誰もが Arcade Fire のダンサブルなインディー・ポップについて「レトロ」と思わないでしょう。しかし、彼らにとって最新のビルボードNo.1アルバムとなった Everything Now のミックスに、レアなビンテージの Universal Audio 610 コンソールが使われたことを知れば驚くかもしれません - これは Neil Young の Harvest(1972年)で使われたことでも知られる、伝説のレコーディング・エンジニア Wally Heider の「グリーン・ボード」とほぼ同じものです。
このアルバム制作の舵取りを行ったのは、イギリスのプロデューサー/作曲家の Steve Mackey (Pulp のベーシストであり、M.I.A.、Florence and the Machine 等のプロデュースでも有名) です。Mackey は共同プロデューサーである Markus Dravs、Eric Heigle、Daft Punk の Thomas Bangalter、そして Portishead の Geoff Barrow とともに、可能な限りアナログの信号経路を通じて、12名ものマルチプレイヤーが一部屋で行う Arcade Fire の有名なライブセッションのアプローチに取り組みました。
それではどのように制作が進められていったのかを見ていきましょう。
- 貴重な Universal Audio 610「グリーン」コンソールが Arcade Fire の収録に用いられた経緯について聞かせて下さい。
ニューオーリンズで Arcade Fire の Win Butler に会うまで、610 コンソールには触ったこともなかったんだ。すごくレアだから ─ イギリスではとくにね。Win は本当にビンテージの UA ギアにハマっていて、610 チャンネル・ストリップとそれらがいっぱいに埋め込まれた 610 のフレームも持っていた。僕たちはそれを使ってレコーディングを始めて ─ たしか12チャンネルだったと思うけど、作業の半分くらいの段階で、彼はとてもコンディションの良いオリジナルの 610 コンソールに出会うことができたんだ。
- 610 はいかがでしたか?レアな機材を使ったことで得られたオーディオ的な恩恵はどんなものだったのでしょう?
610 は入力と出力で様々な真空管が使用されているのが特徴で、それが他のミキシングデスクと大きく異なるところだね。Win はこれをアナログレコードにするという確固としたアイデアを持っていた。彼はアナログの音が大好きで、Neil Young の Harvest のような UA 610 を使ったアルバムがお気に入りなんだよ。そこで彼はテープマシンと Neve BCM 10/2 サイドカーを持ち込み、部屋を整えていった。
最初はドラムマシンやパーカッションを含んだリズムセッションのトラッキングに 610 を使っていたんだけど、ミックスダウンの時点でも本当に使える、って実感したよ。例えば、Parlor っていうニューオーリンズの別のスタジオまで赴いてミックスをしたんだけど、その後ステムを作ってミックスの最終調整を 610 を通して行ったところ、それはもう素晴らしい効果が得られたよ。ステムをかなりハードに 610 に突っ込んだらとんでもなくすごいクォリティーとトーンになってくれたから、それをそのままマスターに落とし込んだんだ。
610 コンソールは素晴らしいサウンドを与えてくれる。しかしそれはしっかりとしたマイクテクニックがあってこそ得られるものだ。- Steve Mackey
- 610 はシンプルなミキサーですよね。EQはとても制限されたものですし、オプションもあまりありません。
制限こそがこのチャンネル・ストリップの魅力だと僕は言いたい。ハードにドライブさせることもできるし、10k もしくは 100Hz あたりをイコライジングすることもできる。周波数固定でハイとローをいくらかカット、ブーストするシェルビングEQだけどね。おかげで数十年前みたいにマイキングの技術が重要になってくる。たしかにコンソールは素晴らしいサウンドを与えてくれるけど、それ以前にマイキングがしっかりしていないとダメなんだ。個人的にこの作業は本当に興味深かった。610 で何も起きなければ、マイクを変える。それだけさ。このシンプルさが Arcade Fire にとっては効果的なんだ。なにしろ彼らのレコーディングは相当にハイテンションで大忙しだからね。
- 一体、どんな状態ですか?
彼らのスタジオ : Boombox はとても狭いんだけど、そこで最低でも6名、最大12名のミュージシャンが一緒に演奏するんだから。しかも頻繁に楽器を変えたり、時にはテイクの最中でも持ち替えたりして ─ 普通じゃないでしょ! そこに 610 がハマったんだ。余計なものに紛らわされることなく、シンプルにゲインを調整し、録音環境をストレートにコントロールしたいだけだからさ。
また、スペースの制約はバンドと収録に僕を専念させてくれた。プロデューサーやエンジニアも含め最大で18名もがひとつの部屋で一緒に作業するとなってくると、とにかく勢いを逃さないことが重要になってくるんだ。Arcade Fire はひとたびゾーンに入ると強烈な勢いで爆発するタイプのバンドなんだ。彼らのライブを見たことがある人なら誰もが知っているよね。
- お聞きしていると、入力数が 610 よりも多いように感じるのですが?
Boombox では Neve BCM 10/2 サイドカーも備わっていて、モニタリングのために使われていた。610 と BCM 10/2 からテープに送り、モニターのために BCM に戻していたんだ。通常、610 はリズムセクション、時にはシンセを通したこともあったけど、部屋で演奏するミュージシャンの人数が絶えず変わるため状況に合わせて使っていたよ。多くの場合、610 は12チャンネルのプリアンプ/EQとして稼働していたね。
Win は流し込みと Neve でのモニタリング以外にはコンピューターを使いたがらない。彼は触覚的なレコーディングを好み、ミキシング中はコンソールのチャンネルに信号が立ち上がっている状態を望む。結果、スタジオはとてもエキサイティングだった。至極シンプルだからこそ、コンソールを通じてミックスを生き生きとさせることに繋がるんだ。
- 610 は初めてエフェクト・センドが搭載されたコンソールであることで有名ですが、これらの機能も使われましたか?
イエス。この素晴らしいアナログ・センドを使わない理由はないよね。EMT 140 Plate Reverberator や AKG BX 20 Spring Reverb と一緒に、ビンテージの Binson Echorec もタイプ違いで3~4台所有していたから、それらをエコーだけでなく歪みとしても多用した。Binson は素晴らしいギアで。例えば、クリーンなドラムマシンの音なんて聞こえなかったでしょ? Roland TR-808 の音は常に Echorec で潰していたよ。
- 610 コンソールに加え、録音段階で多くの Apollo が用いられたようですね?
そうだね。さっき言った通り Boombox は小さなスペースで、そこはエネルギーが張り詰めた状態にあるから、隣接するガレージに Apollo 16 とプリアンプとして使う Quad Eight のアウトボードコンソールを組み合わせた小規模なセットアップを備えるセカンドルームを作ったんだ。
多くの時間、僕たちはグループに分かれてそれぞれのエリアで作業を進めた。Apollo はシンセ、コントラバス、パーカッション、ギター録りに活躍したよ。ニューオーリンズに住み、スタジオも持っている Daniel Lanois はペダルスチールを持ち寄り、“Put Your Money on Me” と “We Don’t Deserve Love” の2曲で素晴らしい演奏を残してくれた。
楽器とともにガレージを訪れた彼の演奏は Apollo 16 で収録したんだ。本当に素晴らしいプレイヤーだよね。ちなみに彼のセットアップにはペアの Korg SDD-3000 ディレイが含まれていて、その内ひとつは UA が最近プラグインとして出したものだったよ。楽器に対してとても先進的なアプローチを取っていて、レコーディングはとてもスムーズだった。
また、Arcade Fire のコラボレーターで、今回のアルバムでストリングスのアレンジを担当した Owen Pallett は Apollo Twin を組み込んだセットアップも用意していた。しばらく姿がを見ないなと思っていたら、素晴らしいパートを作り上げて戻ってきてくれたりしたね。
- ホームとなるロンドンで共同所有しているスタジオはかなりの数の UA ギアを誇りますね。どのようなプラグインをトラッキングやミキシングに使うことが多いですか?
メインルームのコンソールは Neve 8068 で、録りのための部屋は4つあるよ。そこで僕は世代の異なるいくつかの Apollo と UAD-2 OCTO PCIe カード、Satellite、その他多くの UA ハードウェアを所有している。 ロンドンの別のスタジオでバンドと仕事をする場合は Apollo 一式を持って行って、そこでも同様にセカンドルームを構えることが多いかな。
録音面においては極力シンプルな状態で臨むようにしていて、たいていは 610 Tube Preamp & EQ か API 550A プラグインを使い、場合によって 1176LN を追加する。あとは Apollo コンソール内のどこかにスプリングかプレート・リバーブを用意しているよ。
ベーシストとしては、Ampeg SVT-VR プラグインが特に気に入っているんだ。こいつは、ベース用として本当に好きになることができた初めてのプラグイン。今、僕はオリジナルの VR を含む3つの Ampeg 一式を実機で所有しているけど、UAD バージョンは素晴らしいと思うよ。本当にファンタスティックだから、あらゆる場面で使っている。
UAD プラグインのおかげで僕は先入観から解き放たれ、AMS RMX16 や Eventide H910 Harmonizer といったデジタル・リバーブやディレイを見直すことになった。 - Steve Mackey
- ミキシング、あるいは全体的なサウンドを彩る際に使うお気に入りの UAD プラグインについて聞かせて下さい。
ミックスバスにはいつも4~5つの UAD プラグインが挿さっているよ。プロジェクトによって臨機応変だけど、Pultec MEQ-5、Neve 33609 Compressor、Chandler Limited Curve Bender Mastering EQ、Ampex ATR-102 Mastering Tape Recorder は、たいてい使う。あと、Vertigo Sound VSM-3 Mix Satellite はちょっと歪ませたり、汚したりする時に使ったりするね。リバーブに関しては、長い間ずっと EMT 140 Plate Reverberator や AKG BX 20 Spring Reverb に魅了されてきたんだけど、最近はとくにボーカルで AMS RMX16 Expanded Digital Reverb を多用するようになった。
以前は、ディレイを空間作りのためのものとして捉えていたけど、AMS は周りに言葉にできないような特別な質感をもたらしてくれるんだ。
ここ数年、UAD プラグインのおかげで、AMS のようなデジタル・リバーブ、そして Eventide H910 Harmonizer なんかに再注目するようになった。当時の実機は気にも留めていなかったのにね。UA がこれらをプラグインとして蘇らせたことで、その魅力を改めて発見することができたんだ。
あと、Cooper Time Cube Delay も大好き。他のディレイにはない、あのダーティーな質感と音の粗さは、ロックンロール・レコードにうってつけだよ。
- あなたは Pulp としての活動でポップスターになり、そしてプロデューサーや作曲家としても素晴らしいキャリアを築き上げられました。新たなステップを踏み出すにあたり、どんな方から影響を受けましたか?
僕はとてもラッキーだったと思う。Pulp に在籍して10年ちょっとの間に出会った3人のプロデューサーから大きな影響を受けたんだ。プロデューサーとしての有り方は、The Beatles、Roxy Music、Sex Pistols、John Cale 等と一緒に仕事をし、1995年にリリースされた Pulp の Different Class をプロデュースしてくれた Chris Thomas から多くを教わった。2001年のアルバム We Love Life では、まったく異なるタイプのプロデューサー、Scott Walker と一緒に仕事をした。彼は僕たちが必要としている時に、Pulp に多くの自信を与えてくれたんだ。つかみ所がなく寡黙な人だったけど、一緒にレコードを作ることができて本当に楽しかったよ。
そして数年後の2008年、Jarvis Cocker と僕は、Steve Albini と一緒にシカゴの Electrical Studios でアルバム Further Complications を作ったんだ。僕は Albini との仕事が大好きで、これまた Chris や Scott、あるいはその他のプロデューサーとも全く違うシナリオとなった。2002年に Pulp がスローダウンしてしまってからは、ミュージシャンと一緒に仕事をしてレコードを創っていきたいと考えていたので、コラボレーターを探すことから始めたんだ。例えば Arcade Fire のように自力でレコードを作る能力を持っていて、かつスタジオで彼らならではの流儀がしっかりとある場合、プロデューサーを雇うにあたって求めるものは、アーティスティックなコラボレーターということになるよね。
Cooper Time Cube Delay も大好きだ。他のディレイにはない、あのダーティーな質感と音の粗さはロックンロールレコードにうってつけだよ。- Steve Mackey
- プロデュースにあたり不可欠な教訓を教えていただけますか?
バンドと一緒に仕事をする時、僕はセッションの勢いを最も大事にする。スタジオに入った時に何が飛び出すのかが楽しみだからさ。そして彼らの本能を揺さぶり、彼らを信じ続ければ、自ずと最高のパフォーマンスが生み出されるだろう。
勢いを逃すとバンドが必要以上に考え込んでしまったり、恐れや疑念が生まれかねないからね。クリエイティブな勢いを維持することがセッション成功への鍵になることはよくあるんだ。
そしてスタジオ全体が音楽的な「基地」として、ミュージシャンが落ち着いて演奏できる場であることと、いつでもすぐに録音ができるようにしておくことも大切だと思うよ。
何年もの間バンドにいたからこそ、勢いがそがれることが多くの妨げに繋がるということを僕は知っている。プロデューサーとして真剣に制作に取り組み、そういった障害を取り除く方法を見つけることができれば、素晴らしくポジティブな効果を得ることができるだろう。ミュージシャンが絶好のスイートスポットにある瞬間を逃さず、最大限それをうまく生かしていくことが僕の仕事だね。
- James Rotondi