自宅でレコーディングができないと仕事がない時代になった
- こちらの専門学校では、ミュージシャン向けにどんな専攻があるのでしょうか。
クリス:本校では、2年制、3年制、4年制の3つから専攻を選ぶことができます。2年制(パフォーミングアーツ科)ではミュージシャンとしての技術を学び、3年制(音楽テクノロジー科)では演奏だけでなく作曲やアレンジ、映像の編集、セルフプロデュースのスキルも学びます。4年制(スーパーeエンターテイメント科)ではそれに加えてテクノロジーや英語力、マネジメント/リーダーシップなど、グローバルに音楽エンターテイメントビジネスを行うためのノウハウなどを学び、留学も経験します。専攻によってゴールが違うのです。元々は2年制のみでしたが、今の時代は自分でレコーディングをして、データをメールでやり取りするような仕事のスタイルが定着しつつあるので、そこを教えていかないといけないなと以前から考えていました。ただ、例えばギタリストなら、2年制の中でギターの授業を減らしてテクノロジーの授業を入れると、ギターの演奏技術が形にならないので、3年制と4年制という考えが生まれたのです。
- 演奏だけでなく、レコーディングの技術などもカリキュラムに関わってくるわけですね。
クリス:それには3つの戦略がありました。1つは、自宅でレコーディングができないと仕事がない時代になったので、それに対応できるようにするということ。2つめは、昔の機材を研究するためです。60年代の Marshall Plexi や Echoplex など、簡単には手に入らないビンテージ機材を研究するために、プラグインを使いたかったんです。そして3つめに、レコーディングをすると自分の演奏に対して気づくことがたくさんあります。例えば、ギターソロやコードの弾き方の授業でも、毎回レコーディングをさせています。自分のソロを聴き返せば、どこが物足りないかを自分で確認できますから。
- 時代や音楽業界の変化に応じて、カリキュラムを組んでいるのですね。
クリス:昔なら音楽専門学校での目標は簡単で、演奏が上達すればOKでした。そうすればプロになれたので、2年もあれば十分だったのです。ですが、今はレコーディングスタジオに足を運ぶ仕事は減りましたし、ミュージシャンはみんな自宅でレコーディングができないといけません。オーディションにしても、会場に行くよりもYouTubeのチャンネルを送るようになったので、そういうコンテンツを作成できる力が必要なのです。
- そのためのオーディオインターフェイスとして Apollo を選んだ理由は?
クリス:一番の理由は音がメチャメチャいいからです。僕は Marshall のアンプを40年ぐらい使っていますが、UADプラグインの Marshall を初めて使った時、実機の Marshall をレコーディングした音とまったく同じだと思いました。もちろんアンプから出る生の音とは違いますけど、マイクやコンソールを通ってモニターから出てくる Marshall の音と、UAD の Marshall の音は同じだったんです。これ以上、実機のアンプを使う必要はないとわかりました。
- Apollo を利用することで、本格的なレコーディングの授業ができるようになったわけですね。
クリス:以前はアンプの実機を使って、大きなコントロールルームでレコーディングをさせていましたが、Apollo のおかげで、僕らが授業でやりたかったことを実現できるようになりました。 Universal Audio のアウトボードというと、僕は古いレコーディングスタジオでしか見かけたことがなく、アナログのチューブ・プリアンプやコンプしか知りませんでした。ミュージシャンが使うものというより、エンジニアが使う機材でしたね。ですが、UAD や Apollo をリリースしたことで、Universal Audio はデジタルへのシフトを非常にうまく成功させたと思います。
UADプラグインで昔のアンプの使い方を研究する
- 「レコーディングをすると気づくことがある」という話について、もう少し詳しく教えてください。
クリス:僕がプロギタリストとして初めてスタジオでレコーディングした時、録音したテイクを聴き返したら、あまりのヘタさにビックリして「ギターやめよう……」と思ったんです。ソロで聴くと、チョーキングの音程が悪いし、ビブラートも早い。緊張しているから力が入り過ぎてピッチが高くなっているし、ギターソロの流れもちゃんと作れていませんでした。それで気づいたのが、レコーディングの経験は鏡を見るようなものだということです。一度、恥ずかしい気持ちにならないと治りません。大切なのはパーフェクトに弾くこと。シンプルでもいいけど、パーフェクトに弾かないといけません。タイミング、ピッチ、8小節のギターソロ、それらすべてがパーフェクトでないといけないということを、ギターコースの学生達には伝えています。
- 具体的には、どうやってレクチャーするのですか?
クリス:まず学生に自分のソロを録音してもらって、「今録ったテイク、どう思う?」と聞くんです。すると大抵は「良かったと思う」って言うんですけど、いざプレイバックすると「……ヤバイ」ってなるんですよ。それを3日くらいやると、彼らの練習方法が変わってきますね。昔はこういう授業をやるためにはコントロールルームを使うしかなかったから大変でしたけど、今はそれが教室でできてしまうようになりました。これも Apollo のおかげですね。
- そうやってプロの現場で通用する技術を身に付けていくんですね。
クリス:将来仕事をするには機材の使い方も覚えないといけないので、学生には、自分で操作してもらうようにしています。この授業を始めてから、まだ半年ちょっとしか経っていませんが、みんな自分のプリセットを作れるようになりました。自分のギターを接続して、自分の好きなアンプモデルで音作りをしています。
- ギターの授業では、どんなプラグインを利用しているのですか?
クリス:主に Friedman Buxom Betty Amplifier や Marshall Plexi Super Lead 1959、Suhr SE100 Amplifier、Marshall JMP 2203 などのギターアンプですね。Suhr SE100 Amplifier は一番モダンなアンプで、色々な音が作れます。Plexi の物足りないところが全部解決されています。それと、Apollo のUnisonテクノロジーが最高! あれこそアンプそのものですね。Unisonが登場する以前は、ギターとオーディオインターフェイスの反応が、実機のアンプで弾くのとは違っていたんですけど、Unisonを利用するとトーンやボリュームのコントロールまですごくいい反応をしてくれます。ギタリストにとっては最高ですね。
- この動画は何をしているところですか?
クリス:UADプラグインで、昔の Plexi の使い方を研究しているところです。当時のアンプはあまり歪まなかったので、インプット1からインプット2に接続して、2つのチャンネルを鳴らしていたんですよ。で、片方をトレブル高め、もう片方をベース高めにする。そういう1967〜69年頃と同じような音作りをUADで再現してみるわけです。それと、UADプラグインのいいところは、プリセットを見れば使用したコンソールやマイクがわかる点です。Marshall を Shure SM57(ダイナミックマイク)で録ったらどういう音になるかとか、アンビエントマイクを足したらどんな音になるかが勉強できます。
- 今後はどんなプラグインを授業で使いたいと考えていますか?
クリス:EP-34 Tape Echo や Dytronics Tri-Stereo Chorus、A/DA Flanger などのエフェクターや、Capitol Chambers、Lexicon 480L などのリバーブを、ギタリストの学生に使わせてあげたいです。モデリングマイクやチャンネルストリップも使いたいし、Neve 88RS Channel Strip あたりはボーカルコースの学生に使わせてあげたいですね。
クリエイター向けのプリプロルームにもApolloを入れている
- 音楽テクノロジー科の「作曲&アレンジャーデビューコース専攻」では、もっと以前から Apollo を導入していたそうですね。
西片:はい。作曲&アレンジャーデビュー専攻では3年かけて、曲作りのスキルと、ディレクションやミックスなど、スタジオワークやプロダクションワークのすべてを学びます。そういうトータルな制作ができるようにカリキュラムを組んでいるので、作曲家になる子もいれば、アレンジャーになる子もいるし、ディレクターになる子もいるんです。UAD-2 は発表された頃から興味がありましたが、Apollo が発売されて、音楽業界の色々なところで使われるようになったタイミングで、いよいよ導入することにしました。現行モデルの一世代前のモデルからですね。現在では最新の Apollo x8 をはじめ、Apollo Twin X、Apollo 8p、Apollo Twin MkⅡなどのオーディオインターフェースから、UAD-2 Satellite などのアクセラレーターまで、良質なUADプラグインを思う存分使用できるように、すべての音楽制作スタジオにUADシステムを導入し、日頃の授業から実践的な音楽制作実習まで、レコーディングやミックス、マスタリングなど幅広く活用できるような環境を構築しています。
- どのように授業で活用していますか?
西片:主にUnisonテクノロジーを活用して、レコーディングをしています。テクノロジーの理解と実践ですね。
- そういったことは何年次から学ぶのですか?
眞塩:私は今、3年生なのですが、1年生の頃からやっています。自分の仮歌を録ったり、チームでレコーディングをしたりするので、そういう時に Apollo を使っています。
西片:今の3年生が入学するタイミングで機材の入れ替えをして、その時に Apollo Twin MkII と Apollo 8p を新たに入れました。Apollo 8p を入れたのは、ドラムのマルチレコーディングを想定していたからなんですけど、実際には歌やアコースティック楽器を録音することが多いですね。あとは外に持ち出して、ライブレコーディングの実習とかもやったりしています。DSPには余裕を持たせたいので、基本的にQUADモデルにしています。
- ここはデジタル機材だけでなく、アナログのレコーディング機材も充実していますね。
西片:はい、ここはアナログとデジタルを融合したような、現在の商業スタジオをベースに作られています。他にも、完全デジタル仕様のシステムで、入力部だけをアナログにしたハイブリッド環境もありますし、クリエイター向けのプリプロルームもあって、そこにも Apollo 8p を入れています。ミキシングでは UAD-2 Satellite Thunderbolt も活用しています。
- Apolloを使うことで、どんなノウハウが学べるのでしょうか?
西片:セッティングの仕方や、マイクの特性、実機とプラグインの違いなどですね。ここには Universal Audio 1176LN(コンプレッサー/リミッター)の実機もあるので、それらとプラグインの 1176 Classic Limiter を比較したりして、UAD のいいところと実機のいいところを両方学びながら、場面によって使い分けができるようにしていきます。
古賀:僕達はUADでアウトボードを知ることが多いので、その後に、実機の使い方を学ぶというのは新鮮でした。
眞塩:似たようなプラグインでも、メーカーごとに音の性質の違いがあって、それを場面に応じて使い分けることができますね。例えば 1176 のモデリングプラグインって、いろんなメーカーが出していますけど、UAD の 1176 Classic Limiter は特に実機に近いというか、いい音だなと感じました。
西片:ここは、そういったプラグインやハードウェアに日常的に触れることができる環境になっているので、制作の中に取り入れる機会も多いのかなと思いますね。
写真:桧川泰治