ご自身のことを伺えますか?
ゲームの音響監督に相当するサウンドディレクターをやっています。スクウェア(現:スクウェア・エニックス)に入社して19年になりますが、それ以前は大阪のMAスタジオに勤務していて、ナレーション収録等のMA作業を毎日のようにやっていました。僕が入社したその当時は、サウンドプログラム上でのストリーミング再生がこれからできるようになる頃で、スクウェアに入った後、すぐに商業スタジオの様な自社スタジオができました。ボイス実装の仕事から始まり、効果音を作るサウンドデザイナーを担当したり何でもやりました。映画制作の手法をゲームに導入したい、という上司のもとで仕事をしていたので、そのおかげでルーカスフィルムなどの海外のトップスタジオにも行かせてもらい、当時日本では一部の映画でしかやっていなかった本場のフォーリーのレコーディングをポスプロに持ち込んだり、THXの音響技術を持ち帰ったりして、ハリウッドの映画技術を色々勉強することができました。やはり向こうは向こうで良いところがあるので、良いところは持ってくる。最近のゲームは多様化していて、映画の要素もあるし、アニメの要素もあったりするので、どちらだけを追求というのではなく、映画もアニメもどちらもみて、フレキシブルに手法を選択するようにしています。
社内と外部のスタジオはどの様に選んでいますか?
現在、社内スタジオで一番多いのがセリフの収録です。歌詞がないスキャット的なもののボーカル収録や、最近では歌モノのボーカル録音も増えていますね。外部のスタジオで録りきれなかったソロ楽器をここで録ることもありますが、音楽のレコーディングは近年オケものも多いので基本外部のスタジオで行います。自分は、音楽専門のエンジニアではないので、ミックスは外部の方に頼む事が多いです。何でもかんでも自分ひとりでやって最高のモノを作るというのには限界がありますからね。今、自分はもう制作で頭がいっぱいですから、ディレクションだけして後はエンジニアさんにお願いする機会が増えています。レコーディングは都内のスタジオだったり、海外のスタジオだったり様々です。
昨年はベルリンのTeldex Studioへ視察に行きました。その時に初めてベルリン・フィルを現地のホールで聴いたんですが、持っていたイメージと全然音が違うのでびっくりしました。すごく反響するイメージがあったのにリバーブの響きがないスタジオでモニターしている様な音でした。プリディレイは、遅いけどリバーブタイムは標準的なリバーブプリセットみたいな音。リバーブの深さの正解は未だにわからないですが、実際、生で聴いていくと色々ヒントを見つけられます。
新しく更新したスタジオのコンセプトについて教えていただけますか?
以前、ここにあった2つのスタジオはシステム的にまったく同じ仕様でした。これらを数年稼働した結果、ワークフローが明確になって、Dolby Atmos for Homeに対応したフルデジタルのミックス専用の部屋と、アナログを基本にしたレコーディング専用の部屋にすることにしました。録音ブースが共用で1つしかないので、何でもできるようにしたスタジオが2つあっても、都度あちこち回線を切り替えて使うことになるのでトラブルが起きてしまうんです。レコーディングルーム用にアナログコンソールを入れることを視野に入れて検討していたら、DAD AX32がアナログでのルーティングに対応するという話が上がってきました。ここでドラムを録ることはないので、必要なチャンネル数を割り切ってフェーダーとアナログアウトボードを買い足そうとなりました。最大でも、マイクをステレオで立てて、オフマイクを2本立てることを想定した4ch仕様。この仕様で録れないものは外部のスタジオで行います。剣やナイフ等のフォーリーは、変わらずここで収録しますが、砂やホコリが出るものは外部のフォーリー専門スタジオに行くことにしました(笑)。
レコーディングルームの機材について教えてください。
音楽を録る時とセリフを録る時で大きく分けていて、セリフの時はトランスレスのマイクプリを使うようにしています。Millenia HV-3Rマイクプリをブースに設置していて、これはPro Toolsからリモートでコントールできます。音楽ものはトランス付きのマイクプリを使います。デフォルトでは、マイクプリの後にアナログフェーダーが来て、その後にダイナミクスが来るというアナログならではのチェーンになっています。Pro Tools 内部のエフェクトを使っても出来ないことは無いですが、アウトボードを使用したい時はAUXで一度外部に出さなければいけないのでレイテンシーが増えて使いにくいんです。
Manley NU MUを非常に高く評価されていると聞いています。
以前からAvalon AD2044 やヴィンテージLA-2Aなどのアウトボードコンプを使っていますが、最近ではPro Tools のDSPプラグインで済ますことも多かったです。暫くダイナミクスのアウトボードを買っていませんでしたし、今回のアナログ回帰のコンセプトにあわせて一台新調しようとなり、たくさんの機種を試しました。機材は常に一番自然な音になるものを選んできています。どうしてもスケジュールが合わなくて、一部のトラックだけ外部スタジオでレコーディングしなければいけないということもあるし、リリースした後もリメイクの際の音声データの流用があったり、他のゲームとのコラボもののタイトルもあるので、それぞれの録り音の色が濃すぎると後で音質を合わせするのがとても大変になってしまいます。
このManley NU MUは、今回試した機器の中だけでなく、これまで触ってきたどんなコンプ/リミッターよりも一番自然に掛ってくれました。NU-MUは、Manley特有のTUBEサウンドでも後でプラグインで補正できる範囲内で程良くカラーリングしてくれます。パラレルコンプの機能があることも良かったです。リダクションがとてもやんわり効くので、メーター内に収まるように・・・、とマニュアルに書いてあったので、マニュアル通りに設定してみると、これが非常に良かったんですね(笑)。特にセリフ収録はクリーンで録るのが基本で、歪んでしまうのは基本ダメです。ゲームのセリフは、「やあ!」、「はっ!」、「とお!」等の張り声も多いので、これらをメーターに収めるのは非常に大変な上、さらにバンッと叫んだ後に決め台詞を小さな声で喋る様な場面も多い。従来のコンプだとバンッと言った後にコンプが綺麗に掛からない。殆どのコンプレッサーは、抑えるだけで終わってしまうのでその後の処理がすごく大変なんです。NU MUは、バンッというところからその後のボソボソ声までをとても自然に収めることができる。セリフやスキャットのフワっとしたものとかもHIP機能をONにするとほぼ掛っていないんじゃないかというほどの自然さで音を閉じ込めてくれます。今回のスタジオリニューアルにあわせて、スクウェア時代から使っていたアウトボードを久しぶりに倉庫から持ってきていくつかここのラックに並べていますが、実際に使うのはMANLEY NU MU一択です。良すぎますね!
もう一つのミックスルームについてお話いただけますか?
D-Control に変わってAVID S6 を導入し、Dolby Atmos for Homeにも対応させています。新しく導入したI/OのDAD AX32は自由にルーティンを組めるので、いままであったワークフローも改善されて、極めて安定しています。この仕事はミスが許されないのでスタジオの安定性というのは一番重要なポイントですが、最新にしてやっとたどり着いた感があります。最新のサラウンド環境にしておくのはDolby Digitalの時代から順次対応してきていますので、今回も将来を見据えてAtmosにも対応しました。まず自分達が最新技術に追いついて準備していかなければならない。最新のAVアンプなどにはもうAtmosに対応している機種も出てきていますから、日々研究を行っているところです。
今、ご自身が、取り組んでいることはありますか?
スクウェア・エニックスでもアーケードゲームをいくつか稼働しているのですが、最近はその担当をしています。これがこれまでやってきた映画的なタイトルとは全然別物で難しい(笑)。ゲームセンター内はウルサイのでびっくりするくらいコンプ/リミッターでかなり音を潰して鳴らしています。アーケード筐体というのは一から設計することができる上、内蔵スピーカーをDSPエフェクトで音響補正する事ができます。グラフィック・イコライザーやコンプ/リミッターのエフェクトを好みにアサインして焼き込むことができるので、いままでのスタジオのノウハウを応用してより良いものに出来ないかと新しいやり方を模索しているところです。