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Townsend Labs : Sphere L22 で本格ボーカル録音に挑戦【連載第2回】

音楽プロデューサーの谷口尚久氏が、Townsends Labs のモデリング・マイク Sphere L22 を使い、自宅環境でボーカル・レコーディングを成功させるためのポイントを教えてくれる連載記事。今回は実際にボーカリストの歌を録音してみます。

マイクの位置と指向性、ハイパスフィルターを設定する

まずは前回解説した Sphere L22 のセッティングの確認から。マイクはちゃんとオーディオインターフェイスのCH1とCH2に正しくつながれていますか? オーディオインターフェイスのCH1とCH2はLINKボタンでペアリングされていますか? Console ソフトウェアのINSERTSに、まず Townsend Labs Sphere プラグイン、次にマイク·プリアンプのプラグインがインサートされていますか? これらのインサート・プラグインはモニタリングに対するものなので、Console 右側の[UAD MON]ボタンが青く点灯していることを確認してください。もし左隣の[UAD REC]という赤いボタンが点灯していると、かけ録りモードになってしまっているのでご注意を。そして最後に、48Vのファンタム電源がマイクに供給されていることを確認しましょう。

では、録音を行います。ボーカリストの身長に合わせてマイクの高さを調整しましょう。基本的にはマイクの中のカプセル部分が、口と同じ高さになるようにします。もし声の低音の響きを重視するような曲調であれば、体の響きをより拾うために、口よりも少し低い位置にマイクをセットしてもいいでしょう。こうすると顔が下を向くので落ち着いた声になります。

やや低い位置にセットした場合

逆に子音や鼻腔の響きを重視する曲調であれば、口よりほんの少し上にマイクをセットしてもかまいません。実際に歌ってもらったのを聴きながら調整していきましょう。

やや高い位置にセットした場合

マイクの向きは、「Townsend」というロゴがある面をボーカリストに向けます。なお、これはモノラル録音の場合で、ステレオ録音時は向きが90度変わります。

ロゴがある側を顔に向ける

マイクの指向性は、歌にフォーカスを当てるために「単一指向」にしましょう。Sphere プラグインの中央上部にあるPATTERN(指向性)で変更可能です。デフォルトでは「Cardioid」(カーディオイド)になっていると思います。これが最も標準的な単一指向を意味します。

他にも、周囲の音を満遍なく拾う「Omni」(オムニ/無指向)や、180度両サイドの音を平等に拾う「Figure-8」(フィギュア・エイト/双指向)など、用途に合わせて色々な指向を選ぶことができます。例えば「LD-49K」というモデルは、実機(NEUMANN M49)でも様々な指向性を切り替えることができますが、できないモデルもあります。例えば「LD-47K」はどうなっているのでしょうか? 実機(NEUMANN U47)ではカーディオイドとオムニしか選べないため、Sphere プラグイン上でもこの2つだけが緑色に光っています。しかし、実機では不可能なその他の指向性(光っていない部分)も、Sphere プラグインでは選ぶことができるのです。

LD-47K(左)とLD-49K(右)の指向性。実機で選択可能な指向性が緑色の点灯で示される

続いて、PATTERNの下にある、FILTER、AXIS、PROXIMITYを見ていきましょう。まずFILTERは、どの周波数を通過させるかを決めるもの。一番よく使うのは、低い周波数をカットする「ハイパス・フィルター」でしょう。マイクのモデルによって表記の仕方が異なり、「HPF」と表記されたり、「60 Hz」のような周波数が表示されることもあります。後者は60Hz以下の周波数をカットして、それより上の帯域を通過させるという意味です。60Hz以下と言えばキックのボトムの帯域くらい低いですから、ボーカルにとっては有効な成分ではありません。ノイズと考えてカットするのがいいでしょう。

LD-67(左)とLD-47K(右)のハイパス・フィルター。数値が表示される場合、カットする周波数を選択できる

その下のAXISはマイクの角度のことで、通常は「0」のままでOKです。PROXIMITYは、マイクが音源に近づくほど低周波数音域をよく感知する、いわゆる「近接効果」をコントロールするものです。実機よりも近接効果を減らしたい時には、このツマミを左側に回して下げます。しかし、実機の持ち味を減らすことになりますから、通常は「0」のままにするのがオススメです。

マイクモデルを選び、インプット・ゲインを上げる

ではお待ちかね、マイクのモデリングを選びましょう。Sphere 上では高級マイクが選び放題ですね。今回は商業スタジオでの定番モデルである NEUMANN U67 と NEUMANN U87 、そして SONY C-800G をシミュレートしたモデルを試してみましょう。

まずは U67 タイプの「LD-67」から。スタジオに行くと、何も指定せずとも U67 がセットされていることが多いです。クリアで強い音像ながら、真空管ならではの受け止め方をしてくれるので、派手なロック系をはじめ、ポップスでも重宝されます。Sphere プラグインのマイク画像、もしくはその下のモデル名をクリックして[LD-67]を選びます。ちなみに、LD-67 の下の[LD-67 NOS]は、カプセル部がデッド·ストック(未開封のビンテージ・パーツ=new-old-stock)に交換されたタイプを意味します。

モデル名をクリックし、メニューから[Large Condenser]→[LD-67]を選択する

それではボーカリストとDAWを操作する人は、お互いにヘッドホンを着けましょう。トラックを再生してみてください。ちゃんと聴こえていますか? ヘッドホンのモニターレベルが適正になっていることを確認してみてください。

次に、声の音量を確認します。音量が小さいようであれば、Console ソフトウェアの上部にある[INPUT]ツマミを徐々に上げていきましょう。Sphere プラグインの[OUTPUT]でも音量を上げることはできますが、基本は Console のINPUTでレベルを調整します。マイクに向かって歌ってみると、Sphere プラグイン下部のステレオINPUTメーターは、上のFront(マイク1)側が大きく振れているはずです。これは間違いではありません。Front側の入力レベルの方が、Rear(マイク2)側に比べて大きいからです。

ANALOG 1/2のINPUTを上げる

マイクの質感をより繊細に聴き分けるためには、マイク·プリアンプでの処理が重要です。L22 でモデリングしているコンデンサー・マイクは、どれも非常にグレードの高いモデルですから、どの周波数もちゃんと拾うことができます。つまり測定数値的にはほぼ同じだ、とも言えるでしょう。その中で微妙に傾向が異なるだけです。それはもう、数値ではなく“キャラクター”としか言い表せないような違いです。そんな微細な違いを忠実にモニタリングするためには、マイク·プリアンプのゲインをコントロールしてみましょう。

今回、プリアンプとして使用している API VISION CHANNEL STRIP では、左上にゲインのツマミがあります。これを少しずつ右側に回すことでインプットを上げていきます。コツは、歌っている時にVUメーターが緑色に点灯しているのを確認することです。そして、声を大きく張り上げた瞬間にVUメーターが黄色に点くレベルを目指しましょう。もしマイクからの入力が大き過ぎるようであれば、[-20]と記されたPADボタンでインプットを下げてから調整しましょう。

API VISION CHANNEL STRIPのゲインを調整する

さあマイクに向かってもらいます。この時、マイクの表面からポップガードまでは6cm、ポップガードから口元までも6cm、合計12cmというイメージで立ってもらいます。L22 は感度が優秀ですから、この距離を変える必要はありません。むしろ歌っている途中で距離を変えてしまうと、録り音の周波数特性にムラが出て、良い結果とならないでしょう。

まずオケの音量を決めます。Apollo のヘッドホン・ボリュームを、最初は「40%」くらいにしてみましょう。時計の針で言えば10時~11時くらいのイメージです。それでオケが大き過ぎるようであれば、オケ全体を下げます。それに合わせて声を出してもらいましょう。マイクとマイク・プリアンプの設定がかなり上品なので、マイク·プリアンプのGAINおよびOUTPUTを少し上げておきます。そして、Console のINPUTツマミを徐々に上げていき、丁度いい声の大きさに設定します。

さらに、歌いやすいようにリバーブを返してあげましょう。リバーブの設定は Console 上で行います。Console の右側にあるSHOW欄のAUXボタンをオンにします。すると、AUX 1とAUX 2のチャンネルが現れます。

このうちAUX 1のINSERTSにリバーブを立ち上げます。今回は定番リバーブの Lexicon 480L を選びました。

そして、ANALOG 1/2のINSERTSの下にある[SENDS]をクリックし、AUX 1スライダーを程良く上げていきます。これでリバーブがかかり、気持ち良く歌えるはずです。

男性ボーカルを録音してみよう

準備が整ったところで、実際にレコーディングをしてみましょう。今回は男性ボーカリストとして赤塚海斗さんをお招きして、歌ってもらいました。まずは LD-67 で録ったテイクを聴いてみましょう。

赤塚海斗:横浜出身。 都内のライブハウスやSNSでの生配信、路上ライブなどを中心に活動中。 ソングライティングも行っており、これまでにミニアルバムを2作ドロップ。 海外オルタナティブサウンドから日本の歌謡曲にも通ずるメロディックなサウンドまで、独自のクリエイティビティで消化し、オリジナルのジャンルとして表現する。 最新EP ”Craft Hz” では、前作で目立ったメロディアスな曲調に加え、よりミクスチャーロックなテイスト、エレクトロニックサウンドなどバラエティーに富んだ作品となった。

いかがでしょうか? U67 らしい真空管の質感で、オケに馴染む音質です。中域にガッツがありますね。多少荒っぽく歌っても真空管で優しく受け止めてくれるというのが、LD-67 に対する個人的な印象です。

次に U87 タイプの LD-87 を使ってみましょう。Sphere プラグインのマイク部分をクリックして[LD-87]を選びます(その下の[LD-87 TK]は Tracy Korby が改造したモデルで、より広い周波数に対応します)。U87 は、今や声優のレコーディングにおけるデフォルト·マイクであり、コンデンサーならではのレスポンスの良さがあります。歌においてもオールマイティな1本であり、これで録音しておけば、その後にどんな音処理をする場合でも問題なく対応できるという安心感があります。

L22 マイクと Sphere プラグインの強みは、クリックするだけでマイクのモデルを変えられることです。これが実機だと、マイクホルダーを交換したり、ケーブルを抜いたり、供給電源ユニットを交換したりと手間がかかるため、ついつい億劫になってしまうところを、画面上でモデルを選び直すだけでマイクの違いを聴き比べられるのです。また、実機だとモデルによって入力ゲインが異なることが多く、前に聴いた印象を忘れがちですが、L22 であれば同じ音量で比較できて大変便利です。

さあどうでしょうか? 歌い方は変わっていないのですが、少し子音が聴き取りやすくなりました。その分、LD-67 に比べて爽やかさが増しており、さすがのオールマイティさを感じます。これはこれでアリです。

最後は C-800G をシミュレートした LD-800 を試してみましょう。C-800G といえば、とにかく他の音に埋もれないキャラクターから、R&Bなどのブラック·ミュージックに多用されるイメージがあります。某国営放送でアップライト·ベースによるジャジーなウォーキングを録音した時、エンジニアさんが迷わずこれを選んでいるのを見て、「なるほどなあ」と筆者は感心したことがあります。リズムが派手だったので、埋もれず目立つようにするための工夫だったのです。

LD-800 で歌ってみると、息遣いのヒリヒリとした感じが出てきます。少し張って歌うとギラっとした部分がより聴こえてくるので、歌っている本人は音量を上げたのかと思ったようです。

今回歌ってもらった楽曲は、リズムが強くて、R&Bマナーな声処理を目指していたので、このマイクが合っているようです。というわけで、この LD-800 でレコーディングを進めることにしましょう!

とは言え、これはモニタリングにおける音質の聴き分けなので、レコーディング後に改めてマイクモデルを選び直すことも可能です。レコーディング後の音処理については、別の機会に説明したいと思います。

では次回は、女性ボーカルのレコーディングにもトライしましょう!

谷口尚久

13歳で音楽指導者資格を取得。
自身のグループonoroff(オノロフ)にて、高橋幸宏プロデュースのアルバムを2作発表。現在は、CHEMISTRY・SMAP・関ジャニ∞・中島美嘉・倖田來未・JUJUをはじめとするアーティストのプロデュース・楽曲提供・アレンジなども手がける他、TV番組・CM・ゲーム・映画の音楽にも携わる。
2010年に個人名義でのインストアルバム「JCT」、2016年に「DOT」を発表。
2020年7月22日にシングル「SPOT」をリリースする。
ミュージックビデオ

写真:桧川泰治 ボーカル:辻林美穂、赤塚海斗

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