Hookup,inc.

Universal Audio : Dante と Apollo x16D が切り拓くライブミキシングの未来

スタジオ品質の音をライブへ。Universal Audio Apollo とネットワークオーディオ Dante の融合は、PA の現場に何をもたらすのか。長年に渡りライブ PA にも Apollo を活用しているというエンジニアの松田健一氏(株式会社 Synk 代表)が、Dante に対応した Apollo x16D の実力とライブミキシングの未来を語ります。

Dante があればどんな現場でも応用できるという安心感がある


- 松田さんがライブ PA のシステム構築において、 Dante を主軸にするようになった経緯を教えてください。

Dante は PA 界隈では一番身近なネットワークオーディオ規格だと思います。その最大の理由は、やはり YAMAHA のミキサーに標準搭載されているからです。我々 PA エンジニアは音楽ライブに限らず、どんな現場に行っても YAMAHA の機材に出会う確率が非常に高いので、そこに Dante が搭載されているというのは大きくて、Dante があればどんな現場でも応用できるという安心感があります。Synk で最初にミキサーのシステムを導入しようと考えた時も YAMAHA CL5 を導入し、それを中心に Dante でオーディオネットワークを構築するというのが始まりでした。

- Dante の導入以降、現場のワークフローはどう変わりましたか?

劇的に変わったのは2020年頃で、ほどなくしてコロナ禍が始まったタイミングでした。ライブ配信が当たり前になり、 PA 側でやらなければならないことが一気に増えました。会場の PA をやりつつ、配信用のミックスを作り、さらに録音もして、お客さんも少し入れるような状況です。

そういう複雑な信号のやり取りが必要な時に、Dante の威力を思い知りました。LAN ケーブルでそれぞれの機材を繋げて、チャンネルごとのルーティングだけ整理しておけば、信号を送るのも貰うのも自由自在です。単独のチャンネルで送るか、ミックスバスでまとめるかも簡単に設定できます。

- ソフトウェア上でコピペする感覚で、ルーティングが楽にできるんですね。

その柔軟性こそが Dante の強みです。アナログケーブルの引き回しだと、分岐させるほど音が劣化する心配がありますが、Dante ならデジタルのままなので音質劣化もありません。信号のフローさえ気をつけていれば、システムがどれだけ大きくなっても、どんなことでもできると言えるほどの便利さがあります。Dante Virtual Soundcard(DVS)があれば、オーディオインターフェイスを別途用意しなくても、 LAN ケーブル 1 本で PC にマルチトラック録音までできてしまいます。

- バーチャル・サウンドチェックも活用していますか?

もちろんです。Dante でパッチを組んでしまえば簡単にできます。ツアーであれば、本番のマルチトラック音源を録音しておいて、翌日の仕込みやリハーサル時にそれを再生します。普段はステージ上の I/O ボックスからマイクの音を取り込みますが、サウンドチェック時にパッチを切り替えて、入力元を PC に変えるだけ。そうすると、昨日と全く同じ録り音が卓に立ち上がるので、バンドが演奏していない状態でも、ほぼ生音が来ているのと同じ状態でミックスを追い込むことができます。

- 本番さながらの音で、事前に音作りができるわけですね。

昨日の夜中も3時くらいまで CL5 があるスタジオにこもって、3現場分の仕込みをやっていました。現場の限られた時間では作りきれないところまで追い込めますし、ツアーであれば公演を重ねるごとにミックスをブラッシュアップしていけます。「昨日の公演、ここが気になったな」という部分を重点的にプレイバックして、実際のスピーカーを鳴らしながら調整できる。バンドが演奏しているリハーサル中には、絶対にできない作業です。STUTS のツアーも、この方法で追い込んでいました。

▲松田健一氏

レコーディングスタジオと同じような音でライブがミキシングできる


- ライブ現場で Apollo を使い始めたのはいつ頃からですか?

Apollo FireWire からですね。Thunderbolt カードを挿して使っていました。15 年近く前からずっと使っています。

- レコーディング向けの機材というイメージが強い Apollo ですが、ライブに導入しようと思ったきっかけは?

自分がフリーランスになったタイミングで、特定のバンドの専属 PA としてライブハウスを回る仕事が多くなったんです。当時の小さなライブハウスは、まだ半分くらいがアナログ卓で、デジタル卓があってもヤマハ M7 など初期のモデルばかりでした。内蔵エフェクターの数が限られていたり、会場に常設されているアウトボードのエフェクターも機種が様々でした。私が担当していたバンドはエフェクティブでプログレッシブなサウンドだったので、ディレイや長いリバーブなど、空間系のエフェクトをしっかり作り込む必要がありました。

ただ、対バン形式のライブだと、転換込みでリハーサルが30分しかないということがザラで、その短い時間でチューニングもして、エフェクトも作る……となると本当に難しくて。自前でアウトボードのエフェクターを買うべきか悩んでいた時に、雑誌か何かで Apollo の存在を知りました。

- Apollo の DSP プラグインに目をつけたと。

はい。アナログ機材のエミュレーションが PC の性能に依存せずに動くというのが最大の魅力でした。当時使っていた MacBook はスペックが高くなかったんですが、Thunderbolt で繋げば Apollo の DSP がエフェクトを処理してくれますから、PC に負荷はかからない。しかもレイテンシーがほとんどない。「Lexicon のリバーブが何枚も挿せる!これはすごい!」と思って飛びつきましたね。

- 最初はリバーブ目的だったんですね。次第にインサートエフェクトとしても使うようになったのですか?

そうです。レイテンシーがないなら、マスターバスのインサートにも使えるんじゃないかと思って。Shadow Hills のマスタリングコンプや、元々バンドルされている 1176、Pultec EQ などをマスターに挿してみたら、すごく良かったです。実際にライブで鳴らしてみても、遅延は全く気になりませんでした。

- 音が超ハイファイになったんじゃないですか?

そうなんです! 「レコーディングスタジオと同じような音でライブがミキシングできる!」と感動しました。リバーブを何系統も使いつつ、インサートエフェクトも駆使するようになって、それからは Apollo が手放せなくなりました。PC がフリーズしても、Apollo の DSP で処理しているから音は途切れないし、Thunderbolt ケーブルが抜けても大丈夫。今まで一度もライブ中にトラブルに見舞われたことはないですね。

- Apollo 単体でライブのミキシングをしたことは?

弾き語りのライブの時にやったことがあります。私の Apollo にはマイクプリアンプが4ch、ライン入力が4chあったので、このチャンネル数ならわざわざ PA 卓を持っていかなくても、Apollo だけでいけるんじゃないかと思ったんです。API や Neve のプリアンプ・プラグインを Unison でかければ、本当にレコーディングスタジオと同じ環境が作れます。モニターへの送りも、Console の AUX を使えばなんとかなるだろうと。

実際にピアノにマイク2本、ボーカルに1本立ててやってみたらすごく良くて。Unison で API のプリアンプを通して、 EQ やコンプをかけて、リバーブは Lexicon で……レコーディングスタジオと同じ環境でライブがミキシングできたのは、PA エンジニアとして非常にエキサイティングな体験でした。

▲UAD プラグインの操作は Console ソフトウェア上で行われる

UAD の Auto-Tune はかかり方が圧倒的に綺麗


- 最近の音楽シーンで欠かせない Auto-Tune のライブ運用にも、Apollo を使っているそうですね。

はい。コロナ前後から、Synk で担当するアーティストにも Auto-Tune を使う方が増えてきました。最初はハードウェアのエフェクターを使っていたんですが、UAD の Auto-Tune の方が、かかり方が圧倒的に綺麗なんですよ。しかも、1U ラックサイズで何チャンネルも立ち上げられる。ハードウェアだと人数分の機材を用意しないといけないし、イベントだと配線の抜き差しも大変ですけど、Apollo なら事前にキーなどの設定をしておいて、PC 上で切り替えるだけで済みます。

- レイテンシーや質感の面でも、Apollo ならではのメリットはありますか?

ハードウェアの Auto-Tune でも実は8〜10ミリ秒くらい遅延するので、Apollo の DSP で処理した方がレイテンシーは少ないんです。質感に関しても、ハードウェアだと早いスピードでケロケロさせようとした時に、たまに「パツパツ」と不自然なノイズが乗ってしまいますが、UAD 版はかなり滑らかにケロってくれます。US のラッパーがやっているようなサウンドが出しやすいですね。

- 海外のアーティストのライブでは、Auto-Tune をほとんど Apollo でかけていますよね。

そうですね。ケロケロ目的ではなく、本当に補正として使っているケースも多いです。以前、某大物海外アーティストがプレミアムライブで日本に来た時も、プレイバックエンジニアが横で常にリアルタイムでキーを変えながら Apollo を操作していたそうです。ノイズリダクションでバックグラウンドノイズを抜きながら、オケに合わせて不自然にならないように調整していると聞いて、「じゃないとあの感じは出ないよね」と納得しました。

- ライブ中のキーなどの設定変更はどのように行っているのですか?

Mac の IAC ドライバーを使って DAW からプログラムチェンジやコントロールチェンジの信号を出し、それを Console ソフトウェアで受け取って、Auto-Tune のキーを自動で切り替えるようにしています。曲の展開に合わせて事前にプログラムしておけば、どこで転調しようが手動より早く、正確に切り替わってくれます。プレイバックエンジニアがボーカルの Auto-Tune も一緒に管理するというのは、理にかなっていると思います。

- アーティストの耳には、Auto-Tune がかかった音が返っているのでしょうか?

大体のアーティストはかかった音を聞いていますね。最近「当てにいく」と言って、ケロらせるためにわざとピッチを揺らしたりしゃくったりして、歌い方をコントロールすることがあります。上手い人が普通に綺麗に歌ってしまうと、ピッチがぴったり合っているので全然ケロケロしないんです。当てにいく歌い方をするためには、本人もエフェクト音を聞いていた方が、より Auto-Tune らしいパフォーマンスができます。

▲Auto-Tune 専用の Mac と Apollo を用意している

物理的な煩雑さがないのは、トラブルシューティングする時にすごく大きい


- ここからは Dante に対応した Apollo x16D についてお聞きします。従来の Apollo と比べて、 PA 卓との連携はどのように進化しましたか?

単純に、アナログケーブルの煩雑さがなくなるのが一番大きいです。最近のデジタル卓は、本体にアナログの入出力ポートが少ない機種も多くて、何チャンネルも UAD プラグインをインサートしたくても、ポートが足りないという制約に悩まされることがありました。Dante ネットワーク経由になれば、その物理的な制約から完全に解放されます。

LAN ケーブルを繋いでおけば、あとは画面上の Dante Controller でマウスをポチポチするだけで、自由自在にルーティングを変更できます。物理的な配線の煩雑さがないというのは、時間が限られているライブの現場や、トラブルシューティングの際に大きなメリットになります。ラックの裏に回ってケーブルを何本も這わせる必要がないわけですから。

- STUTS さんのツアーファイナルでも、Apollo x16D をリバーブのプロセッサーとして活用したそうですね。

私はどんなアーティストのミックスでも、基本的に短いリバーブと長いリバーブの2種類を用意して構築していきます。今回はボーカル、ホーン隊、ドラム、ギターと、パートごとに分けてアプローチしました。短いリバーブはイメージで言うと、見た目と音の画角を合わせるためのものです。

日本のライブ会場は、人が入るとすごくデッドになることが多いんです。音が近くてクリアに聴こえるのは良いことですが、ライブならではの「ドーン!」と鳴る迫力や、空間の広がりによる没入感を出したい時は、0.8〜1秒くらいの短いリバーブを、ボーカルやホーン、ドラムにうっすらと常にかけておきます。そうすることで、ステージ上の存在感と音像が自然に馴染むんです。この用途には Capitol Chambers などの UAD プラグインを使いました。本当にその場で鳴っているかのような、リアルな響きを作ってくれます。

- 長いリバーブはどのように使うのですか?

長いリバーブはスローな曲や、効果的に音像を「バーン!」と広げたい時のために用意します。実際の会場よりも明らかに大きな空間、サウンドスケープを作り出すためのものです。色々試した結果、Lexicon 224 / 480L や EMT 140 / 250 といった往年の名機のエミュレーションが素晴らしかったですね。リッチな残響で、ボーカルもホーンもギターも、グワーッと広げてくれます。

- Zepp クラスの大型スピーカーで鳴らした時、 UAD プラグインの解像度や質感はいかがでしたか?

抜群ですね。一般的な内蔵エフェクトや安価なアウトボードだと、特にロングリバーブをかけた時に、いかにもエフェクトをかけたような、わざとらしい音になってしまうことがあります。でも、UAD プラグインは音像に馴染むので、前に出過ぎず、ちゃんと音の奥の方にいて、全体を包み込んでくれるような鳴り方をしてくれる。会場の空気感と違和感なくミックスできるんです。

実際の会場よりも大きな会場に来たかのような音を作りたいと考えているので、Apollo x16D と UAD プラグインは強力な手助けになってくれます。これだけでかなり豊かな響きを得られるので、没入感のあるライブサウンドを作ることができます。

▲中央に見えるシルバーの筐体が Apollo x16D

C-Vox をかけるとボーカルの声がスッと前に出てくる


- 最近はノイズリダクション・プラグインの C-Suite C-Vox も使っているとか?

そうですね、あれはかなり強力に効いてくれました。C-Vox の開発の大元になっているのが、ノイズリダクション技術で有名な Cedar Audio なんですよ。以前から放送や音響系の PA エンジニアの方から「Cedar Audio のハードウェアがとにかくすごい」とは聞いていたんですが、ハードウェアだと 8ch で Dante と AES に対応しているものは150万円ぐらいします。それが UAD プラグインでもかなり近いことができると聞いて手に入れました。

- ライブの現場ではどのようなアプローチで使っているのですか?

実は以前にも、初期の Apollo を使ってライブで試したことはあったんです。ただ、初期バージョンだったこともあって、その時は効果的なセッティングを見つけるのが難しかったんですが、今回改めてチュートリアル動画などを見ながらしっかりと追い込んでみたら、驚くほどの効果がありました。トラック単体で聴くと、確かに少し不自然な瞬間もあるんですが、バンドのアンサンブルに混ぜてみると、歌った時だけボーカルの声がスッと前に出てくるような感じに聞こえるんですよ。これはすごいなと思いました。

- ポッドキャスターや配信者にもすごく好まれているそうです。

なるほど、そういうトークの場面には本当に最適かもしれませんね。先日のライブは6人のワイヤレスマイクを持ったボーカリストたちが、生バンドの前で歌うという状況でした。しかも全員がイヤモニではなく、足元のウェッジモニターで音を聴きながら演奏していたので、ボーカルマイクへの音の被りが大変な環境だったんです。

そこで、だいぶきつめに、パラメーターを70くらいまでかけてみたんですよ。そうしたら、客席側の音は C-Vox のおかげで被りがかなり少なくなって、本当に助かりました。バイパスして聴き比べたら、クリアさが全然違いましたね。

- レコーディング用の技術だと思われていたものが、ライブで使われるというのは面白いですね。

そうなんです。ただ、これをアナログ接続でやろうとすると、人数分のインプットとアウトプットを用意しないといけないので大変です。でも今回は、 DiGiCo の Quantum338 というミキシングコンソールに Dante カードが入っていたので「これはいける!」と。 Dante 経由でリダンダント接続して、何の問題もなく運用できました。「こういう使い方をするためのものなんだな」と腑に落ちましたね。本当に便利でした。

▲C-Vox

Dante は頭の中でルーティングをひねっていくと面白いことができる


 - Apollo x16D が導入されたことで、従来の Apollo と併用するなど、新しい使い方のアイデアはありますか?

そうですね、頭の中で色々シミュレーションしています。例えば、ボーカルグループ全員に C-Vox や Auto-Tune をかけたいけど、会場のシステムは Dante に対応していない場合、Synk で所有している Dante 対応のワイヤレスマイクの受信機を使って、Apollo x16D をマスターユニットとし、アナログ入出力付きの別の Apollo と組み合わせることによって、1つの巨大なミキサーシステムとして機能させる。そして、Dante 経由でマイクの信号を受け取り、UAD プラグインで処理した信号を、アナログアウトするといったルーティングも組めるんじゃないかと。

これなら、モニター用と FOH(客席)用の両方に、処理済みの音をアナログで送ることができます。アナログケーブルも最小限でシステムが完結しますね。

 - Dante ネットワークならではの柔軟性ですね。

Dante は頭の中でルーティングを色々ひねっていくと、本当に面白いことができるんです。1対1の接続という固定概念を捨てて、ネットワーク全体として捉えると、可能性は無限大ですね。最近は設備音響の仕事もするんですが、規模が大きくなればなるほど Dante の優位性を感じます。

LAN ケーブルを数本引いておけば何十チャンネルもやり取りできますし、アナログケーブルを長く引き回すことによる音質劣化も防げます。PoE(Power over Ethernet)対応のシーリングスピーカーなら電源も LAN ケーブルから取れますし、部屋の用途に合わせたルーティングの変更も、Dante のシーンリコールで一発です。Apollo x16D と Dante の組み合わせが、ライブ PA や設備音響の可能性をさらに広げてくれそうです。

松田健一

株式会社Synk代表。三重県熊野、山と海に挟まれた田舎で育ち、小6でバンドに目覚める。中学、高校では、友人と共に機材を持ち寄り、公民館をライブスペースにしては企画をしたり、録音スタジオを作ってセルフレコーディングをしていたので、8割デタラメな録音と音響技術を身に付ける。 東京の音楽専門学校で本格的に音響・録音技術を学び、都内の音響会社に就職。5年間勤めた後に独立。フリーランスとして仕事の幅を拡げ、2016年 株式会社Synkを設立。自身の音楽活動での経験を生かした音作りと、持ち前の探究心が功を奏し年々規模を拡大している。

関連記事

ページトップへ