プロフェッショナル・オーディオ向けのケーブル・ブランドとして知られ、ギタリストやベーシストには楽器用シールド・ケーブルでお馴染みのヴァイタル・オーディオ。近年はペダルボード周りの製品をトータルで提供するブランドとして、サービス内容を拡充している。今回は、新たなヴァイタル・オーディオの動きを牽引する企画チームのリーダー伊藤善浩氏に、ヴァイタル・オーディオのパワー・サプライの開発の裏側や、製品の魅力を語ってもらった。
フル・アイソレートされた機種の開発でシリーズ全体のレベル向上に成功
- パワー・サプライの開発はいつ頃から?
6年ほど前、2015年頃からパワー・サプライについても提供していこうと検討し始めました。それまではケーブル・ブランドのイメージが強かったと思います。そんな中、ギターのシステムをトータルで構築するためのブランドにステップアップしようとしていたところに、提携している海外の工場からパワー・サプライに関する提案があったのがそもそものきっかけでした。そこで、まずは“VA-06+”という充電式のパワー・サプライをリリースしたんですよ。
- ラインナップの変遷を教えてください。
“VA-06+”は、コストパフォーマンスに優れたモデルだったのですが、クオリティをもっと上げたいということで、海外の工場を選定し直しまして、初代の“VA-08”、“VA-01”を“VA-06+”と併売する形で発売しました。そのあとに、“VA-08”をアップデートしたことが、ヴァイタル・オーディオのパワー・サプライのひとつの転機になります。
- どのようにアップデートしたのでしょうか?
他の製品との差別化の意味もあって、フル・アイソレートの製品にしようと取り組んだのです。初代の“VA-08”はフル・アイソレートされていたわけではなかったので。部分的にアイソレートしたモデルでも、他のパワー・サプライから乗り換えてノイズが減ったという評判はいただいていたんですけど、やっぱり使い方や組み合わせるエフェクターによってはノイズが発生してしまうこともありました。ノイズ対策は、徹底的にやりたかったところです。
- そうしてできたのが、“VA-08 Mk-II”ですね。
はい、いまだにすごい勢いで売れている、ウチの看板モデルですね。
- 人気の秘密についてブランド側ではどう考えていますか?
価格帯がハマったのと、価格をはるかに超えるクオリティ、機能というところのギャップが支持されたのではないでしょうか。どう考えても、この価格帯にこの機能、性能は収まらないだろう、という評判はよく聞きますので。
- フル・アイソレートされている上に、9/12/18Vから選べる可変ポートがあるのも良いですね。
電源を固定してしまうと用途が狭くなると思うんですよ。全部9Vが良いという人もいるでしょうけど、そういう方はそのまま9Vで使えば良いので。その点は初代の“VA-08”から受け継いだ特徴ですね。
- 12Vはどうして加えたんですか?
12Vのアダプターがあまり販売されていないこと、それと物によっては9Vから18Vの間で使える歪み系エフェクターなんかもありますので、12Vもあればはまる人がいるかなと思いまして。
- そのアイデアは日本側から?
もともとは工場のエンジニアからの提案で、日本の市場でも9Vと18Vの隙間を求める人はいるだろうということでこの仕様でGOしました。ちなみに開発者は、アメリカで電気工学を学んだ上で工場を立ち上げたエリート系の技術者で、提案力があり、こちらの要望も取り入れてくれる善きパートナーです。
- “VA-08 Mk-II”以降、さらにポート数の多い“VA-12”や、“VA-01”をブラッシュアップした“VA-01 Mk-II”など、“Power Carrier”シリーズの核ができるわけですね。どれも価格以上の高級感があります。
アルミ筐体にアルマイト塗装で、すごく高級感が出ましたね。ヴァイタル・オーディオのイメージ・カラーが赤なので、どうせやるならそういった筐体にしたいということで、工場と何度もやりとりしました。最終的に見事に良いカラーリングを出してくれましたね。それが他のカラーにヴァリエーションを広げた時にもうまくはまったと思います。
- リニューアルの際にLEDはどうしても載せたかったんですか?
どこのポートがNGになってもパッと視認できるようにするためには必要と判断して、LEDは残してもらいました。
- とはいえ、LEDがノイズの原因になるリスクも考えられますが。
そうですね、最初に出た頃のモデルの、ドーム型のLEDはノイズのトラブルもありました。LEDの質自体が、玉切れを起こしやすいということもあったので、リニューアルのタイミングでより精度の高いLEDに変えました。開発段階ではどうしても初期不良も出ていたのですが、今のモデルになってからは安定しています。“VA-08Mk-II”の開発に時間をかけたので、それ以降のモデルは開発も早いですし、不良もないですね。“08”自体のクオリティも上がったのですが、他のモデルも安心して作れるようになったので、“VA-08Mk-II”で苦労した甲斐がありました(笑)。
- LED以外で苦労された点は?
内部基板の対策というのは、何度も中身を開けて苦労しながら、工場とやりとりしました。プロトタイプの検証では気づかないことが、後から気づくというパターンが一番嫌なので。事前にどれだけ潰せるかが大事ですよね。プロトタイプが送られてきて、1週間ぐらい動作チェックやランニング・テストをして、その後、本当に不具合が起きないか度々電源を入れて1〜2週間テストをし、マーケティングもしますので、プロトが届いてから生産に入るまでに1か月以上かかったりします。
- テストではどんなことをやるんですか?
テスターを使ってチェックとかもやりますけど、まずは実際にエフェクターを使っての動作チェックです。ノイズ量や、安定してエフェクターが動作するのかを精査します。全部をつなげた状態で、どのくらいの容量のものが動くのかも確認していますね。その後に中を開けて、ハンダ付けの不備はないか、不具合の原因になるような箇所はないかなどを確認します。
- テストの時には、どんなエフェクターを使っているのですか?
会社(フックアップ)にあるものが多くて、カール・マーティンやモーリーのものはよく使っています。あとは、ズームさんのコンパクト・ペダル・タイプのマルチやデジテックさんの“Whammy”など、容量が大きく起動する際に電気を食うタイプのモデルが、きちんと起動するかどうかの検証は欠かせません。実機が手元にない時はお店に行って試させてもらったりもします。電源は供給できても起動しないと使えないので、そのあたりはシビアにやりました。1回起動すればあとは低い値で安定するんですが、起動するのにどれだけの電流が必要かは仕様書を見ても書いていないので、試すしかないんです。
“VA-08 Mk-II”をベースにポート数を増やした“VA-12”
- ミュージシャンからアドヴァイスを受けることもあるのでしょうか?
アドヴァイスではないですけど、“VA-R8”とか、充電式のものは海外に行く方に喜ばれていますね。海外では電圧が安定していなかったり、元の電源に問題がある会場があったりということで、バッテリー・タイプはその影響を受けることがなく、安定した電源供給ができるので助かっているという話を聞きます。ライヴハウスの電源が落ちちゃって、アンプは全部飛んだけどペダルボードだけは光っていたというエピソードも聞いたことがあります。まあ、その場合はアンプがダメなので音は出ないのですが(笑)。そもそも電源が取れないような屋外で演奏するときにも最適なんですが、海外や日本国内でも電源周りが不安定な環境で安心して使うことができます。
- “VA-12”も人気が高いようですね。
“VA-12”は、“VA-08Mk-II”をベースにポート数を増やしたモデルなんですけど、可変ポートがさらに増えて3つになっているので、電圧違いのものを3つ使えるのと、最近トレンドである大きなペダルボードを構築する人にも対応して、たくさんのエフェクターにこれだけで対応できる点が人気です。ポート数が増えた分、電気容量が少し減ってしまうんですけど、それでも大きい容量を確保しつつ電圧を可変できるポートを引き継いだオール・アイソレーテッドのモデルとして作りました。
- 可変ポート3つにした理由は?
可変ポートを増やしすぎると、他のポートの電気容量がどうしても減ってしまうというデメリットがあるので、マックスで3つという感じでした。通常のエフェクターは9Vの動作がほとんどなので、そこを増やして可変ポートも増やせるなら、使い勝手はより良くなるだろうという考えです。電気容量をもっともっと増やせれば良いのですが、放熱の限界もあるので、こういった仕様になっています。
- “VA-01Mk-II”については?
初代のモデルは、初めてパワー・サプライを導入する人向けで、コストパフォーマンスを重視していました。それでも9V固定が8ポート、12V固定が1ポート、18V固定が1ポート、計10ポートついていたんです。けれども、デザインの統一性や使用感のブラッシュアップをしたいと考えるようになりました。そこでリニューアルにあたり、12Vを廃して、9V固定8ポートと18V固定2ポートに仕様変更し、デザインもシリーズを踏襲したものに変更しました。このモデルはアイソレートではないので、アイソレートされたモデルに比べると、多少ノイズを受けやすくなる可能性はあると思われがちですが、同じ価格帯のモデルから乗り換えた方々の評判では、これに換えただけでノイズが少なくなるという声をいただいています。この辺りは“VA-08Mk-II”の開発で学んだノイズを抑える基板設計のノウハウを引き継いでいるので、価格以上の内容になっていると思います。
- 今後の展開について教えてください。
パワー・サプライに関してはラインナップも出揃った感があるので、次は電源タップを開発してみたいと思っています。電源タップは家電量販店で買ってきたものを使っていたり、スタジオにあるものを使っていたりということが結構多いと思います。“Power Carrier”シリーズで培ったものを電源タップに活かせたら、システムとしてより良い提案ができると思っています。
[Analysis] 大型ペダルボードにも対応する機能を備えたシリーズ最上位機種
Vital Audio
Power Carrier VA-12
All Isolated 12-Ports Power Supply
“VA-08 Mk-II”をベースに、より多くのエフェクターに電源を供給できるように開発されたモデル。オール・アイソレートの構造を12ポートまで拡張、9Vポートは9口、9/12/18V可変ポートは3口に増やしている。“VA-08 Mk-II”と同様に、可変ポートは12Vというアダプターがあまりない電圧にも対応している点がポイントだ。近年のトレンドとしては、大きなペダルボードがステイタスになっているところがあるが、そうしたボードに対応して多くのエフェクターに1台のパワー・サプライで対応できるというメリットは大きい。大型のボードを使っている人にはもちろん、例えば、“VA-08Mk-II”を2つ使っているが16ポート全て使っているわけではないという人にも最適で、これ1台でまかなうことができる。また、これも“VA-08 Mk-II”同様に各出力ポートにはLEDライトが備え付けられていて、使用しているポートにグリーンLEDが点灯、不具合の出たポートはレッドLEDが点灯する。
[Specifications]
●最大出力:3000mA
●出力端子:9VDC(300mA出力)×9、9/12/18V(500mA)×3
●入力端子:DC12V
●スイッチ:A(18/12/9V)、B(18/12/9V)、C(18/12/9V)
●サイズ:192mm(W)×70mm(D)×32mm(H)
●本体重量:364g
●付属品:専用12VDCアダプター、DCケーブル(600mm/LS)×12
●価格:¥18,000(税別)
取材、文:井戸沼尚也
※The EFFECTOR BOOK Vol.51の掲載記事より転載