Billie Holiday や Chet Baker、Amy Winehouse を彷彿とさせる、心に響く Billie の物憂げなボーカルは、ミックスエンジニアの Rob Kinelski の手腕に負うところが少なくありません。彼がどのようにして UAD Satellite と UADプラグイン を使い、メランコリックでフックの効いたヒット曲を生み出したのか、ロサンゼルスのスタジオでインタビューを行いました。
グラミーを受賞したベッドルームポップに UAD プラグインで最後の仕上げを施した、ミックスエンジニアの Rob Kinelski
- あなたと Billie、そして Finneas の3人がどのように作業をしているのかを教えてください。
Finn(Finneas)は、とにかく耳がいい。トレーニングをほとんど受けていないのにレコーディングのやり方を知っているし、サウンドの捉え方や操作の仕方がとても丁寧なんだ。Billie も彼のやり方をよく理解している。
Billie と Finn が作ったステムデータは、私の手元に届くまでにかなりしっかりと調整されている。すべてのトラックにコンプが掛けられていて、パンも調整されているので、俺はそれを Pro Tools に読み込んで、ルーティングとサミングシステムを介し、トラックにフィルターを掛ける。いくつかの工程を経てミックスのテンプレートができたら、必要のないものを削除するんだ。
- あなたは「彼らのミックスはほとんど手を加える必要がない」と言っていましたが、ルーティングやバスを見ると、それは謙遜しただけのように思えます。
俺の仕事は彼らの楽曲の仕上げをサポートし、サウンドの一貫性を保ち、問題が発生した場合に対処することなんだ。時には問題が解決しないこともあるけど...わかるかな? 彼らの勢いを落ち着かせた方がいい場面もあるんだ。
俺が自分自身に問いかけているのは、“どうしたら曲の役に立てるか?” ということ。彼らが作ったものをさらに良くするためにできる限りのことをするけど、それは俺の印を付けるってことじゃない。そういう役割じゃないんだ。そんなことをするミキサーも知っているけど、俺のやり方とは違うね。
- あなたは、かなり以前から Universal Audio 製品を愛用していますね。UAD プラグインの魅力は何でしょうか?
今となっては贅沢な話だけど、UAD プラグインが登場した当初、「UA が発売した Fairchild のプラグインは、本当に Fairchild の音がする!」と誰もが話題にしていたのを覚えているよ。スタジオで、UAD バージョンとハードウェアユニットのA/B比較をしたら、全員が「すごい、ほとんど同じだ」と言ったんだ。ブラインドテストでは、多くの人が実機ではなく UAD のプラグインの方を選んでいた。
だから、最初から UAD プラグインは俺のワークフローの一部だった。UAD プラグインのおかげで、PCでのミキシングが「悪い言葉」ではなくなったんだ。
- 多くの人と同様、私もあなたのミックスを聴いて、余白とアンビエンスに感銘を受けました。トラックはドライですが、開放感と広がりを感じられます。
Billie のレコードのサウンドスケープや音像、リバーブやディレイに関しては、そのほとんどを Finn が手掛けたと言っていい。だが、例えばミックスの中で何かが広がり過ぎていたら、俺はそれをもう少し前に押し出したり、ほんの少し位相をズラしたりしてステレオフィールドを広げ、ミックスをより面白くしたり、あえて少しヘンな感じにしたりもするね。
- そのような空間演出のために、お使いのプラグインを教えてください。
AMS RMX-16 Expanded Digital Reverb で定番の「NONLIN 2」というプリセットを特によく使っている。スネアやクラップなど、必ずしも“リバーブ感”を出したいわけではない、より立体的に聴かせたい要素に対し、小さな部屋で鳴っているような勢いを加えることができるんだ。これは、80年代のオールドスクールな手法だよ。
もうひとつのお気に入りは Sonnox Oxford Inflator で、ほとんどすべてのバックボーカルに使っている。あまり強く叩かず、かなり繊細にハーモニックな色を加えると、ポップで開放的な印象になるんだ。
現代の音楽を無難にミックスし過ぎると、つまらなくなる。ループを繰り返すようなミックスにしてはいけない。何かを起こす必要がある。
- Billie の音楽は、重ねたバックボーカルが特徴的です。それ自体がエフェクトのように聴こえます。どこからインスピレーションを得たのですか?
俺にとっての目標は、サウンドに動きを与えることと、何かを長く放置しないことなんだ。現代の音楽は、無難にミックスし過ぎると、退屈で直線的なものになってしまう。だけど、ループの繰り返しのようなミックスにはしたくないから、何かを起こす必要があるんだ。そのためには、バックボーカルを際立たせることが重要だった。
俺が Beyoncé のアルバム『B'Day』のエンジニアリングを担当した時、偉大なミックスエンジニアの Jason Goldstein がバックボーカルを重厚に響かせていたのをよく覚えているよ。スピーカーから飛び出してくるかのようなサウンドだった。
これは他のジャンルにも当てはまる。グラミーを受賞した Andrea Martin や Makeba Riddick といったソングライター達と仕事をしたこともあるけど、バックボーカルを重ねてミックスに面白みを出すという点では、同じようなことをしていた。
- Ampex ATR-102 Mastering Tape プラグインを愛用していると言っていましたが、どのように設定していますか?
俺はミックスバスでは456ハーフインチ・テープを使って、30ipsで+6のキャリブレーションを行うのが好きなんだ。そして、ノイズは常にオフにしておく。
- ミックスバスに Thermionic Culture Vulture を使うというのも大胆な発想ですね。
そうなんだ。ミックスをしていて、"どうしたらもっと色が出るだろう?"と思って、衝動的に Culture Vulture をデフォルト設定で挿れてみた。で、それをバイパスしてみて、もう一度オンにしてみる。そしてさらにバイパスして(笑)、最後にもう一度オンにし、あとはずっとそのままにしているよ。
変則的な倍音に対してどんな処理をしているといった、知的で綿密な説明ができればいいんだけど、それは難しい。ただ、イイ音だとは思っていたし、"きっと誰もやっていないだろうな"という気持ちもあったよ。
- ミックスバスのチェーンはPC内で完結させていますか? それともアウトボードも組み合わせているのでしょうか?
いつも同じではないけど、基本的にはこんな感じだ。まず Ampex ATR-102 Mastering Tape プラグインから始めて、Thermionic Culture Vulture プラグインに入れる。その後、以前はアウトボードの Dangerous Music BAX EQ を使っていたんだけど、実は Fearn VT-5 EQ(デュアルチャンネル・アウトボードEQ)に変えたんだ。1万ドル以上もした機材だから、使わないわけにはいかなくて。
- ギターの音色についてお聞きします。基本的なプラグインチェーンはどのようなものですか?
ほとんどのエレキギターに Harrison 32C SE Channel EQ を使っている。これは、中域をブーストした時にありがちなエグさが出ないんだ。アコギは Teletronix LA-3A Classic Audio Leveler でトランジェントをスムーズにして、ミックスに馴染ませるようにしている。
- ドラムによく使うプラグインはありますか?
最近は Empirical Labs EL8 Distressor を生ドラムに使っている。このプラグインで気に入っているのがミックス機能なんだ。優れたパラレルコンプレッサーのようなもので、位相がズレる心配がないのさ。
前は「プレイリストがアルバムを殺している」という意見に憤慨していた。それが本当だとしても、プレイリストがジャンルを取っ払ってくれているのかもしれないし、それは良いことなのかもしれない。
- Billie のボーカルは“ささやくような”表現をしていますが、どのようにして存在感を保っているのですか?
俺は、最近巷に溢れているボーカルサウンドに違和感を覚えていたんだ。Billie の声をもっとクリアで存在感のある、エキサイティングなものにしたかった。従来のスタジオでそれを実現するために何を使えばいいのかというと、Neve 1073 なんだ。
Neve 1073 Preamp and EQ plug-in を使う時は、通常、ローエンドを少しロールオフして、200 Hz あたりの中低域を持ち上げる。そして、高域のシェルビングノブで明るさを調整するのさ。
- Billie と Finneas の音楽には、きっと何かの魔法が掛かっているのでしょうね。一体、どんな魔法を使っているんだと思いますか?
その魔法は、2人が自分自身に完全に忠実であることから来ているんだと思う。彼らはジャンルのことは考えないし、気にもしない。これは、彼らの世代の多くに当てはまることだと思う。彼らはそういったカテゴライズを気にしないんだ。俺はアルバムを作るのが好きだから、「プレイリストがアルバムを殺している」という意見に憤りを感じていたけど、それが事実だとしても、プレイリストがジャンルを取っ払ってくれているのかもしれないし、それは良いことなのかもしれない。
― James Rotondi