サンプリングで曲を作る喜びを発見した
- 田中さんの演奏はブラックミュージックのフレーバーに溢れていますね。
そういう音楽をたくさん聴いてきましたからね。元はメタルでバリバリ速弾きをしていたのですが、僕のギターの師匠がブルースやソウル、ジャズ、ブラックミュージックが好きで、アナログ盤を色々貸してもらっているうちに僕ものめり込んでいきました。丁度、時代的にもレッチリや Living Colour、Fishbone、Beastie Boys のような、ヒップホップとソウルとハードロックが合わさったようなバンドが出てきた頃で、自分も少しずつそっちに軌道が流れていきました。
- ネオソウルなフレーズも得意ですよね。
僕が2013年にリリースした1stアルバム『THE 12-YEAR EXPERIMENT』は、今「ネオソウル」の定義として言われているような要素が図らずも沢山詰まっている作品になっているんじゃないかと思っています。上京してすぐの26歳の時に大沢伸一さんと出会って、MONDO GROSSO の作品に参加させていただき、ニューヨークにある Masters at Work のスタジオでも制作をしていました。当時 Masters at Work のトラックに George Benson がギターを乗せた、ネオソウルの先取りのような曲があって、それがとても印象的だったのを覚えています。
- MONDO GROSSO にはギタリストとして参加したのですか?
MONDO GROSSO がバンドから大沢伸一さんのソロ名義になって、最初の曲を制作するという時に声がかかって、初めて大沢伸一さんと共作した曲が「LIFE」という曲でした。この曲がスマッシュヒットしたことで、多くのクリエイターに声をかけてもらえるようになりました。そんなこともあってケツメイシのレコーディングに参加することにもなりました。そしたら知らないうちに「夏の思い出」がヒットして...。
- あの曲のフレーズも印象的です。
ありがとうございます。あの曲に限らず、他のアーティストの曲でも沢山聴いてもらいたい演奏もあります。
- 当時から作曲も得意だったのですか?
アマチュア時代もバンドでオリジナル曲を作っていましたが、打ち込みに本格的にのめり込んだのは大沢さんの影響で MPC を買ってからです。MIDIではなくオーディオのサンプリングから着想して曲を作る喜びを発見しました。ギタリストとしてだけでなく、サウンドプロデュースもたくさんさせてもらい、認知されたことで仕事が増えていきました。現場で経験を積ませてもらったような感じです。
- DAWに移行したのはいつ頃からですか?
MPC で打ち込んだものを Pro Tools にレコーディングしていく中でDAWの使い方を覚えていきました。DP や Logic にも手を出してみましたが、Live に落ち着きました。Live は MPC と同じで、MIDIベースではなくオーディオを編集して音楽を作っていくところも他のDAWに比べて僕には魅力的な箇所でした。直接サンプルに触れられているような感覚です。どんどん Live の比重が大きくなり、Live でマスタリングまで全部完結させることも多くなりました。僕の1枚目のアルバムは、スガ シカオさんのエンジニアもやっている岡田 勉さんに録りとTDをやってもらい、マスタリングは STERLING SOUND のeマスタリングで Tom Coyne にやってもらったのですが、Tom が2017年に亡くなってしまい、どうしようかと考えた末、自分でマスタリングをしようと。
- マスタリングへの強いこだわりがあったのですね。
自分のプロデュースした曲がアルバムに入った時に、「マスタリングでこんなに低域が削られちゃうのか…」「こういう音像になっちゃうのか…」とガッカリしたことが多くて。そういうことも含めて、良いか悪いかはわからないけど、確実に自分の好きなものには近づくだろうなと思って。今聴き直すと反省点もかなりありますけど。
OX は音の暖かさもスピード感もソリッドな部分もある
- ギターのレコーディングは自宅でやっていますか? それとも外のスタジオで?
両方あります。外のスタジオで録る場合は、エアー感を重視し色々なポイントに立てたマイクで収音します。自宅では Universal Audio OX を介してラインレコーディングをして、プラグインでリバーブ感や部屋鳴り感を作りますね。
- OX はいつ頃から使い始めたのですか?
コロナ禍で宅録をしなきゃいけない案件が増えて、よりいい音でラインで録れる方法を探していく中で OX に出会いました。すごく気に入っていて、いろんな曲を OX で録っています。こないだもスムースなジャズっぽいフレーズを弾く曲があって、そういうシーンではアンプにマイクを立てるよりも、OX でラインで録る方がスピード感が出ました。サウンドに暖かさもあり、スピード感もあり、ソリッドな部分もあり、気に入っています。
- OX を導入したのは、やはり「アンプの音を録りたい」という気持ちからですか?
それはありました。アンプはこだわってたくさん持っているので、ヘッドだけでもいいからどうにかうまく使って収音できないか、ずっと考えていたんです。そういう意味では OX は色々兼ね備えているなと。それこそ狭まくてブースが少ないスタジオで、みんなでせーので録らなきゃいけない時なんか、僕だけ JTM のヘッドから OX につないでラインで録ることも結構あるんですよ。そうするとサウンドの芯もしっかり録れるから、ラインの方がいい場合もあります。ケースバイケースですけど。
- ギターのフレーズや役割による?
それもありますし、サウンドの構築の仕方によりますね。例えばアコースティックなジャズっぽいセットで、ルーム感たっぷりのオケだとしたら、ギターも空気感がある方が多分馴染むと思うんです。でも打ち込みのオケなら、アンプにマイクを立ててエアー感を出すよりも、ラインで録ってプラグインでリバーブ感やルーム感を調整して距離感を構築する方が良かったりするから、ケースバイケースだと思うんです。楽曲の方向性によりけりですね。
- そういった調整も田中さん自身がやるのですか?
やりますね。ただ OX を使う場合も、基本的なリバーブ感以外はヘッドの前段で作っておきます。リバーブ感を足したい時はプラグインで補正したりもしますが、それくらいかな。リバーブとコンプを足すくらいですね。音色感や歪み感は全部決め込んで録っちゃいます。ギターに関しては決め打ちで録った方が、方向性が見えてくる気がします。
- レコーディング方法が変わると、ライブの音作りにも影響しませんか?
当然あります。ライブで何かを再現したいのか、音源の再現性からは逸脱して、表現したいのか? バンドの人数や、音像によっても自分の表現や、位置(レンジ感も含めて)でも変わると思います。
- 最近、UAFX Dream も使い始めたそうですね。
シミュレーターというよりも、あらゆる面で個性的な機材だと思ってるので、何かの代用ではなく Dream がベターなシーンもあります。
Neve 1073 や Ampex をマスターに挿すことが多い
- Apollo Twin はいつ頃に導入したのですか?
2年くらい前です。ドラマーの屋敷豪太さんが UAD ユーザーで、推薦してくれて。「ギターアンプのシミュレーターも UAD プラグインにたくさんあるから、ギタリストにいいと思うよ」って勧められたんです。実際に使ってみたら、すごく使い勝手が良かったです。
- 豪太さんは LUNA も使っていますよね。
僕も LUNA を勧められて、こないだ作ったアルバムも途中まで LUNA でマスタリングをしてみたのですが、Live と行ったり来たりする必要があって結局断念しました。でも、LUNA は音が好みだったので、レコーダーとして録りの段階から LUNA で構築するのはありだと思いました。豪太さんとはバンドも一緒にやっているので、そっちは LUNA で録り始めてみるのも良いかもっていう話をしました。
- お気に入りの UAD プラグインは?
Neve 1073 をよく使っています。ちょっと味付けをするために、マスターにかけることが多いですね。あと Ampex ATR-102 もマスターに使ったり、キックにも挿したり。豪太さんが海外で Soul II Soul のレコーディングとかをしていた時に、Ampex の実機を使っていたと伺いました。ザックリ言うと、角が取れて音が強くなるというか、まさにアナログ感が出るような感じでしょうか。アナログマルチでレコーディングをしていた時の感じが手軽に味わえます。Live で作業する時も各トラックに UAD プラグインを挿していくのですが、豪太さんに「UAD-2 Satellite も買っておいた方がいいよ」ってオススメされて、Satellite があるおかげか、今のところストレスを感じることはないですね。
写真:桧川泰治
田中義人
1999年、Monday Michiru のバンドに参加。
2000年に Mondo Grosso に参加し、傑作アルバム『MG4』において「LIFE feat. bird」「MG4BB feat. TANIA MARIA」「Now You Know Better feat. AMEL LARRIEUX」などを共作。
アメリカ、ヨーロッパなど25ヶ国でリリース。
サウンドプロデューサーとしては、大黒摩季、bird、佐藤竹善、中島美嘉、森山直太朗、土岐麻子、スガシカオ、MUCC、藤巻亮太、etc...の作品に携わり、ギタリストとしては、アイナジエンド、ケツメイシ、今井美樹、葉加瀬太郎、レミオロメン、秦基博、宇多田ヒカル、etc...のツアーやレコーディング等に参加。
特にケツメイシの「夏の思い出」をはじめ、様々な楽曲での演奏は高く評価されている。
2005年の森山良子USツアーでは、サックス奏者の故 Michael Brecker と共演した。
アーティスト活動としては、2013年2月に初のリーダーアルバム『THE 12-YEAR EXPERIMENT』、2018年8月4日には4曲入りのEP『Smells Like 44 Spirit』をリリースし、Spotifyバイラルチャートで1位を獲得。ミュージシャンのソロ作品としては異例の数字を記録した。
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