- EMIのご出身ですね。Studio TERRA のことを伺ってもよいですか?
Studio TERRAは、天王洲にあったレコード会社EMIのスタジオです。溜池の本社にもスタジオがあり、計5箱の各部屋にSSL 9000J、SSL 9000K、SSL 4000G、OLD NEVE8073の大型コンソールがあるリズムからストリングスまで録音できる大規模スタジオでした。それらのコンソールの以前には、Neve Vシリーズ、SSL 4000Eなど、どれも今ではUADプラグインのライナップに見られるようなコンソールが入っていましたね。Pro Tools HD以外にも、Studerのアナログマルチテープレコーダーから、Studer、Ampexの2chのテープレコーダーまで揃っていてアナログコンソールとアウトボードだけでスタジオ完結する制作を多く行っていました。
僕は元々ワーナースタジオにいてその後にEMIに移り、15年近くそこでレコーディングエンジニアをやっていました。ワーナースタジオのコンソールはSSL 4000Eだったのですが、TERRAは部屋ごとに違うコンソールがあることで、フェーダーなどを覚えさせるコンピュータの仕様もそれぞれ違っていました。これは最初苦戦しましたね。同じNeveコンソールでもソフトが違うから操作方法が違っていて、失敗すると今までバランスとっていたフェーダーが全部落ちたりする(笑)。今の人たちにはこのゾッとする瞬間、わからないと思います。今は、UNDOも充実しているので、失敗談って殆ど聞かないですよね。僕はなんとか大きなミスは無く済んだのですがテープの時代だったので全部のチャンネルをREC掛けて録っていたものを消しちゃった人とか、笑えない話もたくさんあリましたよ(笑)。大変でしたけど面白かったですね。スタジオはPro Tools中心の制作環境への変革の中、会社の都合で2010年にクローズしてしまいました。今思うとメーカースタジオというのは色々勉強できてよかったと思っています。レコーディングとミックスだけじゃなく、マスタリングも行っていたのでそのときにいろいろ勉強できた。最近はマスタリングの仕事も来たりするのでとても役に立っていますね。
スタジオを閉じることになった時、メーカーとして他の仕事をするかフリーになってエンジニアの仕事を続けるかという選択になってフリーランスになりました。6,7年くらい前の当時もDAWにシフトしていた過渡期にありましたけど、その後もPro
Toolsや音楽制作の環境は大きく変わっていきましたよね。まさかここまでスタジオじゃない場所で作業することが多くなるとは思わなかった。
- 現在のApollo 16 MK-IIとPro Tools ソフトウェアのネイティブシステムというは、どのような経緯によるものですか?
TERRAにいた頃は、作業を家に持ち帰る事はまずなくて、Pro Tools LEでの編集作業といったら歌を少し直したりすることくらい。フリーになった後も仕事はスタジオでやっていたのでPro Tools HDシステムを自分で持つ必要がなかった。ネイティブ環境を揃えるようになったのは暫くしてからですね。時代の流れで予算的にどうしても仕込みをやらなきゃいけない案件が出てきたり、ライブ録音の仕事が入ってきた。どこでも同じ環境を再現できるシステムが必要になって来ていた頃でもありました。
ネイティブシステムを使い始めてからここ数年、結構I/Oを換えています。元々持っていたDigi002を含めるとMetric
Halo LIO-8、RME
Fireface 800、Antelope
Audio Orion32ときて、今のApollo
16
MK-IIは、5台目です。音質の傾向は各社バラバラなんですがデジタル機材はどんどん進歩しているので、新しいモノの方が良いと思います。聴いて良いと思ったら買い換えているんですよ。Apolloもシルバーの時より新しいブラックの方がいいし、AD/DAコンバータの違いなのかApollo
8とApollo
16でも結構な差があったと感じました。Apollo
16 MK-IIは、エンジニア的に聴いてもこれなら良いなと思ったんですよ。
- 現在のミックスシステムを教えてください。
Pro Toolsが入ったMac MiniをサンダーボルトでApollo 16 MK-IIに繋いでいます。Apollo 16 MK-IIのD-SUB出力をDangerous Music 2-BUSでサミングして、2ミックスをApollo 16 MK-II に戻してTDしています。アナログアウトボードは、トータルにコンプを使うことが多い。MACのパワーがよくなったので殆どミックスで困ることはないですよ。UAD-2のDSPに助けられているというところもありますけどね。Apollo 16 MK-II内蔵のQUADと、Satellite TB QUADをカスケードして、さらに昔から使っている Satellite TB FWが活躍することもあります。
- アナログ時代のミックスについて教えていただけますか?
とりあえずコンプは、1176で、というのは本当に多かったですね。TERRAにはリビジョン違いで結構な数の1176が揃っていました。1176はつまみが少なくて使い易いというところが大きくて、こうすればこういう音が出るというところがよく考えられている。特にレコーディングの時間に追われながらでの作業ではつまみがありすぎても悩みますからね。音像が前に出てくるので、歌とベースによく使ってました。スネアとかリズム系にも1176でガッツリコンプを掛けたりする人もいましたね。僕は、4対1のレシオで、アタック最遅、リリース最速を基本にして少しだけずらしています。皆、自分のプリセット値を持っていて大体決まったところを使っていると思いますよ。
ドラムバスには、Neve 33609、SSL Buss Compressorとかのステレオコンプを使っていました。SSLコンソール備え付けのBuss Compressorをドラムの使ったら、代わりにNeve 33609をマスターにインサートしたりするんですね。当時は、皆、少ない機材でやりくりしてましたよ。ベースには、Teletronix LA-2AやFairchild 660、ピアノにはステレオコンプであるNeve 33609を使ったりとある程度決まっていました。コンソールのチャンネルコンプはあまり使っていなくて、1176を使い果たした後の最後の手段という感じ。EQは、逆にほぼコンソールのチャンネルEQで行っていましたね。全部のチャンネルを同じEQでやることでよくまとまるということはあるんですよ。プラグインでも、全チャンネルにSSL E Series Channel Stripプラグインと、トータルにSSL G Series Buss Compressorプラグインを入れてミックスしたりもします。当時は、限られた機材の中での合理的な都合で選んでいたけど、これをプラグインで意識して音を作るのは面白かったりする。使っていたアウトボードは、ほぼ全部UADプラグインのラインナップに揃っていますからね。
- アナログモデリング以外のお気に入りのUADプラグインはありますか?
最近出たSONOX Oxford Limiterはすごくよく出来ていますね。これは深く掛けていっても潰れすぎて歪んだり、音像が崩れたりしないのでマスタリングの仕事の時に役立っています。Precisionシリーズは、微調整にすごく向いていてポイントでよく使っていますね。Precision Buss Compressor プラグインは音のまとまりかたが好き、 Precision Enhancer Hz プラグインなんかは低域が足りない時にちょっと足してふくよかにできる。Precision K-Stereo Ambience Recovery プラグインもちょっと近すぎる音源に距離感をつけたりと細かく調整ができて良いんですよ。
- 昨今のミックスとマスタリングの境界はどの様に考えていますか?
最初は自分でマスタリングまでやるのはどうかなと思いましたけど、今は境界線が無くなっていますね。ミックスとマスタリングの境界だけじゃなくアーティストやアレンジャーがミックスまでやったりすることも最近ではよくあることです。結局は、僕らエンジニアが出したい音ではではなくて、アーティストが作りたいものを作る為のことだから、ミックスでもマスタリングでもやってほしいとお願いされた時はやらせていただいてます。昔は、完全にアナログだったので機材はエンジニア以外使えなかったですけど今はDAWに揃っています。僕らが当たり前にやることをしないことでの新しい発見があるかもしれない。根本のところが出来ていてちゃんとジャッジできるのアーティスト/アレンジャーとの信頼関係が持ていれば問題ないと思っています。
- 今、興味のある機材などはありますか?
Apollo 16 MK-IIだけだとライブ録音にはチャンネルが足りないので、今度Apollo 8 QUADを買い足そうと思っています。サンダーボルトでカスケードすればADAT INも使って32chを確保できる上、4chのマイクプリがある。これがあると録音用にもらう回線とは別にこっちでアンビエンスマイクを立てられるんですよね。DSPを増やすことにもなるし、これでどんな仕事にも対応できるようになりそうです。