Mac と Apollo Solo による Auto-Tune のための専用システム
- ライブ中のボーカルの Auto-Tune 処理は、PA側で行われているのでしょうか?
客席側の音を作るPAエンジニアはFOHにいるのですが、今回の OCTPATH のようにメンバーが7〜8人いるボーカルグループの場合、PA側でマイクの音をケアしながらシーケンスやエフェクトの細かいパラメーターまで手を回すのは不可能です。そのため、基本的にはプレイバックエンジニア(※バッキングトラックやクリック音を再生し、ステージの演奏と同期させる専門職)である僕が Auto-Tune で処理した音がそのままPAに送られ、客席側に出力されるという形をとっています。
- プレイバックエンジニア側のシステム内に、Auto-Tune 用の機材が組み込まれているのですね。
はい。主に Auto-Tune をかけるための専用システムとして Mac と Apollo Solo(オーディオインターフェイス)を1台ずつ専有させています。そして万が一のトラブルに備えて、全く同じシステムをもう1セット、バックアップとして走らせています。最大のポイントは、Auto-Tune のパラメーターをすべてMIDIでコントロールしている点です。
- DAW から MIDI CC を送って設定を切り替えているのですか?
その通りです。リチューンスピード(補正の速さ)などの諸々の数値を全部MIDI CCで送っています。ここで活躍しているのが UA MIDI Control というサードパーティ製のアプリケーションです。これを使うことで、通常はMIDIで直接コントロールできない Apollo 内のパラメーターを、すべて MIDI で制御できるようになります。DAW 上に貼った MIDI ノートの情報を、Mac の IAC ドライバーを経由して UA MIDI Control へ送っています。

楽曲展開に合わせてパラメーターを緻密に制御
- Auto-Tune を MIDI でコントロールするメリットは?
例えば、今回のライブでは2人のボーカルに対して Auto-Tune を使用するので、Apollo Solo のインプットとアウトプットをch.1とch.2にセパレートして個別に管理します。1人は曲の途中からしか Auto-Tune を使わないので、そこまではMIDIを使ってリチューンスピードを下げておいて。もう1人は曲の頭からずっと、いわゆる「ケロケロ」としたエフェクティブな声にしたいので、リチューンスピードを完全に「0」(最速)に固定しています。こういったことを個別に管理できて、全自動で切り替えられるのがすごく便利なんです。
- ハードウェアの Auto-Tune プロセッサーではそこまでの制御は難しいですか?
Antares が出している Auto-Tune ハードウェアは、設計が少し古いことと、基本的にはフロントパネルでの手動コントロールになってしまいます。キーの変更くらいはできるかもしれませんが、ソフトウェア版の Auto-Tune Realtime Advanced に比べると自由度は全く違います。ソフトウェアであれば、特定のワンフレーズで使う音だけを制御するといったことが可能ですし、メロディとして絶対に登場しない音階を事前に省いておくこともできます。今回の OCTPATH はみんな歌が上手いのでそこまで極端な設定はしませんでしたが、現場によっては、メロディラインをMIDIで打ち込んで確実に補正していくような手法をとることもあります。

- 本番中に手動で操作することはないのでしょうか?
本番中は一切プラグインのパラメーターを触りません。ただ見ているだけです。2台のパソコンを全く同じ画面設定にして、UAD のメーターを見ながら、ちゃんとボーカルが入力・出力されているか、設定したキー通りにターゲットノートが合っているか、意図通りに引っかかって補正されているかを監視しています。リハーサルなどの準備段階では、曲ごとに最適な数値をプラグイン上で手動で探り、その数値をMIDI側に打ち込んで再現させるという作業を行います。これが本番も全て手作業だと、途方もなく面倒な作業になってしまいます。
- ライブ中にトラブルが起きた場合、メインとバックアップはどのように切り替わるのですか?
基本的にはメインのパソコン1台の音だけを出力していますが、同時にバックアップのパソコンでも全く同じシーケンス、同じ MIDI が走っています。もし曲の途中でメインのパソコンが止まるなどのトラブルが起きた場合、システムが自動的にバックアップへ切り替わります。仕組みとしては、DAWから常にパイロットトーンと呼ばれる切り替え検知用の信号音を鳴らし続けておき、もしメインのパソコンがフリーズしてパイロットトーンがロストされると、EXBOX という装置が検知して、自動的かつ瞬時にバックアップ側の回線へと切り替わります。

Auto-Tune のクリスピーさによってボーカルが前に出てくる
- Auto-Tune Realtime Advanced を愛用している理由は?
シンプルに音が好きというのがあります。Auto-Tune をかけた後の音って、少しクリスピーになるような気がするんです。このクリスピーさによって、リバーブなどの空間系エフェクトのノリがすごく良くなります。ボーカルは楽曲の中で一番前に出てきてほしいパートで、奥に引っ込んでしまうと、他の楽器もそれに合わせて遠く配置しなければならず、ミックス全体のバランスをとるのが非常に難しくなります。コンプレッサーをかけると音が奥に引っ込んでしまうこともありますが、Auto-Tune を通すと、ボーカルがスッと前に出てきてくれるんです。
- それはライブ特有の効果なのでしょうか?
いえ、レコーディングでも全く同じです。僕自身、ボーカルのレコーディングを行う際も Auto-Tune をインサートしますし、Melodyne などで後から細かくピッチを直す前提であっても、録りの段階で絶対に Auto-Tune は挿しますね。
- アーティストに合わせて設定を変えるのですか?
性別や声質によって、インプットタイプを「Low Male」にするか「Alto」にするかを選びます。また、人によっては Classic モードの方が好みな場合もあります。Classic モードは、2000年代初頭のアーリーサウザンズ的な特有のニュアンスが出てグッときますね。このあたりは完全に音色の選択肢として使っています。Flex-Tune や Humanize といったパラメーターに関しては、正直なところ数値でコントロールしているというよりは、完全に耳で聴きながら、つまみを動かして一番良いポイントを探るというアプローチをとっています。
- 声量やPA側のレベルとの兼ね合いはどう調整していますか?
声質や、本人がどれくらい Auto-Tune をかけたいかによって変わるため、リハーサルで試行錯誤します。PAさんがコンソールで受けたい基準レベルと、僕がプラグイン内で処理したい基準レベルがあるので、Apollo のインプットとアウトプットのゲインで調整します。スプリッターなど色々な機材を挟んでいるため、どうしてもレベルは変わってしまうのですが、なるべく入ってきた音量のままPAへ返すようにしています。また、Auto-Tune がかかることで聴感上の音の大きさもだいぶ変わるため、純粋な数値だけでなく、最終的な聞こえ方を微調整しながら追い込んでいきます。
- レイテンシーは気になりませんか?
Auto-Tune のみならほぼ問題ないですね。客席側で聞いたらわからないです。「Auto-Tune をかけた音をイヤモニに返してほしい」と言われるとちょっと難しいですが、Auto-Tune はモニターに返さないのが一般的だと思います。ドライな音を聞きながら歌うので、お客さんとは聞こえ方がちょっと違う。この辺はアーティストによってやり方が色々ですね。

Auto-Tune は全力でパフォーマンスするための強力な安心材料
- Mac の手前には非常にシンプルなコントローラーが置かれていますね。
はい、プレイバックに特化した市販の MIDI コントローラーです。Play と Stop が設定されていて、このマスターボリュームのようなフェーダーも含め、すべて MIDI でコントロールしています。本番中、僕は基本的にこの Play ボタンしか押しません。
- Play を押すだけなんですか?
はい。Play を押すと曲のシーケンスが始まり、それに同期して自動的に Auto-Tune のパラメーターも動きます。なぜここまで極力シンプルな操作にしているかというと、ヒューマンエラーを起こしたくないからです。画面上でマウスを使って次の曲へ送ってスタートさせる……といった操作をしていると、どうしても人間によるミスが起きがちです。極端な言い方ですが、人間って信用できないじゃないですか(笑)。だからこそ、人間が間に入る余地を極力排除して、機械にセーフティになってもらうシステムを構築しています。
- それを手動でやっている現場もまだありますよね。
照明や映像もタイムコードで完全に同期して動いている時代に、手動でポン出しをするなんて「ミスったらどうするの?」と思うんです。僕は自動化できることは全て自動化するべきだと考えています。本番中に Play ボタンを押すだけのシステムにすることで、リハーサル中は音質の微調整や Auto-Tune の細やかな設定など、クリエイティブな部分により深く集中できますから。事前の準備が本当にすべてですね。このシステムなら、ライブハウスツアーや小規模な海外公演であっても、機材が少なくて済みますし、僕が同行しなくても全く同じ音を再現することができます。
- プレイバックエンジニアとしての視点から、ライブにおける Auto-Tune の存在意義をどう捉えていますか?
コーラスの厚みやアタック感を出す目的もありますし、ソウルフルなシンガーでなければ、海外のアーティストのライブでも基本的に導入されています。日本だとまだ「Auto-Tune をかけている=歌が下手だから隠している」というネガティブな印象を持つ人がいるかもしれませんが、決してそういうことではありません。ダンスボーカルグループなどは激しく踊るため、どうしても声がブレる瞬間があります。「声が震えるのが嫌だ」「ピッチが外れるかもしれない」という不安からパフォーマンスがおろそかになってしまうくらいなら、テクノロジーで手助けをしてあげて、アーティストが全力でパフォーマンスに集中できた方が、結果的にお客さんも絶対に喜ぶはずです。今回の OCTPATH の現場でも、メンバー全員にかけるのではなく、本人たちから「僕が使いたいです」と明確な指定がありました。かっこよくなるなら全然使えばいい。Auto-Tune はアーティストが前向きにパフォーマンスするための、強力な安心材料になっていると思います。
篠崎祐輔
東京を拠点に活動するPlayback Engineer / Music Producer。ライブにおけるプレイバックシステムの構築・運用と、R&B / Pop / HipHopを軸とした音楽制作を手がけ、クラブ規模からアリーナ、フェスティバルまで幅広い現場を経験している。
