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Universal Audio : エンジニア杉山勇司が気づいた UAD プラグインの真価

東京スカパラダイスオーケストラや SOFT BALLET、X JAPAN の楽曲を始め、J-POPの重要な作品に携わるエンジニア杉山勇司氏は、近年 Universal Audio の UAD プラグインを制作に導入するようになりました。長年ハードウェアを愛用してきた杉山氏がある日気づいた UAD の魅力とは。

デジタルの最新機材は誰よりも早く触らなきゃという使命感があった


- 杉山さんのプロフィールからお聞きします。主にスタジオワークをメインに活動されてきたのですか?

キャリアのスタートは、大阪で主にアマチュア相手のレコーディングとライブのミキサーから始めました。その後、上京してスタジオで短期間働いたりしたのですが、基本的にはライブのミキサーとして活動を始めました。当時バンドブームだったので、月に10〜20本ぐらい、そういう仕事が入るようになって少しずつ食べていけるようになった感じです。だんだんミュージシャンの知り合いが増えていき、東京スカパラダイスオーケストラやくじら、SOFT BALLET というバンドのミキサーを担当するようになりました。ライブと共に少しずつレコーディングの仕事も増えていったんです。Nav Katze というバンドがビクターからデビューする際、プロデューサー兼エンジニアという役割で担当することになったのがメジャー作品での最初の仕事でした。ビクターのスタッフが面白がってくれて、ビクターからの仕事が増えていきました。

- エンジニアリングからプロデュースワークまで幅広く手掛けていたんですね。

プロデュースワークというと大げさですが、僕はその頃からシンセが好きだったんです。ATARI のコンピュータを中古で手に入れたのがきっかけで打ち込み物も面白くなってきて、AKAI のサンプラーやデジタルミキサーを買ったり、当時の一番新しいものを触るのが大好きでした。サンプリングもエンジニアリングもできたから、ミュージシャンやレコード会社の人から便利なやつだと思われたんだと思います(笑)。シンセとシーケンスとレコーディングを同時にやっていて、「新しいものは全部僕が担当する!」ぐらいのつもりで仕事していました。

- ビンテージ機材よりも最新機材へのアンテナを張っていたんですね。

その時はそうでしたが、時代背景も関係しています。35年前は今で言う高級ビンテージ機材が、ただの古い機材だったんですよ。例えば、僕がメジャーで最初のアルバムを録った時に使ったのは、今で言うビンテージ Neve コンソールでしたが、その時は「古い Neve」って呼んでいました(笑)。Neve 1073 なんて、今では100万円を超えるほど高価じゃないですか? でも僕が最初に見た中古リストでは13万円でした。Fairchild は90万円です。シンセもそうで、当時はサンプラーが人気だった一方、Prophet-5 は多分20万円を切るぐらい。そういう時代だったので、「古い機材よりデジタルの最新機材は誰よりも早く触らなきゃ」という使命感は確かにありました。そこからまたビンテージに傾倒していくのはDAWが普及してからです。

- レコーダーも今とは逆で、アナログよりデジタルの方が貴重だったとか。

そうですね。アナログとデジタルが入れ替わる最後ぐらいの時期は両方とも触っていました。レコーディングのバジェットがないとデジタルレコーダーが使えない時代だったんですよ。多分スタジオ代も、アナログで録るかデジタルで録るかで1日10万円以上は違ったはずです。Sony の PCM-3324 や PCM-3348 を使えるスタジオに行くと、1日40万円ぐらいはかかりました。そのうち、どこのスタジオもデジタルになっていきましたが、最初はそんな感じでしたね。

杉山勇司

50年前の使い方もできるのが UAD プラグインの凄いところ


- UAD-2 を使い始めたのはごく最近だそうですね?

UAD-1 が出た時に話題になりましたが、僕はその時はあまり興味がわかなかったんです。そしてUAD-2 が発売されてひと段落した頃、どのスタジオにも UAD が入っているようになって、ある日スタジオで空き時間が出来た時に色々試してみたんです。特にリバーブですね。Lexicon 480L は実機も持っていて、僕にとって必須の機材のひとつでした。納得する仕上げに繋がるためのものだったので、他の機種も含め実機のリバーブは結構な台数を持っているんですが、ある日1台ずつ壊れ始めて…。修理しても完全には直せないけど、購入するにしてもとても少なくなっているし値段も上がっている。そこで、スタジオのUAD に Lexicon 480L を試してみたら僕が必要とする効果が出ていたんです。同じく AMS DMX 15-80(ディレイ/ピッチシフター)も挙動が怪しくなってきたので、これも UAD の AMS DMX を試してみたらいつも使うエフェクトを再現できていました。「じゃあちょっと買ってみるか」となったのが去年の話です。

Lexicon 480L
▲UAD Lexicon 480L

- 本当に最近ですね。

やはり実機を使うことでそれまでのプラグインだけでは到達できない仕上がりがあったので。そして今回、いままで実機を使ってミックスしてきた作品を Pro Tools で開いて、UAD に入れ替えて比較したのですが、完璧に再現できることが確認できました。そこからは毎日セールをチェックして、UAD プラグインを買い足していき、UAD アクセラレーターのDSPが足りなくなってしまったので、もう1台、もう1台、もう1台と買い足していったら今は4台になっています。UAD プラグインを色々と触っていくと、あらゆるものが面白くて。テープシミュレーターも UAD の Studer A800 を試してみたらかなりいい。全部とは言いませんが、かなりの数の UAD プラグインを買ってしまいました。

- それまで使っていたハードウェアを、UAD プラグインに置き換えていったんですね。杉山さんが特に重視したポイントは?

ツマミを動かした時の感触でしょうか。言い換えると、音量が変化すると音質も変化する感触です。多分、一瞬一瞬の音が似ているプラグインは世の中にたくさんあると思いますが、入力レベルが小さい時と大きい時での音の変化が必要なんです。要するに基準レベルの話なんですが、今どのレベルでミックスをしているか、どのレベルで使ったら音がどう変化するかというところまでUADプラグインは再現してくれます。これは想像ですが、おそらくひとつひとつのタイミングで音をシミュレーションしているわけではなくて、ハードウェアの中身をすべて再現して、どういう信号が流れたらどうなるかをモデリングしたから、この音が作り出せているのではないでしょうか。

- 音をどのレベルで扱うかが、ビンテージ機材を使う上で大事なんですね。

例えば Neve のプリアンプは、通しただけで派手な音になるようには作られていません。今から50年前、Neve が登場した当時は、テープの出力レベルは今よりもっと低くて、ましてや Pro Tools と比べたら、レコーディング時の全体のレベルはものすごく低かった。だから現代のレベルで Neve を使うと、ある意味音がちょっと破綻するんですが、それがどうやら「元気な音になる」と評価されることが多いようです。「ガッツが出る」と言われたりもしますが、それは歪んでいる状態なんですね。歪み自体は悪くありませんが、当時のレベルまで下げて使えば Neve はものすごくフラットな音がする。実は透明感のある音が出せるということを、多くの人が語っていないんですよ。Neve 氏のインタビューを読むと、「私の機材は100kHzまでフラットに出る」と自慢していて、そんなわけない…と思っていましたが(笑)、当時の信号レベルで使うと実はすごくフラットなんです。そういった当時の使い方もできるのが、UAD プラグインの凄いところですね。

- 実際にレベルを下げてみると、それを実感できるかもしれませんね。

UAD Neve 33609 / C(コンプレッサー)は headroom のトリムで全体のレベルをコントロールできるので、ものすごく大きなレベルで使っている人も、ここを触ると音が変わるのを認識できるかもしれません。僕はこの 33609 をマスターにかけています。必ず使うプラグインのマスターチェーンがあって、33609 をかけた後に Pultec EQP-1A を通して、最後にマキシマイザーをちょっとだけかけます。33609 と EQP-1A は普段別のハードウェアの組み合わせを使っているんですが、それを一番納得できる形で代替できるので、外で作業ができるようになったことがとても嬉しいですね。

- 元となるハードチェーンの延長上に、今使っている UAD プラグインがあるんですね。

UAD のおかげで、やっとそれができるようになりました。今まではレコーディングスタジオや家にあるハードウェアを使えば何とかなりましたが、だんだんそれが安定して使えなくなってきたので、UAD の中に同じものがあるというのはものすごく助かります。UAD のおかげで機材のアーカイブだけでなく、音楽のアーカイブもできるようになったということを、多くのユーザーが認識してくれているといいですね。UAD がいかにしっかりとビンテージの気持ちを捉えているプラグインかということに、ある日気づいたんです。これはただのアーカイブではなく、次の世代に伝えるためのものなんだということを、皆がちゃんと認識した方が正しく使えると思います。

Neve 33609c
▲UAD Neve 33609 / C
Pultec EQP-1A
▲UAD Pultec EQP-1A

使い方を間違えたら音が破綻するところがいい


- Studer A800 以外のテープシミュレーターを使うこともありますか?

Ampex ATR-102 を購入しましたが、プラグインディレイが大きくてミックスで使うのは難しかったので、今はミックスには Studer A800 を使い、 ATR-102 はマスタリングの際に使います。

- AMS DMX はどんな使い方をしているんですか?

僕が必ず使っているのがピッチコーラスです。チャンネルaで4セント下げてbで4セント上げて、10msと15msにズラして左右に振ると一番ナチュラルに効くし、しかもピッチコーラスであることを感じさせずに、ボーカルを前に出すことができる。実機も持っていましたが、今は挙動が怪しくなってしまいました。UAD なら実機とほぼ同じ出方だし、AB比較をしてもわからないくらい再現されています。ディレイとしても優れているのですが、1台しか実機を持っていなかったので、ピッチコーラスとして固定して使っていました。UAD だともう1台立ち上げられるから、ディレイとしても使えるのが嬉しいですね。

03
▲チャンネルaのピッチを4セント下げる(1.000-0.004=0.996)
04
▲チャンネルbのピッチを4セント上げる(1.000+0.004=1.004)
01
▲チャンネルaのディレイタイムは10ms
02
▲チャンネルbのディレイタイムは15ms

- リバーブは Lexicon 480L 以外にどんなものを使っていますか?

メジャー作品のエンジニアリングをし始めた頃によく使った伊豆高原にあるスタジオに、エコーチェンバーがあって、その音がすごく気に入っていたんですよ。エコーチェンバーって日本のスタジオにはもうほぼなくて。それと同じ音ではないけど、Capitol Chambers のように、UAD にはちゃんとシミュレートされたエコーチェンバーがあります。エコーチェンバーは、あらゆる楽器の男前を2枚ぐらい上げてくれるんです。全体にかける時もあるし、フォーカスしたい音の周りの音に対して、粉をはたくような使い方もできます。あと、実機を知る人は少ないと思いますが、AKG BX20(スプリングリバーブ)はものすごくいい音がします。すべてを包み込むようなロングリバーブが作れますね。

Capital Chambers
▲UAD Capitol Chambers

- 様々な空間系を使い分けているんですね。

持っている空間系の UAD プラグインをほぼ全部立ち上げて、別のセッションに置いておいて、使う時にそこからインポートするようにしています。送りのバスの名前まで同時にインポートできるのでとても便利に使えています。

- 多数の空間系を同時に使い分けるには、DSP のパワーがかなり必要ですよね。

そうなんですよ。最初は Lexicon 480 と AMS DMX だけを使いたかったから、一番安い組み合わせで考えていたんですが、販売店の方に「もっとあった方がいい」とアドバイスをいただいて、最終的に UAD-2 Satellite Thunderbolt 3 OCTO Core 4台にまで増えてしまいました。

UAD-2 Satellite Thunderbolt 3
▲UAD-2 Satellite Thunderbolt 3(UADアクセラレーター)

- 他に気に入っているプラグインは?

Helios Type 69(プリアンプ/EQ)も大好きです。僕は Pultec のように、当時のコイルとキャパシタだけで作られているLCR EQが大好きで、Helios はその効き方をするところが大好きなんです。あとは Little Labs Voice Of GOD ですね。日本にはほぼ入ってきていないハードウェアのモデリングです。ツマミをちょっと上げる程度のシンプルな操作で、サブハーモニックのようなローを足していくことができます。クセはありますが、リズムものやループものの低音がどうしても足りないような時に無理やり作り出してくれます。必ず使うというほどではないけど、すごく役立つ時がありますね。

- 最後に UAD のおすすめポイントを教えてください。

「どういうとこがいいの?」って聞かれた時は、「使い方を間違えたら音が破綻するところがいい」って答えています。駄目なところまで再現しているって話をすると、「ちょっと興味深い」って言ってくれる人もいますね。音が台無しになる感じがワクワクするんですよ。それとさっきも言ったように、AMS DMX が2台も3台も同時に使えるようになったこと。ピッチコーラスを諦めないとディレイとして使えなかったとか、そういう制約がなくなったのが、とても幸せですね。

写真:桧川泰治
取材協力 : Rock oN Company

杉山勇司

1964年生まれ、大阪出身。 1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイスオーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、SOFT BALLET、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Raymond Watts、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、Dub Master X、X JAPAN、L'Arc~en~Ciel、44 Magnum、LUNA SEA、Jungle Smile、広瀬香美、Core of Soul、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、dropz、睡蓮、寺島拓篤、花澤香菜、杨坤、张杰、曲世聰、河村隆一など。また、1995年にはLOGIK FREAKS名義で、アルバム『Temptations of Logik Freaks』(ビクター) をリリース。

また、書籍「新・レコーディング/ミキシングの全知識」を執筆。

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