインチェーンが重要な役割を果たしています。

big turtle STUDIOS
▲yasu2000氏の活動拠点である big turtle STUDIOS のコントロールルーム。昨年、大幅なスタジオリニューアルを行い、IK Multimedia の iLoud Precision と iLoud MTM によるイマーシブモニターシステムが組まれている

写真:桧川泰治

yasu2000(big turtle STUDIOS)

1999年にDJとして単身渡米。N.Y.のライブハウス「CBGB」にて一流ジャズミュージシャン達とMPCで共演。NYであらゆるジャンルのカルチャーに感化されサウンドエンジニアに興味を持つ。その傍ら、エンジニアの専門学校IARに入学し、卒業後はブルックリンのスタジ オに2年間在籍。2005年に帰国し、現在はorigami PRODUCTIONのハウスエンジニアを勤める。

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