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Townsend Labs : 自宅で本格ボーカル録音(4)ステレオレコーディング

音楽プロデューサーの谷口尚久氏が、Townsends Labs のモデリング・マイク Sphere L22 を使い、自宅環境でボーカルレコーディングを成功させるためのポイントを教えてくれる連載。最終回は Sphere L22 のさらなる活用法を紹介します。

2つのカプセルを利用したレコーディング・テクニック


Townsend Labs Sphere L22 には2つのカプセルがあります。つまり、2つのダイアフラムで2つの入力が得られるのです。今回はその特性を活かした、Sphere L22 ならではの録音方法にトライしましょう。

  1. 2人の歌声を同時に録音する
  2. アコギの弾き語りを録音する
  3. ピアノの弾き語りを録音する
  4. ASMRの収録に使ってみる

2人の歌声を同時に録音する

まずは簡単な方法から。マイクの両側にボーカリストが立って、2人の歌声を録音する方法です。

マイクから Universal Audio Apollo へのつなぎ方はこれまでと同様です。ただし、Console ソフトウェア上で立ち上げるプラグインが違います。[INSERTS]>[MICROPHONE]>[TOWNSEND LABS SPHERE 180]を選びます。これまで使ってきた TOWNSEND LABS SPHERE ではなく、その下にある TOWNSEND LABS SPHERE “180” であることに気をつけてください。

Sphere L22

プラグインをインサートすると、左右に2つのマイクがある画面が表示されるので、好きなマイクの種類を選びましょう。設定はほぼデフォルトのままでOK。2人の声量バランスがあまりにも異なるようであれば、PANのつまみで調整します。

このやり方を応用すれば、複数人のコーラスも録音可能です。「ガヤ」という手法はご存知でしょうか? 複数人がマイクを取り囲み、ある程度ラフな音程とリズムで、歌もしくは掛け声を録音します。通常のマイクだとモノラルで録音されるため、同じようなテンションで二度歌って録音し、2つのトラックをパンで左右に広げます。しかし、Sphere L22 を使えば一度歌うだけで、広い音像で録音できます。

アコギの弾き語りを録音する

次に、少し高度な録音方法を紹介します。弾き語りの歌と楽器を一度に録音する方法です。まずはアコギの弾き語りからトライしてみましょう。

Console ソフトウェアのINSERTSから、TOWNSEND LABS SPHERE 180 プラグインを立ち上げます。先ほどと同様、マイクが左右に2つ現れます。今回は歌を LD-87、アコースティックギターを LD-67 で録音したいと思います。こういう風に、いろんなマイクモデルを組み合わせて録音できるのが Sphere L22 の大きな魅力です。

まずは2つのマイクモデルを切り離すために、中央上部にある[LINK]を押してオフにします。これで左右それぞれのマイクを選べるようになります(LINKがオンの状態だと自動で左右が同じマイクになります)。左側(MIC L)のマイクをクリックして LD-67 を、右側(MIC R)をクリックして LD-87 を選びます。指向性は通常のカーディオイドのままにします。中央部にはPANというつまみがあり、左右のマイクの音量バランスを変えることができます。

Sphere L22

さあ、マイクをアコギに近づけてみましょう。座って演奏してもらい、膝の上あたりを横から狙います。気をつけなければいけないのが、マイクの向きです。マイク本体の、ロゴの絵がある左90度のところに「横面⚭」という角度識別ラベルがあります。これを体側に向けます。Lチャンネル側でアコギを狙っているので、口元の方がRチャンネルになっています。弾いて歌ってもらいながら、ギターと歌の良い響きを拾うことができる適切な位置を見つけましょう。

Townsend Labs Sphere L22 弾き語り

録音が終わったら、DAW上で TOWNSEND LABS SPHERE 180 プラグインをインサートして、先ほどと同じくMIC Lを LD-67、MIC Rを LD-87 にセット。バウンスして、録音ファイルを書き出しましょう。

次はミックスです。アコギと歌を個々に処理できるように、出来上がったステレオファイルを左右個別のモノファイルに変換します。変換の手順は使っているDAWによるのですが、Pro Tools ユーザーであればスプリットファイルをモノに変換するのは馴染みのあるやり方だと思います。そしてそれぞれの音処理を行いましょう。ボーカルチャンネルはEQとコンプなどで整え、ギターチャンネルの方はEQで低域を少し削り、コンプなどのプラグインで整えました。あとは同じリバーブをバスで適度にかければ完成です。

ピアノの弾き語りを録音する

次はピアノと歌の弾き語りに挑戦してみましょう。

ギターの時と同じように、片方のカプセルで歌を、もう一方のカプセルでピアノを狙います。とはいえ、ピアノの響きは広がりがある分、回り込みが多いので、ボーカルを中心に考えました。つまり、ボーカルの息遣いがよく拾える位置を見つけてセッティングします。もちろん、Sphere プラグイン上でバランスを変えることもできるのですが、マイクの位置でバランスを決めておく方が、そのままのバランスでミックスができます。

Sphere L22

今回はマイクモデルを、歌を単独で録音した時に印象が良かったリボンタイプの RB-77DX SATIN にしてみました。ボーカルもピアノも両方です。

RB-77DX Satin

歌はかなり囁き気味にして、ピアノもソフトペダルを踏んで弱く弾いてもらいました。その分、鍵盤を触っている指のテクスチャーも感じられるようになりました。

録音が済んだら、ギターの弾き語りと同様、バウンスとモノラルファイルへの変換を行います。ミックスでは、かなりデフォルメしてみました。ボーカルは不要な低音域をカットし、わざと低域の120Hzを4dB持ち上げています。Q値は0.6です。コンプは緩めの2:1で頭を抑える程度です。

ピアノはEQをかなり加えました。100Hzを上げ、300Hzを下げ、3.7kHzを大胆に持ち上げ、15kHz以上をカットしました。コンプもそれなりにかけたうえで、Waves Maserati ACG のプリセット[ACG1]をかけました。これは本来であればアコギ用に設定されたプラグインなのですが、一番似合うと感じました。

弾き語りの録音はマイクの被りが大きいため、オートメーションによるボリュームコントロールを行うと不自然さをもたらしかねません。つまり、ミックスの際にできることが限られるため、元の演奏の音量と録音の状態に気を遣う必要があります。その点、Sphereプラグインにより後からマイクモデルを選び直せるのは自由度があると言えるでしょう。

ASMRの収録に使ってみる

さらなる応用としては、「ASMR」に使ってみるのはいかがでしょうか。ASMR は Autonomous Sensory Meridian Response の略称であり、食べ物の咀嚼音や耳かき音、囁き声などを聞かせるアレです。くすぐったくなったり、ゾワゾワッとしたり、眠くなったりする効果を狙うには高度な録音が必要なため、バイノーラルマイクを使うASMRIST(アスマーリスト)もいますが、もちろんこの Sphere L22 でも可能です。

ASMRISTの動画を見ていると、たいていの人達が左右のチャンネルを使い分けてくすぐったい感覚を強調しています。Sphere L22 はそれが得意なマイクです。そのためのセッティングを行いましょう。マイクから Apollo へのつなぎ方はこれまで通りです。ここでも Console ソフトウェアのINSERTSに立ち上げるプラグインが、TOWNSEND LABS SPHERE 180 であることに注意しましょう。高音域が耳につくようにするために、左右のマイクを、SONY C-800G をモデリングした LD-800 にします。

Sphere L22 LD-800

そして TOWNSEND LABS SPHERE 180 の後段に、マイクプリアンプとして Universal Audio UAD API Vision Channel Strip をインサートしましょう。GAINを上げ目にしておいて、さらに高音をEQで持ち上げます。550Lと書かれているEQセクションに、APIならではの2重つまみがあります。内側の青いつまみで周波数を、外側の銀色のつまみで持ち上げる割合を変えます。今回は内側の青いつまみを10kにして、外側の銀色のつまみを4ほど上げてみました。あとは、実際に声を出してもらって、Console ソフトウェアのINPUTを上げて調整しましょう。

API Vision Channel Strip
API Vision Channel Stripの設定

こういう録音は、モニタリングが鍵となります。自分の発する音がどのようにマイクに拾われるのかを把握しながら録音することが、効果的なパフォーマンスにつながるのです。ASMRでささやくことが多いのは、小さい音量であれば片方のカプセルに働きかけることができるからという面もあります。もちろん、くすぐったい音が出せるからというのもあるのですが、実際の耳元でささやかれる状態を再現するには、片方の耳にだけ聴こえる音であることが重要なのでしょう。

Console ソフトウェアの良いところは、設定を保存できるということです。一度、ギターの弾き語りを録音してうまくいけば、後日その設定を呼び出すことが可能です。また、その設定を開いてさらなる調整をすることもできます。

かつての商業スタジオでは、アウトボードの設定を記録するための用紙があって、仕事を終えたエンジニアさんが毎回、そこに鉛筆でちまちまと記入しているのを見たことがあります。いつかその設定を再現するかもしれず、その際に必要だからという理由でしたが、大変そうでした。最近ではアウトボードのつまみを携帯のカメラで記録するエンジニアさんもよく見かけます。

Console ソフトウェアでは、自分の好きな設定をいくらでも保存できますから、とても便利な世の中になったと実感します。こういうデジタルの良さを知ってしまうと、もう後戻りできなくなりますよね。

Universal Audio Apolloシリーズと Townsend Labs Sphere L22 を使えば、自在な録音環境を手に入れることが可能です。みなさんもぜひ自由な創作環境を満喫してみてください。



    谷口尚久

    13歳で音楽指導者資格を取得。
    自身のグループonoroff(オノロフ)にて、高橋幸宏プロデュースのアルバムを2作発表。現在は、CHEMISTRY・SMAP・関ジャニ∞・中島美嘉・倖田來未・JUJUをはじめとするアーティストのプロデュース・楽曲提供・アレンジなども手がける他、TV番組・CM・ゲーム・映画の音楽にも携わる。
    2010年に個人名義でのインストアルバム「JCT」、2016年に「DOT」を発表。
    2020年7月22日にシングル「SPOT」をリリースした。
    ミュージックビデオ

    写真:桧川泰治 ボーカル:辻林美穂、赤塚海斗

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