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Universal Audio : Tomoki Hirata が語るUKガラージの制作手法とUADx活用術

イギリス、アメリカ、ロシアのアーティスト達とダンスミュージックを作り続ける音楽プロデューサー Tomoki Hirata さんが、17年ぶりのソロアルバム『Requiem』を8月13日にリリースしました。UKガラージやユーロハウスなど、多彩なジャンルに挑戦した楽曲制作の手法について Tomoki さんとエンジニアの David Brant 氏に話を聞きます。

ビーマニ向けに作ったガラージ作品が、音楽ゲームファンの間で伝説化


- LA Stylez や Crystal Mint として活動してきた Hirata さんが、17年ぶりにソロアルバムをリリースすることになったのは、どういう経緯からですか?

Tomoki:前回、Crystal Mint でこのブログのインタビューを受けてから3ヶ月後の昨年2月24日に、ロシアによる特別軍事作戦が始まり、僕も Julia もモチベーションが一気に下がってしまいました。日々ニュースを見て暗澹(あんたん)とした気持ちになりながら、それでも「何かリリースしていかないと」と思い、22年前に作った自分名義のアンリリース・トラックをひっそり配信してみたところ、数日後に iTunes から「あなたの楽曲が日本の iTunes Store の総合ダンスチャートの上位になっています」とメールが来たので調べてみると、Twitter(現X)で多くの方に拡散されていたことを知りました。そこで、初めて自分も Twitter アカウントを作ってみると沢山のメッセージが届き、その中の1人が今回のアルバムの発売元である Diverse System というインディーレーベルの代表の方で、彼らが毎年リリースしている『AD:HOUSE』というハウスミュージックのコンピレーションアルバム用に楽曲依頼を受けました。楽曲を提供した後、その方と初めてお会いして、その場の会話からアルバムリリースの話になり、1年の制作期間を経て完成したのが本作です。

- どんな作品を目指しましたか?

Tomoki:Diverse System は音楽ゲームから派生した「BMS」というジャンルのレーベルのようです。代表の方曰く、僕が過去に制作したビーマニ向けUKガラージ作品の何曲かが、音楽ゲームファンの間で伝説みたいになっているそうなので、UKガラージを中心に曲構成を考えていきました。特に1〜4曲目までは、僕のガラージでゲームをプレイしてきたビートマニア・ファンに響くようなサウンドにしましたが、そこから先の曲構成は、長年暮らしたロンドンや、他のヨーロッパ諸国で見て感じてきた世界感を音で表現しました。

- Crystal Mint の Julia さんもボーカルとして参加していますね。

Tomoki:Julia が参加した楽曲は基本的に彼女との共同制作でしたが、元々ソウルやガラージ系のシンガーではなかったので、始めは少し苦労しました。ですが、彼女がこれらのジャンルのバイブスを理解していき、独特の歌い方でハマってくる過程は楽しかったです。

- 楽曲制作のワークフローを教えてください。

Tomoki:今回はフルアルバムなので、10曲あるオリジナルトラックの構成が同じにならないように気をつけました。ですので1曲完成するたびに、まったくのサラの状態に戻して、音色や打ち込みパターンを細かいところまで変えていったのですが、それはかなり気が遠くなるような作業でした(笑)。

Apollo Twin MkII
▲制作時はオーディオインターフェイスに Universal Audio Apollo Twin MkII を使用し、ヘッドホンでモニターすることが多かったという

- 曲ごとのジャンルの方向性は、どのあたりで見えてきましたか?

Tomoki:全曲の半分ぐらいを作り終えた時に見えてきました。BPMやサウンドの構成にも注意を払ったので、1〜4曲目は様々なタイプのハードなガラージ、5〜7曲目はコマーシャルなユーロハウス、8〜10曲目まではラテン・グルーヴやチルアウト系のフューチャー・ガラージ、そして11〜14曲目はUKリミキサーによるクラブフロア向けハウスミックスという構成にしました。実はここ数年 Crystal Mint の活動に集中していたので、UKガラージに関してはまったくチェックしていなかったのですが、調べてみると、かつてのロンドン時代の友人たちの何人かはレジェンドになり、新旧の曲が入り乱れ、UKガラージ・シーンがさらに巨大なマーケットになっていたのには驚きました。自分自身、90年代当時のロンドンでそのシーンの中にいたので、身体と脳があのグルーヴ感を覚えていたのは良かったです。

- 「Requiem」や「Sail Into The Night」で聴けるギターの音は、Tomoki さんのスタジオで録音したものですか?

Tomoki:Native Instrument のギターソフト ELECTRIC SUNBURST DELUXE を使って打ち込みました。

- 「Sunshine」のチョッパーベースも打ち込みで表現したとか。

Tomoki:ゴーストノートや、ベーシストの弾き損じのような音を打ち込んでライブ感を出したり、ノークオンタイズで打ち込んで、手動でいくつかのノートを遅らせたりしました。生パーカッションは Incognito の Thomas Dyani Akuru に叩いてもらい、録音後にオーディオファイルの良い部分をカットして使いました。

UADx は Apollo のDSPを損なわずにUADプラグインを使用できるのがいい


- UKガラージのゴッドファーザー Grant Nelson や、UKハウスデュオ Saison など、豪華ゲストによるリミックスも収録されています。

Tomoki:Grant Nelson も Saison の Leigh Darlow もロンドン時代から知っている仲なので、何も注文を付けずに「ボーカルミックスとダブミックスを作ってほしい」とお願いしました。僕自身がキーボードを弾くこともあり、本作ではビートメーカー的なリミキサーよりも、楽器が弾けるリミキサーに頼みました。ちなみに Grant が僕の曲をリミックスするのは「Facing Up」以来26年ぶりなので、感慨深いものはあります。

- UKガラージのサウンドメイクの肝は何でしょうか?

Tomoki:ドラムとベースが特に重要です。スピード・ガラージの時代から今のベース・ラインやベース・ハウスに至るまで、実はかなり同じ音色を使っているので、今回、自分が20年以上前にリリースしたサンプリングCDライブラリ『Millennium Garage』からもいくつかの音色を使いました。特に破壊的な重低音を繰り出すベースとキックを重ねる時、両者のバランスを常にチェックしています。重低音同士の周波数特性が重ならないように音色選びをしていた時代を知っている者としては、サイドチェイン機能がある現在は、こうした音を作っているクリエイターにとって良い時代だと思います。

- David さんはボーカルの処理をどのように行いましたか?

David:リードボーカルとバックグラウンド・ボーカルには常に 1176 Classic Limiter (コンプレッサー)を使用しました。元のボーカルサウンドがどれだけ荒々しいか、あるいは冷たく聴こえるかに応じて、1176 Rev A を使用してサウンドをウォームアップし、色を追加します。UADx はさほどCPUに負荷をかけず、Apollo のDSPパワーを損なわずにUADプラグインを使用できるのがいいですね。また、ボーカルバスに UAD の Lexicon 480L(リバーブ)を使用し、好みに合わせて最適なホールやプレートを選んでいます。ご存じのように、Lexicon のリバーブは高音質でありながら、どこか古典的で懐かしい響きがあります。

- Julia さんの歌声は Crystal Mint とは少し違う印象でした。

David:Julia の歌は Crystal Mint と同じマイクセットアップで録音されたので、ミックスもかなり似たエフェクトとコンプレッサーを使用しました。ただ、Crystal Mint ではドライなエフェクトを使うことが多かったのですが、本作ではディレイと深いリバーブを多用しました。

- リズムトラックの処理はどのように?

David:キック、スネア、パーカッションに UAD の Teletronix LA-2A を使用しました。Tomoki のドラムサウンドのきびきびとしたアグレッシブな性質を引き出せるからです。

David Studio
▲David Brant の作業環境。Apollo Twin X を使用し、内蔵DSPによるUADプラグインと共に、ネイティブ版のUADxプラグインも併用している

- ではコードパートは?

David:打ち込みパートはシンプルさが重要です。Tomoki の好みから大きく外れないよう、過度な加工は避けました。耳障りな周波数を除去するために、LA-2A か EQ による軽いコンプレッションが必要な場合もありますが、Tomoki の独自のサウンドを活かすために余分なエフェクトはあまり使いませんでした。

- 他にも UAD プラグインを使用する場面はありましたか?

David:いくつかのトラックに Shadow Hills Mastering Compressor を使用し、またいくつかのトラックでは音を太くするために Studer A800 も使用しました。 通常、好みに応じてTAPEを456/900/GP9のいずれかに設定し、バイアスを+3(CAL)、30IPS より高く設定しないようにします。

- UKガラージをミキシングする上で特に意識していることは?

David:ミックスのタイトさです。すなわち、ボトムエンドのパンチを適切にコントロールし、コントラストを付け、サブチャンネルも多用します。また通常は、ヘヴィなイコライジングとハードなコンプレッション、個々のパーカッションとハイハットの素早いアタックとリリースが肝になります。ドラムをすべてパラレルバスに送り、かなりクイックなリリースとミッドアタックによりパンチを加え、ドライ信号とブレンドします。時々ドライのバスにキックとスネア、またはクラップを追加することが効果的な場合もあります。

UAD
▲本作のミキシングに使用された主なUAD/UADxプラグイン。右上から時計回りに、LA-2 Compressor、Studer A800 Tape Recorder、Lexicon 480L、Shadow Hills Mastering Compressor、1176 Rev A Compressor(ブルーストライプ)、1176 Rev E Compressor(ブラック)

写真提供:Tomoki Hirata

Tomoki Hirata

3つの異なったアーティスト名を持ちながら、 イギリス、アメリカ、ロシアの3大国のアーティストたちとダンスミュージックを作り続ける、 稀有な日本人の音楽プロデューサー/アーティスト。1993年UKでのファーストシングルをリリースし、1995年秋よりロンドンに移り住み、以後13年間に渡るUKでの音楽活動を開始。UK音楽シーンにおいては8枚のシングルをリリース。特に96年のファーストアルバム「Egoist」(BMGビクター)からのシングルカット曲、『Facing Up』はアナログレコードであるにもかかわらず15,000枚以上のセールスを記録、同曲は英国音楽誌の’97年度のベスト・ダンス・シングルのトップ10に選ばれる。

日本の音楽シーンにおいては1996年~2002年にかけて3枚のソロアーティスト・アルバムをリリース。特に2作目の「ビートマニア」(コナミ)は、5万枚以上のアルバムセールスを記録し、クラブミュージックを知らないゲームプレイヤー達に大きく影響した。 また、その時期MISIA等の日本国内アーティストを含めた数々のリミックス、プロデュース・ワークも手掛ける。

2006年からは新たな音楽性を求め、Tomoki HirataからLA Stylezにアーティスト名を変え活動。その後、アルバム「The LA Style Project」をリリース。 フューチャリング・ヴォーカル陣に、“アース、ウインド&ファイアー”のモーリス・ホワイト、伝説のソウル・ディーバ、ジョセリン・ブラウン、インコグニートのメイサ・リーク等、世界のトップに君臨するアメリカのソウルレジェンド達が名を連ねた。その後、浦沢直樹原作の日本テレビアニメ「モンスター」(VAP)、ラブビートディズニー(Avex)、伊藤由奈(ソニーレコーズ)らへの楽曲リミックスや、マイケル・ジャクソンのレゲエカバー(ユニバーサルミュージック)など、楽曲を提供。

2010年以降は、ヨーロッパ各国の若いアーティストたちの育成をしながら、彼らと共に楽曲制作する形にスイッチ。2018年、兼ねてからTomokiの音楽のファンであったロシア在住のシンガーソングライター、ジュリア・ミントと共に、ノーザンスタイル・ダンスミュージックユニット、Crystal Mintを結成して 新たな音楽シーンの創作に挑戦、現在に至る。

『Requiem』

Diverse System / DVSP-0290

Tr.1 「Sunshine」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.2 「Don't Stop (I.C.B Vocal Mix) 」Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.3 「Return Of I.C.B.」 Tomoki Hirata
Tr.4 「Missing Person JD (BODY Mix)」 Tomoki Hirata
Tr.5 「La Luna」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.6 「Holding You Close」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.7 「Ocean Love」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.8 「Sail Into The Night」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.9 「Requiem」 Tomoki Hirata
Tr.10 「Craving For You」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.11 「Ocean Love (Grant Nelson Vocal Mix)」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.12 「Holding You Close (Saison Radio Mix)」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.13 「Ocean Love (Grant Nelson Dub Mix)」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint
Tr.14 「Holding You Close (Saison Dub Mix)」 Tomoki Hirata feat.Crystal Mint

CD
bandcamp

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