FL はズボラに曲を作り始められるところが一番いい
- Capchii さんがボカロPとしての活動を始めたきっかけは?
元々ボーカロイドが好きでしたが、音ゲーもすごく好きで、そこからエレクトロにハマり、自分でも曲を作ってみたくなりました。最初 Cubase の体験版ではうまく音が出ませんでしたが、FL Studio(以下 FL)の体験版ではすぐに音が出たのでそのまま制作するようになりました。FL に入っていたデモソングを開いてみたら何となく曲の作り方がわかって、いけそうな気がしたので、そこからずっと使っています。
- 取っ掛かりやすかったんですね。FL はデモソングもエレクトロ系が多いですし。
そうですね。当時のデモソングはダブステップみたいな曲でしたが、ちょうど僕もダブステップにハマっていた頃でした。付属の Harmor というシンセを使っているデモソングがすごく良かったです。
- FL の操作を覚えながら曲作りの仕方を学んだのですか?
まさにそうです。最初はステップシーケンサーにキックとスネアとハイハットを並べて適当に打ち込んで遊んだり、ベースを入れてみたり、白鍵だけでメロディを作ってJ-POPのコードの構成音を打ち込んでみたりと、もう趣味程度だったんです。アニソンの耳コピをしたりして、曲の作り方を学んでいった感じですね。一瞬 Logic Pro を使ってみたり、最近レコーディングで Studio One を少し使っていますが、それ以外はほぼずっと FL を使っているので多分 FL 以外では作れないと思います。曲を作る時の頭の使い方が FL そのものなので、そう簡単には乗り換えられません。
- このスタジオにはギターやベースもありますが、楽器を録音することもあるんですか?
楽器は全然弾けないんです。鍵盤も使わないけど、一応デスクに置いてあります。マウスとキーボードでボンボン打ち込んでいく方が多いですね。ドラムやFXはワンショットのサンプルをプレイリストに直張りしていって、サイドチェインさせる時は、トリガー用にMIDIを1発だけステップシーケンサーに打ってコピペしていきます。あとはガラージとか、最初にドラムのパターンが決まっている曲だったらステップシーケンサーで組んじゃうことが多いです。ギターはサンプルを貼ったり、打ち込んだデータを書き出して切り刻むこともありますが、知り合いのトラックメイカーに「ちょっとでも弾いた方がクオリティが全然違う」というアドバイスをもらってからは1音1音弾いて録音しています。弦楽器は打ち込むのが難しいし、頑張って打ち込んでも大して効果がないというか、下手くそでも弾いて並べた方が全然いいっていうことに気づいたので。
- 作曲はどこから手を付けることが多いですか?
サビが作っていて一番楽しいので、サビから作ることが多いです。サビが出来てしまえば他のところはノリで作れます。あとは使いたいリズムがあれば、そこから作るという感じですね。ガラージが作りたいとか、ドラムンベースが作りたいという時はそのリズムパターンから組み始めます。FL は思いついたパターンをとりあえず作ることが簡単にできるので、曲として全然完成していなくても作っていける。他のDAWだと多分、頭の中で曲の完成形がある程度見えていないと作れないんじゃないかな。
- とりあえずパターンを作って貯めておけば、いつか何かが出来そうですよね。
本当にズボラに曲を作り始められるところが一番いいですね。普段はエレクトロミュージックを作っていますが、ポップスとかもそうやって作れます。実際エレクトロの要素がかけらもない、ギター+ベース+ドラムみたいな普通のポップスを作ったんですけど、FL で全然行けました。
- サンプル選びにはかなり時間をかけていますか?
ドラムのサンプルを選ぶだけで1日が終わってしまう日もあるぐらいです。そこがうまくいかないと曲のフックが作れませんから。ミックスでどうにかしようとするより、いいサンプルを選んだ方が早いです。
- オーディオデータのエディットも FL で?
バージョン21になった時にオーディオクリップの編集機能が増えたんですよ。便利なのがクリップごとにフェードイン/アウトを調整できる機能です。キックのリリースが長過ぎる時に、サイドチェインでベースの音量が上がるタイミングに合わせて、リリースをフェードアウトさせて切ります。こういうレベルの管理がかなりしやすいです。
あと、サンプル設定のフェードアウトも便利です。これは昔からある機能ですが、オーディオクリップをダブルクリックしてサンプル設定を開き、Declicking modeを[Transient (bleeding)]にすると、クリップの終わりをいい感じにフェードアウトしてパツッとならないようにしてくれます。クリップの長さを変えても追従してくれます。これは海外のトラックメーカーの動画を見て学びました。トラックに紐づいて自動でフェード処理してくれるので、ギターのクリップを切り刻んだりする時にも便利です。
あとは普通にMIDIが打ち込みやすい。左クリックでノートを入力して、右クリックで削除できるから、左右のクリックだけで大体の作業ができちゃう。他のDAWを使うと「なんで右クリックで消えないんだろう...」って思う。FL はこういう思い切った機能を搭載するんですが、理にかなっているんです。
- これなら確かに鍵盤はいらなそうですね。
はい、全部ポチポチで作っています。
- プレイリストのアレンジ機能も活用していますね。
ストリングスのような、音源が重いパートを組んだりする時に使っています。あとは同じ曲のボカロバージョンと人間バージョンを両方作る時に、アレンジを切り替えて作ったりもします。この機能は多分他のDAWにはなくて、すごく便利ですね。
ボカロの声はそんなにリアリティがなくてもいいんじゃないかな
- ボーカロイドを使い始めたのはいつ頃ですか?
FL は10年くらい使っていますが、ボカロを使い始めたのは2018年頃です。ボカロは元々好きでしたが、ちゃんとやろうと思ったのがその頃で。ちょうど同人のシンガーさんとかに曲を書く機会も増えてきた頃で、少しずつ歌ものにシフトしていきました。 Synthesizer V や CeVIO も使っていますが、扱い方は全然違いますね。
- Vocaloid Editor で歌を書いてから、WAVにして FL に取り込むのですか?
はい。ボカロの調整の一環として「遅いテンポで書き出したWAVをDAWに取り込んで早く再生する」というのがあって、こうすると滑舌が良くなるんです。例えば150BPMで書き出したWAVであれば、FL に取り込む時に[Fit to Tempo]という機能で素材のテンポを[150]と指定すれば、曲のテンポに合わせて長さを調整してくれます。
- Capchii さんのボカロの声は抜けが良くて可愛いいし、すごくいいポイントを突いていますよね。
可愛くてクセのある声なので大胆に処理するというか、OTT をメチャクチャかけたり、ローをバッサリ切ったりもしています。リスナーはみんな機械の声だってわかって聴くので、そんなにリアリティがなくてもいいんじゃないかなと思って。
- 人間のボーカリストへの楽曲提供の場合は、曲の作り方も変わりますか?
あんまり変えてはいないですが、楽曲提供の場合、歌を入れた後に再度アレンジすることがあります。アレンジが完成した状態でデータを渡して、歌を入れてもらってから、僕の方でさらに何かを足したり引いたりすることが多いので、そこでちょっと違いが生まれるかもしれません。ボーカルのチェーンみたいなものを組んでいて、EQでガッツリ切ったり、ガッツリ持ち上げたりします。それで怒られたことはあまりないですね(笑)。
- ミックスもするのですか?
ミックスと音作りは切り離せない作業だと思っていて、アレンジの流れでミックスをやりつつも、最後に一度、アレンジとは線を引いてミックスを仕上げます。エレクトロ系と生音系だとドラムの音が違うせいでミックスの背骨みたいなものが違うから、そこがすごく難しいですね。Kilohearts DISPERSER をかけるとちょっとだけエレクトロっぽくなります。これがないのとあるのとはアタック感が全然違います。
- FL のプラグインでよく使うものは?
Fruity parametric EQ
2 はメチャクチャたくさん使っています。ローパス/ハイパスフィルターとしても使っていて、パラメーターを動かしながらオートメーションを書いていくような使い方ですね。ディレイやリバーブ、フェイザーなどの基本的なエフェクトもまあ使います。FL はエフェクト類の動作がすごく軽いのでたくさん使っていて、一番使うのが
Fruity Blood
Overdrive。これは本当によく使っています。気持ちいい歪み方をするので、シンセベースとかに使っています。
- ソフトウェア以外で重宝しているツールはありますか?
先日モニタースピーカーの iLoud Precision MTM を導入しました。元々は低音をモニターするために導入したのですが、これだけで全部の作業ができますね。ヘッドホンでの作業に慣れていたので、スピーカーでは作れないだろうと思っていましたが意外といけました。ヘッドホンで作業していた頃は、物足りなく感じないように音数をたくさん詰めていましたが、このスピーカーで作業すると自然と音数を減らせるんですよ。K-POPのような、トラックは少ないけど迫力のある曲が作れます。
- iLoud Precision シリーズのうち、MTM を選んだのはレンジ感の違いが決め手ですか?
そうですね。僕はDJをするので、フロアで曲を流した時にどう聴こえるかが一番気になります。だから室内の低音が溜まりやすい場所に移動して、どんな風に聴こえるかをチェックしたりもします。デフォルトでは低音がかなり大きめでしたが、X-MONITOR(iLoud Precisionの付属アプリ)でキャリブレーションしたらだいぶ整った状態でモニターできるようになりました。左右差も整いましたね。やっぱりスピーカーから音を出して作業すると楽しいです。作っている感があります。
写真:桧川泰治
Capchii
様々なジャンルをインプットしクロスオーバーさせた楽曲を製作しているトラックメイカー。一貫して緻密かつ明るくキャッチーなトラックは多くのリスナーやクリエイターから評価を受け、YouTube 上で総再生数700万再生を超える。昨今では VOCALOID のオリジナル楽曲制作を軸に、VTuber/ボーカリストへの楽曲提供やリミックスなどのコラボレーション、商業音楽ゲームへの楽曲提供など、様々なフィールドで活動を行っている。特に、クラブミュージックを軸としたパンチのあるサウンドとパフォーマンスには定評があり、2023年には1年で20本以上のギグをこなしながら、4000人規模の野外フェスや海外での出演を果たす。