ミッドウーファー2つとツイーターによるMTMデザインはそのまま採用
2019年の発売以来、そのコンパクトな見た目からは想像できない圧倒的な表現力で世間を騒がせたスピーカー iLoud MTM が、様々な機能をアップデートさせて、2024年6月に iLoud MTM MKⅡ として発売されました。今回は初代と MKⅡ の違い、そして上位機種である iLoud Precision シリーズとを比較しながらレビューをしていきます。
まずはその独特な形から見ていきましょう。
3.5インチのミッドウーファー2つの間に高性能1インチツイーターを上下左右対称に配置した、「仮想同軸」と呼ばれるMTM(ミッドウーファー+ツイーター+ミッドウーファー)デザインはそのまま採用され、大きさ、重さも初代と同じになっています。
わかりやすい違いを挙げるのであれば、MKⅡ にはフロント部に IK Multimedia のロゴがあり、リア部にもロゴと iLoud MTM MKⅡ の文字が刻印されていることでしょうか。
ボタンの数やインプット、電源スイッチ等の配置も全く同じですが、ボリュームの仕様だけ変更されています。MKⅡ の方は音量が数値で表記され、0dBの位置にセンタークリックが付きました。初代では左右2台のレベルを合わせるには騒音計で測定するか、ボリュームをMaxにするしか方法がなかったので、ユーザーには地味に嬉しい進化ですね。
他にも LF EXTENSION(低域レンジ調整)に別のウーファーを使う時に推奨される設定80Hz LFEの文字が追加されています(この機能は初代の方でもファームウェア1.2.0以降で使えるようになりました)。
ルーム補正の処理能力が2倍になり X-MONITOR に対応
次はスペックについて比較してみましょう。
外観デザインは同じですが、新しいウーファーとツイーターを採用したことで、周波数レンジが初代の50Hz〜24kHzから48Hz〜28kHzに拡大されており、最大SPLも103dBから112.5dBに上がり、クロスオーバー周波数は3.1kHzから2.8kHzに変更されています。
低音に関しては、36〜32Hzで-10dBという再生能力をこのコンパクトなサイズで実現しているので、音の比較も楽しみです。
そして個人的に一番気になるアップデートが、DSPによる自動ルーム補正です。
IK Multimedia の ARC 技術を使った内蔵DSPの処理能力が2倍になり、上位機種の iLoud Precision シリーズでしか使えなかったコントロールソフトウェア X-MONITOR にも対応しました。初代の補正能力でも十分満足していたのですが、どれくらい補正がかかっているのかわからない不安があったので、処理能力が上がったうえに X-MONITOR で可視化できるようになったのは嬉しいですね。ルームチューニングに関心があるユーザーも、吸音材や拡散材を置く前と後の変化が、専用の測定器を別途買わなくてもデータで比較できるようになりました。
初代とは別物。補正なしでも暴れない質の良い低音
スペックの確認ができたところで、試聴に移りましょう。
今回はDSP補正能力を検証するためにあえて壁の近くにスタンドを置き、周波数特性が整っていない場所で試聴してみました。というのも、iLoud MTM のコンパクトなサイズからは想像できないほど豊かな低音は、背面にあるフレア形状の大型バスレフポートに秘密があると考えているからです。実際、初代 iLoud MTM で再生している時にスピーカーの背面に回ってみると、かなりの低音がバスレフポートから出ているのがわかります。これとリニアな位相特性により、スピーカー前面から聴いた時に、質の良い低音が生み出されているのではないかと考えています。
レコーディングスタジオのような、しっかりルームチューニングがされている部屋で iLoud MTM を聴くと、DSP補正の必要を感じないことがあるのですが、それはこういう理由からでしょう。
iLoud シリーズのユーザーから「DSP補正した音よりも、補正前の音の方が好きだ」という意見も耳にするのですが、それは整った試聴環境が前提の話ではないでしょうか。つまり、本来スピーカーから出ている音は完成されており、部屋の影響による周波数帯域の乱れをDSP補正によって整えるというのが iLoud シリーズの正しい使い方だと私は考えます。
前置きが長くなってしまいましたが、以上の理由で一般ユーザーの環境に近いと思われる壁際に置いて、あえて低音が暴れるようにして音を出してみます。まずはフラットの状態で聴いてみたいので、補正はせず、ボリュームは両方とも MKⅡ の0dBの位置に合わせました。
初代から聴いてみると、相変わらず見た目からは想像できないほど素晴らしい音が出てきます。しかし、ある程度音量を上げると想像通り低音が暴れてきました。これにDSP補正をかけるとバランスよく聴かせてくれるんだよなと思いつつ、MKⅡ に切り替えてみます。
すると、想像以上の音が出て驚きました!
スペックで確認したように最大SPLが上がっているので、ボリュームを同じ位置にしたら大きい音がするのは当たり前なのですが、驚いたのは初代より大きい音が出ているはずなのに、全然暴れていない質の良い低音が出てきたことです。
間違えて補正をオンにしていたのかと思い背面を確認しに行ったところ、初代では必ず感じていたバスレフポートからの低音の圧を全く感じません。にもかかわらず、補正(CAL PRESET)は間違いなくFLAT(補正なし)になっています。
これが新しいユニットになった MKⅡ の恩恵なのだと知り、MKⅡ はただのアップデートとはわけが違うことを思い知らされました。形も大きさも重さですら初代と同じなので、どうしてもDSP補正処理能力が2倍になったことに目が行きがちですが、スピーカーの基本スペックが上がったことで、すでに初代とは別物になっていると考えた方がいいようです。
測定結果と補正状態を X-MONITOR でチェック可能に
気を取り直して、しっかりと調整した上で聴き比べをするために、DSP補正をしていきます。
補正のやり方はすごく簡単で、測定用マイク ARC マイクロフォンを普段聴く耳の高さに置き、ケーブルをスピーカーの背面にある ARC MIC IN に入れるだけです。後は CAL PRESET ボタンを長押しすると自動で測定をしてくれて(MKⅡ は長押し後もう一度ボタンを押す)、終わると自動で補正がオンになります。測定時間に変化はあるのかと測ってみましたが、両方とも変わらず約20秒で測定できました。
この測定の手軽さも iLoud MTM の良さのひとつで、慣れると1本あたり1分ほどで測定できるので、Dolby Atmos などのイマーシブ用のモニターバンドル iLoud MTM MKII Immersive Bundle(11台のバンドルパッケージ)でも数十分で測定を終えることができます。
DSP補正ができたら、今度は MKⅡ をUSBケーブルでPCに繋ぎ、X-MONITOR でどのように補正がかかっているか見てみましょう。初代にもUSBポートは付いていますが、これはファームウェアのアップデート用で、X-MONITOR で認識することはできません。
耳で聴いた感じではそこまで感じませんでしたが、予想通り中低域以下が乱れていました。MKⅡ でこれだと初代はどれくらいなのか気になりますが、確認する術がないので今回は我慢します。
引き締まった低音に加え、高音の伸びも良く、バランスの良い音
次は騒音計を使って音圧を揃えてみましょう。
初代では映画の制作等を行うときの基準である85dB SPLに合わせるとかなり無理をしているように聴こえたので、80dBくらいに抑えるか、低音はベースマネジメントでサブウーファーを使用するのを個人的には推奨していたのですが、MKⅡ では無理なく85dBで調整できました。これはプロの制作者の方達には朗報ではないでしょうか。
環境が整ったところで改めて試聴をしてみると、両方とも iLoud らしい素晴らしい音になりました。しかし、色々なジャンルの音源で確認していくと、初代の方は補正なしに比べてかなり整った音にはなりましたが、やはりわざと環境の悪いところに置いた影響か、低音の補正が完全にはできていない印象が否めません。
それに比べると、MKⅡ の方はしっかり引き締まった低音に加え、高音の伸びも良く、バランスの良い音で聴くことができました。試しに補正をしていない MKⅡ とも聴き比べましたが、補正した初代よりも聴きやすいという驚きの結果となりました。
とはいえ、初代の方も優れた商品には変わりませんので、アップグレードというよりは1つ上位のラインナップになったという捉え方がわかりやすいかと思います。
iLoud Precision シリーズとも一貫するサウンドの方向性
ラインナップの話が出たところで、iLoud のフルサイズ・スタジオモニター iLoud Precision シリーズとの比較もしていきましょう。
結論から申し上げてしまうと、音のことだけを純粋に考えるのであれば、iLoud Precision シリーズの方がいいです。特に iLoud Precision MTM はフラッグシップモデルだけあって、頭ひとつ抜き出た、まさにプロが使うためのモデルと言って良いでしょう。100万円以下のスピーカーでは iLoud Precision MTM の右に出るものはないと思います。この販売価格でこのクオリティーはまさに驚愕でした。
iLoud Precision 6 と 5 ではやはりサイズの分だけ 6 の方がゆとりのある音に聴こえ、出せる音量も 6 の方が上です。レコーディングスタジオに持ち込んで録音するのであれば iLoud Precision 6 くらいは欲しくなります。
私の感覚で評価すると、
iLoud Precision MTM >> iLoud Precision 6 > iLoud Precision 5 >> 初代 iLoud MTM
と言った感じでしょうか。ここに今回発売された iLoud MTM MKⅡ が iLoud Precision 5 のちょっと下に入ります。
iLoud Precision MTM >> iLoud Precision 6 > iLoud Precision 5 > iLoud MTM MKⅡ > 初代 iLoud MTM
金額を考慮すれば、この順番になるのは当たり前とお考えの方も多いかと思いますが、実はこれが iLoud スピーカーのすごいところなのです! 他社メーカーのスピーカーラインナップを試聴すると、「金額が高いモデルの方が大きい音が出るけど、バランスは小さいモデルの方が良いね」ということが多々見受けられます。金額が音の良し悪しに比例して高くなっていくのではなく、出せる音の大きさ、つまりユニットとエンクロージャーの大きさに比例している場合もあるからです。
IK Multimedia が開発した iLoud シリーズにはこのようなことがいっさいなく、一貫したサウンドの方向性の中で金額が上がる度に完全上位互換としてラインナップが存在しているので、ユーザーは安心して予算に合った製品を選ぶことができます。
しかし、予算に余裕があるのであれば必ず iLoud Precision MTM を買った方がいいのかというと、そうではない場合もあります。それが、スピーカーを置く場所と出せる音量です。
iLoud シリーズは全てのスピーカーが背面バスレフになっており、このバスレフによってサイズ以上の迫力のあるサウンドを作り出しているのは前述のとおりです。サイズが大きい上位機種になるほど、スピーカーの背面の空間を使うので、壁際などに置くと上位機種の方が想定以上の低音が出てしまいます。もちろんこれをDSPが補正してくれるのですが、下位機種より多くの補正が必要となってしまうのです。
さらに、壁に当たった音は隣の部屋や外にも響くので、防音されていない部屋だと出せる音量も小さくなってしまいます。大きい音も出せず、無理な補正が多くなるのであれば、部屋の広さと出せる音量にあったサイズを選ぶのもありではないでしょうか。
iLoud MTM MKⅡ に付属するスタンドは角度調整も可能で、作業スペースに合わせたベストなセッティングができ、横置き用のスタンドもついてきます。底面にはネジ穴があり、マイクスタンドに取り付けて設置することも可能です。専用ブラケットもありますので、スタジオの天吊り、壁掛け用としての導入もスムーズです。購入するラインナップに悩んだ時は、ご自身の使用する環境に合うものを選んでみてください。
まとめ
初代 iLoud MTM が発売された当初、2倍の価格/サイズのスピーカーに匹敵すると評判でしたが、iLoud MTM MKⅡ は補正なしでも2倍以上、DSP補正をすると3倍以上の価格/サイズのスピーカーに匹敵すると思います。
iLoud MTM MKⅡ はこれから10万円台のスピーカーを購入予定の方はもちろん、すでに初代 iLoud MTM を持っている方にも買い替えをお勧めできる素晴らしい製品です!
さらに、すでに iLoud MTM Immersive Bundle 11(初代のイマーシブバンドル)を購入した人も、LRのフロントだけを MKⅡ に買い替えると大いに性能を発揮できると思います。後々 iLoud Precision シリーズに移行したいという人にも自信を持ってお勧め致します。
写真(※iLoud Precision 以外):桧川泰治
長谷川 巧/Takumi Hasegawa
千葉県出身。東放学園音響専門学校卒業後、2003年に株式会社サウンドインスタジオに入社。様々なジャンルの音楽の録音を経験し、2011年フリーランスになる。2023年、千葉県に「Studio Arte/スタジオアルテ」をオープン。iLoud シリーズのスピーカーを使用し9.1.6chまで対応している。
LCR = iLoud Precision MTM
Wide,Side,Rear = iLoud Precision 6
Top = iLoud MTM
大河ドラマ「青天を衝け」、第96回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した「ゴジラ-1.0」など、ドラマや映画、アニメの音楽を中心にステレオからDolby Atmosまで数多くの作品のRecording、Mixを手がける。