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Universal Audio : Apollo & UAD とともに制作された、RAC の2020年のアルバム

グラミー受賞プロデューサー RAC が、Apollo と UAD をどう活用してディープかつ広がりのあるローエンドを生み出しているのか、ドラムに対してはどのようにディストーションを使っているのか、そしてアルバム『BOY』でなぜギターを多用するに至ったのかについてご紹介します。

グラミー受賞プロデューサー RAC(André Allen Anjos)が、1980年代のポルトガルでの幼少期の精神と音楽体験へのオマージュを込めたフルアルバム BOY をリリースしました。ボサノバ出身のギタリストでもある彼は、思い入れのある80年代のオールドスクールなシンセサイザー、コーラスの効いたギター、そして TR-808 のドラムサウンドを Jamie Liddell、LeyeT、Emerson Leif をはじめとする多彩なボーカリストたちの歌声と融合させています。

Anjos は、UA Apollo x8、2台の Apollo 16、Apollo Twin、2-610(デュアル・チャンネル・プリアンプ)等を惜しみなく使って、制作を行いました - 『これはコンセプトとテーマを持った、最後まで聴けるアルバム。いわば15歳の僕に衝撃を与えてくれた作品であり、そのトーチを今日の15歳へ渡せるといいな、と願っているんです。』

オレゴン州ポートランドを見下ろす RAC のホームスタジオ

- あなたの音楽は、ビートというよりもギターで演奏されるようなメロディックな要素から成り立っているように感じられますね。

たいてい、頭の中でどこか懐かしいようなメロディーが浮かんできて、それをその時書いている楽曲に落とし込もうとしています。

BOY
に収録されているメロディーは全て、ポルトガルで音楽と出会った無邪気な頃に連れ戻してくれるようなものです。これはアルバムの5、6曲目で感じたことで、当初から方向性としてあったわけではないんですが - しかし、ポルトガルでの幼少期がこのアルバムの根底に流れるテーマであることは、すぐにハッキリしました。

- 空間と、強い存在感が同居するボーカルサウンドとなっています。さまざまなボーカリストとリモートで作業されたとのことですが、どのようにしてサウンドの一貫性を保っていらっしゃるのですか?

そうですね、シンガーからボーカルトラックを貰っているので、彼らのセルフレコーディングの手法に少し翻弄されることもあります。僕が旅をする時は、Arrow インターフェイスを持っていきますよ。ボーカルをリモートでトラッキングするのに最適なんです。

- ボーカルトラックはどのように扱っていくのですか?

通常は、個別のトラック単位で Neve 1073 EQ を少しずつ加えていくことから始めます。必要に応じて、求める高域のためにね。1073 EQ の高域をとても気に入っているんです。

ボーカルトラックの「メンテナンス」が必要な場合は Antares Auto-Tune Realtime Advanced を使いますが、ロボ的なサウンドにしたくないので多用は控えています。それから、パラレルチャンネルに dbx 160 Compressor を少しだけ使い、ざっくりと必要なレンジ内に収まるようにします。

ミックスのテンプレートを用意しておくことはとても価値があること。皆さんにお勧めしますよ。

- ボーカルのサブグループについてはいかがでしょう?

Eiosis AirEQ プラグインを使うのが好きなんですが、それを SSL G Buss Compressor に送ります。SSL ではレシオを2:1にしてスレッショルドを調整していくといった、かなり繊細な設定を行っていますよ。この時点では針をわずかに動かすだけなんですが、僕がコンプレッションを使う場合は全面的にそうしていますね。

それから、ボーカルのグループは Sonnox Oxford Inflator に入ります。使うのは20〜30%程度、“Clip” はまったく設定しません。Inflator を通る時は、とてもクリーンな状態であることが好みです。あと、Empirical Labs EL8 DistressorCompressor を少し掛けるといったこともよくします。

- ギターに関しては、後ほどお話ししましょう。その前に、全ての作品で驚くほど一貫しているローエンドの処理について教えてください。

それは、僕が何年にも渡って作り上げてきたフレームワークをテンプレートにしているからですね。ある意味、ドラムとベースは一種のプリミックスが行われている状態と言えるでしょう。テンプレートを用意しておくことはとても価値があることだから、皆さんにお勧めしますよ。僕が膨大な量のリミックスをしていることもありますけどね。いつも締め切りに追われているので、作業のスピードアップに繋がるものは何でも活用したいんです。

- そのテンプレートについて教えていただけますか?

楽器の種類ごとにグループトラックを用意しています。そこでかなりのパラレル・コンプレッションが加わって、レベルがおおむね調整されます。各グループごとにサブミックスを用意しているので、最終ミックスを行う時に、一から作っていく必要がないんです。

- テンプレートにEQは含まれないのですか?

重要なのは、ミックス内にEQでスペースを確保することですよね?そのための手法として、僕はフィルタリングを活用します。と言っても、それほど複雑なことではないですよ。つまり、キックはかなり低いものですが、20 Hz から 400 Hz までの低域においては、これが唯一存在するスペースとなります。

ベースを担当する楽器はキックと少し被るかもしれませんが、シンセやギターといったミッドレンジの楽器は、低域から高域の間でしか生きてきません。ボーカルのために十分なスペースを取っておきたいですね。

2-610 やさまざまな世代の Apollo を含む UA ハードウェアが組み込まれた RAC のラック

- 基本的には、楽器それぞれに適した場所があり、中でもボーカルは重要な部分を占めると。

その通り。僕の作品を聴いていただければ、ボーカルを除く高域でハイハットやシンバルが一切使われていないことにお気付きかと思います。このアプローチのおかげで、多くのセパレーションが可能になりました。多くのミキサーはハイハットを大きく広げたがる傾向がありますが、僕はそれを制御するのが好きなんです。

- キック、スネア、ベースにはあたたかさが感じられますね。

いつもキックとスネアをグループ化して、パラレルチャンネルで少し歪みを加えているんです。実際、ほぼ全てのものに対して歪みを加えていて、それがレコーディングでちょっとしたグリットを得られることに繋がっているんだと思います。

- なぜパラレルチャンネルで歪みを使うんですか?

ドラムに歪みを使うと、全てのダイナミクスが損なわれるリスクが生じます。これが、パラレルで歪みを扱う理由ですね。スネアでパンチの効いたローミッドを失いたくないのに、歪みを直接掛けるとクランチーになりすぎてしまいますから。いつもは、Raw ディストーションストンプボックスプラグインを使って、適量のグリットを加えています。

- パラレルコンプもお使いですか?

はい。とくにベースとドラムのコンプレッションに関しては、チャンネルからセンド、サブグループ、マスターバスに至る連続したステージでパラレルコンプを少しずつ掛けるということを多用しています。

- ギターの話に戻りましょう。BOY ではギターを多用していますね。

僕にとって、ギターは頭の中に浮かんだメロディーを現実世界に連れてくる最も簡単な手段なんです。ギターで弾いてみて良い感じだったら、それをキープしておきます。創作のプロセスの多くは本当に即興的なもので、アイデアをあれこれ試してみたり、遊んでみたり、時にはそれが本当に有効なものなのかを見極めたりもしますね。

アルバムのメイン楽器としての役割をギターが果たしているというのは、新鮮なことでした。多くのアイデアはシンセで書かれたものですが、進めていくうちに、むしろギターの方が良いんじゃないか、って思うようになったんです。

RAC のギタートーンを彩るために揃えられた、さまざまなチューブ・アンプやソリッド・ステート・アンプ、エフェクター

- 本当にギターサウンドが素晴らしいですね!レシピを教えてください。

使っているギターは、子供の頃から持っている、愛してやまない Gibson SG 1本だけです。BOSS CE-2 や MoogerFooger のペダルをいくつか使うこともあるんですが、アンプの前段でエフェクトはあまり使わないかな。

アンプは全てヘッドのみ、Fender の Deluxe Reverb と Princeton Reverb、Roland JC-120、そして Vox AC-4 と AC-15 を使っています。これら全てを Ampeg System Selector に接続して、OX Amp Top Box へ送るモデルを切り替えているんです。

僕にとって、ギターは頭の中に浮かんだメロディーを現実世界に連れてくる最も簡単な手段なんです。

- OX アプリを使って音創りをされていますか?

実のところ、OX のマイク、キャビネット、スピーカーモデリングは使っていません。シンプルにアッテネーターとして使い、ボリュームを 30 dB ほど下げてから Celestion G12T-75 を搭載した Rivera Silent Sister 1x12 アイソレーションキャビネットに信号を送っています。2本の内部マイクを使って本当にクリーンなレコーディングができるんですよね。そこからは、API 512C ランチボックスプリアンプか、Chandler TG-2 500 シリーズプリアンプに行きます。

ギターサウンドが Apollo コンソールに入ってからは、Neve 88RS Channel Strip でローエンドを少しだけフィルタリングしてサウンドを整えるのが好きですね。よりコンプレッションされたトーンが必要な場合には、Fairchild 670 Tube Limiter を使うこともあります。

- ギターに対して、DAWではどのような処理を行っていますか?

先ほどお話ししたように、繊細なパラレルコンプを加えます。そしてステレオ感を得るため、同じパートをダブルにすることも多いのですが、基本的にはモノラル信号の方が好きですね。

個人的にはあまり「ワイド」な録音を好みません。ステレオ信号では、その音像の中央部分の存在感が失われてしまう場合もあったりしますから。僕は、目の前のサウンドが欲しいんです。いくつかのモノラルソースをパンニングしてステレオ感を創り出す方が良いですね。

ギターには、MXR Flanger/DoublerBrigade Chorus Pedal といったプラグインをよく使います。歪みには Raw Distortion ですね。

- ミックスバスでお使いのプラグインについて教えてください。

いくつかありますが、API 2500 Bus Compressor をメインに使っています。以前は実機を持っていたんですが、ルーティングやノイズの問題に疲れてしまって。今は UAD プラグインを使っているんですけど、これは本当に凄い。実機とのA/Bを試してみたところ、僕のハードウェアの設定をほぼ完璧にコピーすることができて、素晴らしいサウンドが得られたんです。

- API 2500 プラグインの設定はどうなっていますか?

スレッショルドは “0”、アタックは “.03” あたりと超低め。レシオは “3” に。もっと高くてもいいのですが、これは接着剤として機能させるものであって、最終的なリミッターではないということを覚えておいてください。リリースは “.05” で、必要に応じて可変リリースを調整していきます。

ニーは “Hard” で、Thrust は “Normal”、トーンタイプは “Feedback/Old” です。リンクは使いません。そしてメイクアップゲインを Ableton に内蔵されている Limiter がヒットするまで上げていきます。これはレコーディングとミックスの際に、ベースラインの接着剤として使えますよ。マスタリングに関しては、Sterling Sound の Joe LaPorta とよく仕事をしています。僕にマスタリングのスキルはありませんが、Joe は素晴らしいよ!

- 最近は LUNA レコーディング・システムをお使いのようですね。いかがですか?

よもや2020年に新しいDAWに注目するなんて思ってもいませんでしたが、LUNA は新たな気持ちにさせてくれるものですね。DAWを切り替えるというのは大変なことですが、LUNA には機能が豊富に用意されているので、多くの方のワークフローに溶け込んでいくように思います。僕は、LUNA インストゥルメントの Ravel と Moog Minimoog 、そして Neve Summing をとても気に入っています。Apollo とシームレスに動作するので、とても楽になりましたよ。UA のように素晴らしい歴史を持つ会社が、レコーディング業界の最先端を走っているというのは本当に気持ち良いですね。

- James Rotondi

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