現代の音楽プロデューサーにとって「A-Type」という名称は、アナログのレコーディングスタジオでの、ノイズを減らす作業や、テープからデジタルに変換する作業などに使われていた大昔の機材を思い起こさせます。しかし、こうしたイメージは A-Type の魅力の全てを物語るには不十分です。
Dolby A-Type ノイズリダクション・システムはただの保存技術だけではなく、変革の歴史をももたらしました。磁気テープの黄金時代に、画期的なノイズリダクション回路として生まれたこのシステムは、クリエイティブなエフェクトとして、歴史に残る名盤のサウンドを静かに形作ってきました。
DAWで作業する現代の音楽プロデューサーやエンジニアのためのツールとして生まれ変わった A-Type Multiband Dynamic Enhancer プラグイン(以下 A-Type プラグイン)は、忘れ去られた「スタジオの秘密」に再びスポットライトを当てます。Universal Audio のプロダクトデザイナーであるウィル・シャンクス氏に、この伝説の機材の特別な魅力を聞きました。

一度認識したら無視できない素晴らしいサウンド。「これがボーカルの正しい音」だと思わせられる
- A-Type システムのどこに興味を惹かれましたか?
皆さんと同じように、私も A-Type をノイズリダクション・ツール、特に磁気テープのヒスノイズ対策ツールとして考えていました。ボーカルの「エアトリック」を行うために、エンジニアが A-Type システムを改造して使っているという話は耳にしましたが、現代のプラグインやハードウェアで再現されていることを知るまで、なぜなのかを理解していませんでした。それから興味が湧き、A-Type がどう作用しているのかを確かめるために、昔のレコードを聴き漁り始めたのです。
クイーン、ザ・カーズ、AC/DC、ジャーニー、デフ・レパードといったアーティストの往年の名盤を聴いて、その効果を目の当たりにしました。いたるところに A-Type のエアトリックが存在していたのです。一度その存在を認識すると、もう無視できません。本当に素晴らしいサウンドで、「これがボーカルの正しい音だ」と思わせられるほどの普遍性があります。
- オリジナルの A-Type ハードウェアは何がすごいのですか?
ノイズリダクション機能が驚異的でした。Dolby の名を世に知らしめたのも、まさにこの技術です。独自のマルチバンド「コンパンダー」処理は、エンコード時にコンプレッサー、デコード時にエクスパンダーをかけるというもので、テープに録音しながらエンコードし、再生時にデコードします。これにより8~10dBの透明なノイズリダクション効果が得られました。画期的な技術であったため、世界中のスタジオでこのユニットが導入されるようになり、その需要に応えるためにアメリカとイギリスの両方で製造されました。
A-Type のエキサイトモードはリードボーカルで聴ける定番のサウンド、エアモードはバックボーカルでよく使われることで知られています。ボーカルを強調し、瞬時に際立たせるその効果は驚異的です。他の多くのソースにも使用できますが、重要なトラックや、特に強調したいトラックに使用するのが基本です。

- A-Type のハードウェアはテープのアーカイブにも使用されます。
私たちが作る UAD プラグインは、レコード制作の歴史を保存する手段として考えられてきましたが、今回の A-Type プラグインは機材の保存だけでなく、多くのテープ・レコーディングの完全性も保証できるかもしれません。アナログ時代の文化のセーフガードとなりえます。実はこのプロジェクトは、テープアーカイブのためのより良いシステムを作る必要性から始まりました。
同僚のジェームズ・サンチャゴは、サウンド・シティ・スタジオに部屋を借りていて、スタジオオーナーのサンディ・スキーターのテープアーカイブ作業を手伝っています。サウンド・シティには膨大なテープライブラリがあり、ジェームズは Studer A800 と Ampex ATR-102 という2種類のテープマシンを使って、週に5~10本のテープをアーカイブしています。
ジェームズは90年代に作られた A-Type の24トラックシステムを使用していました。システム自体は問題なかったのですが、ポットの故障、カードエッジの不具合、その他の電子機器の不具合などにより、チャンネルが不安定になることがありました。さらにテープマシンと本体の間には、コネクタが摩耗した約24mの巨大な蛇行ケーブルが接続されており、これが作業工程のリスクとストレスを増大させていました。一部のテープは焼成が必要で、再生回数が制限されるという問題もありました。
- それは大変な作業ですね。
とても繊細な工程で、私には到底無理です。そこでジェームズは、必要な機能を実現できそうなプラグインを探し始めました。必要なデコード処理を実行できると謳っているプラグインがひとつだけありましたが、それはインチキでした。そこで彼は、同僚のデイブ・バーナーズ博士にデコードプラグインを作ってほしいと頼みました。デイブは A-Type の回路の大ファンだったので、プロトタイプを作ってくれたのです。

現在でも A-Type のハードウェアは存在し、デジタル化の一環として、それでデコードを行う専門業者もいくつかあります。しかし費用は高額です。デコードが省略されたり、重要な処理を省いてリミックスされたという話も聞きます。その点、この A-Type プラグインを使えば、何年も前に変換されたとしても、はるかに簡単にデコードできるのです。
A-Type プラグインの最大の魅力は Circuit Mods で個々のバンドにアクセスできること
- A-Type のような複雑なアナログ機器をデジタルで再現する際、UA はどんなアプローチを取っているのですか?
デイブ博士はエンコードとデコードから手を付け、有名なエアモッドのバリエーション(3種類)や、異なる回路経路の実験、レシオ調整など、様々な改造を試していました。マルチバンド回路を搭載した Cat 22 カートリッジは改造しやすいのです。博士は大量のカートリッジで実験を行い、それらは今でも A-Type 本体と共に私の隣に置いてあります。見た目はさながら昔のビデオゲーム機のようです。
実は Sound City Studios プラグインを開発するまで、そうしたデイブの試みに全く気付いていませんでした。ある日、隣のコントロールルームで A-Type プラグインのプロトタイプが起動され、デイブがシングルバンド・モッド、あるいはクラッシュモードと呼ばれる機能をデモしていました。入室した私はすぐさまそのサウンドの虜となり、Sound City Studios プラグインに組み込んでルームマイクをクラッシュさせたくなりました。こうして2つのプロジェクトが見事に重なり合ったのです。
サウンド・シティでは、A-Type ユニットはノイズリダクション以外にも、エフェクトとしてよく使われていました。ハウスエンジニアのキース・オルセンは、その1人として有名です。例えば、フリートウッド・マックの1975年のセルフタイトル・アルバムで、その効果を聴くことができます。古いトラックシートには、よく「デコードしないで」とか「エア」と書かれているのを見かけます。つまり歴史的に見ても、Sound CIty Studios プラグインに A-Type エフェクトを導入するのは理にかなっていたのです。

- オリジナルのビンテージハードウェアに忠実であることと、現代の音楽プロデューサーの用途について、どのようにバランスを取りましたか?
このプラグインのアイデアの多くはデイブ博士が生み出したもので、彼がほぼすべての実験を行い、プロトタイプも完成させましたが、少し深みにはまりすぎた機能については、ローンチ前に除外されています。繰り返しになりますが、A-Type ハードウェアのカートリッジスタイルは改造に適したプラットフォームであり、ここに並んだ改造カートリッジの山は、プラグインに盛り込まれた多くの要素を象徴しています。
とはいえ、ソフトウェアでの実験も数多く行われました。私の仕事は、そうした素晴らしい成果をすべて活用し、拡張することで、適切な機能とパラメーターレンジを備えたユーザーフレンドリーな体験を提供することでした。A-Type プラグインは、オリジナルのマルチバンド回路の能力を超えた可能性をクリエイターにもたらします。

- マルチバンドコンプは音楽制作の重要なツールです。A-Type のマルチバンドコンプを作り直す上で工夫したことは?
私達はこれまで数多くのコンプレッサーをテストし、リリースしてきました。しかし、ビンテージのハードウェア・マルチバンド・システムをエミュレートするのはこれが初めてです。設計とテストの両面で、いくつかの斬新な点と課題はありましたが、それでもコンプレッサーであることには変わりない、というのがデイブの個人的な思いなのです。
A-Type 回路の狙いは、明らかに「可能な限り透明感を追求すること」であるため、リニア設計を採用しました。そのため、このプラグインは特にクリーンで透明度が高いです。デコード性能は素晴らしく、他の要素も自然に調和しています。そしてユーザーにとって最も魅力的なのは、Circuit Mods パネルで個々のバンドにアクセスできることでしょう。
長年の使い古しで A-Type のトリックは陳腐化していた。しかし物事は巡り巡るものだ
- このプラグインのクリエイティブな使い方のひとつに CRUSH モードがあります。聞くところでは、最初は実験的なモードだったのが、最終的には2つの UAD プラグインに搭載されるようになったそうですね。
先ほども言ったように、A-Type に出会ったきっかけはシングルバンドのクラッシュモードでした。ルームマイクを爆音にするその独特なサウンドに、すっかり虜になってしまいました。FETベースのコンプレッションという点では1176に似ていますが、より透明感があり、ふっくらとしていて、それでいてアグレッシブなサウンドも出せます。
A-Type のエンハンスメントは、70、80、90年代にかけて、多くのレコードでスタンダードなミックス手法として使われ過ぎていたため、制作現場では陳腐化していました。ある意味、ゲートリバーブと似ています。しかし物事は巡り巡るもので、AMS RMX16 プラグインをリリースした後、80年代に有名になったゲートリバーブ・プログラム「Nonlin」が再び流行り始めたと聞きます。なので古い定番の使い方は無視して手を加えたいと思い、CRUSH モードこそがゲートリバーブとしてオーディオ処理をするための素晴らしい方法だと考えました。

GATED モードは、CRUSH コンプレッサーの前にシンプルな信号ゲートを配置します。RMX16 を模倣しているわけではありませんが、似たような効果があり、特にマイクとの距離が離れている場合に有効です。
- A-Type を初めて触る人にとってはわかりにくい、おすすめの使い方や驚くようなトリック、設定はありますか?
デイブ博士から最初に説明を受けたとき、その基本的な動作原理に驚きました。A-Type は主要な信号はそのままに、低レベルの信号だけを増幅します。これはエンコード(EXCITE)モードで動作している時です。そして4つのバンドとフィルターの配置も魅力的でした。

ネタバレになるかもしれませんが、Circuit Mods パネルのパラメーターを使えば、このプラグインを様々な処理に応用できます。ディエッシング、ノイズリダクション、エクスパンション、サブハーモニック・エンハンスメント、トランジェント・シェイピングなど、ビンテージスタイルのエフェクトが満載です。マルチバンドの原理に関する深い知識は必要ありません。
A-Type プラグインはまさに、現代的なダイナミックEQやマルチバンドコンプへの入り口と言えるでしょう。アーティストによる素晴らしいプリセットが用意されており、クリエイティブな使い方をすぐに試すことができます。また、オリジナルのハードウェアとの相性も抜群なプリセットが用意されています。

- ブラックボックス型のノイズリダクション・ツールだったものを、今どきのクリエイティブな用途に合うダイナミクス・プロセッサーに改造したわけですね。その過程で何か予期せぬ発見はありましたか?
あまり知られていませんが、Cat 43 Film Processor という拡張機材があります。これは A-Type のゲインを操作できるように「脱獄」し、環境ノイズを抑えるための新しい回路設計が採用されていました。ゲインスライダーを備えた独特な補助装置で、延長用のカートリッジで接続されていました。当時の人達はこれさえあれば満足したでしょう。
ある意味、A-Type は初めて広く採用されたマルチバンド・プロセッサーと言えます。もうひとつ面白い事実があります。デイブ博士は確か2004年か2005年に、A-Type を4台とカートリッジを大量に購入しました。20年前からこの設計に注目していたのでしょう。いつかモデリングできることを願い、ずっと手元に置いておいたのです。そして、ついに再び A-Type にスポットライトを当てる理由が見つかりました。ちょっと詩的な話ですね。

*A-Type Multiband Dynamic Enhancer プラグインは、Dolby 社と提携、スポンサー、または推奨関係にありません。Dolby 社の名称および A-Type のモデル名は、Universal Audio 社製品でエミュレートされる名機のエフェクトを識別するためにのみ使用されています。